第4話 助っ人
「えーっと、名前なんだっけ?」
「
「木曽部?」
どうも名前に聞き馴染みがない。
かつて共に戦った魔術師の名前はみんな覚えているはずなんだけど。木曽部という名は聞いた覚えがない。
ということは、そういうことか。
早々に魔術師を辞めたか、名を残す前に命を落としたか。
前者であることを祈る。
「なにか用事? キミより優先すべきことが山程あるんだけど。例えば爪切りとか」
「調子に乗るなよ、ちょっと来い!」
取り囲まれてしまった。脱出手段には事欠かないけど、怪我でもさせたら危ない。
面倒だけども、ここは大人しくついて行こうか。
帰宅ルートから逸れて、向かった先に有ったのは寂れた公園だった。
遊具は錆びついていて汚いし、砂場はひび割れて硬そう。
猫も寄り付かないだろうな、なんてことを考えていると、ブランコに人を見つけた。
中学生くらいかな?
「遅い」
「ご、ごめんなさい」
「まったく。で、そいつが例の奴か」
「そ、そうだよ!」
「ふーん」
ブランコから立ち上がった彼の身長は、俺の視点からすると、大人ほどではないにしろ、とても高く見えた。
「お前、学校で調子に乗ってるらしいな」
「具体的には?」
「ん? あー、なんだっけ?」
「ちょっと魔力が多いだけで偉ぶってる」
「そんな覚えはないけど」
「
絵里。
何度か話した記憶はあるけど、仲が良いってほどじゃなかったはずだけど。
恋は盲目と言うけど、まさにそれかも。
あの子の視点だと、そう見えてしまっていたみたい。迷惑な話だけど。
「まぁ、何でもいい。かわいい弟の頼みだ、ちょっとばかし痛い目にあってもらうぞ」
本気? 中学生、それも体格からして三年生が小学一年生を殴ろうって?
魔術師に問うのは間違いかもしれないけど、どんな倫理観してるんだ、最近の中学生は。
いや、ここは過去の世界だけれども。
「まずは一発!」
圧倒的な体格差から放たれる蹴りを、軽く交わして距離を取る。
「避けんのか……すばしっこいな」
「兄ちゃん!」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
蹴りを躱されて格好かつかなくなっちゃったからか、頭に血が登っているみたい。
すぐ熱くなるし、小学一年生に喧嘩を吹っ掛けるし、聞いたことのない木曽部という名前もそう。
彼ら兄弟の将来が光に照らされることはない。少なくとも転生する前の世界では。
さもありなんって感じ。
「くそっ! このっ!」
容赦なく振るわれる拳や足を躱しながら、この場をどう納めようか思考を巡らせる。
子供を殴るのは気が引けるし、かと言って逃げ回り続けるのも、それはそれで面倒。
公園から脱出を図るのはありだけど、それって結局は問題の先延ばしなんだよね。
明日、必ず学校のほうで問題が起こる。出来ればここで始末を付けて起きたいけど。
「おい! お前らも手伝えよ! 誰のためだと思ってんだ!」
「う、うん!」
更に面倒臭いことになった。
公園の出入り口を塞いでいた男の子たちが、俺を取り押さえに来ている。
中学生が相手でも気が引けるのに、小学生を殴るなんて以ての外だ。
どうする? 足をかけて転ばすくらいならアリかな? と、悩んでいたその時だ。
男の子たちの一人が後ろから蹴飛ばされた。
「だ、誰だよ!」
「誰かって? 正義の味方様だよ」
儀式の時に見た顔だ。一番手だった煤金陸斗。
あの子、壇上では目茶苦茶に緊張している様子だったのに、この状況に飛び込めるくらい勇気のある子だったのか。
やっぱり優秀な魔術師は子供の頃からその片鱗を見せるものなんだ。
「よう、加勢してやるぜ。事情はまったく知らねぇけどな」
「そ、そんな奴が手出しするなよ! 俺たちのほうが正義だったらどうすんだ!」
「あぁ? ねぇよ。寄って集って見っともねぇ真似しやがって。恥を知れ恥を」
「は、恥だと!」
「こっちは任せな。相手しといてやる」
「どうもありがとう。助かるよ」
視線を中学生のほうに戻す。
こうなった以上、逃げるという選択肢はなくなった。場を収めるために、気が引けてしようがないけど、彼を倒そう。
まぁ、彼は八つくらい年上だし、体格も圧倒的に大きい。
曲がりなりにも小学一年生の体の俺が抵抗しても言い訳は立つ、と思う。
それにしたって大人が子供を殴りつける構図に変わりはないけど。
「舐めやがって、どいつもこいつも」
繰り出す攻撃の悉くを躱され、取り巻きの弟は役に立たず、挙句の果てに小学一年生に恥知らずと罵られる。
