第4章 3はすべてのはじまり(1)
「おい、アイビー? アイビー! 切れた」
ラルフはすぐにかけ直したがつながらない。「くそっ」といってラルフは窓ガラスをこぶしの横腹で叩いた。雷鳴が轟くと夕立になり、物凄い勢いで激しく雨が車窓を叩きつけ始めた。
「急ごう。もうすぐだ」ブラッドはアクセルを踏み込み、雨の中猛スピードで滑るように前の車を次々と追い抜き始めた。
ラルフはフロントガラスが割れそうなくらい前方を睨みつけたままクラレンス・ホールが近づくのを待った。
アイビーをどうして屋敷に一人にしてしまったんだ。アイビーに何かあったら俺は…。なぜか頭をよぎるのは子供の頃のアイビーの笑い顔だ。いつ無理難題を頼んでも嫌な顔一つせず引き受けてくれた。それなのに俺は、こんなときにあの家に彼女を一人にしたなんて。頼む、間に合ってくれ。
車は五番街に入った。そのまま猛スピードで直進してクラレンス・ホールの目の前に一台分だけ空いていた駐車スペースに切り替えナシでS字を描いて一発で縦列駐車で停車した。
二人は車から飛び降りてクラレンス・ホールの中に駆け込んだ。
反対車線の車の中からハンバーガーを食べながら屋敷を見張っていた二人の男性刑事は、突如対向車線を猛スピードで走ってきた黄色いフェラーリが華麗なテクニックでクラレンス・ホールの前に横付けしたので思わず「うまっ!」と同時に声をだした。と思ったらラルフとブラッドが飛び降りてきてあっという間に屋敷の中に入っていったのでポカンとした。
「え? 今、車から降りてきたのってローレンスとロックウェルじゃなかったか?」
「あ、ああ。なんで外から帰ってくるんだ?」
二人は顔を見合わせた。
「どうする?」
「でも出て行ったんじゃなくて、入って行ったんだからこのまま?」
刑事二人は屋敷の様子を伺った。
ラルフとブラッドは屋敷に入るとホールを突っ切り書斎に飛び込んだ。部屋の真ん中に置かれた椅子に魔導書を手にしたアイビーが坐り、その横にカーラが立っていた。
「ラルフ!」とアイビーが叫んだ。
『お帰りなさい』カーラがいった。
「アイビー!」駆け寄ろうとするラルフの腕をブラッドが掴んで止めた。
「駄目だ。隣にカーラがいる」
ブラッドはこれまでカーラに感じてこなかった全身の鳥肌が立つような邪気を感じていた。まるで冷蔵庫の中にいるような寒気がして体が小刻みに震え止めようとしても止まらない。
こいつは、危険だ。「貴様。俺たちを騙したな」
『いいえ。最初からわたしを解放するように言っていたはずよ』
「アイビーを放せ」
『いいわよ。地獄への鍵を見つけてわたしを解放したらね。しなければこのお嬢さんは死ぬ』といって天井を見上げた。
ブラッドが上を見ると、アイビーの頭上の大きなシャンデリアが揺れている。
『猫を連れて来ても同じ』
ブラッドはカーラの要求をラルフに伝えた。
「ブラッド、この人誰?」アイビーが横にいるカーラを怯えたように見上げながら聞いた。
「アイビー、きみ見えるのか?」
「ええ。何となく見えるし声もはっきり聞こえる。怖いわ。ラルフ、ごめんなさい。一階に行くなっていわれたのにわたし」
「大丈夫だ。いいんだ」とラルフがいった。「じっとしているんだ。きみに手出しはさせない」
『あらあら。手出しするかどうかはわたしが決める』
「きみが裏切者だったのか?」とラルフが聞いた。
『ようやく気付いたようね。そうよ。エリザベスは最初はわたしの支援者だったわ。あるときから彼女は悪魔崇拝者になったといったわよね。当然のようにわたしも悪魔崇拝者になった。
彼女は自分の死後も、信者が自分を崇めることを切望し死後の復活を目指して、魔導書を開ける地獄への鍵につながるカードを三か所に隠した。その一枚を託されたのがこのわたし。
でも学会の運営を巡って意見が分かれていたわたしは彼女の復活を阻止して学会を乗っ取るため、ボーシャ家にカードがあると知り、取りにいった。けどいち早くそれを察知した彼女はわたしをボーシャ男爵家の前で事故に見せかけて呪い殺し、この家に封じ込めた。
そしてカードの隠し場所と共にわたしの功績や作品の所在一切をこの世から消し去ってから亡くなった。カーラ派が鍵を見つけられないようにね。それから自分はここで信者が魔導書と地獄への鍵を見つけて復活させてくれるのを待っているというワケ』
ブラッドの通訳を聞きながらラルフはイライラしながら胸の前で腕を組んで、部屋の中を行ったり来たりした。
「ああ、直接話しが出来ないないというのはなんて不便なんだ。時間がかかってしょうがない。カーラ、なぜエリザベスはきみを消滅させなかった?」
