第4章 3はすべてのはじまり(5)

 翌朝から、国中が黒薔薇の庭学会とボーシャ家殺害事件のニュースでもちきりになった。その間にラルフとブラッドは警察から聴取を受けた。もちろん二人が現場にいたことは公になっていないし、捜査官の方からクラレンス・ホールに赴いてきたのもマクシミリアンが手を回したからだ。


 一週間ほど経ってシェリー捜査官が来た。一階の応接室に通されると彼女は話し始めた。


「執事がボーシャ一家の殺害を自供したわ。クラレンス・ホールを手放した上にカードを手放したのをこっそり見ていて、契約に背いた一家を処刑したそうよ。あなた、カードを持っていたことを黙っていたわね」


「申し訳ありません。我が家でカードを見つけたのは偶然でした。最初に連行された日に帰宅したら泥棒が入っていたんです。あのときは犯人が分からず、これ以上警察と関わりたくなかったし何もとられなかったので通報しませんでした。

 片付けの際に、偶然カードを発見しました。ボーシャ家のカードは、ボーシャ夫人から譲り受けるときにボーシャ家が黒薔薇の庭学会とつながりがあることを内緒にすると約束したから言えませんでした。ボーシャ家の名誉を守るためです」


「そう。ところで、うちの捜査員がね、三枚目のカードの数が正解だったらどうなるのか知りたがっているの。わたしもよ。信者の話によるとドリューは7で失敗したとか」


「そのとおりです。誰ともコミュニケーションをとらない数なら僕も7だと思います」

「それで壁を電磁波レーダーで調査したらなんと壁の中に空洞があることが判明したの」


「それで?」ラルフは前のめりになった。


 何という猿芝居。隣で聞いていてブラッドはたまげた。


「中には何もなかったわ」

 ラルフはがっかりしたように身を元に戻した。


「執事の話によると、学会は魔導書と地獄への鍵なるものを探していたそうね。エリザベスの復活に必要だと信じて。うちの鑑識が調べたら、6のタイルからあなたの指紋が出たわ。まさかあなたがそれを持っているんじゃないわよね?」


「まさか! ああ、けど6に触りました。7が駄目なら6でどうだと思って。けどブラッドに止められ押しませんでした」


 シェリーは疑わしい目でラルフを見たがそれ以上は何もいわなかった。


「あの学会はこの後どうなるんですか?」

「今度こそ本当に解散。教会は閉鎖され聖地にならないようにするわ。まだまだやることがあるから今日はこれで失礼するわ」

「カーラ・ヘリテージはどうなりました?」


「それなんだけど」と急にトーンダウンして言いにくそうにシェリーがいった。「誰もカーラ・ヘリテージなんて知らないというのよ」

「どういうことですか? ドリュー自身がそういったんですよ」


「でもそのドリューはもういない。しかもカーラ・ヘリテージという名称を聞いたのはあなたたちだけ」


 いわれてみれば、ドリューは信者たちの前でヘリテージという言葉は口にしなかったかも知れない。


「じゃあ、ドリューは一体何者ですか?」


「それも分からないの。身元につながるものは何も持っていないし、名前は偽名で指紋もデータになく、信者も彼女がどこから来た何者か知らないのよ。最近信者になった者からすればカードを所持している彼女を疑う理由もなかったし、そもそも信者であることを世間に隠している者が集まっているから互いの身元は探らないのが暗黙のルールだったみたい」


「そんな馬鹿な。ドリューと一緒にいた男たちは?」

「なんと雇われボディガードで信者じゃなかった」


 ラルフは言葉を失った。


「あなた、騙されたんじゃない?」


「何のためにあんな嘘を付くんですか? それに彼女はカードを持っていました」

「その辺の事情は分からないわ。少なくとも上層部はヘリテージのことはこのまま聞かなかったことにしたいみたい。解決したと成果を強調したいのよ。ドリューのことも調べようがないもの」


「そうですか」

「ではご協力ありがとう。失礼するわ」


 シェリーがいなくなるとラルフがいった。

「クソッ! 無能な奴らだ」


「鍵と魔導書のことどうするんだ?」

「いうもんか。魔導書はこの家にあったから僕のものだし、鍵だって僕が見つけた」

 そのときラルフのスマホの着信音が鳴った。電話を掛けてきたのはホックニー氏だった。ラルフはスピーカをオンにして応答した。


「ローレンスです」


『ホックニーです。ローレンスさん、ニュースを見ましたぞ。あなたの名前はどこにも出ていませんが、わたしにはすぐわかりました。よくぞおやりになりましたな』


「ありがとうございました。ホックニーさんのご協力のおかげです」


『お力になれて光栄です。あのあと資料を見直していましたら、クラレンス・ホールと同じ時期にエリザベスから製作依頼があったにもかかわらず納品されなかったドールハウスが一つあることが判明しました。おかしいと思いませんか?』


