閑話 僕が俺になったワケ

閑話 1

「――周防すおうくんてさ、転生者みたいだよね」


 カーテンの隙間からこぼれる、やや赤みを帯びはじめた午後の日差し。


 そんな放課後の教室の窓際の席に座った彼女は、机に頬杖を突きながら、彼女は赤いフレームのメガネの奥で整った切れ長な目を細めて、僕にそう言った。


 まさか話しかけられるとは思わなくて、僕は驚いて彼女を見る。


 彼女の色素の薄い亜麻色の髪が開け放たれた窓から吹き込む風に揺れていた。


 まるでモデルや女優のように整った顔立ちの彼女を狙っている男子は多い。


 だが、彼女はまるで周囲の目なんか気にもしていないかのように、いつも独り自分の席で本を読んでいる……そんな人だった。


 男子はおろか、女子と話しているところさえ見たことがない。


 そんな彼女が話しかけてきた。


 うっかり忘れ物をした、数分前の自分を褒めてやりたい。


「え、えっと、転生者って?」


「あれ? 周防すおうくんってアニメとかゲームって興味ない人?」


 不思議そうに小首を傾げると、彼女の艷やかな髪が陽光を照り返しながらサラサラと流れ落ち、やけに僕の目を引いた。


「あたしはね、好きなんだ。異世界転移とか転生するお話」


 目を笑みの形にして、彼女は机に置いていたスマホ画面を見せた。


 いわゆるWeb小説だ。


 異世界に転生したら――とかクラスの低層な男子達がよく騒いでるやつだ。


 決して口には出さないけれど、なんの取り柄もないあいつらにしてみたら、存在しない異世界に夢を見るのも仕方ないのかも知れない……いつもそんな風に考えていた。


 僕自身はアニメやマンガ、ゲームにはそれほど興味がない。


 クラス内での人間関係を円滑にする為のコミュニケーションツールのひとつ――くらいの認識だ。


 だが、彼女が好きと言うなら話は別だ。


 これをきっかけに、親しくなれるかもしれない――そう考えた僕は、興味深々といった表情を浮かべて彼女のスマホに顔を寄せる。


 タイトルは覚えた。


 帰ったら読んでみよう。


「いつも読書してるもんね。そっか、そういうジャンルを読んでたんだ。

 ――それで、僕が転生者みたいってどういうこと?

 その手のジャンルはあまり詳しくなくてさ」


 僕が苦笑混じりにすまなそうに訊ねると。


「まず、頭が良いでしょ?」


 彼女は僕に向けて手を突き出して、親指を折って見せる。


「運動も得意で、顔も悪くない。人付き合いがうまくて、誰からも人気者。そしてそれを鼻にかけたりもしない」


 数えるように指を折って。


「――ね? なんでも完璧に出来すぎて、まるで人生を繰り返してる転生者みたい」


 西日を浴びながら、得意げに胸を張って笑う彼女。


 普段の物静かな印象からは想像もできない、どこか幼ささえ感じるそんな彼女の言動を見せつけられて、たぶん、僕は本気で――





 目を開くと、天蓋に覆われたキングサイズのベッドの上に居た。


 ……日本にいた時の夢だ。


 あの頃の事を思うと、羞恥と怒りで身悶えしたくなる。


 無邪気でおめでたい自分の頭をぶん殴ってやりたい。


「――あの女っ!」


 薄暗いベッドの中で毒づく。


 あの後、彼女に本気になった俺は、話を合わせるために彼女が好きだというWEB小説を読み漁り、似たようなジャンルの本も読み込んだ。


 時折、放課後に本の感想を言い合うようになり、十分に彼女の心に近づけたと感じた頃――好意を告げたんだ。


 ――だと言うのにっ!


