第2章 4は最初の不運な数(5)
なんだあいつは。ブラッドは忌々しく思ってラルフが出て行ったドアを睨みつけていた。するとドリアン卿が入ってきて晩御飯をねだった。
お前はいつもマイペースだな。立派だよ。ブラッドはドリアン卿と一緒に台所に向かった。ドリアン卿がご飯を食べている間ブラッドはラルフにいわれたことを考えていた。
新聞社に行って何をしたいか? 俺だって好きな文章を書いて暮らしていけたらそんなに嬉しいことはないけどいきなりできるわけじゃない。食べて行かなきゃいけないんだ。それに妹のことだってある。あいつみたいに宝探しだけしてられるかよ。
自分の部屋に上がろうと廊下を歩いているとホールを回ってキョロキョロしているラルフを見かけて目が合った。
「何しているんだ?」
「落ち着いたらここをテナントで貸し出せないかと思って考えているんだ」
「貸す? きみはどこに住むんだ?」
「僕は三階に移る。三階だけでも十分な広さがあるからね。少し改装すれば三階に住める。二階も貸し出すかもしれない」
「へえ」どこからその改装費は出るんだと言いたかったが止めた。
「さっきは言い過ぎたよ。確かに僕は恵まれているよ。明日は一番いい紹介状を書く。採用されるといいな」
「ありがとう」
その場を離れようとするラルフに思わずブラッドは声を掛けた。
「ラルフ。明日、一緒にパーティに行ってやるよ」
「本当か?」
「ああ。明後日出て行く。その代わり、無理はしないこと。危ないと思ったら絶対に引き返す」
「わかった。助かるよ」
「でもどうやって招待状を手に入れるんだ?」
「それは奥の手を使う。ちょっと待っててくれ」
といってスマホをかけながらラルフは少し離れたところに移動して話し、すぐに戻ってきた。
「何とかなりそうだ」
「奥の手って何だ?」
「マクシミリアンに頼んだ」
「まんまじゃねえか!」
「僕にとっては最後手段だから奥の手だ。きみにいわれて考え直した。この際だから使えるものは何でも使う。きみがついて来てくれるっていった以上なんとしても招待状くらい手に入れないとな。父親につまらない意地は張っていられない。とりあえず招待状が届くまでに何かを食べないか」
「そうだな」
二人は台所に移動して残っていたパンでサンドイッチを作って食べた。食べ終えた頃に玄関のチャイムが鳴った。書斎に入ってきたマクシミリアンは相変わらず隙の無い佇まいだ。この家に入るのは初めてらしくさっと書斎を見回した。
「なかなか洗練された内装ですね」
「そうだろう。持ってきてくれたか?」
「はい」といって封筒を二通取り出して執務机の上に置いた。「ケラー子爵家の慈善パーティへの招待状です。参加費は寄付金として収めておきました」
「ありがとう。助かるよ。もう締め切られたはずなのに」
「寄付をするといえば二枚くらい喜んで追加してくれました。このパーティで何をなさるおつもりですか?」
「チャリティーパーティでやることは一つだろう」
「ご寄付ならわざわざこのパーティでなくてもよいかと。ローレンス家は既に慈善団体ももっておりますし。毎年決まった所に多額の寄付もしております」
「自分の目で確かめたところに寄付をしてみたくなったのさ」
「なるほど。しかしチャリティは難しいものです。どこにどれだけ寄付するかを決めるのはかなり高度な仕事ですので」
「それぐらいわかってるさ」
「ところで」とマクシミリアンは眼鏡を片手で持ち上げてから聞いた。「明日のパーティにどのご令嬢を同伴されるのですか?」
「え?」
「パーティですから。まさか男二人で行くわけには参りません。それはご存知ですよね?」
「も、もちろん」
「ラルフ様は普段パーティにはお出になりませんのでその辺が心配で念のためお伺いしました。どちらのご令嬢で?」マクシミリアンの眼鏡の奥が光った。
「それは…」といってラルフがブラッドを見たので、俺を見るな! とブラッドは目をそらした。
それに女性を連れて行けば地下室に潜入するのに足手まといだ。
「もし、お困りでしたらわたくしが手配しますが」
