第6話 試験開始

 トレーニングルームの内部には、嘘みたいに広大な空間があった。

 天井は高くて、明らかに建物の外観と位置関係があっていない。汎用術式で空間が拡張されているっぽい。


「こいつはまた馬鹿でかいもんがあるな」


 陸斗が見上げたのはこの空間の中心に聳え立つ一つの巨大な人工物。

 というか、見覚えがあるんだけど。

 あれ間違いなくダンジョンの第四階層にあるメイズだよね? 転移はしてないはずだし、第四階層にしては空間が狭すぎる。

 なら作ったってことか、レプリカを。

 再現度が気になるところだけど、とりあえず実技試験の詳細を聞こう。ちょうど俺達の前に試験官が現れた。


「えー、受験生の皆さんおはようございます。これから実技試験を始めたいと思います」


 その人はとても気怠げに口調で話を続ける。

 あの人のことも知っている。

 妖取影人あやとりかげひと

 あの眠たげな目を見間違えるはずはない。

 彼は怠けたがりだが誰よりも命を張って人々を護っていた人だった。

 そう言えば元々、教師だったって言ってたっけ。そうか、この世界ではここの先生なんだ。


「皆さんには眼の前にあるメイズに入り、制限時間内までに出口を目指してもらいます」


 タイムアタックの側面もあるのかな?


「なお、脱出できなかったからと言って必ず点数が低くなる訳ではありません。そのまた逆も然りです」


 ただメイズから脱出するだけではダメなんだ。でも、脱出した順番が点数に影響を与えない訳でもないはず。

 当然、メイズの中には式神のような敵も存在するはず。敵を倒す、誰かを助ける。この辺りも加点対象になりそうかな。

 その塩梅をどうするかによって合否が分かれるかも。


「脱出方法は二つ」


 二つ?


「一つは踏破して出口に到達すること、もう一つはメイズのどこかにある秘宝を見つけること。秘宝を手にした瞬間、メイズの外へ転送される仕組みになっています。まあ、これまで見つけられた受験生はいませんがね」


 秘宝、秘宝ね。


「説明は以上。では皆さんメイズの前へ」


 誘導されてぞろぞろと歩き出した受験生たちの中に、ふと海奈の姿を見つけた。あちらもこちらに気が付き、目が合う。

 途端に海奈は、ぱっと花が咲いたように明るい笑顔になった。八年前の家族と再会した時みたいだ。


「なぁ、ホントに何もねーのかよ」

「ないよ、ないない」


 疑り深い陸斗を軽くいなしてメイズの前へ。

 みんな今は閉じている石門の最前線に陣取ろうと、押し合いへし合いの押しくら饅頭状の態だった。

 楽しそう。


「石門が開くと同時に試験開始とします。それでは皆さんご健闘を」


 音を立てた石門が試験開始を告げ、まだ隙間が僅かなうちから我先にと受験生たちがメイズへと雪崩込む。

 あの勢いに割って入るのは体力の無駄かな。俺たちの番は最後のほうになりそう。


「どんな罠が仕掛けられているかも知れないのに、勇ましいことだよねぇ。僕には真似出来そうにないよ」


 人の流れが穏やかになるまで待っていると、まるで旧知の仲みたいに見ず知らずの受験生が話し掛けてきた。

 見たことのない学生服は新品みたいで上等なもの。出で立ちにもどこか気品があって、いいところの出なのだろうと予想がつく。

 いかにも坊っちゃんです、って感じ。


「誰だ? てめぇは。いきなり人の会話に無賃乗車して来やがって」

「おっと、よしてくれ。野蛮な人間とは話をしないことにしているんだ」

「あぁ?」

「まぁまぁ。争ってもいいことないよ。わかってるでしょ?」

「チッ」


 堪えてくれたけど、試験中じゃなきゃ手が出てたね、これは。昔から喧嘩っ早いんだから、緊張しやすい癖に。


「ご要件は? 急ぎの用があるから手短にお願い」

「なに、簡単なことさ。これから学友になる人のことを今のうちから知っておこうと思ってね」

「もう合格した気でいるなんて気の早い話だこと。それに俺も?」

「キミは合格するさ。見ればわかる」


 ずいと顔が近くなる。


「魔力の量が桁違いだ。それでいて乱れがない。相当な鍛錬を積んだ成果だろう。僕の学友にはキミのような優秀な人間が相応しい」

「過分なお言葉を頂戴できて光栄至極だよ。だけど遠慮しとく」


 その言葉と共に止めていた足を前に運ぶ。

 ちょうどメイズの石門も開き切ったところだ。人の流れも落ち着いたみたいだし、俺たちも先を急ごう。


「なぜだい! そうか、僕が誰だかわかっていないんだな! いいだろう、僕こそが――」

「キミが何者だろうと、友達のことを悪く言う人とは仲良くなれないよ。じゃあ」


 唖然とする彼を残してメイズの中へ。

 内部はレプリカとは思えないくらい本物に近かった。

 分厚く高い壁の圧迫感、高い湿度と不気味な雰囲気、足音や声の反響の仕方さえ同じだ。


「あいつ、八羽はって言いやがった」


 キミは合格するさ。

 キミは。


「見返してやろう」

「もちろんだ」


 陸斗なら合格できるはずだ。


「座学の試験結果が心配だけど」

「だー! 今それを言うなよな!」


 勉強会もたくさんやったし大丈夫だと信じて今に集中しないと。

 ほかの受験生たちは各々のやり方でメイズに挑んでいる。

 真っ当に踏破しようとしてる殊勝な人や、壁を破ろうとしている横着な人、先に人を歩かせて罠の有無を判断しているズルい人。

 すこし出遅れたけど、まだ十分に巻き返せる。


「しっかし迷路の踏破ったって、何日掛かるんだ? って感じだ」

「同感。かと言って壁は破れそうにないね」


 さっきから何人かの受験生が組んで壁に術式を当てているけど、まるで野球の壁当てだ。

 進捗具合は芳しくなさそう。


「まぁいい、俺は先に行くぞ」

「あれ、一緒に行かないの?」

「一人で合格しなきゃ、あの野郎に難癖付けられそうだからな」

「キミが合格できたのは風切のお陰だ、みたいな?」

「そういうこった。微妙に似てて腹立つな」


 たしかに言いそうだ。

 ほんの数分の付き合いだけどありありと目に浮かぶ。


「出口で合うぞ、遅れんなよ」

「どっちが」


 勢いよく駆けていく陸斗を見送って、こちらも進むべき道に足の爪先を向けた。

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