【短編小説】落とした指輪はシャボン玉

依定壱佳

落とした指輪はシャボン玉



指輪は、シャボン玉のように虹色に反射して



 日曜日、八代花怜はショッピングモール五階の雑貨屋に来ていた。ハンドメイド作家のポップアップイベントが開催されるからだ。

 彼女はかわいい物、綺麗な物が好きだ。

 いつもより人がたくさん来ている。ポーチや財布などの布小物、ハーバリウム、あみぐるみ、レジンアクセサリー、たくさんの品物が並ぶ中、ひとつの指輪に目が留まった。

「綺麗な指輪……」

指輪にはオパールの石がはめられている。そのオパールは光を当て傾けるとシャボン玉のように虹色に反射して輝く。とても綺麗で美しい。アームは金色で細くシンプルで台座も装飾は施されていないが、そのためか洗練さを感じさせる。

 彼女はこのオパールの指輪に惹かれた。値札を見る。

 うぅ、三千円かぁ。買えなくないけど、今月のお小遣いほとんど使い切っちゃう……。

 しばらく財布とにらめっこしていたとき、店員に声をかけられた。

「このオパールの指輪、綺麗でしょ?天然石なので同じ石でも比べると若干色が違ったり、輝き方が違ったりして一つ一つ個性があります。一点物ですよ」

一点物……。今この指輪を買わなかったら、二度とこの綺麗なオパールを見ることは出来ないかもしれない。

 彼女は決意した。

「この指輪買います!」

「はい、ありがとうございます。会計はあちらになります」

店員に連れられてレジへ向かう。オパールの魅力、一点物という言葉に後押しされ、勢いで買ってしまった。しかし後悔はしていない。

 彼女はとても満足した。

 ショッピングモールから出て、指輪を取り出す。陽の光を当て傾ける。オパールはより一層綺麗にシャボン玉のように虹色に反射して輝く。

「本当に綺麗。この指輪に出会えて良かった」



恋は、シャボン玉のようにふわふわと



 放課後、花怜はグラウンドの方をチラッと覗いた。サッカー部が活動している。視線を送る先に、クラスメイトの遠藤陽翔という男の子がいた。

「こっち、パス!」

 彼が声を上げる。よく通る声だ。サッカーのことはよくわからないけど、部活も真面目に取り組んでいるんだな、と思った。

 ふと、目があった。恥ずかしくてすぐに下を向いた。

 彼女は彼に恋をしている。

 しかし、彼とはほとんど話をしたことはない。彼女は少々人見知りで、口数は少ない方だと自覚している。好きな人へアプローチなんて、とてもできる気がしない。

 彼女はため息をつきながらSNSを見る。彼の投稿をチェックする。

 一度だけ勇気を出し、クラスメイトという名目でSNSで彼と相互関係になった。だがそれっきりでSNSでやり取りもいいねもしたことがない。彼からも特にアクションはない。

