第4章 3はすべてのはじまり(4)

 その頃ヴィクトリアシティ警察のテロ犯罪課。


「ミランダ!」と同僚のモーガンがシェリーのデスクにやってきた。

「ボーシャ家のセキュリティシステムを解析してもらったら、内側から解除されていることが分かった。窓からの侵入は偽装だ。それで使用人を調べたら、執事が学会員だと判明した」


「あの執事?」

「ああ。代々ボーシャ家に使えているが、母方の祖先にエリザベス・ガードナーの使用人がいた。生粋のガーディアンだ」


「ボーシャ家もエリザベスからクラレンス・ホールを購入している。双方ともエリザベスとつながりがあったということね。ボーシャ家も黒薔薇の庭学会の会員だったとして、なぜ同じ学会員の執事がボーシャ家の人たちを殺す必要があるの? 執事を連行して聞くわよ」


「それが行方不明なんだ。急に連絡が取れなくなった」


 そこへ女性警察官がやってきた。

「ミランダ、張り込み中のフランクから電話よ」


 シェリーは目の前の電話の受話器を取り点滅しているボタンを押した。

「はい、ミランダ」


『フランクです。ローレンスとほか二名が三人組に連れ去られました。追跡したら黒薔薇の庭教会に着きました』

「連れ去り? 黒薔薇の庭教会ってどういうこと?」


『銃で脅されていました。それに教会の様子がおかしいです。人が集まってきているようなのですが、外からこれ以上分かりません。宗教施設なので立ち入れません』

「分かったわ。令状を取るから見張ってて」


 シェリーは電話を切るとモーガンにいった。

「すぐ裁判所に行きましょう」


 +++


 ブラッドは1~9までの並んだ数に対峙しているラルフを見つめた。

 神の数。神の数ってどれだ。頼むぞラルフ。


 一方ラルフは、時間を稼ごうとしていた。あの外の間抜けな刑事たちはまだか。異変に気付いて仕事をしてくれればいいが。なぜ来ない。早く来い。


 時間稼ぎのために仰々しく説明した。

「神とは唯一なるもの。すなわち神の数は1だ」


 ラルフが1が描かれたタイルを押すと、それが壁の奥に引っ込んだ。それだけで信者たちはざわついた。


「静粛に」とドリューが信者たちを鎮めさらに続けた。「次は下の三枚の数よ。333のカードに数を与えよ。それは最初の不吉な数である」

「最初の不吉な数」とラルフは小声で繰り返した。


「6だ! 聞いたことあるぞ。6だ!」とブラッドがいった。


「違う!」とラルフが遮った。「最初の不吉な数は2だ。2は唯一なるもの、神の数字1から逃れようとする最初の数だからだ」


 そういってラルフは2が描かれたタイルを押した。するとクラレンス・ホールで見つけたカードに彫られた黒薔薇が下からの光で影絵のように綺麗に浮かび上がった。それを見た信者たちから低いどよめきが起きた。


「おれはもう黙っておくことにするよ」とブラッドはいって大人しくなった。

「ああ、そうしてくれ」ラルフは真顔で答えた。


 すぐにドリューが続けた。


「444のカードに数を与えよ。それは最初の不運な数である」


「最初の不運な数は4だ。4は立体的で安定をもたらす。それはこの世で最も退屈で不毛、惨めな生活を連想させる数だからだ」


 ラルフは4の描かれたタイルを押した。するとドリューが持っていたカードの黒薔薇が光って浮かびあがった。ブラッドはアイビーと顔を見合わせ安堵の息を吐いた。あと一枚だ。


「555のカードに数を与えよ。それは誰ともコミュニケーションをとらない数である」


 ここでラルフが初めて考え込むとドリューがニヤリと笑った。


「待って。最後はわたしが決める」

「なんだと」


「カードに数を与えた者が地獄への鍵の所有者となる。最後はわたしが所有者として数を与えるわ。どきなさい」

 ドリューはラルフに変わって数が描かれたタイルの前に立つといった。


「誰ともコミュニケーションをとらない数は7である。他の数同士をかけても7にはならず、7に他の数を掛けても一から十までのどの数になることもない。7は世間のいずれともコミュニケーションを取らない孤高の存在、超然としている黒薔薇の庭学会そのものである」


