第5話 思わぬ再会

 死後に発動する転生術式によって、この世界で目覚めてから八年の月日が経った。

 現在中学三年生の十五歳。


「よう、八羽。どうだ? 受験対策のほうは」


 受験の真っ最中だ。


「陸斗。それを受験当日、それも二日目に聞く? また座学の試験を受ける気?」

「だー! やめろやめろ。やっと頭に詰め込んだもの全部放り出したところだ」

「それ放り出したらダメな奴じゃ」


 せっかく覚えた知識なんだ、もうしばらく詰め込んだままにしてほしい。


「自信のほどは?」

「二日目の実技で取り戻す!」

「ダメじゃん」


 あんなに勉強会を開いたのに。


「陸斗とも中学でお別れか」

「そういう八羽はどうなんだ?」

「少なくとも陸斗よりは点数取れてる」

「けっ、座学なんてオマケだ。戦闘こそ魔術師の本分だぜ」

「ま、冗談言ったけど陸斗の実力があれば受かるよ」

「だろ?」

「きっと」

「余計な一言つけたしてんじゃねぇよ」

「でも、この学園の名前がね」

「名前だ? 怜悧だろ。流石に読めるぞ」

「そりゃ受験してる学園の名前だし。じゃあ怜悧の意味は?」

「んあ?」

「頭が良いってこと。魔術師にも学が必要な時代だよ。あまりに座学の点数が悪いと……」

「はっ! 今更、ジタバタしたってしようがねぇだろ。今はそれより実技だ!」

「その前向きさがたまに羨ましくなるよ。皮肉じゃなくね」


 終わってしまったことを嘆いてもしようがない。陸斗の点数が基準に達していることを祈っておこう。


「会場はトレーニングルームだっけ?」

「たしかな。人の流れに沿っていきゃ間違いないだろ」

「だね」


 人の流れに乗って怜悧学園の遊園地くらい広い敷地内を歩く。徒歩はキツイと判断した受験生の一部はタクシーに乗り込み始めている。

 実技試験のために少しでも体力を温存したいみたい。


「ん? なんだぁ? 人だかりが出来てっけど」

「なんだろ、有名人でもいるのかな?」

「行って見ようぜ!」

「陸斗は好きだよね、こういうの。俺も嫌いじゃないけど!」


 駆け足になって人だかりの中へ。

 そう言えば昔に似たようなことがあったっけ。あの時はまだ転生したばかりで、大人が足の怪物に見えたっけ。

 今は路傍の石くらいにしか思はないけど。

 そう言えばあの時の女の子、元気かな?


「かわいい! 噂通り!」

「噂以上だよ! あれで魔術の成績もトップクラスとかズルでしょ!」

「隣りの子もレベルたけー」

「あの子が親衛隊?」

「親衛隊って。女友達だろ」

「でもあの子に近寄る男はみんな弾かれるんだぜ? 親衛隊だろ」

「ホントか? ワンチャンもないじゃん」

「元からノーチャンだろ」


 人混みを掻き分けて進んでいると、この中心にいる誰かの情報が次々に耳に入ってくる。

 どうやら女の子みたい。

 色んな種類の学生服が入り乱れているから、その評判は他校にまで響いているのかも。

 それかもしくは人混みに惹かれた俺たちみたいなのか。

 これは是非とも一目見ておかないと。

 野次馬根性丸だしで進み、ようやく人混みの中心地へ。


「あー!」


 そこで驚きに満ち満ちた元気な声が響く。人混みの中心から発せられたそれは、差し向けれた指先によって方向性を持つ。

 指差されたのは、俺だった。


「八羽! キミ八羽でしょ!」


 親衛隊と呼ばれていた子の側から抜け出して、一直線にこちらへと駆け寄った一人の女の子。

 爛々と輝かせる瞳に俺を映し、何かを期待しているような視線を送られる。

 もしかして昔の知り合いだったりする? さっき俺の名前を呼んでいたし、どこかであってるのは確実か。

 どこで?

 改めて女の子の容姿を見てみる。

 顔立ちは端正でありながら、どこか子供っぽい印象が拭えない。腰の辺りまである髪は長くて綺麗で、白い花の髪飾りが存在感を放っている。

 そう言えば、あの白い花はたしか。

 あれ、じゃあ。


「もしかして海奈?」


 八年前、術式発現の儀式会場で迷子になっていたところを助けた女の子だ。


「わぁ、憶えててくれたんだ! 嬉しい! あのねあのね、私はじめてキミにあった時から――」

「ちょ、ちょっとちょっと海奈! いま凄いこと言おうとしてない!? ストップストップ!」


 海奈が何かを言い掛けたところで親衛隊の子が割って入ってきた。

 海奈とお揃いのように髪は長いけど、身に纏う雰囲気は大人っぽく、言動は年相応と言ったところ。


「ええー! やっとまた会えたのに!」

「だからって気が早すぎ! あんた今日なにしに来たの、受験でしょ受験!」

「あ、そうだった」

「まったくもう」

「というわけで、八羽!」

「はい」


 勢いに押されてなぜか敬語になる。


「受験が終わったらまた私と会って! 伝えたいことがあるの!」

「わ、わかった」


 伝えたいこと?


「あとあと、絶対ぜーったい合格してね! 私もするから! じゃあね!」


 そう言い残して海奈はダッシュで去っていく。


「あーもう海奈ったら! 集合場所はー! 時間はー! どうやって連絡するつもりなの、まったく! しようがない」


 一人、ここに残っているけど。


「はい、これ」


 彼女はさらさらっと桃色のメモ紙に何かを書くと、それを俺に差し出した。


「これは?」

「海奈の連絡先」


 周囲の人だかりが、ざわりとする。


「受験が終わったら連絡してあげてね」

「これ、もらっていいのか? たしか男は寄せ付けないんじゃ」

「そうだよ。あの子、純粋だから騙されないように見張ってなきゃね。でもキミは特別」

「なんで?」

「あの子、目茶苦茶一途なんだよねー。それが理由かな。じゃね」


 軽く手を降って馴染に別れを言うようにして、彼女は走り去った海奈を追いかけていった。

 残された俺のもとに、周囲の受験生たちからの視線が突き刺さる。


「ようようよう、隅に置けねぇな。ええ? 八羽さんよぉ」

「どこのチンピラ?」

「ちょっとお話しようか。あんな可愛い子とどこで知り合ったんだよ、この色男!」

「いたたっ、ちょっ、危ないって!」


 首をアームロックされたまま、人混みから逃れるようにトレーニングルームへ。

 乱暴な手段だけど、上手く視線から抜け出せた。頼りになる友達だ。


「で? ホントのところはどうなんだ?」

「ホントもなにも小さい頃に一度会っただけだよ」

「それだけか?」

「まぁ、迷子になってたから親と再会するまで一緒にいたくらいかな」

「ほかには?」

「ほか? うーん、特に何も」

「なにかあんだろ、思い出せ」

「まぁ、強いて言えば花をあげたりはしたけども」

「花だぁ? お前、そんなキザな奴だったか?」

「会話の切っ掛けにしただけだよ」

「今どきナンパでもそんなことしねーぞ」

「ナンパじゃないから、七歳の頃の話だって」

「そんな小さい頃から……」

「やめて」


 あらぬ不当な疑いを掛けられながらも、俺たちは試験会場であるトレーニングルームに足を運んだ。

 受験二日目、実技試験の始まりだ。

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