転生した無能魔術師は破滅の未来を回避したい

黒井カラス

第1話 転生術式

 現代において魔術なんてものは、気休めのおまじない以上の意味を持たない。

 星座占いや血液型占いと同じかそれ以下、もっと酷いかも。

 大体にして言葉の響きが悪い。

 魔の術だ。

 なにか禍々しくて近寄りがたい感じがする。

 そんなものを好むのは思春期真っ盛りの子供か、藁にも縋りたくなるくらい何かを憎んでいる気の毒な人くらい。

 あるいは魔術師の家庭に産まれた本物の魔術を知り得た理外たち。

 一応、その末席を汚す形でこの風切八羽かざきりはばねの名前も魔術師として刻まれている。

 その活躍っぷりは、これは自分で言うのもなんだけど、散々たるものだった。

 魔術師の家庭に産まれた者であれば、誰もが持っているはずの固有術式が、俺にはなかったから。

 使えるのは低威力の汎用魔術のみ。

 固有術式の性能によって、魔術師の将来は決定づけられる。

 それほど重要なものがなく、指標がなく、俺の生涯はなんの軸もないままに、なにも成し遂げることなく終わりを告げた。

 そう、終わったんだ。

 終わったはずだった。


§


 第一級秘匿遺物、ダンジョン。

 魔物が住まう魑魅魍魎の迷宮は世間から隠され、同じく秘匿の存在である魔術師によって管理されていた。

 でも、それは俺たちの世代までの話。

 ある日、突如として起こった大行進によって、ダンジョンから抜け出した魔物たちが地上に溢れ出した。

 人々は食い殺され、街は破壊し尽くされ、人の世が迎えた凄惨な終末は、本当に冗談みたいな地獄だった。

 だった、はずなんだけど。


「街が……元通りに」


 いま目の前に広がっている景色に説明が付かない。魔物によって蹂躙されたはずの街が、以前と同様の姿形でそこにある。

 それにこの部屋だ。

 ここは火事で焼失したはずの実家にある俺の自室に違いない。この窓からの景色と部屋の構造には見覚えがある。

 いったい何がどうなって?

