奏でるは次の大戦へのプレリュード

オジロワシ

本編

 我らはなぜ敗けたのだ。


 西のフロッギー共に、孤島に引き籠るライミ―共に。


 我々は泥沼の塹壕に足を捧げ、灰色の荒野を血で朱く染め上げてきたのだ。トミースープをぶち壊し、フレンデルの大地に屍を積み上げた。


 我らの戦場は敵の大地に在りて、我らの祖国は敗けた。理不尽な要求を鵜呑みにし、屈辱を諾々と我らの新政府は受け入れた。


 西の戦場から祖国へと帰った時、俺達は石を投げつけられると思った。だが、民は俺達を歓喜の声で迎え入れた。まるで俺らが戦争に勝って凱旋しているかの如く、歓喜の声と花弁が、街道を飾り立てていた。


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「義勇兵よ、武器を取れ!!」


 号令が響き、寝床を飛び起き立てかけた小銃を掴み取る。三年間、西と東の大地で、寝食を共にした我らリッター義勇軍の変わらぬ相棒だ。


 軍服は使い回しで擦り切れ、かつて輝きを放っていた威光は埃を被っている。皇帝より賜った勲章も、煤けてみすぼらしい。


「勲章付けてる場合じゃねーぞミヒャエル!!」


 勲章を付けるのに手間取っていると、フィリッツが頭を小突いてくる。


 だが、この勲章は俺の宝だ。地獄の西部戦線で、命懸けで戦って勝ち取った俺の価値。そして、今や行方も知れない皇帝陛下の形見。肌身離さず付けていなければ。


「分かってるよ!! でもこれだけ付けさせてくれ!!」

「ったく、いつまで過去を見てんだお前は」


 そうは言いつつ、フィリッツは勲章を付けるのを手伝ってくれる。言葉は鋭いが、何かと気の利く良い戦友だ。


「悪いな......」

「悪いと思ってんなら、今度からは写真立てにでも飾っとけ」


 慣れた鉄帽を被り、軍靴の音をけたたましく鳴らし街の広間へと向かう。広間に集うは我らが戦友。西で、東で、あるいは南で。祖国の勝利を夢見て戦い、願い叶うことなく祖国の地を踏むこととなった兵士達。


 壇上には我らリッター義勇軍を指揮するフリッツ・リッター。彼もまた、地獄の西部戦線を生き抜いた我らが同胞だ。


「志を同じくする戦友たちカメラ―デンよ!! 再び、赤きペスト共が東より迫っている!!」


 リッターは大手を奮って演説をする。戦場で戦い、戦場で生き、それ以外で生きる術を失った兵士達への手向けを。鼓舞を振るう。


「義勇兵諸君!! 共産主義を啓蒙するユーリア人共に屈することなく、我らが祖国の為に戦おう!! 止めどなく攻め来たる赤い津波を、黒き死黒騎士の病を以てき止めるのだ!!」


 どっと歓声が沸き上がる。


 そうだ。戦場こそが我らの居場所。血を流し、命を狩り狩られ。未だ色濃く残る西の地獄を懐かしむ。それが我らの全て、闘争と殺伐こそが我らが旗印だ。


「髑髏を掲げ、前進せよ!!」


 合図と共に、髑髏が描かれた装甲車が、野砲を連れて走り出す。俺達は適当なトラックを見繕い、各々好き勝手に乗車していく。待ち受ける硝煙と血の匂いを思い出し、自然と笑みが零れる。


 伸びをして、フィリッツが呟く。


「さーて、今日も真っ赤なクズ共を間引くとしよう」

「アカ共の大好きな赤い赤い血の色で全身を染めてやろう」


 なんて、ちょっとした小言や談笑しつつ、武装してデモ行進──祖国に対するテロ攻撃を行っている共産主義者の下へと至る。我らを見て群衆は道を開け、ほとんどの市民は屋内へと逃げ帰る。


