第3章 6で不運を逃れる(6)
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アイビーは屋敷の二階の窓から外をチラッと覗いた。通りの反対側に覆面パトカーがまだ止まっている。空が暗くなり、ゴロゴロゴロと遠くで雷鳴が轟いた。雨が降りそうだ。そろそろ陽が沈む頃だからラルフ達が戻ってくるかもしれない。
一階に行くなといわれていたので退屈しのぎにドリアン卿について回って二階と三階はくまなく見てまわった。残念ながらラルフの部屋には鍵がかかっていて入れなかった。
もうやることがなくなってきたので二人が戻るのを二階のリビングで待つことにしてソファに座った。
テレビでも見ようとしたそのとき
「アイビー」と一階からラルフの声が聞こえた。
ラルフが戻ったんだわ! リビングを出て二階の廊下に出た。一階のホールをぐるりとコの字型に臨むように手すりのついた通路があるので、そこから一階のホールを見下ろした。玄関も見えるがラルフもブラッドの姿もない。
「ラルフ! ブラッド!」二人は姿を見せない。
わたしったらラルフのことを考えすぎて幻聴を聞いたのかしら。そう思ってまたリビングに入った。
窓から真下の通りを確認したが車は戻っていない。もしかして四番街に止めて裏口から入ってくるのかしら。そのとき大きな窓ガラスの外がピカッと光ったと思ったら雷が鳴り、思わずキャッとアイビーは悲鳴を上げた。窓ガラスを雨が強く打ち付け激しい雨音が聞こえ始めた。
「アイビー」またラルフの声がした。やっぱりラルフが戻ってる。
アイビーはまた二階の通路に出て一階のホールを見降ろしたが誰もいない。
「ラルフ! 戻ったの?」雨音に負けないように二階から声を掛けたが雨音以外聞こえない。「ラルフ?」といいながら階段を三段ほど降りた。
リビングから出てきたドリアン卿が唸り声をあげながらやって来ると階段をトントンと降りてアイビーを追い越してから立ち止まると、通せんぼした。
「ドリアン卿、ラルフの声がしたわよね」
ドリアン卿は動かない。すると「アイビー」と女性の声がしたのでアイビーは驚いて固まった。
なんで?「誰?」
「アイビーさん? わたくしラルフの秘書のカーラ・オニールです。ローレンス氏に頼まれた物を取りに来ました」
秘書? いつのまに秘書を雇ったの? ブラッドもいるのに。階段から下を覗き込むがこれも姿は見えない。
「秘書の方? 聞いておりませんが」
「調度品のいくつかをオークションに出すのを手伝うことになりました。オークションハウスの担当者に渡す必要があるんです。自宅にガールフレンドのアイビーさんがいるから、アイビーさんに頼んで本を受け取るようにといわれました」
ガ、ガールフレンド? ラルフがわたしをガールフレンドっていったの? そう思っていてくれたのね。嬉しさで飛び跳ねたくなった。彼女として役目を果たさなきゃ。
また女性の声が聞こえた。
「実は私、猫アレルギーなものですからそちらに行けなくて。姿が見えなくても近くにいるだけで痒くなるからすぐわかるんです」
「ああ、そうだったのですね。どんな本ですか?」
「銀製の手のひらサイズの本ですわ」
「どこにあるかご存知?」
「二階あたりかと思いますが」
「ちょっと待ってください」
彼女、彼女。わたしは彼女。
心の中で鼻歌のように繰り返しながら張り切ってアイビーはリビングに戻ってチェストの上、その引き出しの中、本棚、飾り棚、テーブルの下などを見て回った。見つからないので二階の他の部屋を見たが見つからない。
もしかしてラルフの部屋に置いたまま鍵を掛けて出掛けたのかもしれないわ。そこでまた二階の廊下に出てから伝えた。
「オニールさん?」
「はい」
「二階を探したけどありません。もしかしたらラルフが部屋に置いたまま鍵を掛けて出掛けたかもしれません。もうすぐ戻りますからお待ちになっては?」
