創作!仕事人

浅賀ソルト

創作!仕事人

 今度の標的はインチキ医者だった。絶対に治るガン治療とかいうのでビタミンCだのヨウ素だの天然の漢方だのを売り付けて、「絶対に他の医者の言うことは信じてはいけません」と説得して患者が死ぬか治療不可になるまで放置することで逃げきるという悪質な悪党だった。

 俺は殺し屋ではない。少なくとも自分では殺し屋のつもりはない。なんでも依頼を受けているうちに殺しの依頼が増えてしまっただけだ。

 長年の経験で、標的が悪人のときの方が注意が必要だと俺は思っている。

 100万200万で殺しを請け負うのはリスキーだ。準備の期間は無収入になる。報酬が安いとどうしても準備がおろそかになりやすい。一方で悪人を成敗しようという奴は、これは正義であり社会をよくする活動であるから10万20万でも依頼を受けるべきだとか説得してきたり、値切ってきたりするのである。そうはいってもこういうのって普通に嘱託殺人しょくたくさつじんという犯罪である。ところが悪人成敗の側はそういう話が通じない。

 依頼人がクズな方が話は通じやすい。似たような依頼で、インチキ整形外科が医療過誤で訴えてきた奴を邪魔だから始末してくれと言ってきたのだけど、こっちは普通に2000万を払ってきた。善人を騙して金を巻き上げている悪人の方が人殺しの使い方はうまい。整形手術の失敗でグズグズになった顔をさらにグズグズにするのはあまり面白くなかったが、それでも、依頼人が本当にヤブ医者だというのが分かったのは面白かった。訴えられて当然だと思った。儲けてる奴は儲けてるもんだ。

 さらに正義の味方は俺が成功したあとで支払いを拒否した上に、俺を警察に売ったりする。殺し屋に脅されてますと言うのだ。報酬を払いたくないから。こういう立場で俺が正論をふりかざしても説得力がないのは分かっているけど、殺しを依頼しておいてそういうことをするのはどうかと思うぜ。ほんと。

 それはそうと、今回の依頼人は、25歳でガンで死んだ娘の両親ではない。被害者の会でもない。正義の医師会でもない。正義の味方ではあるのだけど、正義の味方のクラウドファンディングから依頼を孫請けして中間業者に中抜きされた報酬300万という仕事である。正義の味方が中抜きするのはどうかと思う。実際にまったく手を下してない中間業者の中抜きは正義なのか。色々つっこみどころはあるだろうが、俺は最初に言ったように金で依頼をこなすなんでも屋である。あまり考えるとめんどくさくなるのでシンプルにそれだけで生きている。金次第では俺自身の殺しも受ける。死んだふりをするのにも慣れてきた。

 話が全然進まなくて申し訳ない。関係ない話が続くが、今度の標的の車はセンチュリーである。トヨタの最高級車で、総理大臣も乗っている車だ。これを売れば300万どころではない。血だらけにして燃やしてしまっていい車ではない。なんのオプションもつけない基本価格で2千万である。調査をしているときに、俺は車を見ながら、「うわー、センチュリーだよ」とつぶやいたくらいだ。運転手付きである。インチキ癌治療医師の大沼はこれの後部座席で栄養ドリンクを飲みつつ愛人看護師、浅見彩あさみあやのマンションに週3で通っている。名前を書いたけど覚える必要はない。運転手は柱山はしらやまという珍しい名字だが、3人まとめてあなたがこれを読み終えたときには名もなき死体になっている。

 俺の仕事には、どんな風に殺したかを依頼人に語って聞かせて満足させることも含まれている。

 俺は抵抗できないように不意打ちでケリをつけてしまうのでその通りに報告するとウケが悪い。だから作り話で報告するようにしている。命乞いをして謝罪して逆ギレするような話を作ってやる。満足させた方が報酬はいい。本当のことを報告しても得するようなことはない。今回だと、「ヨウ素で癌が治るわけがないだろう。そんな嘘に騙される馬鹿はどうせ社会で長生きできない」と開き直り、「いくらで雇われたんだ? 俺はその倍を払おう」と買収を図り、「もう二度としない。許してくれ」と泣いて謝るといったところか。本当に殺されそうなときにそんなことをする余裕があるわけない。作り話の中で、命乞いをする詐欺師に俺は「お前が殺した人々にあの世で詫びろ」と決め台詞を言う。

