宇宙人と地球人と宇宙人
「うちゅケ」当日の人出は予想の範囲内で、開場前に並んでいる人数から、終了までにおそらく約一万人程の客数になると思われる。
会場内には宇宙人対策本部が紛れ込み、いつザクシーと思われる反応が出ても対応できる手筈にはなっている。
定刻になり、客が誘導されて入って来る。
本当に来るのだろうか?
と不安に思うよりも早く、全員のインカムにモニタールームから通信係の声が入った。
『反応アリ。先頭の白い服の男児』
「えっ、男児?」
対策本部員は予想外の早すぎる事態と対象に狼狽えたが、自衛隊から出向してきた隊員達は迷う事なく行動を開始した。
早足で歩くザクシー容疑のかかった少年だけを別のルートに通し、その後ろの客からは通常の会場へ誘導。少年は後ろに誰もついてきていない事に気づいていない。
流れるような迅速で見事な連携に、モニタールームで小さく歓声が上がった。
誘導されて部屋に入り、少年が目の前に並んだ黒スーツ達を見て違和感を覚えてハッしたと同時に後ろでドアが閉まった。
カチャンと静かにドアを閉める金属音がしたあとはすっかり無音になった。
そこは普段会議室として利用される比較的小さな部屋だが、10人程の隊員と少年1人で使うには広く感じる。
少年は無表情で部屋と隊員を見回し、一番前の真ん中にいる黒服と目を合わせた。
「ザクシーさん、あなたに危害を加えるつもりはありません。少しだけお話を聞いていただけませんか?」
少年と視線を交わした黒服、秋月が静かに声をかける。
全員少年に近寄ったりはせず、ドアを閉めた隊員もドアの前は避けて直立している。閉じ込めるつもりは無いという意思表示だ。どうせザクシーがその気になれば建物を破壊して逃げる事もできるであろうし、無駄な害意は見せない方が良いだろう。
一同は少年の反応を待ち、じっと見つめている。
少年はしばし沈黙した後、ようやく口を開いた。
「なぜ私だと?」
それは見た目通りの少年の声では無かった。大人びた口調のせいでそう感じるのかも知れないが。
そしてその一言は、自らがザクシーであるという肯定にもなった。この部屋にいるのが自衛隊員でなければどよめきが生まれていたであろう。
――目の前の少年が紛れもなくあの宇宙人ザクシーなのだ。
美形の小学生男子にしか見えなかったが、途端に場の空気を凍りつかせる様な底知れなさを感じさせる、得体のしれない存在がそこに立っている。
「生体認証という、立ち方や歩き方をAIで認識する方法です。我々の科学の最先端をつぎ込んだ精度の高い物です」
秋月がザクシーの質問に答える。その声に恐れや動揺は感じさせない。
「なるほど。迂闊だったな……」
ザクシーは頭を掻いて下を向く。目を閉じて眉をひそめるその仕草は地球人と変わりは無い。
どこか愛嬌のあるザクシーに、隊員達も少しだけ安堵した。ここで暴れだすようなことは無さそうだ。
「地球人を侮っていた。反省しなければ……」
そう言ってトボトボと歩き出し、自然な動きで自分が入ってきたドアのノブに手をかけるザクシー。
「えっ!? ちょちょ、ちょっとまっ」
秋月が慌てて止めようとするが、ザクシーは
「失礼!」
と言って素早く部屋を飛び出していった。
「ちょっとぉー!」
秋月が慌てて後を追う。隊員達もそれに続いて走り出した。
部屋を出た秋月はすぐにザクシーの後ろ姿を見つけて追う。
ザクシーの後ろ姿を追いながら隊員が秋月に並ぶ。
「どうしますか? 追いつけますが手荒な真似は……」
「もちろん無しだ。追いかけながら説得するしか無い……か?」
子供を追いかける黒服集団。良くない絵面だ。
さらに良くない事に、ザクシーはイベント会場へ向かっている。
「人混みに紛れ込むつもりか?」
ザクシーにはそんなつもりはなかった。行き止まりを恐れて、通ってきた道を引き返したら途中で間違って会場の方へ向かってしまっただけだ。
転送装置を起動したいのだが、走りながらは無理だ。一度追手を撒いてトイレの個室にでも入れれば良いのだが。
イベント会場は人で溢れているが、日本人らしく一定の距離感を保ちつつ並んでいるので、ザクシーのサイズなら走り抜けるのは簡単だった。
人の隙間をスイスイと走り、事を荒立てたくない黒服達は叫ぶ事も出来ずに、ぶつかった人に謝りつつ追いかける。
インカムで連携を取りながら会場からの出口へ隊員を配置する。
急に始まった子供と黒服の追いかけっこだが、大半の観客は関わりたくないので自分のそばに来なければ騒いだりもしない。ああなんか躾のなってない子供がいたずらでもしたのかな? 程度の認識だ。
ザクシーは逃げ回りながらも、朝から並んででも買いたかったグッズを手に出来ない悲しみに襲われていた。
「クソッ!」
追いかけられていることよりもそっちの方が問題なのかも知れない。