 彼は面倒見が良いし気遣いもできるし優しい人だからSNSで繋がってくれた。彼女は自虐的にそう思っている。

 彼女はもう諦めていた。

 この恋はシャボン玉のようにふわふわと上へ上へ飛ばしてしまおう。

 手の届かないところまで、虹色に反射する輝きも見えないほど遠くまで。



女の子と指輪



 土曜日、花怜はまたショッピングモールへ来ていた。

 先週買ったオパールの指輪を着けて上機嫌。

 彼女はこの指輪に合う服や小物を見繕いたいと考えていた。

「この服どうかな、持ってる靴とも合うし」

値札を見る。そこで彼女は今月のお小遣いをほとんど使い切ったことに気がついた。財布の中を確認する。千円札一枚。

「うぅん……。頭が指輪のことでいっぱいで、すっかり忘れてた。このまま帰るのも……、せっかく来たんだし少し雑貨屋に寄ってそのまま帰ろう」

 見るだけ、見るだけだから。

 雑貨屋に行った。かわいい猫の形をしたブックスタンド、パステルカラーのパスケース、花柄のハンカチ。

 彼女は幸せな気分になると同時に、物欲が刺激された。財布の中を見る。

 この千円札は来月まで取っておくんだ。

 彼女は千円札をなんとか死守し、ショッピングモールから出た。

家に着き、自分の部屋へ入る。指輪を外そうとしたとき気がついた。

「指輪がない!!」

服のポケット、バッグの中身、部屋の中、家中くまなく探した。

「どこにもない。帰り道か、ショッピングモールで落としたんだ……」

 彼女は家を飛び出した。来た道を念入りに見ながら探す。

 見つからない。

 ショッピングモールまで来た。立ち寄った店に行く。

 見つからない。

 店員さんに尋ねる。今のところ指輪の落とし物は預かってはいないとのこと。

 帰り道も探しながら歩いた。

 見つからない。

 彼女は頭が真っ白になった。



恋と指輪を、シャボン玉のように――



 花怜は日曜日も指輪を探したが見つけることができなかった。

 彼女はすっかり落ち込んでいた。

 次の日、学校の授業に身が入らなかった。二日間失くした指輪を探し回ったので流石に疲れていた。

 授業が終わり、休憩時間になった。

「花怜、どうしたの?だいぶ疲れてるみたいだけど?」

隣の席の友達が、様子を見かねて声をかけてくれた。

「指輪、失くしちゃって……。多分外出先で落としたんだと思う。全然見つからないの」

「あーあのSNSに上げてた指輪ね! どのへん? 一緒に探そうか?」

「あっ、ううん、大丈夫だよ。自分でもう一回探してみるから。それでだめだったら諦める」

「あんま無理しないでね、いつでも手伝うから」

「うん、ありがとう」

友達の家からショッピングモールは遠い。たかが指輪のためにお願いするのは気が引けた。それに小さいしすぐに見つけられなさそうだ。正直諦めかけている。

少しして、彼女はほとんど無意識にぼんやりと例の男の子を目で追っていた。彼と目が合った。ハッとした。あからさまに目をそらされた事に気づく。

 ああ、もういいや。疲れた。諦めた。

 彼女は、シャボン玉のように虹色に反射して輝く恋と指輪を目の前でパチンと割った。



メイディル



 妖精メイディルはここ数日の出来事について振り返っていた。

 俺はオパールに宿り、それは指輪にはめられた。少々貧相な見た目の指輪ではないか?と不満に思っていたが、指輪は女の子のもとに移った。俺は人間観察が趣味だ。これはこれで面白いかと考えた。

女の子は板状の機械を触っている。俺はこの機械で情報を得たり他人と対話できることを知っている。

 女の子は機械を俺に向けカシャッと音を鳴らした。機械には指輪が写っている。

『指輪買っちゃった! オパールがとても綺麗なの』

 女の子は機械に文字を打ち込む。指輪の画像も出ている。ハートがいくつか付く。

 そうだろう、そうだろうとも! 俺はメイディル! そのへんのふらふら舞ってる名無しの妖精と違って俺は能力がある! 俺が宿ったものは人を惹きつけることができるのだ! すごいだろ!

 女の子は指輪を薬指につけた。少々緩いようだ。今度は中指につける。うーん若干きついようだ。女の子は結局薬指につけた。

 ニコニコしている。女の子の笑顔を見て俺もニコニコした。

女の子はまた機械を触った。うーんなになに?

『誰か数学のノート写させてくれー』

 ナメクジが這ったあとのようなふにゃふにゃな線が書かれた画像が載っている。

『お前授業中寝てたな? ほらよ』

 ちゃんとした文字の書かれた画像が載っている。

『おお陽翔! ありがとな!』

 女の子はそのやり取りを眺めていた。陽翔の文章にハートを付けるか迷っているようだ。

 付けたら良いじゃないか。人助けは良いことだ。しかし、結局女の子はハートを付けなかった。

 俺はしばらく観察していた。毎日女の子は陽翔というやつの文章を眺めている。特に何もしない。他の、おそらく同性の人へは文章を送ったり、ハートを付けたりはする。何故なのだろう。

何日かして俺はだんだんこの観察に飽きてきていた。これしか観察することがない。というのも、そもそも指輪だというのに普段出かけるときは身に着けていかない。何故だ。帰ってくると女の子は指輪をつけてニコニコする。よくわからんが俺もニコニコした。



メイディル、危機が訪れる



 今日は女の子の服装がいつもと違う。どうも制服という服を着るときは指輪を付けられないようだ。それがドレスコードなのだろう。難儀だ。しかし今日は制服ではない。女の子は指輪を薬指に付けて外へ出た。

 俺は久しぶりに陽の光を浴びた。オパールはシャボン玉のように虹色に反射して輝く。

女の子は人がたくさんいる大きな店に来た。これは観察のしがいがあるぞ!