 さて、実際の話だが、多くの人間に恨まれているはずなのに、インチキ医師は恨まれている人間としてはスキが多かった。自宅のセキュリティはしっかりしている。しかしボディーガードは雇っていない。愛人の家への訪問のスケジュールもきっちりしている。こんなの別に俺を雇わなくてもタイマーで爆弾を仕掛けるだけで自分で始末できそうだ。こいつが今まで無事だったのは、癌になった患者が騙されたと分かったときには末期だし、復讐をするにも金は全部吸い上げられて絞りカスになってしまっていたからだろう。偽医療という詐欺は収益と防御を両立できるのでうまい仕組みだ。

 愛人の暮らすマンションは高級で、地下に駐車場があり、セキュリティもしっかりしていた。しかし運転手も家族を人質に取られてかばうほどの忠誠心は持ち合わせていなかった。助手席に座り、毛布を被って大きい荷物みたいにしていれば、イカサマ師は後部座席からそれについてちょっとコメントするだけであとは追求しなかった。

 車はスムーズに高級マンションの地下へと入っていった。

 こういうところは表に防犯カメラがたくさんある。プライバシー保護のために中は一切録画していないという。俺はその話を信じていなかった。

 繰り返すが入口のセキュリティは厳しい。そこで警備員に顔を見せ、カード認証も通し、そこから薄暗い地下へと入っていく。そこの風景は世の中にたくさんある地下駐車場とあまり変わりがなかった。強いて言うなら天井がちょっと高く、駐車スペースの間隔にも余裕があることくらいの違いだ。停める場所は指示されていた。トヨタの最高級車センチュリーは恐ろしいほどのクッション性で乗車していると感じさせないままそこへと滑りこんだ。停車すると運転手はエンジンを止め、車を下りて後部座席へと回った。病院の駐車場でこのドアの開閉のサービスは何度も観察していた。しかし、俺には自分の手でドアを開けさせないというのがサービスになるというのがよく分からなかった。こういう風に潜入するときには助かるサービスだが。

 後部座席から医者が降り、運転手がドアを閉めた。運転席に回ってくる足音を聞きながら、俺はやっと被っていた毛布を外した。後ろを見ると医師はマンションの地下入口に向かって歩いているところだった。こちらに背中を向けている。俺は眼鏡とマスクをして、まだ毛布で隠した手元にナイフを用意した。

 運転手の男は運転席のドアを開けると前のめりに何か言ってきた。「言われた通りに……」

 俺は車の中に引っぱると心臓を一突き。そして毛布をかけた。血が隠れた。駐車場で仮眠を取っているセンチュリーの運転手にしか見えなかった。俺はナイフを抜いて刃を運転手の上着に擦りつけてぬぐうと、助手席から降りた。急いでナイフはケースに入れ、ズボンの後ろの腰に差した。上着を被せる。

 駆け足で医者のあとを追った。

 医者は俺のマスク姿に驚いた。芸能人も多いマンションだ。ちらっと見て、それ以上はつっこんでこなかった。自動ドアで並んで一緒にマンションに入るときも特に何も言わなかった。フロアは調べてある。俺は一緒に入ったエレベーターで先に階を押した。医師は俺が押したボタンを見て何もしなかった。

 エレベーターには現在位置を示す表示がまったくなかった。上下の矢印すらない。何を見ていいか分からない状態で操作盤の前の俺は両手の指を組んで手首のストレッチをした。それから指を一本ずつ反対の手で掴んで指のストレッチもした。人を痛めつける前にする俺の習慣だ。

 エレベーターが優雅に停止した。扉が開く。

 俺は仕事柄高級マンションもよく見る。このマンションの廊下は中の上といったところ。人が4人並んで歩けるくらいの幅はある。照明は高級。廊下に並んだ扉も縁と辺に飾りがつけられた分厚いものだ。構造は安物で見えるところにだけ金をかけている。

 俺はここの家賃は把握している。この医者の稼ぎも把握している。本気になればこの医者はもっと出せる。そこから愛人看護師への本気度がパーセントで分かる。30%だ。愛人を人質にしてもこの医者には通じない。

 俺は医者に軽く会釈した。お先にといった雰囲気を出して医者をエレベーターに残して廊下に出る。歩くペースはゆっくり。自分の部屋に向かうように愛人看護師の部屋の前を通りすぎ、足を止めずに進んだ。