 "実弾で撃たれるおそれがあるため、外出せず建物の中にとどまれ"なんて文字を掲げた装甲車が先陣を切り、我らはトラックを降り立ち後に続く。


「赤い害獣共!! 狩りの時間だ!! 狩人が来てやったぞ!!」


 気のいい戦友が、木箱と土嚢どのうで拙い陣地を築く共産主義者共に向けて叫ぶ。


「ひゅー!! いいぞー、やっちまえ!!」


 同調する戦友の声を傍目に、口笛を吹きながら機関銃を下ろし、火炎放射器を背負った兵士を隊列の後ろへと回す。


「火炎放射兵は後ろに!! 機関銃兵は俺達に続け!!」


 俺はそう叫び、先陣を切って装甲車の真後ろを進む。敵も攻撃を始め、装甲車に小銃のライフル弾が殺到する。続いて、敵の機関銃が無謀にも火を吹き無駄球を吐き散らす。


 稚拙なライフル弾と機関銃の驟雨しゅううを弾きつつ、装甲車の重機関銃が放たれる。敵が頭を引っ込めた隙に、俺達歩兵は散開して機関銃兵の為の陣地を作り始める。


「そこの木箱と土嚢を持ってこい!! それと、何でもいいから盾になりそうなもんだ!! とにかく積んじまえ!!」


 露店から果実の詰まった袋ごと引っ張り出し、開店休業染みた様子のレストランから机と椅子をさらう。それらを適当に積み上げ、即席の機関銃陣地を構築する。


「野砲も展開しろ!!」


 野砲を連れた装甲車から野砲を切り離し、射角を調整して荷下ろした砲弾を込める。敵は拙い陣地に隠れたまま一向に出てこようとしない。やはり、寄せ集めの民兵ごときではこんなもんだろう。


 だが、たまに厄介なのが残っていたりする。


 一発の弾丸が、野砲を押す兵士を撃ち抜いた。銃声のした方を向けば、家屋の窓辺から頭を引っ込める敵兵が見えた。


「敵は上にもいるぞ!!」


 一発二発、さっきまで居た窓辺に弾を撃ち込んで牽制してやる。すると、また別の建物から銃声が響いてくる。


「クソっ、めんどくせーな!!」


 即席の陣地へと退避して、中途半端な弾倉に弾を込めていると、少し離れた別の陣地からフィリッツが声を上げた。


「ミヒャエル!! お前野砲使えたっけか?!」

「あ? 何かあったのか?!」

「さっきの銃撃で野砲使える奴が死んじまった!!」

「はぁ?! 俺も野砲なんて使ったことねーぞ?!」


 俺達は復員兵の寄せ集め。正規軍みたく、専門の兵科にいつでも専用の代わりが居るわけじゃない。俺達は自分が出来ることしか出来ない。失えば、代わりの居ないことも多い。


 そんな会話をしていると、フィリッツのすぐ近くの建物の窓が開いて、そこから何か小さいボールが投げ出された。ボールはコロコロと転がり、フィリッツの足元で止まった。


 それが即席の手榴弾だというのは、これまでの共産主義者共との戦いで身に染みていた。


「フィリッツ!! 避けろ!!」

「なん──」


 つい目を瞑り、次の瞬間にはデカい破裂音が市街に反響する。火薬が爆ぜて生み出す音圧が鼓膜を揺らし、耳鳴りを引き起こす。開けた視界には、壁と地面に赤いシミがあるのみだった。


「──ッは!! お前が赤く染まってどうすんだ!!」


 不気味な笑みを浮かべて、俺は赤いシミに向けて叫ぶ。


「機関銃、行けるか?!」

「行けます!!」

「よし、合図したら撃て!!」


 我らは死神の蔓延る戦場が家だ。例え友が死のうとも、それは日常の一幕に過ぎない。だからこそ、友が死のうと我らは笑う。笑い飛ばし、敵に絶望の表情を浮かべさせてやるのだ。


