第4章 3はすべてのはじまり(6)
しかしドリューの家は意外に早く警察に発見された。近所の住人がドリューを見かけないので通報したのだ。さらにボーシャ家の執事の証言で、カーラが悪魔崇拝者であったことも明らかになった。
だが執事はカーラとエリザベスのかつての確執は知らなかった。そして、黒服のボディガードの証言から、ドリューの目当てはエリザベスの遺産だったこともわかった。カーラの復活など目指してはいなかったのだ。
リビングのソファに座って新聞を読んでいたラルフはいった。
「ドリューがカーラの子孫だとはどこにも書いてないなあ。それにカーラとエリザベスの仲違いは誰も知らないみたいだ。結局ドリューは金目当てか。
おそらくあの家でカーラが残したカードと、エリザベスのコレクションに関する情報でも見つけたんだろうな。『自分の意思を継ぐ者が復活させる』といっていたけど、カーラも当てが外れたな。
所詮事実はこんなもんさ。ところでドリューの本名知りたい?」
ラルフがブラッドを見ると彼はパソコンに気を取られていて答えない。
「おい、ドリューの本名」
「は? どうでもいい。それより大変だ。俺の記事がヴィクトリア・タイムズに採用された! 実は二日前にこの家のことを書いてヴィクトリア・タイムズに送ったんだ。やっぱり自分の実力で採用されたいと思ってさ」
「なんだと?」ラルフは立ち上がるとブラッドの側に来てノートパソコンを覗いた。
「貴殿の寄稿された『公爵と悪魔と黄色いフェラーリ』を日曜コラムの連載記事として採用します。つきましては…。凄いじゃないか」
「うん、やったー! やったぞー! これでジャックとエイミーに記事が送れる」
「そうだな。それにしても酷いタイトルだな。よくこれで採用されたな」
「なに? お前、ふざけるな! 早く給料払え! 魔導書は見つかったのにコレクションなんて出てこないじゃないか」
そのとき玄関のブザーが鳴った。ラルフがインターホンのカメラを見るとハリーが映っていた。
「ハリーだ」といって一階へ降りて行った。
ちっ。まだこの件があったな。ブラッドはノートパソコンを閉じると急いで一階の書斎へ向かった。書斎ではすでにハリーが書類を机の上に並べていた。
「いや~、昨日まで父親の出張の付き合いでパリにいてね。久しぶりのパリを満喫したよ。遅くなって申し訳なかった。これ、新しく作り直した契約書だ。サインは三か所。サインが済んだらすぐに配当金をきみの口座に入れる」といってハリーは自分の万年筆を差し出した。
ハリーの顔が目が坐り顔が醜く歪んだのがブラッドには見えた。あーやっぱりよせ。何か裏があるぞ。ブラッドは思わずこぶしを握り「ラルフ」といいかけたとき
「この件なんだけど、ハリー」とラルフが言った。
「なんだい?」
「考えたんだけど出資は取りやめようと思う」
「え? なぜ? 乗り気だったじゃないか」
「うん。でも何かと物入りでね。このシャンデリアを直す方が先だ」といって床に落ちているシャンデリアを指した。
「そんな理由で?」
「これけっこう高いんだ」
ブラッドは安堵して小さく息を吐いた。するとそれに気づいたハリーがいった。
「ラルフ、まさか彼に何かいわれたのか? この僕より、このどこの馬の骨とも分からぬ男のいうことを聞くのか?」
「ハリー、きみと僕の長い付き合いだ。一度だけ許してやる。次に僕の友達を侮辱したら二度ときみとは会わない。一度だけだぞ!」最後の一言にラルフは語気を強めた。
ハリーは忌々し気に書類をまとめた。
「こんないい話はもうないからな! 知ってるぞ、父上に口座を凍結されて金がないんだろ。父親がいなければ何もできないくせに。この家もすぐに手放すしかない! ざまあみろ」といって書斎を出て行った。
部屋に入ろうとしていたドリアン卿とぶつかりそうになり、卿が驚いてのけぞったがハリーは構わず「どけ! クソ猫!」といって出て行った。