 マンション内の廊下では人は一定の距離を取りたがるものだ。俺は2つ先の扉の前で止まり、距離を取ろうとペースを落としながら歩く医者を見た。俺と目が合った。俺はまた会釈した。医者は会釈を返した。俺は足を戻し、医者へと寄っていった。医者は足を止めた。クレームでも言われるのか、と身構えていた。

 距離3メートル。こういう状況において適切と思われる距離で俺は足を止めた。

 インチキ医師である大沼は全身アルマーニだった。癌治療にスーツは要らないはずだが、そもそも飴玉を渡すだけで手術をしない奴には白衣の方が要らない。理屈には合ってる。年齢は35歳。精神的な邪悪さでは鬼滅の刃の鬼舞辻無惨と並ぶところではあるが、顔はイケメンからはほど遠い。小太りで丸い顔をしている。一重の垂れ目。口角は愛想よく自然に上がっている。髪は短いが柔らかいクセっ毛なので立つことなく頭の形に沿って寝ている。赤ん坊の頭のようだ。髭はない。首にも脂肪がつき、段がついている。身長も160センチ前後でずんぐり体型だった。恵比寿様とかダルマとか、人のよさそうな、初対面でも信用されそうな、人を騙すことに有利な見た目だった。精力だけは強そうだ。妙にエネルギーに溢れていて、健康で幸せそうな顔をしている。

 こいつが食い物にするのは乳癌とか子宮癌とか、できれば切りたくない癌の患者である。必然的に若い女が多い。切らなくても治りますと最初は月に5万10万で薬を処方し、全身がダルくなったりゲロやクソに血が混じるようになったら、効いてる証拠ですと言いながらもっと高い飴玉を売りつける。偽物のレントゲンやCT画像を見せて、癌はどんどん小さくなってますと言って、火葬場まで超特急ノンストップで送り出す。

 沈黙に耐えられなくなったのか、医者の方から「なんですか?」と声をかけてきた。俺は事情が分かっているので詐欺くさいとしか思わなかったが、俺以外であれば愛想のいい善人だと安心しただろう。

 俺はパッと距離を詰めた。医者は驚いて身を固くしただけでロクに反応しなかった。顔面にパンチをしようと拳を上げると、「ひっ」と両手を上げて顔を守った。フェイントだ。俺はブヨブヨの下腹部を殴り、それから両目に親指を突っ込んだ。悲鳴を上げようとするので膝で顎を蹴り上げた。歯がまとめて折れるぐしゃっという音が聞こえた。

 愛人の部屋のドアをノックした。ドアスコープの確認や合言葉があったらお手上げだった。しかし、姿が見えなかったり返事がなかったりするのもサプライズだと解釈したのだろう。インターホンから「はーい」という声が聞こえ、映らないようにじっと医者の口を塞いで隠れていると、しばらくして、「もー」と甘い困り声を出しながら女がドアを開けた。

 完璧な右フックを決めて俺は女の部屋に入った。倒れて呆然としているのを確認すると、廊下から医者を中にひきずり込み、ドアを閉めた。鍵をかける。

 このあたりは報告では盛りに盛るところなのだが、実際には、すぐにナイフを腰から抜くとはいつくばっている医者の首に突き刺した。ぐっと力を入れて横に裂く。ずばぁとものすごい量の血が玄関先に飛び散った。アルマーニが台無しだ。俺の服も台無しだ。これだけでおしまい。

 それからナイフ片手に鼻血を出している女の髪を掴むと——黒髪のロングヘアだった——奥のリビングへともっていった。

「痛い痛い痛い!」髪を掴まれて引きずられるとこういう反応しかなくなる。

 部屋の真ん中で手を離すと女の体はドサっと落ちた。

 俺は握ったナイフの血をズボンで拭いた。右手も血だらけだったので手の血もズボンでこすった。ガソリンは持参しているのであとで全部燃やすつもりだ。

 女は四つん這いのまま部屋の隅まで逃げて、そこで立ち上がり俺の方を見た。

 スタイルはまあまあ。顔もまあまあ。エロい服でのお迎えかと思ったが、ユニクロかどこかのスウェットのルームウェアだった。こういうエロさもあるのだろう。

 俺はナイフの先を女に向けて、「裸になってケツをこっちに向けろ」と言った。

 女はまだ状況を理解してなかった。レイプしたあと背中を刺して殺し、男と一緒に燃やす予定なのでご協力をお願いしますと言っても理解してもらえなさそうだった。髪の痛さと俺が何者なのかを思い出そうとするので精一杯だ。初対面なので、そこで、「誰?」という質問がきた。