 装甲車の重機関銃も次第に息を潜め、そろそろと敵が顔を出し始める。そして、俺は腹の底から叫ぶ。


「総員突撃、突撃!! 俺に続けェ!!」


 ホイッスル代わりの絶叫を上げ、小銃を携え先鋒を買って出る。機関銃が苛烈な銃火を浴びせ、髑髏を掲げる我らが歩兵は悪魔の如く敵へと突撃する。


 敵は我らの苛烈な攻撃に怯え、持ち場と武器を捨て潰走しはじめる。こうなればもう勝敗は決している。逃げる敵の背を撃ち、わざわざ死体の上を踏んで敗残兵を追い立てる。


 こんな奴らに弾を使うのは勿体無いと、いつの間にか屋内の敵が居なくなったのを良いことに逃げる敵の首根っこを掴んで引きずり倒す。


「い、嫌だ!! 撃つな!! 撃たないでくれ!!」

「そこまで懇願しなくてもよ、撃ったりなんかしねぇよ」


 一瞬安堵の表情を浮かべる民兵の顔に蹴りを入れる。鋭く硬い軍靴が頬の骨を砕き、皮膚を裂いて顔を赤く染めていく。


「アカ共にはお似合いの化粧だなぁ? ほら、もっと染めてやるよ!! 貴様らの大好きな赤色でなぁ!!」

「な、なんで......俺もお前と同じ──」

「同胞ってか? 笑わせるぜ。俺達が必死に戦ってた裏で、祖国を滅茶苦茶にしやがって!! お前らのせいで敗けたんだぞ!!」


 口を踏みつけ、一方的にののしりもう一発顔に蹴りを入れる。頭を庇おうとする手を踏みつけ、両手が動かなくなるまで蹴り踏み潰した。


 銃剣で足首を切って逃げられないようにし、俺は煙草を取り出して吸い始める。怯えて声も出ず、全身を震わすだけの裏切者を見下ろして吸う煙草は中々良い味がする。


「お、楽しそうなことやってんじゃねぇか」

「ん? あぁ、代わりに嬲るか? 俺は見ての通りちと休憩中でよ」

「言われなくてもっ」


 戦友は軽く助走を付けて地に伏す裏切者を蹴り付ける。使い古された軍服に守られ、いい音は鳴らない。身体を震わせるだけで、面白味も無い。


「ッチ、なんかイラつくな......」


 今度は服を剥ぎ取り、上裸に剥いた状態で蹴りつけた。今度はバキっと、中々良い音が鳴った。


「っしゃぁ!! 肋骨一本くらいいったか?」

「かもな」


 その後も、そこかしこから敗残兵を引きずって戦友たちが集まってきた。


「なぁ、こいつらどうするよ?」

「適当に骨バキバキにして放っとけば死ぬんじゃね?」

「えー、めんどくさくねーかそれ? それやるなら機関銃でよ──」


 聞き慣れた物騒な会話を耳にしつつ、俺はその辺のベンチに腰掛ける。正味、今は憎しみより疲労が勝つ。一昨日と昨日と続いて、共産主義者と政治結社共のテロ攻撃。流石に身体に障る。


 この前も、敗戦の混乱に乗じてチェリコ人、ポーレニア人、リトレニア人共が祖国の領土を奪い取ろうと攻めてきたばかり。俺はこうして国内で共産主義者共を駆逐している一方、国境部では今も激戦が続いているのだろう。


 火事場の祖国に攻撃を仕掛ける野蛮な奴らが後を絶たない。こうして、必死に戦ってきた俺達の後ろで暗躍し、祖国を混乱の災禍の中へと落とした裏切者共も──。


「そ、それだけはやだ!! やだ、やめてくれ、お願いだ!! 何でもするから!!」


 ──こうしてバカらしく命乞いをしている。しかしそれも叶わず、火炎放射器の炎にじっくりと焼かれていく。燃える人間の悲愴な断末魔が、市街を包む。炎に巻かれ、のた打ち回る裏切者に、火炎放射兵は憎悪の火を絶えず浴びせかける。


 祖国の裏切者には相応しい最後だ。


 我らは祖国のため、兵士の名誉の為に戦い続ける。赤い津波は止まらずやってくる。我らは戦い続ける。その津波が引き、祖国に安寧の訪れるその日まで。


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 その後も裏切者との戦いは続いた。


 毎日毎日、共産主義者の武装蜂起とテロ攻撃を鎮圧し、裏切者を根絶やしにしていった。榴弾が立て籠もる家屋を消し飛ばし、装甲車の重機関銃に切り裂かれ、憎悪の炎に焼かれ。


