第5話 7
「――もう良いっ!」
妾はテーブルを跳び超えてミィナのかたわらに降り立ち、その痩せ細った身体をきつく抱き締めた。
「……もう良い! そこからの話は妾も知っておる!」
幼体ゆえに、ミィナの胸に顔を埋めるような形になってしまっておるが、知ったことか!
こういうのは勢いと気持ちだ!
あの頃からウツロのやつが、やたら詳細にミィナについての報告書を送ってきていたのは、やつがシュバルツとして、ミィナを気にかけていたからだろう。
勇者としてではなく……行きつけの店の娘としてのミィナを心配し、勇者を監視するという建前で、ずっと見守っておったのだ。
妾はミィナの背中を優しく撫でる。
「……初めは北の地を騒がしとった山賊団だったな。たったひとりで三十人近い男共を相手に、よう戦ったものよ……」
だが、妾は知っておる。
木剣のままに山賊討伐に向かうミィナに、心配したシュバルツが行きずりの商人に扮して長剣を与えた事を。
そしてその剣を振るった事で、ミィナは初めてヒトを殺めてしまう事になり――その苦悩を深めてしまった事を……
「本当に、おまえはよう頑張ったよ……」
その後もミィナは、まるで使い潰そうとでもいうかのように、アーガス王国各地を巡らされとった。
冒険者共が匙を投げた難攻不落の古代遺跡を探索させられ、その遺物を持ち帰らされたかと思えば、異界の接触事象――侵災による魔物の発生の調伏を命じられたり。
何度も何度も死を経験し、そのたびに強引に蘇らされては任務を遂行させられる日々。
なにがそこまでミィナを駆り立てるのかと不思議でならなかったのだが、昨晩から続いたミィナの話を聞いて、ようやく納得が行ったわ。
――蟄居させられた王女と、娼館の者達の為だったのだろうな……
勇者となってから三年――恐らく心休まる日は一日としてなかったのではないだろうか。
ミィナにとって幸い――あるいは不幸だったのは、聖櫃と呼ばれとる再生装置が、妾が知っているそれ同様に、対象者が死亡に至る事になった経験をローカル・スフィアの記録から読み取り、対峙した困難に打ち勝てるよう肉体と魔道器官をより強固に造り変えた事か。
あれは元々軍の促成訓練課程で用いられとったものだからな。
ミィナが死を乗り越えるたびに、セイヤとの性能差は離れる一方だったろう。
……ミィナの死……そのうちの何回かに関しては、妾も反省せねばならん事がある。
ウツロからの報告で、あまりにもアーガス王国の勇者が、手付かずの遺跡を――妾が見つけられとらんかった……あるいは危険すぎて放置しとった船団跡なんだが――踏破しまくるもんで、ちょっと危険だと感じたのよな。
だからちょっとお灸を据えてやろうと、騎士団を総動員すれば対処できる程度の――
ウツロを使って、遺跡で目覚めたように偽装させてな。
だが、ガルシアのヤツは騎士団を動かすことはせず、あろうことかミィナひとりに対処を任せおったのよ。
報告では、ミィナは三度死んだらしいな。
ムカついたから、機獣が王都に向かって侵攻するように<影>らに誘導させた。
だが、王都の目前のところで、ミィナは機獣の前に四度立ちはだかり――ついには勝利して見せおった!
……それでガルシアは気を大きくしたのだろうな。
勝利に沸く王都で、ミィナを魔王討伐に向かわせると宣言しおって……
そうしてミィナは、身も心もボロボロになって、妾の前までやってきたのだ。
――勇者よ、ここまで辿り着いた事を褒めてやろう!
