第3章 6で不運を逃れる(4)

 屋敷の裏口から出た二人は四番街へ出てインペリアルホテルへ向かった。


「アイビーを屋敷に一人にして大丈夫かな?」ブラッドが歩きながら聞いた。


「一階に行かなければ平気さ。ドリアン卿もいるし、エリザベスは鏡の中。きみに話をきいてもらったせいかカーラも悪さをしなくなったしね。それに僕らだってあの家にいても平気じゃないか。下手に話すと怖がるだろ」


「そうだな」

 インペリアルホテルの前に着くと車が数台縦列駐車をしている。


「どの車かな」

 といってブラッドが車のキーのボタンを押すとピヨンと音をたてて反応したのは黄色いフェラーリだった。


「こ、こんな目立つ車で来たのか」キーを取り出すとフェラーリのエンブレムがついている。

「カッコいいじゃないか。これで行こう」


 派手さに驚いたブラッドだが、アクセルを踏むとすぐに「なんていいサウンドだ」とエンジン音に感激した。


 加速させるとさらに

「ワオ、なんだこの反応の良さ。アイビー、こいつと相性悪いって? 信じられない」

「前を見ろ! 前を」


「平気さ。ずっと横を向いたままでも対向車をよけられる自信がある。僕から見たらみんな止まっているようなもんさ。もしかして怖いのか?」

「いや、いいから前方を見ろ!」


「わはは。ようこそフェラーリへ」


 高速を二時間ほど走って一般道に降り、ベイクリー村の近くまでくるとラルフがいった。


「せっかくだからきみの家に寄ろう」

「本気か?」


「うん。村人の生活に興味がある」

「あ、なんかいま感じ悪かったぞ。いっておくけど俺たちはちゃんとした文明人だからな」


「分かってるよ。無理にとは言わない」

「……。いや、行こう。妹が喜ぶから。いきなり行って驚かせたい」


 というわけで二人はまずベイクリー村へ向かった。


 村には小川が流れ水車が見えるのどかな風景の中にはちみつ色の切石積みの壁と切妻屋根が印象的な昔ながらの可愛い家々が建ち並んでいる。まるでファンタジーの世界に入り込んだようだ。ブラッドの実家はそのベイクリー村の中心部から一本道を入った所にあった。広い前庭に入って車を止めて降りると、二人は家の中に入った。


 突然ブラッドが客を連れて帰ってきたので一家は呆気にとられた。


「ブラッドじゃないの」母親が立ち上がってハグをすると全員がかわるがわる彼とハグをした。

「驚かせてごめん。近くまで来たから寄ったんだ」

「こちらはどなた?」母親が聞いた。


「彼は友人のラルフだ。ラルフ、紹介するよ。両親と妹のエイミー、弟のジャック。エイミーは十二歳で、ジャックは十歳」

「はじめまして、ラルフ・ローレンスです」


 みんながラルフに挨拶をし終えると母親が聞いた。


「ラルフ・ローレンスってまさかあの公爵様じゃないわよね」

「あの公爵の息子です」とラルフが答えた。


「え! ブラッドが初めて連れてきた友だちが公爵様だなんて」母親は驚きのあまり動かなくなった。


「なんでブラッドが公爵と一緒なの?」ジャックが聞いた。

「仕事を通じて知り合ったんだ」


「あの外に止まっているけたたましい黄色い派手な車は公爵様のもの?」エイミーが車椅子に座ったまま窓から外を見ながら聞いた。

「あのけたたましい黄色い車は僕の友達から借りたんだ」


「まあ、坐りなさい」と父親が椅子を勧めてくれたので二人は坐った。

「ちょうど今からお昼にするところだったのよ」といって母親が二人にも昼食を準備した。


 テーブルの上にはサラダ、パン、ヨークシャープディングを添えたサンデーローストビーフ、チーズがたっぷり乗ったシェパーズパイとスコッチエッグが並んでいる。久しぶりの母の手料理をブラッドはもりもり食べ始めたが、ラルフが気になったので様子を見ると、美味しそうに食べているのでどうやら口に合ったようだ。


 食事が中盤に差し掛かると母親が言った。


「ここから車で二十分ほどのところにローレンス家のマナーハウスがありますでしょ? 一度見学にいったことがあって、まるで絵画のように美しいお屋敷でした。それ以来エイミーは公爵様に会うのが夢だったんですよ。良かったわね、エイミー」