「そういえば、書斎にあるかもしれません。昨日書斎で見せていただきましたので」
「ああ。なるほど」一階はダメといわれているのに。けどガールフレンドだから一階におりてもいいわよね。
アイビーは階段を下り始めた。するとドリアン卿が先回りして進路を妨害する。
「ドリアン卿、ちょっとそこをどいてくれないかしら」
アイビーはドリアンをよけて階段を降りて行った。ドリアンが低い声で唸りながらピッタリその横をついてくる。
ドリアン卿ったらどうしたのかしら。急に機嫌が悪くなって。その割にまとわりついて来るし。
「オニールさん?」階段を降りながら声を掛けた。
「はい。あの、猫を来させないようにして頂けません? 先日もうっかり猫がいることを知らないであるお屋敷に行ってしまい、そのあと蕁麻疹で三日間仕事を休みましたの。うわ、もう赤くなってきました! 痒い。ちょっとバスルームを使わせて下さい。冷やすと収まりますので」
「ええ、どうぞ。わたしその間に書斎で探しておきますわ」
アイビーがホールに降りると、入れ違いにバスルームのドアがバタンと閉まる音がして、ホールには誰もいない。一緒にホールに降りてきたドリアンに向かっていった。
「ドリアン卿、猫が苦手な方だそうよ。ちょっとだけそこの部屋に入っていて」そういってドリアンを抱き上げて図書室に連れて行った。ドリアンを下ろして図書室から出ようとしたらドリアンが図書室から逃げようとするという攻防が続き、なかなか図書室から出られない。
するとスマホが鳴った。取り出してみるとラルフからだった。
ラルフだわ! ちょうどいい。
「はい、ラルフ?」
「アイビー、僕だ。無事か?」
「ええ、無事よ」大袈裟な表現ね。「いま秘書が本を受けとりに来ているから渡すところ」
「秘書? 誰だそれは」
「オニールさんよ」
「なんだと! カーラ・オニールか?」
「そうそう。ラルフがオークションに出す本を受け取りにきたんですって。わたしが家にいるから渡してほしいって頼んだでしょ?」
「そんなことは頼んでないし、秘書なんて雇ってない」
「え!」
「いいかアイビー、もうすぐ着くから二階にいるんだ。絶対に一階に降りるな」
「なんで? オニールさんって誰? まさか、彼女?」
「は?」
「わたしと鉢合わせさせたくないの?」どんな女よ! もしかして彼女の方がラルフがいない隙にわたしを見に来たのかもしれない。挑戦状ね! 受けて立つわ!
「何を言っているんだ。いいから二階にいろ。そしてドリアン卿から離れるな」
「だったら教えて。オニールさんって本当は誰なの!」
「……。アイビー、落ち付いて聞け。オニールは悪霊だ」
「え?」
「だから絶対に一階に降りるな。そしてドリアン卿と一緒にいるんだ。離れるな。オニールはドリアンがいれば出てこれない」
「どうしよう、もう一階に降りたわ。ドリアン卿は図書室に閉じ込めたの。そうしろって言われて」
「いまどこにいるんだ?」
「書斎よ。この本を渡せって」アイビーは声を震わせながら執務机の上の銀製の本を手に取った。
「いいか、絶対に渡すなよ」
いきなり通話が切れたと思ったら背後でドアが閉まる音がした。アイビーは震えながらゆっくり後ろを振り返った。
ドーン! と近くで雷が鳴ったので反射的に首をすくめて悲鳴を上げた。落雷のせいで照明が点滅し始めた。チカチカと一瞬明るくなるたびに書斎の入口に立っている女性のシルエットが見え隠れする。
「だ、誰?」アイビーの全身の毛穴が開いて冷や汗が出てきた。
ついに照明が消え真っ暗になった。と思ったら稲妻の閃光が走り、部屋が明るくなった。すぐ目の前にカーラが立っていて、ニヤリと笑うと「アイビー」とラルフの声で呼んだ。
アイビーは悲鳴を上げた。
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