 激しい闘争が勢いを増す最中、遂に共産主義者共は大規模な革命を引き起こした。連邦国家たる我らが祖国の南部。その一部を支配するヴァルテン王国でのことだった。


「我らはここにヴァルテン王国の王政を打倒し、ヴァルテン・ヴェレーテ共和国の設立を宣言する!」


 忌々しいユーリア人の共産主義者を首相とする、赤い裏切者共の国が出来てしまったのだ。


 ヴェレーテ共和国は貴族や大資本家を人質として拘束し、同共和国有事の際にはこれらの人質を処刑するとまで言い出した。


 これを受けて、我らが愚鈍なる中央政府は討伐軍を差し向けるも、共産主義者とローイア人の捕虜で構成される赤軍に惨敗。そして、我らリッター義勇軍を含む、各地の祖国義勇軍を招集したのだ。


「ここには今、三万もの志を同じとする義勇兵達が集まっている!!」


 討伐軍の総司令官が演説を行う。この場に集う、我ら祖国義勇軍に向けて。


「諸君ら義勇兵は北、南、東、そして西で。あらゆる場所で祖国の為に戦ってきたと私は知っている!! それが全て、我らが祖国を赤いペストから守るためだということも、私は知っている!!」


 誰もがその想いだけを信条にしているというわけではないことは、かの司令官は知らないらしい。だが、大体は事実だ。我らはあらゆる国境より来たる侵略者を撃退し、裏切者共を駆逐してきた。そのことに、偽りはない。


「諸君ら義勇兵は、シェレジレットを守り抜き、グレイツヴィッツは血と火の下に我らが祖国のものとなり続けた!! 諸君らは──いや、我々は、今度こそ祖国の地を守り抜く!! 忘れるな!! どこで戦おうと、我々の背後には祖国がある!! 我々が勝利を掴む時、祖国が女神も笑うであろう!! 我らが祖国に栄光あれ!!」


 ほとんどの者がハイル・ヴァーターラントと歓声を上げる。一頻ひとしきり歓声が吹き荒れて、我らは軍靴の音を鳴らし進み行く。


 祖国を思う気持ちを抱き、裏切者共への報復を誓い、憎悪の炎を燃やし行軍する。


 我ら三万。祖国を赤いペストから、野蛮なる略奪者より守りし最後の軍団。かつて我らが祖国を統一し、この半島に一大勢力圏を築いた帝国の勇猛果敢なる残党兵。


 敗残の兵とわらなかれ。


 我らは戦車と装甲車。野砲と攻城砲。航空機で武装する。


 我らは決死の突撃歩兵を以てして、かの赤き死の津波を打ち破らん。


 義勇軍は進む。我ら祖国の南へと、ユーリアの赤いクズ共が跋扈ばっこせしヴァルテン・ヴェレーテ共和国へと。その首都、ミュンヒェベルグへと。


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「進め!! 突撃せよ!!」


 伝統の石材建築を瓦礫と変える重砲の轟きと共に、鉄と血肉の軍勢が敵の立て籠もる大聖堂へと突撃を仕掛ける。


「我ら政府軍は捕虜は取らない!! 奴らは赤い病原菌だ!! 我らは病を癒す治癒者たるぞ!! 抵抗する者は全て殺せ!!」


 誰かが祖国の旗を燦然と掲げ、そう叫ぶ。


 俺は戦車と装甲車よりも前。突撃歩兵の雪崩に紛れて敵の陣地へと走っている。敵は機関銃すらマトモに撃てないのか、俺達を射抜く弾丸は皆無であった。


「こ、後退!! 逃げろ、逃げろ!!」


 そんな俺達に、敵は背を向けて走り出す。


「逃がすかよ裏切り野郎!!」


 非人道的なまでの威力を誇るライフル弾が、敵の頭を消し飛ばす。脳漿がぶち撒かれ、頭は三日月型に抉られる。敵の陣地に置きっぱなしの機関銃を拾い上げ、銃架を置いて敵の足を穿つ。


 足は千切れ、敵はその場に倒れ伏す。そこへ、我らの突撃歩兵が追撃を掛ける。短機関銃が這いずる敵兵を容赦なく蜂の巣にし、火炎放射兵の業火に包まれ絶叫のコーラスが市街に響く。


