第1章 2は最初の不吉な数(5)
警察署から離れたところまで来るとブラッドはラルフを呼び止めた。
「待てよ。きみはエリザベスが悪魔崇拝者だって知っていたのか?」
「噂では聞いたことがある。有名な話だ」
「ふざけるな! おかげで俺はテロ容疑者だぞ。そんな経歴が残ったら新聞社で働けない」
「容疑者じゃない。重要参考人だ。まさかこんなことになるなんて思わなかったんだよ! エリザベスは悪魔崇拝者で、タロット占術師、数秘学者だった。それがなんだよ!」
「きみは悪魔崇拝者なのか? あの家が聖地だと知って守っているガーディアンなのか?」
「は? 馬鹿をいえ。そんなはずはないだろう。きみだってカーラを見たじゃないか」
「じゃあ何で十八億の金を積まれてもあの家を売らないんだ?」
「金持ちだからだよ!」
「くっ。じゃあなんで黙秘をとおした? さっさとその金持ちの家名を名乗ってしまえばすぐに出られたのに」
「それは」とラルフが口籠ったところで背後からリムジンが寄ってきて彼の横に止まった。
すぐに中から運転手が出てきて後部座席のドアを開け「お乗りください」といった。
なんだこの展開。ドラマでしか見たことないぞ。ブラッドは驚いた。
ラルフは唇を少し噛んで「くそっ!」といってからブラッドに「乗ってくれ」といって先に自分が車に乗り込んだ。
運転手に促されてブラッドも乗り込んでラルフの隣に座ると、向かいの席に三十歳くらいの身なりのいい男性が坐っていた。眼鏡の奥の眼差しは鋭く知的だ。車が静かに走り出した。
「だ、誰?」テロ組織の親分か? 思わず小声でラルフに聞くと彼は忌々し気に答えた。
「ドーベルマンさ」
「ど、ドーベルマン?」どう見ても人間だけど。でもイメージ的にはピッタリだ。何者だ?
目が合うと、彼がジーッとブラッドを見つめた。まるでスキャニングされているようで居心地が悪い。だがブラッドもマクシミリアンをじっくり見返した。
「この男は父の忠実なる僕。ローレンス家の執事、マクシミリアンだ」
「ご紹介いただき、ありがとうございます。ラルフ様」とマクシミリアンは微笑を浮かべた。「こちらの方をご紹介いただけますか?」
「彼はブラッド・ロックウェル。僕のアシスタントだ」
「アシスタント? なるほど」
「お前が手を回して釈放させたのか?」
「お礼には及びません」
「余計なことを」
「どういたしまして。こちらが手を回さなくても、向こうが気を遣っていずれ釈放したでしょう。二十分わたしが早めただけです。テロリスト容疑だったとか。穏やかではありませんねぇ」
「単なる重要参考人だ! 僕がテロリストのわけないだろう!」
「疑いをもたれるような行動をとることが問題ではないでしょうか」
「説教をしに来たのか? 用がないなら降りるぞ」
「あの家は何かといわく付きの物件だとか。あぶのうございますからご自宅に戻られてはいかがでしょう?」
「戻らない」
「そうですか」
不思議だ。と二人のやりとりを聞きながらブラッドは思っていた。この男も全く裏の顔が見えない。だがラルフのように裏の顔が無いというよりも恐ろしくガードが堅くて見えないのだ。
「止めてくれ」ラルフがそういうと車が静かに路肩に止まった。
「何かお困りでしたらいつでもわたしにご連絡ください。対処いたします」
「必要ない!」
運転手がドアを開けたのでブラッドが先に降りて続いてラルフが降りた。するとすぐにリムジンは走り去った。歩道に残った二人はクラレンス・ホールに向かって歩き始めた。
「どうしてぼくが名乗らなかったかというと」とラルフは話し始めた。「うちの父親のせいなんだ。僕には兄がいたんだが、子供の頃に不慮の事故で亡くなった。小さかった僕はあまり覚えていないんだけど。
それ以来両親は僕に異常なまでに過保護になって行く先々で手を打ってくるんだ。友だちはもちろんガールフレンドも素性や素行を調べて僕にふさわしくないと思えば遠ざける」
「どういうふうに?」
「さあね。脅すんだろ。誰だってローレンスの名を出せば恐れて逃げ出すさ。例えば僕の横にいつもドーベルマンがいたら怖くて誰も寄ってこないだろ? それと同じ。それで名乗りたくなかったんだ。けど結局すぐにマクシミリアンにバレた」
「ふーん」
今度はブラッドが警察で聞いた話をラルフに伝えた。そこでクラレンス・ホールに着いた。家に入ろうとしたブラッドは先日感じた視線はマクシミリアンの手の者だったかもしれないと思った。なるほど。と思いながらホールに入ったら前に突っ立っているラルフにぶつかりそうになった。
「どうしたんだ?」
「これはどういうことだ?」
「え?」といってブラッドが家の中を見回すとおもちゃ箱をひっくり返したように調度品が床に散乱していた
「これって……泥棒?」
「ああ」
二人は書斎に移動したがそこもめちゃくちゃになっていた。
『物騒な連中が来て荒らしていったわ』とカーラが現れた。
「黙って見ていたのか?」
『何もできないわよ。幽霊よ、わたし』
「心霊現象で脅すとか」
『脅す? あいつら悪党で好き勝手やってて花瓶一つを引っ繰り返したところで誰も気づかないし、気にもしない。幽霊より人間の方がよほど怖いわよ』
それは僕も知っている。
「ドリアン! ドリアン卿!」ラルフが叫んだが出てこない。
「まさか卿まで連れて行ったのか。カーラ、卿を知らないか?」
『知らないわよ。わたしは彼とは同じ空間にはいられないんだから』
ブラッドはカーラの話をラルフに伝えた。
「どんな連中だった?」ラルフが聞いた。