「ん~、どうしたんですか? 勇者様ぁ……」


 抱いてやった貴族の娘が、ゆっくりと身体を起こした。


 ……まだ居たのか。なら、丁度いい。


 俺はその娘の身からシーツを剥ぎ取り、強引に唇を合わせる。


 舌を絡めてやれば、起き抜けにも関わらずに娘はすぐに目を潤ませて、頬を上気させた。


「あン、またするんですかぁ?」


 甘ったるい声でそう言って、娘は俺の首に両腕を絡めてくる。


 その股間に指を這わせて。


「あっ……んん……勇者さまぁ……」


 十分に潤ったそこに、俺は獣性昂ぶった自身を押し進める。


「――ああっ! あっ、うンっ。勇者さま、勇者さまぁ!」


 二、三度腰を振ってやれば、娘はそれだけで俺を求めて嬌声をあげ、自ら必死に腰を振りたくる。


「――どうだ? 気持ち良いか?」


「ハいぃ! はい、すごいです。きもち……きもち――あんっ!」


 最後まで言わせず、俺は激しく腰を使った。


「そうだ! 俺に抱かれて幸せだろう?」


「あっ! あ、あ、あっ!? あああっ! や、ダメ、それダメで――ああっ!!」


 娘の身がわずかに痙攣を始める。


 胸の先端をこねくり回してやれば、娘は身を仰け反らせて、貪るように自ら両足を俺に絡めてきた。


 ――そうだ。女なんて、一皮むけばこんなもんだ。


 俺の下で涎を垂らして嬌声をあげる女を服従できている実感に、俺は直前まで胸の奥で燻っていた焦燥感と怒りが静まっていくのを感じた。


「あっ、ダメっ! もう、もうもう――んんんっ!!」


 一際高く鳴いた娘は、俺自身をきつく締め付けて達したようだ。


 ぐったりと四肢を投げ出す娘に、俺は舌打ちする。


 中途半端に抑え込まれた怒りが、より強く燃え上がる。


「――おい、ひとりだけ満足してんじゃねえよ……」


 低く唸るように言いながら、俺は娘の身体を抱えて後ろに倒れ込み、娘を貫いたまま上に乗せた。


「え? ま、待って……わたし、今――ああっ!?」


 有無を言わせず、下から突き上げる。


「あひっ……はああぁぁ!!」


 再び高い声で鳴き始めた娘の、踊る豊満な胸を見上げながら。


 俺はあの女の事を想う。


 あと少しだったはずだ……なにがよくなかった?


 あいつだって、こうされたがっていたはずだ。


 そう感じたから、僕はあの桜色の唇に口づけしようとして……頬を打たれた。


「――なにが転生者みたいだ!」


「あうっ!? ああああ、イぃひぃ! すご……ぃぁあいいい……」


 怒りのままに腰を突き上げれば、娘はろれつがまわらない声で、舌を突き出して跳ねた。


 ――自分が無条件に女の子に好かれてると信じて……本当に転生者みたいだね。


 まるで蔑むように告げられた彼女の言葉に、頭に血が上って目の前が真っ赤になったのを覚えている。


「おまえだって、あの時こうしていたらっ!」


「あっ!? また、またキちゃう。あっ、あ、あぁ!」


 服を剥ぎ取って、床に組み伏してやった。


 それでも彼女は軽蔑するように僕を見上げ――


 ――よくあるさ、なんでもできると思い込んでざまぁされる、勘違い転生者そのものだよ、君は……


 よく回る彼女の口を黙らせてやろうと顔を近づけた瞬間、僕は体当たりを食らって吹っ飛ばされた。


 大した痛みはなかったものの、その隙に彼女は僕に体当たりくれたヤツと共に、僕から離れていた。


 震える声を張り上げて、僕を睨みつけてきたのはクラスの底辺……いつも同じようなレベルの低能共と、くだらない空想話ばかりしているうちの一人だった。


 彼女はそいつの後ろで破れた制服を掻き抱きながら、頼もしげに抱きついていた。


 ……しぃちゃんだか、ちぃちゃんだかと、そいつは親しげに彼女を呼び、彼女もそいつを愛称で呼んだ。


 目の前が怒りで歪んだのを覚えている。


 ……騙したな。僕に好意があるように思わせて、笑い者にしてやがったんだな!?


 底辺野郎を殴り飛ばし、馬乗りになって何度も何度も殴ってやった。


 彼女が教室から逃げ出し、それを追おうとすると底辺野郎がまとわりついて来やがったから、怒りにまかせて顔の形が変わるくらいに殴りつけて。


 そうしている間に、彼女が教師を呼んで戻って来たやがった!


「あっ、ああぁ――――――ッ!!」


 高い声で鳴いて、娘はぐったりと俺の胸に倒れ込んで来た。


 ――あと少しで、彼女も俺の虜にできたはずなのに……


 達したまま眠ってしまったらしい娘から俺は自身を引き抜いて、娘をベッドに転がす。


 サイドテーブルの水差しからカップに水を注ぎ、一息に煽った。


 ……足りない。


 達する事ができなかったからか、胸の奥の怒りは――あの女を汚したい欲望は、いまだに燃え盛ったままだった。


 と、まるでそれを見透かしたように。


「――あらあら。こんな夜中までなんて……勇者様は本当にお強いのですねぇ」


 音もなくドアが開いて、するりと女が忍び込んでくる。

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