「やめろ、やめろやめろやめろ!! やめてくれ!!」

「嫌だ!! こんなの聞いてない!! 嫌だ嫌だ嫌だ!! 死にたくない!!」

「ママ! 助けて!! ママ!!」

「助けて!! 誰でもいいから助けて!! 助けてくれ!!」


 同じ言語で、同じ人の声でそんな悲鳴がそこかしこから聞こえてくる。もはや誰が何を言っているかすら、断末魔の叫びに掻き消され判別できない。


 だが、例え同じ言語で、同じ人の声で叫ぼうと奴らは祖国をむしばむ病原菌だ。徹底的に消毒してやらなければならない。


「ウ、ウタナイデ!!」


 運よく生き残ったであろう幾人かの兵士が、ローリア語訛りでそう言いつつ両手を上げて浅い塹壕から歩き出てくる。そのまま膝を付いて、拙い言葉で許しを乞うている。


「目障りだな」


 俺はまず一人、手持ちの小銃で頭をぶち抜いた。


「ウ、ウタナ──」

「アカのクズ共が、生かすわけないだろうが」


 延々と同じ言葉を繰り返すローリア兵士に嫌気が差し、横っ腹を蹴り上げる。内臓のひしゃげる感覚が軍靴越しにも伝わってくる。いい気味だ。


 撃ち殺した敵兵の持ち物を漁ってみると、中々良い武器を隠し持っていた。


「モーゼルか。こいつは良い。処刑するにはピッタリだ」


 弾が入っていることを確認し、銃口をローリア兵士に向ける。そこでやっと自分たちが助からないことを悟ったのか、ローリア兵士は背を向けて走り出した。


 俺はその背中に一発、二発、三発四発と鉛玉を叩き込む。身体を僅かに震わせ、頭から地面へと倒れ込んだ。もう一人の方は、曲がり角を曲がろうとした所で味方のトラックに吹き飛ばされた。


 広場は死体が溢れ、せかえるほどの焼けた血肉と硝煙の匂いが漂っていた。死体の大半は軍服を着てすらおらず、軍服と鉄帽を着付けた兵士は幾ばくか紛れている程度だった。


 そうして我らはフライゼンク、エーレディンク、ヴァ―サーヴェルグの病原菌を消毒し、占領していった。我らの猛進は続き、二日も経たぬうちに敵の首都、ミュンヒェベルグへの総攻撃を前にするところであった。


「順番に並べ―!! 酒も飯もたんまりあるからな!!」


 巨大な焚火を囲み、兵士達は大声で談笑し、酒と温かい飯をかっ喰らっている。大きな笑い声がどっと沸いて、酒瓶の割れる音が定期的に響く。


 夜も更け初め。まだまだ宴は続く。


「おいミヒャエル!! そんな暗いとこで飯食うよりも、俺達と一緒に歌おうぜ!!」


 声高々と、かつて人気だった歌を合唱する集団の中より一人。俺の下に近付いて言い放つ。俺は空になった木の器から視線を上げ、焚火の明るい炎と楽しそうな群衆を眺めて返答してやる。


「いや、俺はいい。慣れてないからな」

「そうかー、連れねーな!! まぁ仕方ねぇや。後で酒が欲しいって言ってもやらねーからなー!!」

「あぁ」


 酒気を帯びた戦友へ適当な相槌を送り、その辺の売店から買ってきたパンを貪る。西部戦線に居た頃の代用パンよりは何倍も美味いが、やはりまだ粉っぽい。あまり、美味しくは無いな。


 楽し気に宴を催す戦友たちを傍目に、俺は一足早く眠りにつく。暫く攻勢は無いそうだが、それでも連日の苛烈な戦闘で身体は疲れている。なるべくなら、たっぷりと休ませておきたいものだ。


 <<>>


 次の朝起きると、とんでもない話を耳にした。


 敵の首都、ミュンヒェベルグのギムナゼウム──中高一貫の教育施設で人質の大量処刑が行われたらしい。なんでも、首都を目前にした俺達に激怒した政府が、報復として処刑したらしい。


 それだけなら俺達には関係ないし、アカ共ならやりかねない、普通のことだ。だが、どこから流れてきた情報かは知らないが、その犠牲者の中には我らリッター義勇軍が隊長たるリッターの妹も含まれていたというのだ。