 頭の中が疑問符でいっぱいになった所で、ふとその疑問の答えが何故か頭に浮かぶ。


「時間が……巻き戻ってる?」


 二重にあるんだ、子供の頃の記憶が。

 両親も友達も同じだけど、明らかに内容の異なる記憶を持っている。そしてその片方は現時点までで途切れていた。

 今はこの途切れた記憶、二巡目の途中だ。

 それを証明するみたいに、自分の体も幼くなっている。たぶん、間違いない。

 俺は二度目の幼少期を経験している。


「なんで……いや、まさか」


 俺に術式がないと知るやいなや、親父はこう叫んだ。

 術式がないなどあり得ない、と。

 もし仮にそれが本当だとしたら、俺にも固有術式があったのだとしたら、それが今に繋がっているのかも。

 タイムスリップ、タイムリープ、いや生まれ直しているようなものだから、これは――


「転生」


 かくして終わりを告げたはずの生涯が再び紡がれ始める。

 現在の年齢は七歳。

 それは魔術師としての将来が決まる歳。ちょうど固有術式が発現する年齢だった。


§


 死後に発動する転生術式によって得た第二の人生。第一の人生と同じ、不幸な末路を辿るのか否かは、発現する術式次第の運任せ。

 同じ転生術式かもしれないし、まったく違う別の術式かも知れない。

 というか、別の術式じゃないと非常に困ったことになる。

 転生術式は自動発動だ。

 それは死ぬたびに頼んでもいないのに人生をやり直し続けるということ。

 老衰だろうが病死だろうが他殺だろうが自殺だろうが、終わることなく繰り返す。

 まるで輪廻だ、冗談じゃない。

 そんな可能性にびくびくしつつ、自室を出て階段を下る。


「あら。おはよう、八羽。早起き出来て偉い!」


 リビングの扉を開くと、冗談みたいに若い母さんがいた。正直なことを言うと、変な風に捉えないでほしいんだけど、違和感が凄い。

 アルバムの中に入り込んだような、この世のものとは思えない感覚に襲われてしまう。

 身近な人の変わりようを目の当たりにすると、否応なしに再認識させられる。

 ここが過去の世界なのだと。


「おー、気合十分だな」

「父さ――お父さん」


 父さんも若い。

 使い古されていた魔術着もまだ新品みたいだ。。


「そうね、今日で八羽の術式がわかるんだもの。落ち着かないわよね」

「八羽はどんな術式になるんだろうな」


 死後に強制発動する転生術式でした。

 なんてことは流石に言えない。

 違う術式が発動するかも知れないし。


「ま、会場に付けばわかるか」

「そうよ、焦らないで」


 たしかこの時代の術式発現の儀式は魔術師の総本山である秘匿された地、天津霊山あまつれいざんで行われていたはず。

 あそこって遠い上に入山手続きが東京メトロくらい複雑なんだよね。

 俺は待ってるだけだけど、酷く退屈だったのを覚えている。

 さて、どうやって暇を潰そう。

 まだパカパカの携帯端末すら持たされていないことだし、朝早くに起きたからその分だけ眠っていようかな。

 と、思っていたんだけど。


「さぁ、ついた」

「え、ここ?」


 車に揺られること体感で約二十分。

 過去の、前世の記憶では数時間かかっていたはずなのに。

 それにこの場所って。


「ダンジョン……」


 全ての元凶。

 魔物が巣食う迷宮。

 苔むした白亜の石材が積み重なり、形作られた遺跡にぽっかりと出入り口が開いている。

 見慣れた景色だけど、なぜここに。


「ほら、行くぞ」

「う、うん」


 父さんと母さんの後ろについて歩き、ダンジョンの中へ。

 今の俺と同世代の子を連れた他の親子も、それが当然みたいな顔をしてダンジョンに入っていく。

 そのまま進めば第一階層、選別の間だ。ここは大きな地下空洞で、岩肌の天井には鉱石光による星空が瞬いている。現れる魔物もダンジョンの中では一番弱い。

 けど、多くの冒険者がその資質を試され、相応しくない者が省かれる場所でもある。

 そこに行き着いてすぐ、俺は更に驚いた。


「なんでこんなところに……学校が?」


 ダンジョンの中に学校が建っている。

 校門に掲げられている表札によれば、ここは国立の怜悧れいり学園というみたい。

 たしかに魔術師が利用する施設のほとんどは国が建てたものだけど、だからってダンジョンの中に建てる?

 というか、転生する前のこの時代、というかその先の時代でも、ダンジョンに学校なんてなかったはずだけど。

 知らなかっただけ? いや、無理がある。俺自身も幾度となく出入りした場所だ。こんなところに学校があれば嫌でも気がつく。

 ないはずのものがある。


「もしかして……」

「八羽? どうかしたの?」

「……ううん、なんでもない」


 ひょっとしてこの世界は、俺がいた世界じゃない? 

 あからさまに違う事柄を目の当たりにしつつも、そのままを受け入れることが出来ないまま、両親と一緒に校門を潜った。

 敷地内は建設されたばかりかと思うくらい綺麗に整備されていて、様々な施設が建ち並んでいる。

 飲食店、雑貨屋、図書館、ジム、用途不明なものもある。

 そんな施設の中の一つ、これでもかってくらい絢爛な装飾が施された派手な式典会場に足を運んだ。


「やあやあ、風切さん」

「おお、音ノ木さん」


 式典会場に入るなり父さんの仕事仲間に捕まった。俺も見覚えのある人で、たしかかなり話が長い人なはず。

 母さんも母さんで、その奥さんと話し込んでいるし、今日の主役であるはずの俺がほったらかしだ。

 そう言えば転生前もこんな感じだったっけ。

 だから退屈な記憶が色濃く残っているのかも。まぁ、今は大人たちの会話の内容も理解できるし、退屈ってほどじゃないけど。


「ん?」


 視界の端にちらりと小さな女の子が映る。

 会場の隅の方で目を伏せて縮こまり、小さく震えていた。

 泣いてる。迷子?



――――――――――


 

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