第6話 7
目に映るのはもう、狭苦しい鞍房の中ではなくなっていて。
訓練所のグラウンドと青い空。
こちらを驚き顔で見上げる、リーシャとハヤセさんと禁軍兵士達。
「……できちゃった……」
わたしは思わず呟く。
『――ローカル・スフィア-リンカーコア接続成功!
ソーサル・リアクター-ロジカル・ドライブ同調開始……定格出力で安定!
すごい! すごいよ、ミィナ!』
視界にホロウィンドウなしのケイが現れて、興奮気味に飛び跳ねながら告げてくる。
身体を見下ろす。
紫色の筋肉に覆われた裸ん坊の騎体。
風に揺れる青銀色のたてがみは、確かに喚起できている事を示すように青白い燐光を放っていた。
右手を握り締めてみる。
違和感なんてまるでなく、はっきりと返ってくる感触。
「ふわぁ……」
続いてわたしはステップを踏んでみた。
騎体はやっぱり、わたしの思ったように動いてくれて。
「すごい! この子、すごいよ、ケイ!」
わたしは喜びの声をあげて地面を蹴って騎体を跳び上がらせる。
いつもの感覚で身体を振り回し、そのまま宙でくるりとターン。
「――兵騎が宙返りだとぉっ!?」
回る視界の中、ハヤセさんが驚愕しているのがはっきりと見えた。
だよね? だよね? びっくりするよね?
この子、本当にすごい!
前に合一してた騎体のような、圧迫感や重苦しさがまるでない!
いまやわたしは完全に<
爪先から着地すると、巻き起こった突風に砂埃が舞い上がる。
それを振り払うように立ち上がり、身体を回して横回転のターンステップ。
左足を降ろして静止するのも、思ったとおりにピタリと止まる。
「良いね、この子、すごく良い!」
興奮してケイに声をかければ。
『あんな騎動ができちゃうキミもすごいよ!』
ケイも興奮気味に両手をあげて褒めてくれる。
「違うの! 普通の兵騎じゃあんな動きできなかったもん! なんかいつも感覚がズレてるような感覚があって、重苦しく感じてたの!
――でも、今はすっごく自由!」
この感覚の違いをうまく表現できない自分がもどかしい。
『ああ、たぶん量産型のユニバーサル・アームじゃ、キミの性能――ローカル・スフィアの認識速度や、ソーサル・リアクターの出力に対応し切れてなかったんだろうね』
「んん?」
よくわからなくて首を傾げる。
『ええと……ん~、要するにキミにとって、普通の兵騎は拘束具でしかなかったって事!
実際キミ、生身で兵騎を倒せちゃうだろ?
さっきダリオにそう言ってたの、ボク聞いてたよ?』
目を細めて訊ねてくるケイに、わたしはうなずきを返した。
古代遺跡を根城にしてる山賊とかの中には、兵騎を使ってくる連中もいたからね。いつの間にか倒せるようになってたんだ。
『バイオ・ウェポンなんかと違って、兵騎は成長しないからね。
キミくらいの性能になると、むしろ兵騎が魔道器官の出力を抑制しちゃってパフォーマンスが悪くなるんだ』
わかったような、よくわからないような。
「サイズの合わない小さな服を無理矢理着せられてた、みたいな?」
わたしの感覚としては、それが一番近い。
『魔道的な意味で言うなら、その認識で正しいよ』
そんなことを話していると。
「おーい、ふたりとも! ダリオ達の準備が整ったようだ」
と、ハヤセさんの声に、わたし達はダリオさん達が駆けて行ったグラウンドの向こうにある、倉庫っぽい建物に目を向ける。
門のような大きな扉が開かれて、和甲冑に似たデザインの兵騎が出てくるのが見えた。
全部で三騎。
並んでこちらに向かってくる兵騎達のうち、中央の騎体だけ兜の角飾りがやたら派手で、肩甲――和甲冑だと
『へえ、ダリオのやつ、<満潮>を使えるようになってたんだ?』
「<満潮>?」
それがあの騎体の銘なのかな?