 そこからか。

 めんどくせえ。

「服を脱げ」

 じっと待ってるとやがてゆっくりと女はスウェットを脱ぎ始めた。ノーパンノーブラだった。医者の趣味がよく分からん。手っ取り早くていいけど。乳首はピンクで陰毛は薄め。全身がぶるぶる震えていた。別に寒くはないのだが。

「四つん這いになれ」

 女はすでに顔面ぐずぐずで涙まみれになっていた。涙のせいで鼻水も垂れている。それでも俺に背中を向けると、時間稼ぎをするようにゆっくりと両手両足を床に付いた。尻から背中にかけての曲線は悪くなかった。そそる。俺は近づいた。尻も細かく震えていた。手にしたナイフでその尻をペチっと叩いた。

「ひいっ」と女が悲鳴を上げた。両手両足は床から離さず、身体だけをなんとか俺から離そうとした。

 大沼の愛人だった看護師の浅見は20歳。看護師と書いたが実際には看護師の資格は持っていない。看護学校に在籍はしているがパパ活だけして授業には出ていない。髪を染めずに伸ばしている。ただ清楚かというと目つきがよくないのでそういう印象にはならない。眠そうな陰気な目つきだ。頬骨がやや出ている。口が大きく、歯並びはよくない。巨乳の部類でEカップはあるだろう。おっぱいを惜しんで死んでしまった誰かの娘さんの代わりにあとでこいつに切除手術をしてやろう。島根に両親が住んでいて看護学校の授業料を払っている。来月からは払う必要がない。授業料も飴玉も、死んだらそれ以上払う必要がないんだから、処分というのは無駄な出費の削減になるだろう。性器の方はピンクではなく変色して染みが広がっていた。

 俺はチンポを出し、四つん這いになった女の股間に当てると、とりあえず入れた。そのまま腰を振る。具合は非常によい。濡れてないがそこは贅沢を言ってられない。

 女は黙ってやられていた。俺の腰の動きに合わせて体を揺らしている。非常に協力的だ。

 いい感じになってきたので高速で腰を振り、そのまま中にぶちまけた。

 報告する作り話としては、「馬鹿な女は食い物にされるだけ。私はそいつらとは違うわ」などと開き直って、俺が、「馬鹿な女は食い物にされるだけさ」と言って眉間に銃で一発とかそんな感じがいい。どこから銃が出てきたんだよって話だが。

 チンポをしまうと、俺は女が脱いだスウェットを強引に口の中に突っ込んだ。それから膝で体を押さえた。うーと唸る女の乳を掴むと上に引っ張り上げ、ナイフで根本をぐっと切る。そういう果物の収穫作業のようだ。さっきの医者の血のせいですでに切れ味が落ちていた。スッと切れず、刃を何度か往復させる必要がある。手足をばたばたさせて暴れるが、顔を二、三発殴ると抵抗をやめた。人間というのは気合いを入れればどんな痛みも無視できる。

 切り取った乳を床に放った。そのときの音はそのまんま想像通りだ。切り取った乳がフローリングに落ちる音だった。女は目を見開いてその音を聞いていた。

 反対の乳を掴んで引っ張ったとき、女はまた泣き出した。スウェットを咥えたままうーとうめいている。手を離すとほっとして全身の力が抜けた。また乳を掴むとびくっとして両手の拳を握った。面白い。もう一度乳を離したが、最初ほどには安心しなかった。すでに片方がなくなっているのにもう一方が残るか消えるかで一喜一憂している。俺は残りの乳を掴み、切りやすいように引っ張れるだけ引っ張った。女は全身に力を入れてスーパーサイヤ人のように耐えていた。俺も力を入れてなるべく一気に切るようにした。関係者が協力的なら作業はスムーズに進む。

 刺身のように横からスっと切ろうとしてもうまくいかない。まずはナイフの先端をぐっと突き刺して貫通させ、そこから横に裂いた方がうまくいく。切れ味が落ちてても大丈夫だ。右、左と二回裂けば乳が取れる。

 おっぱいを丸く切り取られた女の上半身というのは気持ち悪いものだった。そこだけ丸く皮膚がなく、血が出ている。切断面は焼肉の肉に似ている。俺はもう1つの乳もさっきの乳の横に放った。ペタっと上向きにならず横を向いてくるっと引っくり返った。別に向きを直そうとは思わなかった。