 女の子は服を見ては財布を眺め、雑貨を見ては財布を眺め、特に何か買う様子はない。そういえば指輪を買うときも財布とにらめっこして買うまでに時間をかけていたな。女の子が財布の中を眺めているとき俺も財布の中を眺めた。紙が一枚入っている。確かこの指輪は紙三枚分の価値だったはず。う、うーん、今回は諦めて次に金が入ったときに買ったほうが良いのではないか?

 女の子もそう思ったのか店を出て帰ることにしたようだ。

 ただ女の子は満足そうだった。

 品定めをして次に買うものを決めたのかもしれない。あるいは見るだけでも楽しいものなのかもしれない。

 女の子の表情を見て、俺は売り切れないと良いなと思った。

 帰り道、俺に不幸なことが起こった。女の子の薬指から指輪が落ちてしまったのだ。女の子は気付く様子がない。どんどん遠ざかっていく。俺は人に話しかける能力はない。どうしよう。

 しばらく経って女の子が血相変えてキョロキョロしながら戻ってきた。指輪が無いことに気がついたのだろう。

 ここだここ! 見つけてくれ!

 しかし気付かず通り過ぎてしまった。落ち着け、ま、まだチャンスはある。

 数時間後、女の子がまたうろうろしながら戻ってきた。あの大きな店にも探しに行ったのだろう。見つけてくれと祈るが、女の子は指輪に気付くことなく通り過ぎてしまった。

 道端に転がった俺はしばらく呆然としていた。

 妖精メイディルの能力、それは宿ったものに人を惹きつける力を付与することができる。

 惹きつけるとはいっても、そこにあるだけで人がわらわら集まってくるほど強力なものではない。何か取っ掛かりが必要で、この力が付与されたものを見て興味を示してくれれば力は発揮される。今回メイディルが宿ったオパールは、ハンドメイド作家なら素材として、女の子ならアクセサリーとして、興味があって初めて惹きつけることができた。そのへんを通りかかったおっさんが見ても興味がなければ何も起きないのだ。

夜が明けて昼、オパールはシャボン玉のように虹色に反射して輝く。

 俺は歓喜した。あの女の子がまた指輪を探しに来たようだ。女の子は昨日通った道を念入りに見ながら歩いていた。しかし気付かず通り過ぎてしまった。

 数時間後、女の子がまたうろうろしながら戻ってきた。相当疲れているようだ。またしても女の子は指輪に気付くことなく通り過ぎてしまった。

 ああ、女の子も俺も指輪も運がない。



メイディル、さらなる危機



 夕方、俺はぼーっとしていた。

 人間観察出来ないんじゃつまらないしオパールから離れようかな、でも女の子がまた探しに来るかもしれないし、もうちょっと居ようかな。

 そんな風に考えているときだった。とある男の子が指輪を拾った。

 これは意外だ。アクセサリーとか、石とか、興味がなさそうだが、交番にでも届けてくれる心優しい人なのかな? 俺は安堵した。

「この指輪、八代が最近買った指輪じゃないか?」

 男の子はそうつぶやいて機械を触る。

 やつしろ? そういえば女の子の名前は八代花怜だったっけ? ということは、この男の子はあの女の子の知り合いというわけだ。

 俺は歓喜した。男の子が女の子にこの指輪を届けてくれれば問題解決! 女の子も俺も指輪もハッピー!

 男の子はこの指輪が女の子のものだと確信を得たようで、指輪は男の子のポケットに入れられた。

 しばらくして、俺は男の子の家に来た。指輪はポケットから机の上に置かれる。男の子は機械を触っている。俺は機械を覗き込む。

『指輪買っちゃった! オパールがとても綺麗なの』

 あ! あの女の子が打ち込んだ文章だ。それに対して男の子は文章を打ち込んでいるようだ。

『この指輪落としたろ。拾ったんだ。明日学校で』

 そこまで打ち込んで、男の子は文章を送らず消してしまった。

 ええ!? 俺は焦った。

 しばらく機械を眺めて気がついた。この男の子は、女の子が機械で文章を送ろうとしてはやめ、ハートを付けようとしてはやめを繰り返していた陽翔ってやつだ。

 ああ〜どうしよう! 大丈夫かな?