『全身黒づくめで頭から黒い目出し帽を被っていたから顔は分からないけど、男二人だったかしら』
「警察呼ぼうか?」ブラッドが聞くとラルフが首を横に振った。
「いや。いま警察に関わりたくない。全て元々ここにあった物だしとられて困る物はない。ところでカーラ、エリザベスは悪魔崇拝者だったのを知っているか?」
途端にカーラがシッと人差し指を口元に当てて気配を伺うように眼だけ動かした。
『聞かれる』
「だから誰に?」
カーラがデスクの方を見た。すると側に置いてあったペンが立ち上がり、ノートの上を動いて『エリザベス』と綴った。
「うぉー! すごい! 自動書記じゃないか。初めて見たぞ!」カーラの声が聞こえていないラルフが一人で文字を見て感激している。その様子を見てブラッドは彼に気づかれないように小さくため息をついて、またカーラに聞いた。
「なぜ聞かれるとまずいんだ?」
『わたしは彼女に殺されたの』
「え?」
ブラッドはここでひとまずラルフに伝えた。一方、カーラには警察で聞いた話を伝えた。カーラは小声で話し始めた。まるで家に聞かれないようにするかのように。
『わたしが出会った当初、彼女は明るくて真の芸術崇拝者だった。占いや数秘術には興味を持っていたけれど、悪魔を崇拝するような人ではなかった。
けど、息子さんとご主人が相次いで亡くなり徐々に人が変わっていった。悪魔崇拝を始めたのはその頃よ。でもわたしには関係ないと思っていた。
あるとき彼女からある家に秘密の地下通路と空間を作ってほしいといわれたの。その時はまだ、単なる遊び心だと思って設計したわ』
ブラッドがその話をラルフに伝えるとラルフが聞いた。
「その空間に何があるんだ?」
『おそらくエリザベスが聞き取ったという「高名なる精霊の魔術書」。いわゆる魔導書よ。それがあれば悪霊を閉じ込めたり死者を復活させることができるというもの。エリザベスは魔導書で復活を目指しているのよ』
「魔導書で復活って、本気で信じているのか?」ブラッドは驚いた。
『でも信者とエリザベスは信じているし、現に私は呪い殺され、ここに封じ込められているわ。地下が完成する頃、誰かがエリザベスとその魔導書を巡って言い争いをしているのを聞いてしまったの。彼女の呪いでわたしが殺されたのはあの地下室が完成した直後よ』
「彼女は」とラルフが言った。「死ぬ前にすべてのコレクションの来歴やカーラ建築の設計図や所在を処分して死んだ。きっとその地下室を隠すためだったんだ。きみさえ死ねばもう誰にも分らない」
『そうよ。わたしが頼みたいのはエリザベスと邪教の復活を阻止して、わたしをここから解放すること。彼女の呪いのせいで、わたしはここの一階から離れられない。魔導書で閉じ込められているの。
長い間ここは空き家で誰も来てくれず伝えられなかった。来てもわたしの声が聞えない。ようやくあなたたちが来たのよ』
「彼女はこの家で悪魔を初めて召喚したそうだ」
『初めて聞いたわ。わたしの建てた家を邪教の聖地になんてさせない』
カーラの話をラルフに伝えた。カーラは続けた。
『彼女はこの家にいて、まだこの家を支配している』
「そういえば彼女の写真とか肖像画はないんですか? どんな人か気になるんだけど」
「僕も見たことはない。彼女は自分の写真と肖像画も含めて全て処分したから生前の彼女の容姿を知る手掛かりになるものは残っていない」
『もともと写真嫌いでわたしも撮らせてもらえなかった。肖像画もあったけど処分したようね』
「ところでどうやってその邪教の復活を阻止し、あなたを解放すればいいんだ?」
『エリザベスの信者より先に魔導書を手に入れて。きっとあの地下室に手掛かりがあるはず。けどその前にとりあえず彼女の動きを封じ込めて欲しい。そうすればあなたたちをもっとサポートできる』
「どうすれば?」
『彼女は鏡を通じてこの世に戻ってくることになっているわ。だから鏡に入ることがある。その時に鏡に閉じ込めてしまえばいい』
「どうやるんですか?」
『彼女が映った鏡ごと魔法陣の中に入れるの。彼女自身を魔法陣に誘導することはほぼ無理。けど鏡の中の彼女なら可能だわ。そうすれば彼女は少なくともそこから外に出られない。
けど失敗したら彼女は警戒して二度と鏡の中には出てこないわよ。それどころかあなたたちにも危険が及ぶ』
「つまりチャンスは一度か」
『そういうこと。それともう一つ。彼女自身が魔法陣に入ったことを知る必要があるの』
「気付かれずに魔法陣に入れ、魔法陣に入ったことを気づかせるのか?」
『そう。言うだけじゃダメ』
その話をラルフに伝えると
「魔法陣? 一度やってみたかったんだ」と新しいおもちゃを与えられた子供のように喜んだ。
『彼って変わってるわよね』カーラがブラッドにいった。
「そうなんだよ」幽霊に変わり者扱いされるって、どうなんだ、この男は。「とにかく魔法陣はやってみる。ところで地下のあるその家はどこにあるんだ?」
『デザイナーズ地区だったはず。地下室に入るには、はっ。彼女に気づかれた』
「え? どこ?」ブラッドはキョロキョロしたが何も見えない。
『来るわ! ラルフ。こんな家を買うなんてあんたって本当に愚か者よ。旅に出て答えを見つけなさい。しっかりイメージを働かせることね。チェスナッ』
最後はテレビを消すように消えた。代わりに書斎のドアが勝手に音もなく開いた。
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