「うん」とエイミーは大きく頷いた。「わたしの想像をはるかに超える人ね」

「きみはリスの模様のセーターを編んだ子だね? 実に個性的だった」


 確かお前、ウサギと間違えてしかも欠点て言ったよな。ブラッドはチラッとラルフを見た。


「ありがとうございます。あの良さが分かる人はなかなかいません。クリスマスまでに公爵にも編んで差し上げます。着たら写真を撮って送って下さい」

「うっ。ありがとう」


 ざまあみろ。ラルフがリス柄のセーターを着ている姿を想像してブラッドはほくそ笑んだ。


「公爵様、国王に会ったことはありますか?」さらにエイミーが聞いた。

「うん。国王は僕の名づけ親だからね」


「じゃあ、王子に会ったことは?」

「僕は王子の名付け親だからあるよ」


 うわーっと幼い妹弟は顔を見合わせた。


 なんで王子の名付け親が俺から金借りてんだ。給料払え! と思いながらブラッドは食事を続けた。


「公爵様がこんなに美男子だったなんて思いませんでしたわ」

 母はすっかり舞い上がっている。元々イケメン好きなのだ。


「よくいわれます」

 ラルフが真顔で答えるとワハハハハとみんなが笑った。


 なぜウケる? ブラッドはブスッとしてパンをかじった。


「公爵って、何人いるの?」ジャックが聞いた。

「この国にはたったの二十六人だよ」


 ワハハハハとまた笑いが起きた。


 わからん! 笑いの沸点が下がるラルフ・イリュージョンでもあるのか?

「ブラッド」と父親が話しかけた。「お前さっきからなんでそんな仏頂面しているんだ?」


「あ、いや別に」

「仕事はどうだい? 新聞社は忙しいだろう」


 ブラッドのフォークがカチャンと音を立てたので一斉に家族が彼を見た。ラルフをチラッと見ると彼は何も聞えなかったかのように静かにナイフとフォークを動かしている。


「ああ、忙しいよ」

「そうでしょうね。ちゃんと食べてる?」母親が心配そうに聞いた。

「ああ。まあほどほどにね」大豪邸でサンドイッチとシリアルだけどね。


「今朝、ボーシャ男爵一家の事件で朝から大騒動だけど、お前は担当じゃないのか?」

「ああ、あれは社会部の連中が取材に行くから」


「ブラッドは何部?」ジャックが聞いた。

「俺は……文化部だ。もっと地域に密着した記事を扱ってるんだ。公家屋敷に悪霊が出るとか」


「うわ、面白そう。僕お化けの話好きなんだ」

「わたしも好き。読みたい」

「そうなの?」困ったな。ブラッドは焦った。「今度記事を送るよ」


「ところで、西ベイクリー村のホックニーさんのことだが」と父親がいったのでラルフも手を止めた。


「お前に昨日聞かれたからあの辺の知り合いに聞いてみたんだ。ホックニー家はあの辺では旧家でいまでも代々の家に老夫婦が住んでいるらしいぞ。取材か?」

「そうなんだよ。父さん、ありがとう」

 食事を終えると二人はホックニー家に向かうことにした。

「ブラッド」と見送りに外に出てきたエイミーが聞いた。「またすぐ戻って来る?」

「うん。休みには戻るよ」

「ブラッドが書いたもの読みたいから待ってるからね」

「わかったよ」


 するとラルフが

「久しぶりにこの村に訪れてまた来たくなりました。次はマナーハウスに皆さんをご招待します」


 というとブラッド以外のロックウェル一家はバンザーイと喜んだ。そして二人は黄色いフェラーリに乗ってロックウェル家を後にした。車が走り出すとすぐうにラルフがいった。


「いい家族じゃないか」

「ありがとう。新聞社のこと黙っててくれてありがとう。前に親に聞かれて心配かけたくなくて、つい新聞社で働いているっていってしまったんだ」


「気にするな。誰だってあるさ。それよりエイミーはなぜ車椅子なんだ?」

「三年前に近所で遊んでいて石塀から落ちて脊髄を損傷したんだ。俺が一緒だったのにちょっと離れた隙の事故だったんだ」


「治らないのか?」

「最先端のips細胞で脊髄を再生できる治療法ができたらしい。妹の場合、その治療法で治りそうなんだ。その治験プログラムに入れたいけど希望者が多くて入れないんだ」


「エイミーが家からあまり出なくなったというのは、車椅子生活になったからなんだな?」

「うん。彼女がああなったのは俺のせいなんだ」

「そんな風に考えるなよ」

「いやそうなんだ。エイミーが何もいわないから余計辛い。なんとかしてやりたいんだけど」

「そうだな」


 それからすぐに二人の乗った車は西ベイクリー村のホックニー家に着いた。ホックニー家もロックウェル家と同じはちみつ色の切石積みの壁と切妻屋根の古い家だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る