妾のそんな何気ない言葉に感極まって、ギャン泣きしてしまうほどに、心を傷つけられて。
「……なあ、ミィナよ。おまえ、元の世界に帰りたいと思うか?」
思わず呟くと、ミィナは目を見開いた。
「……帰れる……んですか?」
恐る恐るという風に、ミィナは訊ねてくる。
その青い瞳の奥に、わずかな希望の色が見て取れる。
語りでは、元の世界に未練はないように言っておったが、心のどこかには望郷の念があったのだろう。
それを無理なのだと……そう自分に言い聞かせて来たのだ。
妾とて……ホームが爆縮する様を目の当たりにしてなお、あの頃に帰りたいと願わずにはいられないのだ。
ある日突然、この世界にやってきたミィナならば、なおのことだろう。
「……今は断言できん。だが、アーガス城の地下にあるというその召喚装置を調べてみたら、あるいは……」
妾は偽ることなく、正直に首を振って見せた。
期待させて、突き放すような事はしたくない。
あくまで可能性なのだと念を押す。
「良いか、ミィナよ。おまえもさっき見たように、妾は昨晩、アーガス王国に宣戦布告した。
妾の命を狙った故、その報復だ。
妾はアーガス王国を滅ぼし、トヨア皇国の傘下に治めるつもりだ。
そうなれば、城の地下の神器を調べる事ができるであろう」
暗く沈んでいたミィナが顔をあげる。
「――そうだ、戦! ヒノエ様、わたしも――」
言いかけたミィナの口を、妾は人差し指で封じた。
「おまえを戦わせる気はない!」
きっぱりと言い切ってやる。
「第二騎士団とは仲が良かったのであろう? それと戦うことになるかもしれんのだぞ? そこにおまえを投入するとか、妾、どんだけ冷血野郎だと思われとるのか」
「ですが――」
「くどいわ! 心配せんでも、なるべくアーガスの兵は傷つけさせん!」
化生した我が軍の兵ならば、その程度は容易いだろう。
アーガス王国は
うまく事が運べば、セイヤと一騎打ちに持ち込む事もできるやもしれん。
その為の根回しを、今、ヤシマがせっせこ仕込んでおるはずだ。
「良いか、ミィナよ。
おまえは十分に……十分過ぎるほどに戦って来たのだ……」
妾はミィナの青い瞳を見上げて、訴えるように告げる。
「もう、戦うな……
これは妾と、この世界の者達の問題なのだ」
細い……哀れなほどに痩せ細ったミィナの腰を抱き締め、妾は訴える。
「これからのおまえは……かつて勇者となる前にそうだったように、心安らかに生きるべきなのだ……」
娼館の女将や娼婦達のように、あるいはアーガスの王女がそうであったように。
これからは妾がおまえを守ってやろう。
それこそが……この世界を見守ってきた者として、異世界からやって来て酷使される事になった、おまえへのせめてもの罪滅ぼしだ。
「……ヒノエ様……」
妾の名を呼ぶミィナに、妾は笑みを浮かべてうなずいて見せる。
「そんなわけで、すまんが妾はこれから仕事でな。
席を外さねばならん。
――リーシャよ、ミィナにフソウ宮を案内してやってくれ」
これ以上、ミィナの心を悩ませるつもりはない。
戦の事など忘れるような毎日を過ごさせてやれば良いのだ。
そうして妾はミィナをリーシャに任せ、執務室に向かう。
戦は仕込みが肝心というもの。
今頃、ヤシマ達が報告書を手に、妾を待っている頃だろう。
――アーガス王ガルシア、そして愛妾ティアよ……
貴様らが払うツケは、かなりでかいぞ……
★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★
ここまでが5話となります。
勇者ミィナの「これまで」が終わり、次回から魔王様と歩む「ここから」が始まります。
ここまでは過去を語る形で展開しておりまして、時系列が前後したりもしたので、読者様によっては読みづらく感じさせてしまったかと、本当に申し訳なく思います。
なるべくわかりやすいよう気を遣って書いたつもりなのですが、うまく伝わってなかったらすみません。
勇者のこれまでを魔王様が追体験することで、魔王様が勇者に感情移入していく様を描きたかったのです。
次回からは現在進行系の物語。
アリア以外の四公との出会いと、魔属達との交流、そしてアーガス王国との合戦となります。
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