第7話 水飛沫

 実を言うと。

 ズルと言われてもしようがないかも知れないけど、俺はメイズの構造を知っている。

 正解ルートから隠し通路の位置まで正確に。

 転生してから八年、我ながら大した記憶力だと自負しているけど、まさかこんな形で役に立とは思わなかった。


「秘宝があるなら……」


 それはきっとメイズの中心だ。

 本物のメイズにはかつて、隠し通路からじゃないと侵入できない部屋があった。

 その部屋には、この時代に広く普及しているマジックアイテムや、その設計図が保管されていたらしい。

 その部屋こそメイズの中心にある。

 秘宝を隠すには打ってつけだし、これだけ精巧なレプリカなら部屋か存在している可能性は高い。

 前世の知識のお陰でほかの受験生より有利な条件で望めているし、難易度の高いほうに挑んで見ようかな。

 まだ誰も見つけられていないみたいだし。


「えーっと、たしか……こっちか」


 転生する以前は幾度となく歩いた通路。全体的に似たような景色が続いていて、見分けがつくようになったのは随分と後からだっけ。

 薄暗い中に浮かぶ燭台の頼りない明かりとか、じめっとした空気感、どことなく鼻につく生臭さ、どこまでも本物に忠実で懐かしい気分になれる。

 ちょっと爺臭いかも。いや、精神年齢的にはもう――やめよ。

 なんて心の中で自嘲していると、通路の角を曲がった先で人と出会い頭にぶつかりそうになった。

 けど、そこは難関校を受験する者同士、お互いにいい感じに躱しあって事なきを得た。


「ふぅー、危なかった――って、八羽!?」

「あ、海奈」

「やった! もう三回目だよ! ずっと会えなかったのに今日だけでもう三回! 嬉しいなー! えへへ!」

「そ、そう」


 なんというか、こうも好意的な反応をされると反応に困っちゃうな。


「あれ、一人? 友達と一緒じゃなかった?」

「あー! そうだった! 私、真白ましろとはぐれちゃったの! どうしよう……」


 しぼんだ風船みたいに急に元気が抜けてしまう。その様子が八年前と重なって、なんだか放って置けなかった。


「よく迷子になるなぁ、海奈は」

「えー! そんなに迷子になってないよ! たまにだけ!」

「ホントにー?」

「むー! いじわる! いいもん、迷子になったお陰で八羽に会えたんだから!」


 たしかに海奈が迷子になってなかったら、声をかけようとも思わなかった。もっと言えば転生しなければ、だけど。


「ごめんごめん。じゃあ一緒に捜そうか、海奈の友達。昔みたいにさ」

「え、いいの? 昔みたいに!? やったー! じゃあじゃあ直ぐに行こ! 速く速く!」

「わかったわかった」


 自然と海奈に手を握られて歩き出す。本当に昔に戻ったみたいだ。今回、引っ張ってるのは海奈のほうだけどね。


「えへへ」

「楽しそう」

「だって八羽と一緒だもん。こうやって隣を歩けるなんて。すっごく幸せ!」

「こんなことで幸せを感じられるなら毎日がハッピーでいっぱいだろうね」

「こんなことじゃないよー。毎日がハッピーでいっぱいなのは本当だけど!」


 天真爛漫で、擦れてなくて、純粋。

 まるで八年前のあの日から体だけが成長したような、そんな印象を抱くくらいに、海奈の笑顔は眩しかった。

 流石に失礼かな。

 なんてことを思いつつ、メイズを歩いていると、仄暗い通路の先で何かが動いた。


「おっと、お出ましだ」


 暗がりからのっそりと現れたのは、岩石に覆われた球状の殻を持つ魔物、ディブリー。

 ここはダンジョンじゃないし、怜悧学園が魔物に名前をつけて飼育でもしていない限り、あれは本物じゃない。

 そもそも第四階層にディブリーはいないし。

 なにかしらの術式で構築された疑似生物、式神だ。

 強くはない相手だけど、倒すのに手順がいるタイプ。硬い外殻が撃破難易度をあげている。

 経験を積めば省略することも出来るけど、学生の実力じゃまだまだ正攻法で行くしかない。

 厄介というよりかは面倒な敵だ。

 式神の撃破が加点対象なら見逃す手はないけど。


「八羽! 見てて見てて! 私、強くなったんだよ!」


 そう意気込んだ海奈は、真正面から撃破に向かう。

 対するディブリーも応戦の構え。

 アルマジロのように背を丸めて作った体勢は、けれど攻めるためのもの。

 身の一部、殻を射出する岩石砲。

 その弾丸は目にも止まらぬ速さで、複数の角度から海奈を狙い撃ちにする。

 助けに行くべきか? 脳裏によぎった選択肢は、しかし次の瞬間には消えていた。


「当たらないよーだ!」


 海奈は完全に岩石砲の弾道を読んでいた。 

 身に迫る脅威を物ともせず、最適解の回避動作ですべてを躱し、ディブリーの元へ。

 ここまで辿り着けたなら、あとは正確さが物を言う。

 岩石砲の弾丸が身を守るための殻である以上、発砲の直後には必ず外殻に隙間が出来る。

 そこを縫って攻撃を内部に叩き込めれば討伐完了。度胸と精密な動作が求められる――んだけど。


朧水月おぼろすいげつ!」


 足跡に生じる水飛沫。

 それを伴って繰り出すのは、水の刃を描くサマーソルト。

 弧を描いた爪先が、本来なら学生身分が突破できるはずもないディブリーの外殻を切り裂き、真っ二つにしてしまった。


「イエイ!」


 勝利のピースサインだ。


「驚いた、まさか正面突破とはね」


 海奈は手順を省略してディブリーに勝ってみせた。俺が本当の十五歳だった頃には到底不可能だったことなのに。

 凄いな、本当に心からそう思う。


「どうどう? 私、強くなったでしょ!」

「そうだね、びっくりしちゃったよ。本当にあの時泣いてた海奈なの? 偽物じゃない?」

「本物! 私、本物だよ!」

「怪しいなー」

「信じてー!」


 なんて話をしている間に、ディブリーの死体が蒸発したみたいに消える。

 影も形もなくなった。

 やっぱり本物じゃなくて式神だったみたい。


「お互いに魔術師をしてればまた会えるって八羽言ったでしょ? だから頑張ったの、私」

「そんなに会いたかったの? 俺に」

「うん! だって――」

「おーい! 海奈ー!」

「あ! 真白の声だ! 真白ー! こっちこっちー!」

「海奈! どっち!? こっち!?」


 よく通る元気な声に導かれて、通路の奥から海奈の友達が現れる。


「あー! やっと見つけた! まったくもう海奈は目を離すと直ぐに迷子になるんだから」

「そ、そんなに迷子になってないもん!」

「えー? 今まであたしが一体どれだけ――」

「あー! あー! あー! きーこーえーなーいー!」


 楽しそうでなにより。


「じゃ、俺はこの辺で」

「えー! 一緒に行かないの?」

「一応、ライバルだしね」

「うーん、そうだけど……」


 そうだな。


「じゃあまた約束しよう」

「約束?」

「そ。入学式でまた会おうって約束」

「わぁ! うん、わかった! 絶対だよ! 絶対合格してね!」

「海奈もね。それじゃ」


 大きくブンブンと力強く手を振る海奈と、その隣でやれやれと言った仕草をとっている真白。

 名残惜しいけど二人に別れを告げて、別々の道へ。海奈たちを俺のズルに巻き込むわけにもいかないしね。

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転生した無能魔術師は破滅の未来を回避したい 黒井カラス @karasukuroi96

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