「困るものか。連れて行く女性ならいるからいい」
「どなたで?」
「それはお前には関係ないだろう」
「そうですか。ちなみに調べたところ服装コードもあるようですが」
「マジか! チャリティなのに?」
「やはりご存じなかったのですね? 本当は何をしに行かれるのです?」
「だからチャリティだといっているだろう」
「念のためにラルフ様のタキシードをお持ちしました。ラルフ様とサイズが合いそうでしたのでロックウェル様の分も用意しました、女性に恥をかかせるわけには参りませんので」
「それは助かります!」
「気が利くな、マクシミリアン」
「パーティに出るときの常識です」
ラルフの頭がカチン! と鳴った音がブラッドに聞こえて吹き出しそうになった。
ラルフは怒っているがブラッドは逆だった。ようやく一瞬マクシミリアンの裏の顔が見えたのだ。冷徹な表情や少し辛口な物言いとは裏腹に、マクシミリアンの裏の顔はとても柔和であり、兄が弟に厳しいことをいうときのように温かい目でラルフを見ていたのだった。こういうパターンは初めてだ。
そこへドリアン卿が入ってきた。晩御飯を終えたら翌日の朝ご飯まで姿を見せないのに珍しい。卿は部屋の中までとことこ入ってくるとマクシミリアンの足元にまとわりついて尻尾を足に絡めてブラッドを見上げてミャアと鳴いた。
「この猫は?」
「こいつはドリアン卿だ」とラルフが紹介した。「この物件についてきたんだ」
「ほう。猫付物件とは珍しい」
「なんだ、卿。お前がこの時間に来るなんて」
卿の様子を見ながらブラッドは思いついた。そうだ! マクシミリアンならハリーとの契約を止められるかもしれない。少なくとも契約がインチキかどうかくらい精査できるはず。あの表情を見る限り、けしてラルフの敵ではないのだから。そこでブラッドは卿を可愛がる振りをしていった。
「あ~明日ハリーがきてまた怒られるの、俺嫌だな~。明日は契約書を汚したらどうしようかな~」
「なんだその棒読みのセリフは?」とラルフが死んだような目でブラッドを見た。
「ドリアン卿のアフレコをしてみた。大丈夫だドリアン。明日は僕がお前が邪魔しないように取り押さえておくことになっているんだ」
すかさずマクシミリアンが質問した。
「ハリーというと、ハリー・スコット様ですか? 彼と何か契約でもなさるのですか?」
「あ、ああ。まあね。ビジネスだ」
「どういったご契約で?」
「関係ないだろう。僕個人の契約だ」
するとまたブラッドが卿を撫でながらいった。
「あ~会員権て高いな~。クラブに入って配当なんてあるのかな~」
「おい! ブラッド。いい加減にしろ! 卿がそんなことを考えるわけないだろう」
「いや。卿は意外に頭がいいから」
「いいから余計なことをいうな。マクシミリアン、招待状は助かった。服はホールに置いておいてくれ」
まだ何か言いたそうにしているマクシミリアンをラルフはホールまで見送り、服だけ受け取って玄関のドアを閉めた。
「おい」と二人だけになるとラルフがいった。「なんでマクシミリアンに会員権の話をしたんだ」
「されたら困るのか?」
「いちいち首を突っ込まれたくないんだ。今度から僕のことをあいつには言うな」
「へいへい。ところで女性の同伴者の当てはあるのか?」
「うーん。そうだないきなり明日呼べるとなると限られる。きみは当てがないのか?」
「お前が仕事も金もない男に彼女はいないっていったよな?」
「仕方ない。知り合いにきみの連れもまとめて頼もう」
ラルフはまたスマホをかけながらどこかに行き、すぐに戻ってくるといった。
「大丈夫。明日二人準備出来た」
準備って……モノか! まったくこいつは。
その後、ボーシャ家を訪問したことや、ドールハウスの中から二枚のカードを見つけたことや、黒薔薇の庭教会についてカーラに報告しようとしたが珍しくドリアンがまとわりついて離れず、カーラは現れなかったので、その日の調査はお開きになった。
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