悔しそうな悲しそうな表情で、逃げ道を探す事を優先しなければと切り替えた。
騒ぎを大きくするのはザクシーも本意ではない。会場からの出口は黒服が待ち構えている。
ザクシーは鍵のかかったドアへ駆け寄る。
「鍵は開いていない、囲め」
指示を受けた隊員たちがザクシーの背中に迫る。
ザクシーが目を閉じてドアノブに手を伸ばし、掴むと同時にカチャリと音がして鍵が解除された。
素早くドアを開けて滑り込む。
「ウソだろ!」
隊員が驚いて追うも、ドアは締まり鍵もかけられている。ガチャガチャしてみるが開くはずもない。
「どうやったんだ!?」
予想外の場所からの逃亡を許し、慌てて出口で待機していた隊員が走って来る。
客の入れない通路故に隊員が走るスピードも早いが、ザクシーが逃げて更に別のドアに手をかける方が早い。
その時、痛恨の面持ちで届くはずもない手を伸ばす隊員の横を、視認できない程のスピードで何かが飛んでいった。
隊員がそれを知覚して驚くよりも早く、それはドアノブに手をかけていたザクシーを捕らえていた。
何か起きたのかわからない隊員達と、何が起きているのかわからないザクシー。
「え?」
ザクシーは自分の足が床についていない事、両腕と胴をがっちり固定されている事、動けない事を認識した。
「私の勝ちだな、ザクシー」
頭の上で声がしたので顔を上げると、紫色の髪の女がこっちを見て不敵な笑みを浮かべている。
そこで自分がこの女の脇に抱えられているのだとわかった。
黒服隊員達も呆気にとられているところを見るに、仲間ではなさそうだ。
「おっと、ワープみたいなのをしようとしたら即座に、えーっ、と、死なない程度になんかするからおとなしくしてろ」
コレは逆らわない方が良いとザクシーはおとなしくすることにした。力を込めてもこの女の細い腕はびくともしないのだ。他人に触られている状態では転送装置も使えない。
黒服に続いて秋月が追いついてきたが、事態を飲み込めない様子で様子をうかがっている。
「あの、あなたは……?」
恐る恐る話しかける秋月に、女はザクシーを左脇に抱えたままニヤリと笑い、右手の拳を腰に当てて大股を開いて言い放った。
「私は宇宙人だ!」
『えぇっ!?』
その場に居た秋月含む隊員、そしてザクシーも声を合わせて驚いた。
「悪いけど地球人と話をする前に私の言う事を聞いてもらうぞザクシー。こっちはお前に殺されかけたんだ、言う事を聞かないとお尻ペンペンだぞ」
「私は子供じゃない。お前に会った記憶もない。お前の話も場合によっては聞こう。だがもしも地球人に害を加える様な事であれば……」
「あーそういんじゃない」
ザクシーの言葉を遮るエイホ。ザクシーを抱えたままゆっくりと隊員たちの方へ歩み寄る。
「最初はそういう任務だったけど、どうでもいいのよそんなの。意味分かんなかったし」
「お前……」
ザクシーは何かに思い当たった様な顔をしたが、エイホが急にクルッと歩く向きを反転したので「ワッ」と言葉をつまらせた。
「人探しをしている。それを手伝ってほしい。ザクシーだけじゃ無理なら地球人にも手伝って欲しいかも」
そう言いながらエイホは地球人達に背中を向けつつ、顔だけ振り返る。チラチラと何度も。
ザクシーが正体を明かしたときの態度とくらべ、あまりにも地球人っぽいその仕草に、遅れて集まってきた隊員の中から「本当に宇宙人なのか?」とヒソヒソ声が上がった。
ザクシーを捕らえたときのスピードを見ていない隊員には、いたずらっ子を捕まえた元気なお姉さんにしか見えないのだ。
「間違いなく宇宙人だよ」
少し離れたところから声がした。
声の主に全員の視線が向けられる。
千村と十腰内が歩いてきている。
声の主は十腰内だった。
「お前が探してるのは私だろう、エイホ?」
「えっ?」
隣を歩いていた千村が歩みを止めて十腰内を見る。
「久しぶりー! トオナ、何してんの?」
緊張感の無いエイホの声が逆に不気味だった。
千村も隊員達もザクシーも事態を飲み込めず、頭の上に?が浮かんでいそうな表情をしている。
「一旦みんなで話そうか。チムチム、会議室ってイスとか机ある?」
「あ、いえ、借りてないです。今から借りますか?」
「んー、床で良いか」
「トオナ、コレはどうする? 殺した方がいい?」
エイホが脇に抱えたザクシーの頬を指で突く。ザクシーはギョッとして顔を上げた。
「ダメ。そのまま捕まえてて」
「あいよー」
ひとまずホッとするザクシー。
「だいぶ混沌としているが、一つ一つ整理していこう」
秋月の声を号令に、全員会議室へ向かって歩き出した。
マッチポンプ宇宙人 つねひろ @tunehiro
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