『わたしが死ぬ前に自分のカードを隠したからよ。万が一に備えてね。あの一枚がないと鍵は手に入らない』
「とはいえまだ彼女は魔導書の所有者だ。昨日僕が魔導書を見つけた時に、彼女が自分で鍵を開け、きみを消滅させることも出来たはず。自分を解放することはできないとは聞いたがなぜきみを消滅させなかった?」
『魔導書を使って封じ込めと開放ができるのは鍵を所有している生身の人間のみ。魔導書を使うには肉体が必要なのよ。だから彼女は鍵を持った信者を待っているの。彼女の信者よりあなたの方が優秀だったけどね』
「なるほど。だから信頼できる人間に鍵を託す必要があるわけだ。きみはどうする? 僕が鍵を見つけても、僕がきみを解放しなければどうするんだ?」
『そのときはこのお嬢さんが死ぬ。それにわたしにも信者はいるの。あなたは鍵を探しさえすればいいのよ』
また部屋の中をウロウロしてブラッドの通訳を聞く振りをしながら、ラルフは床に下ろして壁に立てかけてあるエリザベスの鏡の前を通る時に鏡にかけられたレースを一瞬でサッと外して鏡から離れカーラの注意を自分に引き付けると立ち止まった。
「なるほど。分かったよ」
『さ、わたしを解放する旅に出てもらおうかしら。三枚目を入手するのは簡単よ。わたしの意思を継ぐ者たちが持っているから』
「その前にもう一つ聞きたい」とラルフは腕を組んだまま手を顎に当てていった。
『何なの?』
「きみはなぜエリザベスを裏切った? 彼女はきみのパトロンで、共に悪魔崇拝者になったくらい親密だったはず。それなのになぜだ?」
『聞いてどうするの』
「僕の周りでも信頼していた使用人に裏切られるケースがよくあるんだ。悪い扱いをしたわけでもないのにね。そこできみに教えて欲しいんだ。
人が誰かを裏切る理由はなんだと思う? 怒りだと思うかも知れないが違う。軽蔑だよ。相手を軽蔑しているから裏切るんだ。違うかい?」
『クックック。そうよ。美の何たるかも分からないのに美の崇拝者を気取ってやみくもに芸術品を買いあさり、金に物を言わせてわたしに屋敷を建てさせる。しまいには、死後も崇められたいだなんて。気が付いたら心の底からエリザベスを軽蔑していたわ!』
ウロウロしていたラルフはブラッドから通訳を聞き終えるとピタッと立ち止まった。そして
「だそうだよ、エリザベス」といってエリザベスの鏡を見た。
驚いたカーラもその鏡を見た。鏡の中は嵐で荒れ狂い、エリザベスの影が怒りに満ちているのが表情が見えなくても分かる。
『カーラ……』エリザベスが地の底から這い出たような声を出した。
『公爵いったいなんの真似?』カーラがラルフに聞いた。
「魔をもって魔を制す。ん? 敵の敵は味方かな?」
『エリザベスがあなたの味方をするとでも?』
『カーラ』とエリザベスがいった。『美の何たるかが分かっていないのはあなた』
『この際いっておくわ、エリザベス。わたしが復活したら真っ先にあなたを消滅させてやる。あなたがわたしの作品を全て消し去ったようにね』
『わたしが犯した間違いを、わたしが消し去ったまで。あなたのいったことや造った作品は全てわたしの受け売り。またはわたしの助言に基づくもの。壁紙一枚に至るまでね。わたしの力が無ければ所詮どこにでもいるデザイナーだった』
『どこにそんな証拠があるの? そんなことが言っていられるのもあと少し』
ぐわっと唸り声をあげてとエリザベスが鏡に張りついた。鏡が割れて飛び出してくるのではないかと怯えたアイビーが悲鳴を上げた。
「エリザベス、落ち着け」とラルフがいうとカーラが言った。
『あはは。公爵、あなたがまさか本物の愚か者だったとは。魔導書があってもエリザベスには何もできないのよ。さっさと鍵を探しに行きなさい』
「きみは言ったよな。彼女の信者より僕の方が優秀だって。そのとおりさ」ラルフは鏡に向かって叫んだ。「エリザベス、僕を地獄への鍵の代理人にしてくれ! カーラを消滅させてやる!」
『なんですって? そんなことできない。それにエリザベス、彼を代理人にしたら、あなたも消滅させられるわよ』
「彼女に鍵が渡ればきみだけが消滅させられるぞ」
『一人だけでは行かない』とエリザベスがいった。『ラルフ・ローレンスを代理人とする。鍵よ、右に開け』
「アイビー、本をよこせ!」とラルフが叫ぶとアイビーが魔導書を投げた。表紙が開いて中に闇より暗いブラックホールが見えた。それを受け取ると同時にラルフが「カーラを封じ込めろ!」と叫ぶと本の中の闇が渦を巻き始めた。
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