第1章 2は最初の不吉な数(6)
「ドアが開いたぞ」とラルフがいった。
そして姿は見えないが誰かがドレスの裾をひきづって歩くような衣擦れの音が入ってきた。
ブラッドは得体のしれぬ恐怖で汗が噴き出てきた。
「どうした? ブラッド」ラルフはキョトンとしているが、ブラッドは声が出せない。
そして天井の大きなシャンデリアがシャリン、シャリンと音を立てて大きく揺れ埃がダイヤモンドダストのように落ちてきた。さすがのラルフにもそれは見える。
「なんだ。地震でもないのにシャンデリアが揺れている」
途端に電球のカバーがパリンッと音を立てて割れたので二人は「ワーッ」と声をあげて部屋の隅に逃げた。しかし衣擦れの音が二人の元にさらに迫ってきた。「き、来てる」とブラッドが言ったときふっと気配が消え部屋の空気が軽くなった。
「あれ?」
入れ替わりにドリアン卿が部屋に入ってきた。
「卿! 無事だったか! どこにいたんだ?」ラルフが卿を抱き上げた。
「卿が来たからエリザベスが消えたのかもしれない」
「そうか。卿には魔除けの力があるんだな。お前凄いな。泥棒からも逃げたし」
「狭い隙間にでも逃げ込んだのか?」ブラッドが聞くとミャアと得意げに卿は答えた。それからブラッドはカーラから聞いた情報をラルフに全部伝えた。
「エリザベスは見えたか?」
「見えない。裾の長いドレスを着ているのは分かったけど。黒い影絵が歩いてくる感じ。やっぱりまずエリザベスを何とかしなきゃ。
それと最後にカーラが言いかけた『チェスナッ』っていうのはカーラが車にはねられたチェスナット通りのことじゃないかな。今日、シェリー捜査官から聞いたんだ。チェスナット通りの『オペラ』というバールの前だったとか。
シェリー捜査官は事故だったっていっていたけどカーラは呪い殺されたって言ったな」
「なるほどね」
その後屋敷内を二人はひととおり見て回り盗難品を確認した。書斎に戻るとラルフが言った。
「派手に荒らされているけど盗まれたものはない。コソ泥にしてはおかしいな。こんなに値打ち品がたくさんあるのに持って行かないなんて」
「ということは?」
「何か探していたんだ」
「見つかったのかな。もしかしてほかにも魔道書をさがしている者がいるとか?」
「ありえるな」
「ところでカーラの依頼どうする? 邪教の復活を阻止してエリザベスの呪いを解くなんて無」
「面白いじゃないか」ラルフが食い気味に遮った。
「は? 気は確かか? そりゃ自分は何も感じないからいいよ。カーラだけならともかく、エリザベスは怖すぎて僕は無理だ。心霊体験ならもう十分だろう。僕に紹介状を書いてくれ」
「駄目だ。まだ来て二日じゃないか。給料は別料金でさらに上積みする。それでどうだ?」
「うっ。ま、まあそれなら」
「実は僕はエリザベスが処分したという美術コレクションはどこかにあるんじゃないかと思っているんだ。それを発見したい。もしかしたらその地下空間にあるかもしれない」
「バカバカしい。宝探しじゃあるまいし。 カーラが言ったとおりだ、愚か者だな」
「愚か者か……。なるほど。その前に魔法陣だ。その方法を考えなきゃ。忙しい、忙しい」といつつラルフは楽しくてたまらない様子でいった。「ひとまず家を片付けよう」
+++
二人を車から降ろしたあと、マクシミリアンはすぐにラルフの父に電話をかけた。
『わたしだ』
「マクシミリアンです。いまラルフ様とその友人を釈放させて別れました。マスコミには漏れていません」
『ご苦労。まったくテロリスト容疑とは情けない。友人とは?』
「ブラッド・ロックウェルというラルフ様と同年代の青年です。ラルフ様がアシスタントとして雇ったそうです。調べはこれからです」
『アシスタント? アシスタントが必要なことは何もしていないだろう』
