第5話 6
「……次に気づいた時には、わたしはノリス様のお屋敷に運び込まれていました……」
ミィナは力なく俯いて、そう告げた。
「混乱していたわたしに、ノリス様が教えてくれました。
姫様がわたしを投げ飛ばしたのは、自分の失脚にわたしを巻き込まない為だったって。
わたしは勇者なのだから、姫様の元を離れさえすれば、悪い扱いは受けないはずだと、そう考えたのだろうって……」
「……王女が離宮に居を移したという話は聞いとったが、まさか簒奪を疑われての事とはな……」
妾も<影>からの報告は受け取ったが、あの頃は王女の動静より、アーガスに不意に誕生した二人の勇者の方に関心が向いとったから、深く調べさせなかったのよ。
「……ノリス様をはじめ、姫様に親しい貴族の方々が王様を諌めようとなさったそうですが、王様は聞き入れてくださらず……ひどい時はそれを口実に役職を解かれたり、御家を潰されたりして、やがて誰も声をあげられなくなりました……」
反対にティアに従っていた貴族共は、空いたポストに就いてのし上がり……現在のように腐ったアーガス王国ができあがったというワケか。
妾はアゴに手を当てて考える。
ティアという女……ミィナが見たものが確かなら、魔眼の持ち主という事になる。
それも
かつて人類連合がその術を禁止する、きっかけとなった存在が有していた異能。
彼の者に関してはあらゆる記録が破棄され、文字通り禁術として閲覧制限が設けられている。
妾がそれを知ったのも、艦隊指揮権を引き継ぐ段になってからだ。
そして妾の記憶にある限り、禁術を知る者達の中にあの女は存在しない。
……何者なのだ?
アーガス王の乱心に、あの女が深く関わっているのは疑いようがないだろう。
だが、その正体がわからん。
「……ウツロ達からの報告を待つしかないか……」
口の中で呟き、妾は視線をミィナに戻して続きを促した。
「わたしは……戦闘向きの素養があると判断されて、第二騎士団の予備戦力として組み込まれました。
姫様の疑いを晴らしたいなら、国の為に働いて示せって……」
例の首輪を与えられたのも、その時だという。
「ん? セイヤはどうしたのだ? そういえばヤツの勇者選定がまだであろう」
妾の問いに、ミィナはうなずく。
「あのあとすぐに、セイヤくんの選定も行われたそうです。
でも、セイヤくんはその場で倒れてしまって……魔道局で治療が行われたと聞いています」
三日ほど経って、ミィナが謁見の間に呼ばれると、そこには金髪青目になったセイヤが待っていたのだという。
「……セイヤくんはその場で、どちらが真の勇者か、はっきりさせようと言い出しまして……」
「……あー、言いそうだな……」
ミィナから聞いたヤツの人となり。
そして実際にわずかなりとも言葉を交わした印象から、妾はそう感じる。
大方、自分の方が優れていると示したかったのだろうな。
「わたしは断ったのですが、セイヤくんは聞き入れてくれなくて……
ついにはティア様にねだられて、王様まで手合わせしてみろって……やらなければ、わたしの後見人のノリス様に責任を取らせるって言われて……」
そうしてミィナとセイヤの手合わせが行われたそうだが……当然、ミィナの圧勝だったそうだ。
「セイヤが持ちかけた勝負だろうに。あやつは腕に自信があったんじゃないのか?」
「……剣道部だったって自慢してましたけど……」
「ケンドーブ?」
「あ、はい。剣道部っていうのは……」
そうしてミィナの説明を訊くに。
どうやらケンドーとやらは、ミィナの世界の剣術から危険要素を廃して、ある一定の規約の元に執り行われる模擬試合のようなものなのだとわかった。
思わず鼻を鳴らしてしまったよ。
「実戦戦闘術を学んでるおまえ相手に、お遊戯を齧った程度のヤツが勝てるワケがなかろうに……」
「はい。剣術で負けると、自分は魔法使い系なんだって言い出して、魔法で勝負する事になり、それでも負けると兵騎で勝負する事になって……」
そのすべてで、ミィナは勝利したのだという。
「……自分がもらうはずだったチート能力を、わたしが奪ったって……セイヤくん、すごい剣幕で怒ってました……」
……単純に地力の差だろうに。
昔出会った召喚者の中にも、やたら「チートがない、チートを寄越せ!」って連呼するヤツがおったのを思い出すのう。
「……わざと負けて、花を持たせて満足させてやればよかったのではないか?」
矮小なプライドを形だけでも満たしてやれば、納得したようにも思えるのだが。
「……できなかったんです。負けたら、罰としてノリス様の役職を解くって言われてて……」
「はあっ!? なんでおまえだけ罰を受けねばならん!?」
思わず椅子に立ち上がって、妾は叫んだ。
その瞬間、ミィナが浮かべた表情は妾の胸を締め付けたよ。
「……それがおかしいって……思えなかったんですよ……」
薄く笑みを浮かべ、まるですべてを諦めたように、自嘲気味な声色でミィナが呟く。
――勇者の首輪か!
怒りのあまり、頭がどうにかなりそうだ。
同じ勇者だろうに、なぜミィナだけがそんな目に合わねばならん?
いや……政治的には理解できんワケではない。
ミィナを重んじれば、王女の復権に繋がるかもしれない。
それをガルシア王かティアか、あるいは両方かも知れんが――恐れたのだろう。
アーガス王国としては、エレノーラ王女が腹心としていたミィナを認めるわけにはいかなかったのだ。
ミィナを落とし、ティアが召喚したセイヤを持ち上げる事で、よりティアの、そしてガルシアの立場を強固なものにしようとした。
そんな思惑がよぅっくわかるわ!
だが、そんな理屈、ミィナ本人には関わりがなかろうに!
しかもそれで肝心のセイヤが負けているのだから話にならん!
怒りで身体を震わせる妾の前で、ミィナは表情を消して続ける。
「そのあとわたしは、それだけ強いならって、アーガス各地の魔獣討伐や遺跡探索を任務として与えられるようになりました。
……まるで追い出されるみたいに、銀貨一枚――五十エムシィと訓練用の木剣を渡されて旅立たされて……それだけ強いなら十分だろうって……笑っちゃいますよね。
わたし自身、まるでゲームの勇者そのままって笑っちゃいましたもん……」
目元を拭って、ミィナは自嘲気味に哂って見せた。
そのすべてを諦め切ってしまったかのような声色に、妾は――
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