レクイエムを歌えば

付点

第1話 恋心

君は、一生取り返しのつかない失敗をしたことがあるだろうか。


私はある。

一世紀が過ぎた今でも後悔している。


私はアンドロイドだった。

あぁ、そうか、今の時代、”アンドロイド”という言葉さえ死語だったね。

驚く必要なんてないよ。今ではもう、昔の話さ。

私の開発者は、アンドロイドにも心を持たせよう、などと考えていたんだ。

そうだろう。愚かだろう。

君が失笑したように、大昔の周りの人々もそうやって笑った。

でも、私の開発者「E」は本気だったよ。愚かなまでに。


Eは何体ものアンドロイドを開発した。

自分の目的を達成するためだけに。

目的が知りたいって?

単純なものさ。Eは寂しかったのだよ。

笑ってやるな。...あいつは本気だった。


Eは孤児で、親も居らず兄弟に売られ、ずっと一人だった。

ある時、そんなEを買った研究者がいた。

温かい家庭だったらしいよ。

研究者のそいつと、その妻、子供が二人いたんだっけな。

そこで研究者になるために必死に勉強した。

その家にはアンドロイド「01」がいて、簡単な会話ができたんだ。

そいつで温かい家庭の中の孤独を、寂しさを、埋めていた。

ん?なんで孤独かって?

…君は温かい家庭で育ってきたようだな。

そんなに答えを急ぐな。少しは自分で考えたまえ。


そして自分でアンドロイドを作った。作ってしまった。

簡単な会話じゃ満足できなくて。あいつは寂しがり屋だからな。

はじめに作ったやつを02。次が03、04...と作り続けて、腕をあげていった。

ちなみに私は「N01」だ。

Eの傑作、人間から作り出すアンドロイドの初号機だよ。

そんなに怯えるな。モデルになった人間がいるだけだ。安心しろ。


まぁ、そんなアンドロイドを作り出す天才も、国にとっては厄介者でしかなかったようでな。

あっけなく追放されたよ。警官に追いかけられて、私も一緒に逃げた。

「エヌ!走るぞ!」ってな。

私の手を引いて走るあいつは、もうそれは、愛おしかったよ。


そうだよ。

自分でも笑ってしまうが、恋心というのかな。

人間のように「心を持たせよう」と作られたせいで、恋を知ったんだ。

開発者に。生みの親にな。

まあ聞け。話はまだ途中だよ。


そして警官も追いかけなくなったころ。走りついた先は、小さな村でな。

国境にある村で、追放された「ならず者」たちも快く迎える、良い村だった。

そこで、Eと私の運命が変わった。


Eは最愛の人間に出会った。出会ってしまった。

アンドロイドにしか興味を抱かないはずのあいつが。

美しい女だったなぁ…クロエと言ったか。

漆黒の艶やかな髪がなびく様子は、一枚の絵画のようだった…

Eは結婚したよ。

クロエは言うことなしの美人だし、器量も良かった。

私にも良くしてくれたよ。

嬉しいと感じる反面、腹立たしかったね。

悲しい顔をするな。

本当にお前は…似ているな。いや、なんでもない。こっちの話さ。


私も人間と出会った。

アルと言って、私に恋心を抱いた愚かな青年に。

恋心を抱かれるっていうのは、気持ちが良かった。

向けられた感情が、自分がこの世に存在している価値を簡単に見出してくれた。

自分でも分からないけれど、これも愚かな人間らしい感情なのかな。

普通、恋心を抱いた者っていうのは相手に会えば心が浮き、何かしら変わってしまうものだと思っていたが、アルは違った。

元からのさっぱりした性格も変わらずでね。飄々として心が見えない感じ、憎たらしい奴だったよ。

でも一緒に居ると妙に落ち着く、人を惹きつける魅力があったね。

あぁ、そこが気になるか。もちろん美青年さ。整った顔つきでそんな性格なんだ。寄ってくる女は数知れず。

そんな中、寄ってすらいないアンドロイドの私に恋をしたんだ。愚かだろう?

口元が緩んでるって?そんなはずはないよ……あれ、本当だ。私ももう年かな。修理しなければ。


その頃かな。「N02」が完成したのは。

私より人間らしく「なかった」

人間の温かみに触れることができたEは、もう寂しくなかったんだな。

雑用を完璧にこなせるアンドロイドだったよ。会話はそこそこの出来だった。会話も頭も、私の方が上だったね。

自慢…そうだね。自慢だよ。


そして。私は「エヌゼロイチ」と呼ばれるようになった。

そう呼ばれた時は戸惑ったが、考えてみれば当然の話だ。「N02」が誕生したんだ。「N01」を「エヌ」と呼ぶのは面倒だからな。

私は数ある作品の一つになったんだ。

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