「そうですね」

『記録によるとそのドールハウスにつけた住所は、190 キングスストリート マリーナ地区となっています』


「わかりました。調べてみます。ありがとうございました」ラルフは電話を切った。早速住所をスマホで検索していたブラッドが

「一般住宅らしくて住所以外には何も出てこない」といった。


「行ってみるしかないな」

「そうしよう」


 その日の午後にはアイビーがまた黄色いフェラーリに乗ってやってきた。ブラッドはいちいち呼び出されるアイビーに胸が痛んだが、あんな怖い目に合ったにもかかわらず、彼女は相変わらず全く気にする様子もなく、それどころかラルフに会える口実が出来て嬉しそうだ。さすがにここまで来ると感心する。


「夕方までには帰るよ。書斎には近づかないで」とラルフがいうとアイビーが

「絶対に入らないわ」と即答した。


 エリザベスの鏡は結局あの後もレースを掛けて書斎に置いてある。ラルフは今すぐエリザベスを消滅させる気がないようだ。業者に払うお金がないのでシャンデリは床に落ちたままだ。ただし屋敷の心霊現象は起きなくなった。


+++


 黄色いフェラーリに乗って二人はマリーナ地区へいき、190 キングスストリートの家を見つけた。そこは割と古くからの家が建ち並ぶ中産階級が住むエリアで、目的の家は三角のとんがり屋根のついた円筒形の美しい出窓がシンボル的なクイーン・アン様式の家だった。離れた場所に車を停めて、歩いてその家に向かった。


「この家なら十九世紀からあるな」

「誰か住んでそうだな」

「誰が住んでいるのか確かめよう」


 二人はアプローチの階段を上がり、玄関のブザーを押した。二回押しても応答がなかった。


「留守か」

 ドアノブを回そうとした鍵がかかっている。


「おかしいな」といいながらラルフはポケットから出した細い棒の束から適当なものを二本とって鍵穴に差し込むとすぐに解錠してしまった。

「え、マジか?」


「マジさ。古い鍵だからすぐ開く」といってラルフはドアを開けると「すいません」と声を掛けたが中から応答がないのを確認して家の中に入った。ブラッドも周囲を見回したが誰も見ていないことを確かめて中に入った。


 リビングは片付いていて、誰かが住んでいる気配がある。


「何も触るなよ」とラルフが言った。

「写真がある」


 チェストの上にたくさん置かれた写真盾をブラッドが見つけて近づいた。全ての写真に写っていたのはドリュー・ビギンズだった。


「ここはドリュー・ビギンズの家だ」

「じゃあもう主は帰ってこないな」


「ああ。けど代々黒薔薇の庭学会の会員のようなことをいっていただろ。どうしてあの銅板カードを持っていたのか分かるかもしれない。探してみよう」


 一階を見てまわったがそれらしきものがないので二人は二階に上がった。二階のとある部屋に入るとそこは書斎になっていて家族の写真や書物が並んでいる。


 ラルフが本棚を見ていると壁一面に飾られた古びた写真を見ていたブラッドが「おい!」といった。


「どうした?」

「これを見ろ」といって指したのは白黒写真に写っている中年の女性だった。

「誰だ?」

「カーラだ」

「ええっ?」

「年は取っているけどカーラだ」


「つまりドリューはカーラの子孫または縁者だったのか。だからカードを持っていた。けど、裏切者の子孫だからドールハウスのことと四つ目のメッセージを知らなかった。カーラが言っていた『意思を継ぐ者』とはドリューのことだったんだ」


「じゃあ、やっぱりドリューはカーラの復活を目指していたってことか」

「さあどうだろう。ドリューはカーラの霊がクラレンス・ホールにいることも知らないみたいだったからな。だからカーラはきみに頼んだんだろう。もうそろそろ出よう」


「警察に通報しないのか?」

「この家にどうやって入ったか聞かれるだろう? それにあの写真の女性がカーラだとどうやって証明する? カーラに会ったことがあるのはきみだけなんだ」

「そうだな」


 というわけで二人は家を出て呼び出しブザーと玄関のドアノブの指紋を拭き取ると、通報せずにドリューの家を離れた。フェラーリを運転しながらブラッドが不意に聞いた。


「そういえばドリューの本名って何だったんだろうな?」

「さあ」とラルフは答えた。「郵便物でも見れば書いてあったかも」

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