 話を聞く所によると、リッターの妹は赤軍兵共から代わる代わる暴行された末、処刑された。


 奴らは、禁忌を犯した。我らが指導者フューラーたるリッターの妹を穢したのだ。この代償は、高く付く。


「ふざけるな!! 今すぐあのアカ共を根絶やしにしろ!!」

「そうだ!! あの赤い病原菌を、ペスト共を!! この世から抹殺してやる!!」

「俺の家族も居るんだ!! 早く攻撃させてくれ!!」

「これは復讐だ!! 奴らの家族も同じ目に遭わせてやる!!」


 この報せは二日酔いの兵士共の良い目覚ましとなり、他の眠りこけた奴らを叩き起こすな否やリッター本人へ直々に抗議の声を上げた。義勇兵達は復讐と怒りに呑まれ、結局その熱を抑えきれずにミュンヒェベルグへの攻撃は前倒しとなった。


 予定より一日早く、我らは首都へ進撃を開始。死にたがりの突撃歩兵共が戦車より前へと出で立ち、味方重砲兵隊の熾烈な集中砲火を受けた赤軍陣地へと突撃を開始した。


「容赦をするな!! 奴らは人間に非ず!! アカの下郎共を一匹残らず駆逐しろ!! 義勇兵よ、突撃せよ!!」

「進めぇ!! 前へ!!」


 突撃の笛の音と、怨嗟の籠った叫びが砲火の叫びすら凌いで市街に響き渡る。俺は堅実に突撃歩兵の一足後ろを進み、手榴弾と鉛玉の驟雨しゅううで砕けた敵の陣地に追い打ちを掛ける。


「逃がすな!! 撃ち殺せ!!」


 土嚢の壁から背を向けて這い出る敵兵に銃を向け、俺は叫ぶ。一度叫べば、五人は銃を向け、撃発。過剰なまでの鉛玉が胴を抉り取り、ビクビクと痙攣して地面に伏す。わざわざ死体を踏みつけ、更に前へ前へと。死にたがりの背中を追いかける。