「……。一見したところ、今すぐ追い払うほどでもないかと思いますが」
『いや、ラルフは人を疑うということを知らん。厄介なことになる前に追い払って、ここに戻るようにしてくれ』
「ではローレンス家の伝手を少々使うことと多少圧を強めることをお許しいただきたいのですが」
『自由にして構わん』
「それと女性捜査官が一人、ラルフ様に目を付けているようです」
『少し放っておけ。ラルフも多少痛い目に合わんと分からないんだ』
「かしこまりました。それでは対処いたします」
電話を切るとマクシミリアンはすぐよそに電話をかけ始めた。先方が応答すると
「ローレンス家の代理人のマクシミリアン・ドイルです。パーカー支店長をお願いします」と伝えた。
+++
その日の午後は、ラルフとブラッドは家の片づけに追われた。二階のリビングを片づけている際に、ブラッドが床に落ちて倒れているドールハウスを起こした。
「それは丁重に扱ってくれ。この家についてきたんだけど気に入っているんだ」とラルフがいった。
「これってクラレンス・ホールかな」家の前に333という番地がついている」
「そう。この家を模したドールハウスなんだ。昔はそういう家を貴族が作って遊んでいたんだ。ミニチュアハウスとドールハウスの違い分かる?」
「いえ、そういえばどう違うんだろう?」
「ミニチュアハウスは例えば映画の撮影に使ったり展示するもの。ドールハウスは実際にそれを使って遊ぶもの」
「まさか。このドールハウスでお人形さんごっこして遊んでいるのか?」
「冗談だろ! あるわけない」ラルフが真剣に怒ったのでブラッドは笑った。
そしてブラッドがハウスの外れた屋根をはめようとハウスを上から覗くと壁が二重構造になっていて隙間に何か入っていることに気づいた。
「これなんだろう?」といって隙間に手を入れて摘まみ出すと銅板で作られたカードだった。
ラルフが寄ってきて「見せてみろ」といって手に取って見ると、黒い薔薇と紋章が彫られていた。
「これはガードナー家の紋章だ。見たことがある。これはもしかしてエリザベスの物かもしれない。わざわざ二重構造にして隠したんだ。泥棒はもしかしてこれを探していたのかも」
「でも何だろう?」
「何かの原版に見えるな」
考えても分からないのでとりあえずラルフはポケットに入れてまた片付けを続けた。
「さすがに二人でこの屋敷の荷物を片付けるっていうのは厳しいなあ」とブラッドがいうとラルフが答えた。
「きみ知っているかい? 2は最初の偶数。偶数は女性的で邪悪なんだ」
「きみは女性を邪悪なものだと思っているのか?」
「そうとは言わないが、女性で身を滅ぼすのはよく聞くだろう。2は残酷で、人を欺く数とされる。これらの悪意は悪魔とかかわりの深い本質だ」
「そんなことをいったら女性は怒る」
「数の話だよ。一方で、2には『柔軟性、甘さ、謙虚さ、素直さ、服従といった女性的特質』が伝統的に割り当てられている。
けど今の時代、これを女性の伝統的特質といってしまうとジェンダー問題になりそうだな。いずれにせよ2というのはバランスの良くない状態ではあると思う」
「確かに足が三本でテーブルも安定するからね」
「うん。2はただ対立を生むだけで問題の解決にはならない。よしこれで大丈夫。下に降りよう」
そこへドリアン卿がやってきてまた夕飯の催促をしたのでご飯をあげた。人間は買ってきたものを食べた。食べながらラルフが言った。
「明日、チェスナット通りのバールにいってみよう」
「そうだな」
取り調べと片付けで疲れ切った二人はその夜は早めにそれぞれの部屋に戻り眠りについた。
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