 おお~と信者から拍手が起き、その圧に押される振りをしてラルフはその場から数歩退いた。


 ドリューが7の描かれたタイルを押すと天井から矢が降り注ぎ彼女にまっすぐに突き刺さった。彼女の体から血しぶきが上がり礼拝堂は悲鳴と怒号でパニックになった。その時


「警察だ! 動くな」というスピーカーの音声が響きさらに信者たちが逃げ惑い場内はカオスになった。しかし既に多くの警察官に取り囲まれ信者に逃げ場はなかった。


 ブラッドとアイビーを取り押さえていた黒服の男たちも気付けばいなくなっていてラルフが駆け寄り二人を拘束していた紐をほどいた。


「大丈夫か?」と聞くとアイビーはラルフに抱き着いた。

 途端にブラッドが血相を変え「よけろ!」と叫んだ。


 背後から信者の一人がナイフを持ってラルフに襲い掛かってきたのだ。咄嗟にラルフがアイビーを突き飛ばし、男の腕を脇に挟んでナイフを叩き落として取り押さえた。ラルフが捕えた男のフードを下すとボーシャ家の執事だった。警察官が駆け寄ってきて執事を取り押さえ連れて行った。


 残された三人は目の前で白かった祭服が赤に染まって倒れているドリューを見下ろした。


「7じゃなかったのか」

「合っているよ。コミュニケーションを取らない数は7だ。だがメッセージが間違っていた。答えは6だ」


 そういってラルフは6のタイルを押した。


「おい、よせ!」といってブラッドが咄嗟にその場から逃げて頭上を見たが何も降ってこず、代わりにボーシャ家で手に入れたカードの黒薔薇が光った。


 途端にその横にタイルで描かれていた薔薇の文様が横にずれ、中から二十センチ四方の真っ赤な空間が現れた。その中に美しい装飾が施された長さ十センチくらいの鍵が立っていた。


「あった!」ブラッドは驚いて鍵を凝視した。


 ラルフは混乱で誰も見ていないことを確かめるとパッとその鍵をとってポケットに入れた。するとタイルの扉が閉じ、何の切れ目も見当たらず、もうそこに空洞があることは分からなくなった。


「おい、嘘だろ?」ブラッドが驚いた。

「どうせ、警察の倉庫に眠るんだ。僕が見つけたんだから僕のものさ」

 といって祭壇を降りた。


 そこへシェリーがやってきた。

「三人とも怪我はない?」

「ええ、なんとか」


 真っ赤に染まったドリューの遺体を見て、シェリーが聞いた。

「彼女は誰?」


「ドリュー・ビギンズです。ほら、署で話したあの家を売ってほしいといって来た不動産屋ですよ。シェリー捜査官、ボーシャ家の人を殺害したのは、執事ですか?」


「ええ。そうよ。彼も学会員だったの。なぜあなたたちがここに連れてこられたの?」


「この暗号を解くようにいわれたんです」といって数の描かれたタイルを指した。

「あとで詳しく話してちょうだい」

「何にせよ。僕らの疑いは晴れたということですね」

「そうね。お詫びに自宅まで送らせてもらうわ」


 二人は地下の礼拝堂から地上に出た。外は真っ暗で月がない夜だった。


「そうか今日は新月だ。黒ミサが行われる日だったな」とラルフが言った。


 そこへ黒塗りのリムジンが滑り込んできて三人の目の前で停車し、マクシミリアンが降りてきた。


「お迎えにあがりました」

「早いな」

「仕事ですので」


 それに気づいたシェリー捜査官が来た。マクシミリアンが迎えに来たことを告げると

「連絡が着く状態にしておいてほしい」とだけいって去っていった。


 四人を乗せたリムジンが走りだすとブラッドがラルフに聞いた。

「そういえば、なんで6なんだ」


「ボーシャ男爵夫人が助けてくれたのさ。夫人から来た手紙に書いてあっただろう」

「『しかしあなたは不運を逃れる』か」


「そう。最後のカードはボーシャ家が所有していたもので、きっとあれが本当のメッセージだと思ったんだ。きみが言っただろう? ドリューはエリザベス派ではないって。つまり7は正当な所有者かどうかを見分けるためのダミーだ。

 前にもいったけど偶数はそもそも女性的で不運な数とされる。けど6だけは6以外の公約数1、2、3の合計と等しい完全数だ。6だけが不運を免れているんだ。

 直前の4は不運な数だ。しかしあなたは6で不運を逃れる。夫人はきっとそういったんだ。大事なのは数じゃなかった。メッセージの方だったんだ。

 そしておそらくカーラ派だったドリューは四つ目のメッセージの存在を知らないと思ったんだ」


「そういうことか。カーラが消滅する寸前に、意思を注ぐ者が復活させるといったけどあれはドリューのことだったのかな」


「そうだろうね。それにしても長い一日だったな。さすがに少し疲れた」

「わたしなんて、半日で二回も殺されそうになったわ」

「そうだな」


 ラルフはそういってリムジンの皮のシートに身を沈めて目を閉じた。

 その途端「あら大変」とアイビーがいったので、全員が彼女を見た。


「ドリアン卿を図書室に閉じ込めたままだわ」

「大変だ、クラレンス・ホールまで急いでくれ!」ラルフは運転手に告げた。

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