アクルックスドライブ
あさひ
第1話 アクルックス
太陽が天を支配する
昼の時間に人々は震えていた。
ありえないことが視界に映る
夜しか行動しないあれがこの街を跋扈している。
「なぜ? ありえないだろ……」
あまりの恐怖に
逆に冷静になった男性が一言を漏らした。
横では今にも叫びそうな娘と息子が
必死に口を抑えている。
「大丈夫だよ」
子供たちは口を塞いだままで
ぶんぶんと首を上下した。
そんな時に跋扈する魔物「アルテマ」は
唸り声を響かせ始める。
子供たちは失神しそうなほどに
息を我慢した。
「違う」
ハッと子供たちも理解したのか
口を塞ぐのをやめて
胸を撫でおろす。
そう来たのだ
アクルックスと呼ばれる精鋭部隊
不死の不死狩りが来たのだ。
魔物たちの唸り声が
何かに向かっていく音に変わっていく。
そしてひとつずつ
確実に声が消えていった。
そうこうするうちに
魔物たちの気配がすべて消える。
【あーあー】
【ただいまアルテマは一掃されました】
スピーカーからそのような宣言が放たれた。
「ほらな」
「そうだね」
「うん」
ドアからノックが聞こえる。
「討伐小隊のものです」
「安全の確認のためドアを開けていただけますか?」
父親が安堵の息を吐くと
ドアを開けた。
その先には
化け物が真顔でこちらを覗いている。
「あっ! ああ……」
「ありがとうございます!」
子供たちが先にお礼を述べる
父親も歓喜していたのを抑えて
改めてお礼を言った。
「あのサインもらえますか?」
「僕も!」
「私も!」
化け物は機械のスイッチを押した
すると髪の長い女性へと変化する。
「サインは結構ですがね……」
指で操作して書類を空間に生成した。
「こちらに安全確認の朱印が欲しいのですが……」
父親と子供たちは
遠慮がちに笑いながら
赤い朱肉をポッケから出す。
「こちらにお願いします」
親子は笑顔でそれを押すと
色紙を目の前に出した。
「名前でよろしいでしょうか?」
「はい! もちろんです」
すらすらとサインを書くと
親子に順に渡していく。
「おおっ! ありがとうございます!」
こうして町での事件は終了した。
アクルックス 本部
第一小隊宿舎 二階
事務処理に追われる眼鏡をかけた人たちが
書類整理に追われている。
「安全の確認は取れましたかでは分析と解析に回しますね」
先ほどの朱肉を遺伝子検査するらしく
科学班への要請を出しているところだった。
「異形化が進んでいないことを祈るのみです」
「そうですね」
「様子はどうでしたか?」
「特に変化はなく通常の状態でした」
その会話が終わると
通信が遮断される。
通信機器を停止した
先ほどの髪の長い女性
【新堂灯≪しんどうとう≫】
小隊初の女性アサルトでありながら
アクルックスの最高特異点
【オービタル】に選出されるほどの
実力者である。
「暇だな」
灯はだらんと
手をぶらぶらしながら
椅子に溶けていた。
「こらこら……」
小隊の隊員たちが
控えめに注意する。
「エースなんですから規範に沿ってですねぇ」
「いいだろ? ここには見知ったやつしかいないんだ」
灯の取り巻きにいる隊員たちは
戦災孤児たちであり、灯に恩義を感じていた。
女性初のアサルトに任命される前から
人間の状態でアルテマを狩っている。
アクルックスの見た目は一部分が
化け物であり、それ以外が人間であった。
灯の場合は竜の特徴を所有する
ドラグナーである。
「隊長はなんで人間の状態でも戦えるのに
システムを受けたんですか?」
アクルックスシステムとは
機構によって魔物の特徴を遺伝子的に組み込むもので
人間からかけ離れてしまうのだ。
アクルックスになると
もれなく不死と絶対の力が手に入る。
良いこと尽くめと言うものもいるが
それは違うのだ。
不死になるともれなく精神的なストレスを
解消できないである。
そのために大半が心を殺す方法を
心得ているのが多い。
隊員に対して並々ならぬ信頼を置いているのが
普通なのだ。
灯は強さとは別に絶対がある