その事実が、彼の感情を爆発させた。
「ちょっとちょっとちょっと!」
肉体から滲み出る魔力。
それを視認して直ぐに術式は発動する。
「
隆起する地面、それは槍の如く鋭く研ぎ澄まされ、こちらを貫かんと伸びる。
「信じられない馬鹿野郎だよ!」
こちらも術式を発動。
瞬間、風の刃が乱舞し、土の槍を切り刻む。
術式はただの
「そんな……馬鹿な。小学生が、嘘だろ」
「嘘だろはこっちの台詞だよ」
膝をついた彼の前に立つ。
「まさか術式を使うなんてね。いくら何でもやり過ぎだし、学校にバレたらどうするつもりだったの?」
「う、うるせ――」
「受験に響くよ」
彼は押し黙った。
「に、兄ちゃん何やってんだよ! 早くやっつけてよ!」
弟の叫びも今は届かない。
高校受験は人生における分岐路の一つ。
魔術師として大成できるか否かが掛かっているし、親からの期待や重圧も凄い。
それをこんなことで熱くなって台無しになるかも知れないんだ。しでかしたことの重大さに今更気付いて、彼も心中穏やかじゃ居られないだろうね。
小学一年生を殴りつけるくらいならどうとでもなるけど、流石に術式の仕様は不味すぎる。
まぁ、彼らの将来は、この世界でも悲しい結果になりそうかも。
「もう終わりか?」
「みたいだね」
煤金の近くには殴られて戦意喪失した子たちがいて泣いていた。
煤金自身にも痣が出来ているけど、本人に気にした様子はないみたい。
「うわああああぁぁああ!」
進退窮まり、どうしようもなくなった木曽部が掴みかかってくる。このまま躱して足を引っ掛けることも出来るけど、止めだ。
伸ばされた木曽部の手を避けて、その胸ぐらを掴む。
「ジェットコースターは好き?」
「は? なに言って」
術式を発動。
「環天頂弧」
風が集い、形作るのは一対の翼。
虹色の羽根で虚空を掴み、木曽部を伴って夕日に染まる大空へと飛翔する。
風を切って一直線に雲の上に。
眼下には小さくなった公園が辛うじて見えていた。
「ひっ! やめっ!」
「もう二度と俺に関わらないって誓ってくれる?」
「誓う! 誓うから! 降ろして!」
「わかった。じゃあ、降ろしてあげる。お望み通り」
胸元を掴んだ手を緩める。
「う、嘘! 嫌だ! やめてっ!」
「これくらいしないと懲りないでしょ」
一般の小学生には絶対しないけど、この子は腐っても魔術師の卵だ。これくらいの高さなら怖いくらいで済むはず。
心が痛むけど、殴る蹴るをするよりかは幾分マシかな。ということで手を離し、木曽部は絶叫しながら真っ逆様に落ちていく。
「ふー……街ってこんなに大きかったっけ」
眼下に広がる街並みは、魔術師が守るべきものだ。
でも、恐らくこの世界でも最後には破壊されてしまう。
ダンジョンから溢れ出した魔物たちに蹂躙され、多くの人が犠牲になる。
その凄惨な未来を変えられるのは、俺だけかも知れない。
「あ」
なんてことを考えていると、空に逆さの虹を見つけた。
「環天頂アーク」
その様子はまさに虹色の翼を広げた術式そのものだった。
だから環天頂弧。
この術式は転生前のものとは違う。
この世界は俺の知る世界とは少し異なっている。だから、もしかしたら防げるかも知れない。
ダンジョンから溢れ出る、魔物の大行進を。
可能性がゼロじゃないなら、頑張ってみようかな。
「さて、お仕置き終了」
両翼で虚空を掴み、雲を上から貫いて木曽部の元へ。涙と鼻水でびしょびしょになっているところへ駆けつけて勢いを殺し、無事に着地。
木曽部は公園の地面に崩れ落ちた。
「お前……えぐいことするな」
「そう? でも、これで懲りたでしょ」
懲りてくれないと困る。
「このことは秘密にしといてあげる。だからさっさと行きなよ、面倒ごとは御免」
「……くそ」
自らの短期が招いた出来事によって封殺され、木曽部兄は泣きじゃくる小学生たちを連れて公園から逃げるように去っていった。
親にどう説明する気だろう? 知ったこっちゃないけど。
「ありがとう、助かったよ」
「よく言うぜ。助けなんて要らなかったろ」
「そうでもないよ」
実際、小学生組に肉体的なダメージを与えるのは憚られたし、煤金が加勢してくれて助かったのは事実だ。
「俺は煤金陸斗」
「風切八羽。よろしく」
夕日に照らされた公園で握手を交わす。
ここで結ばれた友情は八年が経った今でも続いている。
風切八羽、十五歳。
高校受験の歳だ。
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