第5話 4
……すごく不思議な体験だった。
この世界に来たのも不思議といえばそうなんだろうけど、あの時のわたしは意識がなくて、気づけばベアおじさんに運ばれていたから……
光の帯がわたしを球状に包み込み、繭のように折り重なっていく。
手にしていた珠が柔らかな青い光を放った。
と、不意に――
《――喪失ユニットを検知しました》
柔らかな女性の声が聞こえた。
その声は――すごく遠くから聞こえてるようなのに、すぐ耳元で囁かれたようにも聞こえて。
その瞬間、わたしは自分の身体が光の粒に
この世界に来る時の――そう、あの公園での夜と同じように。
神器の珠が、粒となったわたしを吸い込み――その光景をわたしの意識だけが見下ろしている感覚。
恐怖はまるでなくて……すごく満たされていくようだった。
やがて世界までもが解けて、わたしの周囲は無数に浮かぶ光の粒だけになって……
まるで満天の星空の中を漂っているような感覚。
《――喪失ユニットへの不正干渉を確認……遮断成功。当該ユニットの早急な定義を行って下さい》
《――タイムラインを認証。以降、当該ユニットを<護竜騎>と定義します》
次に聞こえたのは、先程とは別の……少しだけ低い爽やかな印象の声。
《……あ~、<護竜騎>ちゃん、リージョン・シフトの途中で脱落させられた所為で、再構築処理が緊急処置で凍結されてますね……》
また別の声――高いトーンの声が呆れたような声色でそう告げて。
《ああ、だからソーサル・リアクターもこのグレードが搭載されてますのね?
ローカル・スフィアとリンク不全が起きていますわ》
さらに別の声が、不満げに告げた。
《――<護竜騎>を規定規格に再構築》
最初の声が柔らかに告げると。
《――異議。本件は彼女の妨害によって引き起こされたと推測されます》
《巧妙に偽装されてますが、このリージョンのタイムラインには剪定された痕がありますね》
《……大方、いつものズルでしょう》
他の声が口々に続ける。
《――剪定痕及び偽装痕、共に確認しました。
以降、本件は第八四七三次対<邪神>盤面と規定。
当該ユニット――<護竜騎>を主駒と認定します》
《――盤面固定完了。これでもうズルはできませんよ!》
《――盤上の運命規定も定義しましたわ!》
《――認証。当該ユニットに主駒属性を付与》
意識しかないはずなのに……胸の辺りが熱くなっていく感覚がした。
《――諸元因子を受諾。当該ユニットを主駒として再構築を開始します》
また別の声が――低くかすれた声が聞こえて。
《――――…………》
先に聞こえていた複数の声が、わたしにはよくわからない専門用語っぽい言葉を口々に唱えていく。
やがて、すぐそばで聞こえていたような気がしていたそれが、どんどん遠のいて行って……
『――そんなわけでさ』
すぐ目の前に真っ白な髪の女の子が現れた。
金色の瞳に髪と同じ白いワンピースを着た、十代後半くらいの女の子だった。
『……君はこのあと、ちょーっと……いや、かなりかな? 大変な目に遭うと思うんだ』
まるで未来でも見通すみたいに……ううん。今となってはあれは本当に見通してたとしか思えないけど、その女の子は言った。
『……大変で、苦しくて、何度も何度も間違った、こんなはずじゃなかったって思うかもしれない……』
女の子は胸の前で、左手を右手で握り締めて。
『でもね、大丈夫。
この冷たく残酷な世界は、それでもって頑張る人には、絶対に乗り越えられる機会が与えられるようにデザインされてるんだ』
よくわからないけど……諦めるなって事?