 女の子と男の子の間には何かあるのは分かる。こいつちゃんと女の子に指輪渡してくれるかな??

 俺は祈るしかなかった。



男の子と指輪



 日曜日の夕方過ぎ、遠藤陽翔は道端に落ちていた指輪を拾った。

 金色の輪っかに白い石が付いている。

 見覚えがある。

「この指輪、八代が最近買った指輪じゃないか?」

 SNSを確認する。

『指輪買っちゃった! オパールがとても綺麗なの』

 間違いない。彼女が画像付きで投稿していた指輪だ。

 実物の指輪を見て思う。彼女が好きそうな指輪だ。

 陽の光に照らすと虹色に反射して輝く。まるでシャボン玉のようだ。

 八代花怜。たまに目が合う女の子。ほとんど話したことは無いけれど、SNSの投稿から彼女がどんなものが好きで、その日どんなどんな出来事があったのか知っていた。学校でしか会わないので、彼女がこの指輪を身につけているところは見たことない。きっと似合うだろうなと思った。

家に戻った彼は、彼女にSNSで指輪を拾ったこと、明日学校で渡すことを伝えようとした。しかし、SNSで伝えることをやめた。

 クラスメイトという名目で相互関係になったが、今まで特にやり取りはしてこなかった。いいねもしなかった。他のクラスメイトともSNSで繋がっているので、変な噂が立つと彼女が困るだろうと思ったからだ。

ん、明日ササッと渡せばいいか。


気持ちは、シャボン玉のようにふくらんで


 月曜日、陽翔はポケットに指輪を入れて学校へ登校した。

 あー何をもたもたしてんだか。

 なかなか八代に話しかけるタイミングがつかめなかった。普通に話しかけて渡せばいいのだが、この指輪がなぜ彼女のものと分かったのかクラス内で噂になることを恐れたからだ。

授業が終わり休憩時間になった。彼女は他の女の子と話していた。

 タイミングを見計らう。話が終わったようだ。今だ。サッと渡して終わり。

彼女と目が合った。ポケットの中の指輪を取り出そうとして、ふと自分の気持ちに気がついた。

 クラス内で噂になると困る? そんなのは拙い言い訳で、本当は彼女にこの指輪がなぜ自分のものと分かったのかと、気持ち悪がられ嫌われるのを恐れていたのだ。

 普段話さない女の子。

 でもその子の日常をSNSを通して知っている。なんならいつの間にか毎日チェックしてるぐらいだ。彼女にどう思われるだろう。

 変な気持ちだ。

 頭がいっぱいになり彼女から目をそらした。指輪を仕舞う。

 ポケットの中じゃ陽は当たらない。恋も指輪もシャボン玉のように虹色に反射して輝かない。



伝えたい、シャボン玉のように割れてしまっても



 陽翔はポケットの中で指輪をずっと握っていた。この気持ちが何なのか考えていた。

 ほとんど話したことはない。けど、SNSを通して彼女がどんな子で、何が好きで、どんな風に過ごしているのか、いつのまにか投稿を追っていた。

 帰りのホームルームの時間になった。

 あぁ、俺は八代花怜のことが好きなんだ。

 ろくにやり取りをしたことがない。他に接点はない。だが今は彼女の指輪が手元にある。

 短期決戦だ。

 彼女が指輪を買ったのは先週の話。俺が指輪を拾ったのは昨日だ。先週投稿された内容を覚えているのは不思議じゃないだろう。むしろ渡すのが遅くなればなるほど気持ち悪がられる率が上がる。