隊員たちに無理をさせない
隊員たちのすべてを負う
その二つが存在する。
故に信頼が厚いとも言える
半面に狂信者があまりにも多い。
「それは単純にこの国からのバックアップを受けれるからだ」
「バックアップですか?」
システムを受けると宿舎の使用が許される
簡素に言うとマンションがもらえるみたいなものだ。
そして食料支援に宿舎へ住まわせる人間も決められる
戦災孤児たちを養うにはうってつけの条件である。
「私たちのためにということ?」
「それもあるがもう一つある」
アクルックスになると
兵装と器物なのが支給され
使用法も自由なのだ。
「分解して機械に改造できるからこそ材料に相応する」
灯はもともと研究所の
用心棒兼研究者だった。
専門は魔導機械工学
魔法を使用する機械への転用に対するアプローチである。
「ほらそこの温める装置も電気魔法の転用だ」
「バフのことですか?」
「あれはレールパルスという兵装を改造したもの」
レールパルスとは
電子周波を起こす電気を発生させ
アルテマの動きを封じるもので
貴重な兵装のひとつなのだ。
「電気魔法や魔法全般が得意でな」
「機構に頼らずともできるからですか……」
「そうだ」
隊員たちに教えるほどの
魔法術師の免許も保有している。
「私はまだ修復魔法しかできません」
「私なんて水練魔法なのにコップを満たすことしか……」
「それは課題を出しておくから安心しとけ」
隊員たちは目を輝かせて
ニコニコと隊長を見つめた。
昼のチャイムが
不意に鳴り響く。
「あっ! 隊長! 今日は私とお食事をしませんか?」
「ずるいっ! 私も隊長と!」
昨日の昼は急な要請で隊員たちとの
食事会を蹴っていたため
取り合いが起こり始めた。
冷静な灯は
一言だけ口を開く。
「この中で昨日出した課題をクリアしたものは?」
「へ? 私だけですけど……」
「じゃあお前と飯を食おう」
修復魔法のことを話した
小さめの隊員である桐島小雨≪きりしまこさめ≫
を指名した。
隊員たちの目の色が少し変わる
机に戻るや否や課題を必死に解き始める。
「さあ行こうか」
「はい!」
仲良く手を繋ぎながら
二人は食堂へと向かっていった。
わざと見せつけているのは
誰もがわかっていたが
課題にすぐさま戻っていく。
【隊長とお食事を……】
全員の脳裏には
それしか浮かんでいない。
昼に特盛のパスタを食らった灯は
小雨と食後のコーヒーを飲みながら
談笑していた。
「そんなことがあったのか?」
「はい! それはもう大変でした」
「よく頑張ったな」
小雨の頭を優しく撫でる灯に
周りにいた隊員すべてが注目する。
【いいな……】
【俺たちも撫でて欲しいな……】
食堂に集うのは
アクルックスの第一から第十二までの
小隊であり、大隊長クラスや師団は使用しない。
ある特例を除いて
ここは使用可能である。
「おおっ! 灯さん!」
「?」
後ろを振り返ると
師団の中で霊神クラスのアルテマを狩る
アクルックスドライブの一人
【リア=アルバース】が
こちらに笑顔を向けていた。
「師団長さんがどうしたんですか?」
「畏まらないでほしいなぁ」
「いえいえ女性師団長がいて初めてアクルックスを知りました」
珍しく礼儀正しい灯は
立ち上がると椅子を音を立てずに引いて
用意する。
「ありがとうね」
ゆったりと礼を言ったリアは
小雨にも慈愛を向けた。
「隊長? こちらの方は?」
「女性初のアクルックスドライブでアルンを討伐した
リア師団長だ」
周りも騒めきだす
アルンというのは霊神クラスで
もっとも残忍なアルテマであり
知能を有する人型の化け物である。
アルンには
三つの国が滅ぼされ
死者を軍勢にされていた。
「死神のアルンを討伐した一人だ」
「他にもいるんですか?」
「ああ…… あと三人ほどいるんだがな」
「私から説明しますね」
死神のアルンを討伐したリアは
北欧の支配者の討伐のために
一時的に四人編成から抜けており
現状は遊撃小隊にあたる。