 俺は胸の真ん中、心臓を刺してきっちり処分した。最後にバタバタと暴れた。目をかっと開いた。ナイフを持った俺の手をどうにかしようとした。致命傷を受けると人間はいつもこうだ。自分がもう助からないと実感してなりふり構わなくなる。俺は体重をかけて押さえつけた。完全に死ぬまで待った。やがて女の全身の力が抜けた。

 俺は立ち上がった。

 動画や写真は撮らないし、撮るような依頼は受けない。俺は報告書一本でこの仕事をしている。

 手に持ったナイフを玄関先で血抜き状態の医者の手に握らせた。まあまあ無理心中っぽく見える。無理心中が偽装されたものだとバレるかもしれないが、そのときの保険としてこの看護師の彼氏がいる。彼氏を誘拐して行方不明にしておけば、無理心中に見えてその真犯人はほかにいるという分かりやすいストーリーになる。

 天井の火災報知器を壊した。俺はクローゼットから自分で着れそうな女の服を探し、それも失敬した。バッグや医者の財布からできるだけの現金を探す。意外とあった。全部で20万をゲットである。思わぬ副収入だ。

 それから2つの死体に持参したガソリンをまいた。一気に部屋が臭くなる。血の臭いも混じると体から漂う臭いが誤魔化しきれない。気づかれるかどうかは運任せだ。

 今の俺の服はあちこちに血が飛び散って猟奇殺人犯みたいになっている。着替えは地下のセンチュリーにある。女の服を上に着れば遠目には分からない。

 火を点けるとガソリンは一気に燃えた。若い女の髪は水分量が多いのですぐには燃えないんだなと思った。女の裸もフローリングの乳もガソリンの炎に包まれるだけだった。焼けて変色するのを待つほど俺は呑気のんきではなかった。見守らなくてもすみになるのは間違いない。俺はリビングから移動して、玄関で医者の方にも火をつけた。こちらも最初に燃えるのはガソリンだけである。スーツは意外にすぐには燃えない。アルマーニ以外でもスーツは燃えにくい。 熱がすごい。ロウリュウみたいだ。俺は部屋を出た。廊下を歩きながら女の上着を着た。エレベーターで地下の駐車場に移動した。鉢合わせする運の悪い住人は現れなかった。エレベーターの中で自分の臭いを嗅いでみた。分かってはいたが強烈だった。臭いが残るので俺が下りたあとで乗った人間は不審に思うだろう。

 作り話の件だが、レイプして首を絞めたという話と、バラバラにして医者と看護師の性器を切り取ったという話と、どちらが依頼者にウケるだろうかと思った。どちらの話にも需要がある。実際にはどちらもしていないので嘘なのだけど、依頼者が喜ぶのはどちらなのだろう。

 最終的には詐欺の被害者の耳にまで入るだろう。被害者は加害者の反省や謝罪を喜ばない。相手が生きていたらそれを喜ぶが、「すまなかった、もうしない。反省している」と謝罪している人間を容赦なくぶっ殺しましたという報告だと被害者の方に罪悪感を生んでしまう。相手が死んだなら反省は無い方がいい。「ばーか、騙された方が悪いんだよ。ビタミンCで癌が治るならとっくにみんなやってるだろ」と医者が“あっかんべー”をしたので眉間に銃で一発ズドン、の方が気持ちはいい。

 このあたりは適当に混ぜておこう。整合性や統一感は必要ない。銃とナイフに絞殺まで盛って、レイプも暴行も拷問も盛る。報告を読んでスカっとすればまた依頼が来る。

 地下の駐車場に出た頃に火災警報が鳴った。俺はセンチュリーに向かった。自然なはずだ。こんなことで普通の人も出発を中止したりはしない。

 運転手の柱山は下りたときと同じ、二度と目覚めない仮眠中だった。

 まだいくつか用件が残っている。看護師の彼氏と医者の妻と娘も片付けないといけない。看護師の彼氏の方は単なるカモフラージュなのでとばっちりだが、医者の家族は人を騙した金でメシを食ってたのだから同罪である。作り話でも、妻の方は「馬鹿が死んでうちの娘が私立に行けるのよ。これが競争というものよ!」くらいの捨て台詞は言ってもらわないとスカっとしないよな。

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