「まったくなんて下品な奴だ」とラルフはいい、ドリアンを抱き上げた。
「おい、言い過ぎたんじゃないか?」
「実はきみにハリーが嘘を付いていると言われてから彼の財務状態を調べたんだ。そしたら投資に失敗して彼は破産寸前だよ。もしサインなんてしたら僕は配当を受け取るどころか、無駄な投資をさせられて回収不能な債権をつかまされるところだった」
「いつのまに。そうだったのか」
すると書斎にマクシミリアンとアイビーが入ってきた。
「今、屋敷の前でアイビー様と一緒になりまして、ちょうどスコット様が屋敷から出て来られたので勝手に入りました」とマクシミリアンが説明した。
「かまわない」
「なんだかハリーはすごい剣幕だったけど喧嘩でもしたの?」とアイビーが聞いた。
「大したことじゃない。要件はなんだ?」
「もしかしてスコット様とご契約されたのですか?」
「いいや。断ったよ。なぜ?」
「実はスコット様のことが気になり調べましたところ、お父様の経営するホテルチェーンの経営状態がかなり悪く、倒産寸前であることが判明しました。最近もパリで金策に駆け回っていたようです」
「ハリーだけじゃなかったのか」
「そのようです。お父様の助けが見込めないからラルフ様のところに来たようですね。そのご報告に上がりました」
「もしかしてハリーを出張にいかせて遠ざけたのはお前か?」
「はい。ハリー様が父上に同行するように仕向け契約を先延ばしするように対処しました」
「フンッ余計なことだよ。僕もブラッドに忠告されて自分で調べて自分で断った」
「ほう」といってマクシミリアンが眼鏡の端を持ち上げてブラッドを見た。
「それより」とラルフが続けた。「この前のケリー家のチャリティパーティだが、僕が一番の高額寄付者になっていてスピーチまでさせらたぞ」
「当然でございます。ローレンス家の人間がチャリティーに参加するということはそういうことでございます。それを期待されているのです。ですからチャリティーは難しいと申し上げたのです」
ローレンスの人間というのは思ったより大変そうだ。俺みたいに自分のことだけ考えて生きていればいいというのは気楽な立場だな。ブラッドは密かに思った。
「 僕もアイビーもブラッドに助けられた。それと僕が働いてきた分の給料が入っている口座の凍結は解除するように父に伝えろ」
「お伝えはしておきます。ですがラルフ様、ここに住み続けられるのですか? セキュリティも万全ではありませんし、使用人もいません。貸し出そうにも改装資金もありません。見たところ住める状態ではないようですが」といって床のシャンデリアを見た。
「ここに住む。なんとかする」
「それではわたくしはこれで失礼いたします」
マクシミリアンが帰ろうとするとラルフが「ありがとう、マクシミリアン」といった。
少しマクシミリアンは驚いたようだったが「また何かあれば対処します」といって書斎を出て行った。
ラルフが見送りをしようとしたらアイビーが「ラルフ、ちょっといい?」と呼び止めたので、ブラッドが一人でマクシミリアンを玄関まで見送った。するとマクシミリアンが立ち止まっていった。
「ラルフ様の口座が凍結されているので給料のお支払いができていないのではないかと思いまして、こちらでご用意しました」といって内ポケットから小切手を取り出して差し出した。「多めに支払わせていただきます」
「要りません」
「これには他意はございません」
「僕にも他意はありません。ただ、親に肩代わりしてもらったら、あいつのためにならないので、あいつから取り立てます。それにあいつはきっと払えますよ」
「そうですか。あなた様は何か特殊な能力でもお持ちなのでは?」
「え、いや。あの」
「出すぎたことお聞きしました。では失礼いたします。お見送りはここで結構でございます」
マクシミリアンは帰っていった。
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