そう考えたわたしに応じるように、女の子は頷いて微笑む。
『残酷に見える運命はさ、けれど、いつか訪れる「よかったね」の為にあるんだって。
……わたしはわたしの大好きで大事な人達から、そう教えてもらったんだ。
――だから……』
女の子の金色の瞳が、まっすぐにわたしを見た。
『君もさ、自分の選択を恐れずに……君がずっとずっと抱いていた想いを――それによって紡がれた絆と、これから織りなす物語を信じてあげて!』
そして、彼女は拳を突き出して。
その左手の甲に、青く澄んだ輝きが灯る。
『そうして、みんなでハッピーエンドだ!』
彼女は満面の笑みでそう告げた。
青い光がどんどん強くなって、周囲を染め上げていく。
白い女の子の姿が薄れて、周囲を取り囲んで星空のように瞬いていた光の粒もまた、透き通った青に塗り潰されていった。
『……忘れないで。君は君が思ってる以上に、みんなから大切に想われてるし、これから、もっともっと――』
声が遠くなって。
気づくとわたしは石室の中、神器の珠を握りしめたまま――直前の体勢そのままに立ち尽くしていた。
「――待て待て待てっ! 待って? マジ? マジなの!?」
ヒノエ様が両手を突き出して、わたしの話を遮った。
「
どうやらヒノエ様は、あの不思議な現象の事をご存知みたい。
「しかもおまえ、それ<
あげくに根源の『夢』にまで……どんだけだよ!」
興奮気味にまくし立て、ヒノエ様はお茶を一息に呑み干した。
「え、えっと……ヒノエ様はアレがなんなのかご存知なんですか?」
「――えっ!? ム……あ~……」
わたしの問いかけに、ヒノエ様はあからさまに顔をしかめて逸らした。
「……どっちだ? どう答えるのが正解だ?
今の話だと、ここは<
と、ヒノエ様は椅子の上に胡座を掻いて、アゴに手を当ててブツブツと呟いた。
「ん~………………待て、待てよ? 今、おまえにもわかるようにだな…………」
たっぷり数十秒うめき続けて。
「よし! それはな、神のお告げだ!」
顔をあげたヒノエ様は、晴れやかな笑顔でそう仰った。
「神様、ですか? サティリア様とかの三女神の?」
わたしはアーガス王国で広く信仰されていた神様を挙げる。
「もっと上っ! あんな小娘達と一緒にするな! その名を挙げる事すら恐れ多い、古き古き神々だ!」
サティリア様達を小娘扱い……
こういうところは、やっぱりヒノエ様は魔王と呼ばれるだけあると思う。
「ええと、あの時の声が神様のお告げだったとして、言ってた意味はわかりますか?」
正直なところ、わたしにはまるで理解ができなかったんだ。
最後に出て来た女の子の話は……今にして思えば、勇者としてのこの三年間を予言したものだったのかなぁって思うけど。
「おまえが彼女達の言葉をすべてを記憶しているわけではないようだから、断言はできんが……」
そう前置きして、ヒノエ様は教えてくれる。
「おまえは異世界から召喚されとる最中、なんらかの事故に遭ったんだろうな。
だから、本来とは異なる位置に、急ごしらえの身体で出現する事になった……覚えがあるだろう?」
わたしはうなずく。
「下町でわたしが倒れてたのと、ずっと小さいままだったのが、そうだったんですね?」
「ああ。
「なるほど、そういう事なんですね。
わたしてっきり、勇者になったのはあの神器の効果だと思ってたんですが、考えてみれば勇者として召喚されるんだから、それだと順番が逆ですもんね」
「う、うむ! もともとその神器は勇者の素養を調べるものなのだろう?
おまえのそれが世界に公開されるに当たって、神々が不具合に気づいたんだろう。神々は霊脈を通して世界を見守っておるからな!」
早口にまくし立てて、ヒノエ様はアリアさんが注いだばかりのお茶を、また一気に呑み干す。
「最後に出てきた子は?」
途端、ヒノエ様はお茶を噴き出した。
アリアが咎めるような目でヒノエ様を睨みつつも、お話の邪魔をする気はないのか、口を挟む事なく布巾でテーブルを拭き始める。
「あ、アレだ! 不具合で迷惑をかけたおまえへのお詫びみたいなもんだろ。
昔いた召喚者が言ってたぞ。詫び石とか転移特典とか!
わ、妾もよくわからんが、そういうアレで未来をちょこっとだけ教えてくれたんじゃないかの!」
ヒノエ様にわからないモノをわたしが理解できるはずもなく。
わたしはそういうものかと思う事にする。
――そうして、みんなでハッピーエンドだ!
特典と呼ぶにはあまりにもささやかな気もするけど。
でも、この三年間、あの言葉がわたしを支えてくれたのは事実だから。
あの言葉があったから、わたしはいつか来る「よかったね」を信じ続けて……そして、ヒノエ様と出会うことができたんだ。
「――それよりホレ、話を止めて悪かったな。続きだ! 続きを聞かせよ」
両手を振って先を促すヒノエ様にうなずき、わたしは話を続ける。
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