 放課後、話しかけるぞ。指輪をきっかけにお近づきになろう作戦だ。

 ホームルーム中、先生が何を話していたか頭に入らなかった。放課後になってまっすぐ彼女のもとへ行く。心臓がバクバクしている。

「八代、少し良いか?」

「えっ、あっ、うん」

 クラスメイトの視線が集まる。

 指輪を渡すだけだが、物が物だけにそれこそ変な噂になってまずいかもと、またしょうもない言い訳が頭をよぎる。

 ポケットの中の指輪を握る。彼女への気持ちはどんどんふくらんでいく。彼女には悪いが気遣いなんてできるぐらいの余裕はない。こうなったら強行突破、玉砕覚悟だ。

「その、今から校舎裏まで一緒に来てくれないか。渡すものがあるから」

「へ? わ、わかった」

一緒に教室を出る。

 教室から何か色々聞こえるが、心臓の音のほうがうるさくて何も聞こえなかった。



恋と指輪は、シャボン玉のように輝いて



 校舎裏に着いた。誰もいない。

 陽翔はポケットから指輪を取り出す。

「急に連れ出してすまない。昨日指輪を拾ったんだ。八代の指輪だろ?」

 そう言って彼女の方を見る。顔は真っ赤で少し涙目になって口をパクパクさせていた。

 まずい、こんな顔をさせるつもりじゃ……。

「あっあっ、悪い、違ったか?」

彼女は顔を横に振った。

「ううん、私の指輪。ずっと探してたの。届けてくれてありがとう」

 ああ、よかった。

 彼女は顔を真っ赤にしたままモジモジしている。

 ――俺って結構強引で欲張りなんだな。

 彼女の左手を取り、指輪を薬指につける。陽の光に照らされて、オパールがシャボン玉のように綺麗な虹色の輝きを放つ。

「SNS見てて、八代に似合う指輪だなって思ってさ、つけてるとこ見たかったんだ。ん、少し緩いな」

「は、はぅ!」

 彼女の手を取ったまま、陽翔はふくらんだ気持ちを伝える。

「俺、八代のことが好きだ」

 しばらく沈黙が続く。

 このふくらんだ気持ち、割れちゃったか。

 彼女の左手を離そうとした瞬間、握り返された。



メイディル、渾身の力を込める



 俺が宿ったオパールの指輪は、しばらく男の子のポケットの中に入れられたままだった。

 暗い。ポケットから様子を見る。いた! あの女の子がいた! あとはこの男の子が渡してくれるかどうかだが……。

 俺に人を動かす能力はない。昨日からずっと祈りっぱなしだ。

 ポケットに手が入ってきた。おお、ようやく渡してくれるか! 一瞬指輪が男の子の手に触れたが、離れてしまった。俺はやきもきした。

あれから男の子は何度か指輪を握りしめていた。指輪は身に着けてなんぼだ。俺は人間観察さえできればこのまま男の子のところにいても良いのだが、正直に言うとポケットからだと様子が見にくい。観察に不向きだ。

数時間経ったか。男の子の声が聞こえてきた。やっと指輪を渡す気になったらしい。俺は男の子と女の子の会話を聞く。どうやら場所を変えるようだ。

少しして、ポケットから指輪が取り出され、メイディルは陽の光を浴びた。

 女の子がいる。はぁ、よかった、どうなることかと思ったぜ。

 しかし女の子の様子がおかしい。顔が真っ赤だ。男の子が女の子の左手を取る。

 えっと? これってまさかプロポーズ?!

 左手の薬指に指輪が着けられようとしている。

 わぁお! 婚約や結婚に使われる指輪の石って、たいてい強い妖精が陣取ってて中々経験できないんだよねぇ。

 俺はやる気を出した。体中を震わせる。渾身の力をオパールに込める。

 俺は妖精メイディル! さあオパールよ、俺が与えた人を惹く力をもって、二人の心を合わせて結べ!

 女の子の薬指に指輪が着けられた瞬間、オパールはメイディルから与えられた力すべてを使い、シャボン玉のように綺麗な虹色の輝きを放つ。

 さて、どうなったかな? 俺は女の子、男の子の顔を見る。二人とも笑顔だ。俺も笑顔になった。

女の子はその後、指輪をネックレスに通して身につけることにしたようだ。もう道端に転がるのは嫌なのでありがたい。

 相変わらず制服を着ているときはお留守番だが、それ以外のときは指輪を首にかけている。

 明日は制服じゃない日だ。どうやらあの男の子と会うようだ。

 俺は観察する人間が増えて喜んだ。

 長い付き合いになりそうだ。

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