第3話 術式訓練

 魔術師が通う学校は当然だけど普通校じゃない。

 ダンジョンの中にある怜悧学園は、中でもびっくりするくらいの異常だけど、それでも魔術を学ぶために特化した専門校は世の常識から外れた理外の教育機関だ。

 生徒すべてが魔術師の卵。

 だから術式発現の儀式のあとは必然的に、その話題で持ち切りになる。


「八羽! 凄かったな、お前の術式!」

「竜巻がぶわーって!」

「時灘大魔術師もびっくりしてた!」


 話題の中心点はもっぱら俺の術式について。

 今の俺はこの年齢にしてはかなり魔力が多くて、すでに成人並みの魔力量がある。通常ならこの十分の一以下。これは転生前にあった俺の魔力量とぴったり合致する。

 つまり俺は前世の魔力を現世に引き継いでいるってことらしい。

 そんな規格外の魔力量が引き起こした術式の暴走は、なんにでも興味が湧く年頃の子供たちにとって垂涎ものの話題だ。

 校門を潜る前から人だかりが出来ていたし、教室に辿り着く頃には鰯の群れのようになっていた。

 注目を浴びるのは嫌いじゃないけど、お山の大将を気取ってるみたいで喜べはしないかな。肉体的には同い年なんだけどね。


「ただ暴走しただけだろ」

「ちょっと魔力が多いだけで偉そうに」


 注目の的になるとやっかみが聞こえてくるもので、遠巻きにこちらを睨み付けてくるグループがあった。俺も精神年齢的にはいい大人だし、子供の嫉妬くらいなんともないはずなんだけど。

 何故か、無性にムカッと来た。


「なに?」

「ふん。行こうぜ」


 視線を合わせると、その子たちは教室から出ていった。

 退散してくれたのはありがたい。小学生相手に喧嘩なんてとんでもない。

 けど、なんでだろう?

 なんであの瞬間だけ、あんな短絡的な過剰反応を? 相手は小学生なのに。

 俺ってもしかして子供っぽい?

 もしくは転生術式の影響とか?

 ともかく、今度から自制を心掛けないと。


§


 儀式の日以来、何人かの話したこともないような男子小学生から遠巻きに睨みつけられることが多くなった。

 別に不快に思うこともないし、むしろ可愛らしいとさえ思うくらいだけど。

 敵視される理由には見当がつく。

 儀式の件で俺が注目を浴びたことと、クラスの女の子たちにモテだしたこと。

 小学生なんて単純だ。

 普通校なら足の早い男の子がモテる。

 魔術師の場合は魔力量が物を言う。

 儀式で莫大な魔力を披露してしまった俺は人生最大のモテ期か到来していた。

 相手が女子小学生じゃなけりゃ両手を上げて喜んだのに。

 とにかく、そんな俺が気に食わないんだろう。早い話が嫉妬の類で、とても微笑ましいものだった。


「よーし、今日から本格的に術式の授業を始めるぞ」


 今日も今日とて二周目の人生は続き、入学してから初めての実技授業が始まった。

 クラスメイトたちは眠気に襲われる午後の授業だと言うのに、気合が入りまくっていて返事にも覇気がある。

 術式は魔術の設計図。

 とはいえ、技術がなくては設計図通りに組み上げることは出来ない。この授業はその技術を磨くためのもの。遠い昔に通り過ぎた基礎中の基礎をもう一度、今度は自分だけの本当の術式を持って繰り返す。

 それが嬉しくて、正直ちょっと気持ちが浮ついてる。

 こんなにわくわくしてるのは何時ぶりだろ?

 転生前の実技の授業はいつも見学で、クラスメイトから鼻で笑われていたっけ。

 それがまさかこんなことになるなんてね。


「真面目に授業を受けていれば立派な魔術師になれる。始めは上手くいかないだろうが、あの的くらいなら直ぐに命中させられるようになるはずだ」


 先生が指さしたのはトレーニングルームの一角に設けられた、複数の的が宙に浮かんでいるエリア。要は射撃訓練のようなもので、定位置から魔法を放つことで的を壊していくもの。

 最初は掠りもしないのが普通で、そもそも的まで届かないなんてことも珍しくない。


「そうだ、誰か挑戦してみないか? 失敗しても大丈夫、これから上手くなれるはずだ」

「はいはい、風切くんがいいと思います」


 俺の名前を言ったのは、いつも遠巻きに睨んでくる男の子だった。

 どんな風の吹き回しかと思ったら、男の子の周囲にいる子たちがくすくすと笑い始める。


「やめろよ、また暴走するかもだろ」

「逃げる準備をしとかなきゃ」

「竜巻に巻き込まれるぞー」


 感情の自制が効かなくて自分でも呆れちゃうけど、またカチンと来た。


「おいおい。よくないな、そんな言い方は――」

「やりますよ、先生」


 自分が怒っていることが、なんだか不思議だ。

 この程度が何だという冷静な自分と、見返してやると燃える自分。この二つがミックスソフトクリームみたいに絡み合っている。

 また短絡的な行動をとっちゃった。適当に無視してればいいのに。

 感情の制御が出来ない自分が嫌になるけど、気付いた頃にはすでに的の前に立ってしまっていた。

 ここまで来たら引き下がれない。


「やるか」


 手の平に魔力を集め、術式によって形を与えて、小さな刃を構築する。

 固有の術式を持たない、と思っていた俺が魔術師を続けられていたのは、誰よりも多く汎用術式を覚えたからだ。

 その経験と身につけた技術が今もまだ息づいていて、術式は暴走することなく適切な出力で顕現する。

 的に狙いを定めて風の刃を放ち、虚空を裂いて飛んだ刃は淀みなく的へと吸い込まれ、それを真っ二つに断ち切った。


「わぁ!」

「凄い凄い!」

「さっすが八羽!」


 歓声が上がる。

 無事に格好がついてよかった。

 このことを仕組んだ張本人たちは、思っていた展開と違うと拗ねてしかめっ面だ。

 やったね。


「凄いな……高校生、いや大人にも引けを取らない術式の完成度だ」


 そりゃ肉体と精神の天秤が偏ってるもので。


「風切。君はもしかしたら将来、世界を変えてしまうかもな」


 俺からしてみれば既に世界は変わっているんだけど。

 でも、そうか。

 この先の未来を知っているのは俺だけなんだ。

 改めてそのことを認識すると共に、不意に脳裏に前世の経験が過ぎる。

 破壊し尽くされた街並み、死んでいった魔術師たち。

 あの凄惨な出来事がもし変えられるものなら、なかったことに出来るなら、それを成し遂げられるのは俺だけってことになる。

 俺みたいな奴が世界を? 冗談でしょ。


「おい」


 放課後、帰宅の途中。

 道路の先を何人かの子供たちに通せんぼされた。


「また?」


 例の男の子たちだ。

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