第2話 固有術式
式典会場は広く、また大勢の親子連れが行き交っている。一度親とはぐれたら合流するのに骨が折れちゃうな。
まぁ、それも七歳の子からすればの話だけどね。
「大丈夫?」
そっと両親の元から離れて女の子の前へ。
後で叱られるかも。
その時はその時ってことで。
「お母さんとはぐれた?」
女の子は返事をしてくれない。
こちらをちらりと見やるとまた目を伏せてしまった。
この世界では同世代なんだから、もうちょっと会話が続くと踏んでたんだけど宛が外れちゃったか。
さて、どうしよう。
「そうだ」
いいものを見つけた。
「ほら」
「……お花?」
この式典会場に飾られていたものだ。
白くて綺麗だったから花瓶から一輪だけ拝借させてもらった。
なんて名前の花だろ? まぁ、いっか。
「いいの?」
「いいよ、でも大人には内緒ね」
「うん、ありがとう。えへへ……」
花の力は偉大だ。泣いている女の子を簡単に笑顔にしてしまう。
これでとりあえず、話くらいはできそうかな。
「お母さんとはどこではぐれたの?」
「えっとね。あっち」
女の子が指さしたのは式典会場の中央の辺りで最も混雑の酷い場所だった。
これじゃはぐれるのも無理ない。
この子の親を見付けるのはかなり大変そう。儀式が始まるまでに見付けられるかどうか。
いや、儀式が始まれば壇上に上がることになる。そうすればこの子の両親も流石に気づくはず。
時間が来るまで待つのもありだけど。
「ん?」
ふと左手が柔らかく包まれる。
視線を落とすと、女の子の小さな手だった。
「そうだね」
一秒だって待てない。
一刻も早くこの子の両親を見つけないと。
「行こう。見つかるまで一緒にいるよ」
「うんっ」
女の子と手を繋いで式典会場中央の人混みの中に飛び込む。子供の視点で見る人混みは、思っていたよりも圧迫感がある。
人の足が怪物に見えてきそうだ。
女の子が会場の隅で小さくなっていたのも、これじゃあしようがない。
俺の精神年齢が肉体と同じくらいなら、俺も同じようにしてたかも。
とはいえ、今の俺は大人の精神をしている。足の怪物にも勇敢に立ち向かわなくちゃ。
「お母さん、いる?」
「ううん、いない」
当然のことだけど、俺はこの子の両親を知らない。女の子の視界に両親が映り込むのを祈るのもいいけど、やれることはある。
視線をぐっと持ち上げて、足の怪物を普通の大人に。
見るのはその表情。
この子の両親も我が子を探しているはず。顔がわからなくてもそれらしい表情を見つけることはできる。
しばらくキョロキョロとしながら歩いていると、いかにも誰かを探していますって顔をした男女を発見できた。
「あの二人?」
「お母さんだ!」
女の子の声が響き、それを聞いた母親と父親がこちらに気が付いた。
「
走り出した女の子の手をそっと離し、親子の感動的な再会が実現する。
よかったね。
「よかった、もう心配したのよ」
「ご、ごめんなさい」
「でも無事でよかったわ」
「ああ、本当に」
そうこうしているうちに、儀式の開始を告げるアナウンスが流れ始める。
俺も早く戻らないと。
「じゃ、俺はこれで」
「ああ、娘を連れてきてくれてありがとう」
「貴方は大丈夫なの?」
「平気です、それじゃ」
「あ、待って!」
踵を返そうとして呼び止められる。
「な、名前、教えて?」
「俺の? 風切八羽だよ」
「私、
「お互いに魔術師をやってればいつかは。また会おう」
「うん!」
今度こそ踵を返して海奈とさよならをする。俺の両親がいた位置まで戻ってみると、まだ音ノ木さんたちと話し込んでいた。
俺がいなくなってたこと、さては気がついてないな?
でもまぁ、叱られないならそれに越したことはないか。ラッキーだと思っておこっかな。
「時間だ。俺も緊張してきたな」
「もう、あなたが緊張してどうするの。見て、八羽はこんなに落ち着いてるのに」
「そうは言ってもだな」
儀式の時間となり、壇上に一人の魔術師が上がる。彼こそは全ての魔術師の頂点に立つ大魔術師、
三十二歳という異例の若さで出世したとんでもない人物だ。
「はいはい。堅苦しい挨拶は抜きにして、それじゃあ始めようかね」
立場の割にラフな感じがするのはこの頃からだっけ。
その態度が歴々の方々からの顰蹙を買うこともあったけど、結局は最期の最期まであの人はあの人だった。
「じゃあまず一人目。えーっと、
名を呼ばれた子供が緊張した面持ちで、カチコチなブリキ人形みたいな動きをしながら壇上に上がる。
時灘大魔術師はその子の背後に立ち、肩に両手を置く。同時に魔術の行使に必要な魔力が注がれ、刺激を受けて開花した術式が溢れ出す。
空中に展開される、歪ながらも鈍色に輝く鋼の刃。
これがあの子の術式だ。
「陸斗くん。術式の名前は?」
「……
「いい名前だ、おめでとう」
あの子の、彼の術式は覚えている。
赤熱した鋼の武器が煙を引いて魔物を断つ。彼は将来において優秀な魔術師になる。
そうか、彼が。
なんてことを思っているうちに次々に術式の発現は進み、俺の出番が回ってくる。
「次、風切八羽くん」
壇上に上がると、この場にいるほぼ全ての視線が俺に集中する。
転生前はすっごく緊張したっけ。
「じゃ、行くよ」
両肩に手が置かれ魔力が注がれた。
体を巡るそれに叩き起こされて、俺の身に刻まれた術式が目を覚ます。
頼むから別の術式を。
身から溢れ出した術式は、その願いを叶えるように、周囲に凄まじい竜巻を幾つも発生させた。
また術式がない、なんて騒ぎにならなくてほっとした反面、予想外に強大な術式の発言に戸惑う。
あれ、これ不味くない?
「おおっと、こりゃ凄い」
時灘大魔術師の顔に笑みが浮かぶ。
笑ってる状況じゃない。
なんだこれ、術式の出力が安定しない。まだ体が未熟だからか。
不味い不味い、早くなんとかしないと。
「随分と潜在魔力が多い子だ、将来有望だねえ。僕もうかうかしてられないや」
俺の頭上で、時灘大魔術師が腕を真横に振るう。瞬間、打ち消されたように竜巻のすべてが掻き消えた。
「はぁ……」
場が収まった安堵感と、魔力を消費した脱力感でどっと疲れた。
とはいえ、嬉しいことにこの身に刻まれていたのは転生術式ではなかった。
それが何よりも嬉しい。
今度こそ俺は魔術師として胸を張って生きていける。
「お疲れ様、八羽くん」
「ありがとうごさいます」
「じゃあ、最後に術式の名前を聞いておこうかな」
「名前は……」
術式の名前は発現し、発動した瞬間に自ずと理解するもの。
俺の新しい術式の名は――
「
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