 攻城砲と野砲が吹き荒れ奏でる炎のワルツ。我らが戦場の女神が敵の抵抗を打ち砕き、死をも厭わぬ突撃歩兵の乱舞。都市は硝煙と鉄の匂いに包まれ、いつかの戦場を思い出す。


「そこにまだ陣地が残ってるぞ!!」


 先行の歩兵が指差すは集合住宅の一つ。俺は手榴弾を手に取り、腰を低く突撃しようとする。


「待て!! 火炎放射兵!!」


 戦友に呼び止められ、タンクを背負った火炎放射兵が家屋に近付き火を放つ。くぐもった叫び声が聞こえ、扉から燃える人影が飛び出してくる。


「炙り出しだぜ!! 燃えてる奴から撃ち殺せ!!」


 そうして淡々と、出てきた人影を撃ち殺す駆除作業が始まった。俺はしっかりと胸に叩き込んでやったが、面白がって足やら股間やらを撃つ奴も居た。


「よし、ここは制圧だ!! 次だ!! 急げ!!」


 モーゼルを掲げ、指揮官が先導する。駆除は順調に進み、祖国を蝕む赤い病原菌共は軒並み駆除されていった。


 そして、我らは遂に要衝たるハッカ橋を占領。敗走を続ける赤軍兵は、我らの砲撃の前に塵となり、獰猛なスナイパーに狩り尽くされた。


 ヴェレーテ共和国最大の防衛拠点、ミュンヒェベルグ中央駅に到達。我らは臆することなく、引くことなく、攻撃を続けた。


「突撃歩兵に、髑髏を旗印に、突撃せよ!!」


 砲撃、爆撃、火炎放射。色鮮やかな破壊の嵐が吹き荒れた。装甲列車すら投入され、警笛を鳴らし駅構内へと突撃。血肉の山を築いた。


 中央駅での戦いは成功し、一時の安息が訪れる。


「酒だー!! もっと酒を持ってこい!!」


 そんな声が、未だ火の燻る広場から聞こえてくる。今日も二日酔いで目を覚ましたというのに、良くもまぁ飽きないものだ。


「アカ共の集まりを見つけたぞ!! ミヒャエル!! お前もこっち来て手伝ってくれ!!」

「はいはいっと」


 俺は重い腰を上げ、戦友の一人が声を手招く酒場へと向かう。


「で、どれがアカ共だ?」

「コイツらだ!! 酒場で集まってヒソヒソ話しやがってた!! 絶対アカ共だぜ!!」


 少し酒臭い声で言う。さてはコイツ、酔ってるな。


「そうなのか?」


 俺は一つ、戦友がアカ共だと言う奴らに質問してみることにした。


「ち、違う!! 私たちは職人組合の会合で、共産主義なんて知らない!!」

「おいおいおいほんとかよぉ?! そう言って俺達騙してよぉ、後ろから撃つ気なんだろ? 知ってるぜぇ、アカ共のやることはよォ!!」


 戦友は相手の言い分など知る由もないのか、集団の中から一人、男を引きずり出して銃床で叩き伏せる。


「違う!! ほんとに違うんだ!!」

「へー、じゃあ証明してみせろよっ!!」

「あぐっ?!」


 戦友は男を仰向けにし、口を踏みつける。


「~~~?!」

「はーい? なんですかー?! 聞こえねーよっ!!」


 口から足を離し、顔を大きく振りかぶって蹴り付ける。白い粒がフローリングに飛んで、赤い液体が床に染み込んでいく。


 戦友はその様を見てゲラゲラと笑い声を上げ、その辺のテーブルから酒瓶を手に取り煽り呑む。


「......で、結局どっちなんだ?」

「さーなー!! でもどうせアカ共だぜ!! 殺しちまおう!!」


 戦友は拳銃を取り出して、倒れ込んだ男の足に一発撃ち込む。


「あぁ゛っ!!」

「共産主義者ですーって認めたらもう一発撃つのは勘弁してやるよ!!」

「............私は共産主──」

「ばーん!!」


 銃声がもう一発響く。男の頭からは血が流れ、空いた穴からぐちゃぐちゃになった脳みそが見える。


「......弾の無駄だ」


 俺は適当な酒瓶を手に取り、蓋を開けて布を詰め込む。ライターで火を付けて、足を撃たれて動けない残りの群衆共に投げ付けてやる。


 酒瓶が割れ、炎が小さく燃え広がる。中途半端な炎は群衆共の衣服に着火し、ゆっくりと群衆共を焼き殺していく。砲弾の炸裂音に負けない程の叫び声が上がり、幾人かは足が動かないなりに這って逃げようとしている。


「はぁ、やっぱ酒じゃ薄すぎるな」

「酒なんて使うなよもったいねー!!」


 なんて、バカらしく騒ぎ立て、戦友は手榴弾を取り出した。


「コイツでボンっだ!!」

「......それこそ無駄じゃないのか?」

「酒には変えられねぇ」


 そう言って戦友は手榴弾の栓を抜き、群衆の足元に転がした。


「よっしゃ!! 伏せろ!!」


 俺達は店の外に出て、地面に顔面を擦り付ける。ドンッ、と破裂音がして、顔を上げる。そこには赤い染みと、デタラメなサイズで弾け飛んだ肉塊が散乱していた。


「つーか酒もダメになるだろ。これじゃ」

「あっ」


 俺が呟くと、戦友は慌てた様子で酒場の奥へと進んでいった。暫くして、満面の笑みと酒瓶を両手一杯に抱えて戻ってきた。


「奥の蔵は無事だったぜ!! 一本飲むか?!」

「要らん」


 戦友は酒瓶を浴びながら広場へと歩いて行った。


 俺は一度振り返り、血肉塗れの酒場を見つめる。そこはやはり赤く染まっていて、変わらず肉塊、そして焼け焦げた肉の匂いがしていた。どこまでも懐かしい、戦場の匂い。戦場の風景が、そこに在った。


 今死んだのは、赤いペスト共だ。我らの祖国を蝕む害獣共だ。コイツらは、人間などではない。


 だから、同胞を殺したわけではない。


 だが、それでも我が祖国は決定的に分断され、こうしてそこらじゅうで内戦染みたアカ共との戦いが続いている。これが、これがかつて栄華を誇った我が祖国の姿だと、末路だと言うのか。


 これが妥当な末路だと運命の女神が頷くのなら、一七になったばかりの少年は何の為にフレンデルの大地に埋もれたというのだ。我々は何の為に、三年も泥沼の大地で足を潰し、血生臭い雨水を啜ったのか。


 我々は待ち続けている。新たな指導者フューラーを。いつしか強大な指導者フューラーがこの祖国に表れ、この現状を打開し、この悲惨を生み出した奴らへ復讐する時を。


 その日、我らが祖国は不死鳥の如く蘇えるのだ。

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