「残りの三人は機密任務にあたっていまして今は言えません」
その言葉に小雨は気づかれないよう
ニヤッと笑った。
【アルン様の討伐者がここに来るのは本当だったんですね】
心の中で
小雨を模倣したアルテマは興奮を抑えている。
「小雨? どうしたんだ?」
「いえ! 驚いただけです」
師団長はその様子に
微笑ましくなった。
憧れているんだなと
少し関心している。
「そうだ! 研修会があるんだけど……」
「いい経験になるんじゃないか?」
「えっ? 良いんですか?」
【こんなに早く三人で人気のない場所に行けるんですね】
研修会とは師団において三人ほどで行われるのが
定例と言われていた。
「では今から二時間後に会いましょうね」
そう言い残すと
席を外しひらひらと手を躍らせながら
去っていく。
「よかったな」
「はい!」
二時間後
訓練施設「グループ」
「今から新兵装の実験を兼ねて研修を行うわね」
「開発中でしたね」
リアはポッケから
不思議な結晶を取り出した。
「これは模倣を解くために作られた兵装「ホルス」と言います」
「模倣を解く?」
小雨はリアの言葉に引っかかる。
「そうアルンの眷属であるアリエスを討伐するために」
小雨はバッと後退する
いつもの動きから考えられない行動だ。
「ダマシタナ!」
「わからないわけないだろ」
「そうよ」
小雨の姿がどんどん変化していく
それはまるでホオジロサメが二本足で立っている姿で
小雨の背丈からは考えられないほど大きくなっていく。
「小雨はどこにやった?」
「ソレナライマゴロ……」
クククと笑いながらそれ以上は言わなかった
もったいぶってニヤついていた。
昨日の出来事が把握できていないのである。
「イイノカ?」
「何がだ?」
「ヒトジチダゾ?」
ニタニタと勝利を確信していた
偽物の勝利を信じているのだ。
モニターで小雨は
心配そうに祈っている。
「どうかご無事で灯隊長……」
昨日のうちに助け出された小雨は
偽装された調査で保護を受けていた。
そして村の人間は異形化を起こして
滅ぼされている。
「そんな脅しは聞かないな」
「ツヨガルナヨ?」
その言葉を聞いた瞬間に
灯が突進した。
「ヨワイナ……」
その言葉が終わる頃には
サメ型のアルテマは両手の感覚が消えている。
「マヒケイトウカ?」
ふと両手を見た
アルテマは自身がもう戦えないことを
認識した。
「フザケルナ……」
巨体がドサッと崩れ落ちる頃には
塵と化している。
「さすがねぇ」
「いえいえ」
師団長は保険で存在していたが
必要なく討伐された。
「是非ともだけど……」
「お断りしたはずです」
「そうよねぇ」
スカウトを受けていた灯は
隊員たちのために断っている。
残念そうに項垂れるリアに
感謝の念を込めて敬礼した。
「ありがとうねぇ」
それに対してリアは
謝辞を送り返す。
第一小隊宿舎 桐島小雨の個室
小雨はもじもじと
灯を見つめていた。
「怖い思いをしたな」
「いえ…… 隊長……」
灯は小雨にメイド服を着せていた
そして撮影会をしている。
「なんでカメラを? どうしてメイド服?」
可愛いからだよと
決め顔で言いながら様々なポーズを要求した。
「隊長は何かの意図を持ってですよね?」
「いいや」
よくわからない状況に
小雨が一番に混乱している。
「お姉ちゃんはこういう趣味なの?」
「もちろんだとも! 異母姉妹よ!」
桐島小雨と新堂灯は
親戚の間柄のような異母姉妹であり
日頃からこういう対応だ。
そんなこんなで
数百枚の写真で満足したのか
灯はホクホクに部屋を後にする。
これが本当の灯で
隊員や他の小隊にはずっと隠していた。
和やかに密やかに処理された
隊員の模倣事件はこれで幕を下ろす。
やがてこの事件が
アクルックスを揺るがすとは知らずに
件の歯車は回るのだ。
第一話 アクルックス 終
アクルックスドライブ あさひ @osakabehime
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