『そう。<
「要するに特騎って事ね」
ガレイシュ様が駆る、エトワイル家に伝わる兵騎――伝来騎みたいなものなんだと、わたしは理解した。
武門の雄として知られるエトワイル家に伝わる騎体もまた、普通の騎士では喚起できない騎体だった。
そういう騎体を特騎と呼ぶのだと、第二騎士団のみんなに教えて貰ったんだ。
そしてガレイシュ様のあの騎体は、確かにアーガス王城に配備されていた兵騎とは一線を画する性能を誇っていた。
<満潮>の後ろには、兵騎より少しだけ背が低い黒色の巨人達が続く。
「あれがトロール?」
初めて見る怪物の姿に、わたしがケイに訊ねると。
『うん。化生の最上級。対巨人種用に開発されたバイオ・スーツだね』
ケイがなんでもない事のようにそう答えた。
「――巨人!?」
『ああ、この星には居ないけどね。別方面に向かった船団が遭遇したらしいよ。それでサイズ負けしないように、あの形態が生み出されたんだって』
星とか船団とか、やっぱりケイの言うことはSFチックだ。
『そんなことよりミィナ。ダリオが<満潮>を使うなら、さすがに無手は厳しいと思うんだ』
「そうなの? わたしはこのままでもいけるんじゃないかなって思うんだけど……」
<満潮>の性能がわからないから断言はできないけど、こんなに軽い騎体なんだから、負けることはないと思うんだ。
『いやいや、勘弁してよ。無茶して騎体を傷つけられたくない。お願いだから武器を使って』
ケイは『うるうる』というオノマトペを背負いながら、涙目で両手を合わせてきた。
「でも、武器なんて何処に?」
『騎体と合一した事で、キミのローカル・スフィアにマニュアルが刻印されてるはずなんだけど……わからない?
ちょっと魔道器官を意識しながら、武器について考えてみて』
言われるがままに、わたしは魔道器官を意識する。
――
そんな記憶が湧き上がってきて。
「あ、これか」
わたしは右手を前に突き出し、喚起詞を唄う。
「――来たれ!」
途端、虹色の粒子が目の前に溢れ出し、それが集まって長剣を形造っていく。
柄や鍔はわたしが使っている聖剣の造りそっくりだけど、刀身は片刃で深い蒼水晶のように透き通った曲刀だ。
切っ先を下に出現したその長剣の柄を掴み取り、わたしはやってきたダリオさん達を出迎える。
「やっと全力を出す気になったみたいで安心したよ!」
そう声をかければ。
『てめえ、ちょっとケイ様の玩具を――そんな骨董品を動かせたくらいで、イイ気になるなよっ!?』
<満潮>と合一したダリオが激昂した声で、そう応えた。
『――あ゛ん!? てめえ、ダリオ! ボクのライフワークを玩具だぁ? 骨董品だぁ!?
てめえこそ、<満潮>動かせた程度で調子に乗ってるじゃねえか!』
大事な騎体をバカにされて、ケイが飛び跳ねながら抗議する。
『ハッ! 調子に乗ってるかどうかは、結果を見てからにしてくださいよ!
その玩具をそいつに与えたのはアンタだ。壊されても文句言わねえでくださいよ?』
イキるダリオさんに、ケイの頭上に『ぷっち~ん』というオノマトペが表示された。
『……ミィナ。あの駄犬を徹底的に躾けてやって……』
静かな、震える声でケイがわたしに告げる。
『ボッコボコに! 騎体全損させてやっても良いから!』
「良いの? 特騎なんでしょう? 壊しちゃったらアーガスとの戦に響くんじゃ……」
『頭部のリンカーコアさえ無事なら、騎体そのものは大破してても一時間もあれば再構築できるから!
それよりあのバカの慢心を叩き潰す方が大事だ!』
ケイは短い手と尻尾を振りたくって断言する。
……確かにね。
あんな感じのままだったら、わたしも危ないと思うよ。
勇者をナメたままに戦場に出て、ダリオさんはきっとセイヤくんにも同じ感じで挑むんだろう。
そして、敗れる事になる……
今のセイヤくんは、立体映像のヒノエ様を斬りつけただけで、直接本人に斬撃を届かせるような非常識な攻撃ができるまでになっている。
どうやってそんな力を手に入れたかはわからないけど、まともに戦ったらわたしだって勝てるかわからないくらいに成長してるんだ。
だから、わたしはダリオさん達に、勇者の力を見せつけなくちゃいけない。
ダリオさん達が少しでも傷つかずに済むように。
戦場でも生き延びられるように。
「――じゃあ、はじめようか……」
わたしは長剣を下段に構えて、ダリオさん達に告げる。
『ああ。てめえ、オレらをナメた事、絶対に詫び入れさせてやる!』
ダリオさんが駆る<満潮>が、手にした槍を中段に構えた。
周囲の兵騎やトロール達も各々の獲物を手に身構える。
「――よし、それじゃあ、はじめっ!」
リーシャと共にグラウンドの端に寄ったハヤセさんが、右手を振り下ろしながら開始の合図を叫んで。
『――うおおおおおおぉぉぉぉっ!!』
<満潮>が地面を踏み割って、一気にこちらへ加速して来る。
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