第2話




ファミリーレストランから帰ってくると、部屋から明かりが漏れていた。腕時計を見る。二十一時。今日は普通の帰りみたいだ。

鞄から鍵を探していると、隣の部屋の扉が開いた。

黒い半袖の隣人が、おや、という顔で出てくる。

「こんばんは」「はいこんばんは」

隣人がドアと鍵を閉める。「そうだこれ」

灰色のスウェットパンツのポケットから取り出したのは、千円札が三枚。半分に折ったのを広げて差し出してくる。

私がお札と、隣人の顔を交互に見ると、「さすがに五千円は取りすぎだなって思って」と、返ってきた。

「はあ」「すぐそこで拾ったから。財布、二千円だけもらいます。だからおつり三千円」「なるほど?」「はい。じゃあ俺コンビニいくんで」

隣人は私の手に三千円を差し込むと、また胸の前で右手を上げて、アパートの前の道を左に曲がって見えなくなった。

「変な、人だな…」

つい、口から漏れる。変な人はコンビニで、なにを買うんだろう、と思った。

冷やし中華だったら、今日は私がきくらげを詰めたんですよ。錦糸卵は高橋さんで、千切りチャーシューは千葉さんです。冷やし中華は、わりと凄いですよ。人手がすごく使われています。

なんだか、そんなことを思った。たぶん、煙草を買いに行くんだろう。受け取った三千円から、煙の匂いが少しした。


お札を鞄のポケットにしまい、玄関を開けるとリビングからゲームをしている音がする。かわいらしい女の子の声に、武器が唸りを上げる音。それに怪獣の叫びが重なりずいぶん賑やかしい。

おやと首を傾げた。また、気分的に別のゲームをやりたくなったんだろう。きのうまで直輝がやっていたやつ、何日かごとにゾンビがたくさん出てくるゲームは、BGMも効果音もあまり鳴らなくて良かったのにな。

靴を脱ぎ、右手にある洗面台で手洗いをする。ポンプを押すとハンドソープがかすかす鳴った。

洗面台の棚を開け、詰替えを探したがない。買い置きするのを忘れたみたいだ。私はかすかすのポンプを連打して、一回分をぎりぎり集めた。

手を洗い、ゆすぎ、うがいもして、ダイニングへ向かう。ソファの上であぐらをかいて、コントローラを操作する直輝にただいま、と言うと、目線はそのままでうん、と返事が返ってくる。


喉が渇いている気がして、台所に向かってみると、シンクにゴミが散乱していた。買ってきたお弁当のごみ、スープが余ったカップラーメンのごみ、コンビニおにぎりの外装もある。シンクのすぐ真後ろに、ごみ箱があるはずなのに、どうしてシンクに溜めるのだろう。

どうして、と思い、頭を振った。直輝はそういう人だったな。

私は汚れたシンクをそのまま、蛇口の向きだけ変えてグラスに水をついだ。ガラスの中で水道水が、細かい泡をたてる。うす緑色のグラスを傾け半分だけ水を飲み、一息ついてまた半分を飲む。空になったグラスをゆすいで、ステンレスの食器カゴに天地を返して置いた。

もう布団に潜ろうか、と思った。けれど服や、髪から食事の匂いがしていた。私は寝室に向かって、替えの肌着と部屋着をとると脱衣所に向かった。


服を脱ぎながら思い返した。一緒に暮らしてはじめのほうは、食事も睡眠も共にしていたけど、私が音を上げて別になった。料理が苦手だ。パートから帰ってきて、毎日作るのはちょっときびしい。私はたまに夜勤も出る。けたたましく鳴るお互いのスマートフォンのアラームから、少しだけでも距離を取りたい。

そう言うと次の日に、直輝が食材を買い込んできた。そしてその後何日か、食事を作ってくれたけれど、汚れた調理道具はそのままシンクに沈んでいた。

ご飯ありがとう。でもね、料理したら片付けもしてくれると嬉しいよ。

そう言うと、作らない人が片すもんでしょ?と返ってきた。私は少し苦笑いをして続けた。

それは食事に使った食器だけだよ。私が作っていたときは、片付けもやっていたでしょう。

直輝はむっとした顔になり、ため息をつき、言う。

じゃあいいよ。もう作んないから。

それで、終わり。

びっくりしてしまった。でも、これより前からでも、ここに引っ越す前からでも、直輝はたまにこういうところがあったような、気がした。

私はそれはしないよ、とか、それは違うんじゃないかな、とか、言うと直輝は押し黙る。そしてお手洗いや車のドア、玄関のドアを、大きい音を立てて閉める。

だとしても、私はぽかんとしてしまって、それ以上なにも言わなかった。いきなり、どうしたの。と思ったけれど、ああこれは、ともなんとなく、見覚えがあった。私の母親だ。

まだ中学生だかのころの、私の記憶が開いてくる。彼女が私の部屋に勝手に入るときも、お風呂上がりの脱衣所を何度も開けては「間違えた」というときも。朝、髪をくくっているのを誰に見せるのと笑われたときも。それに対してやめてほしいと言えば、誰の金で生きているの、と叫ばれて、なら出ていって、とため息をつかれ、同じく扉が轟音をたてる。

そこで少しだけ笑ってしまう。母さんもパートだったのになあ。

無言でパソコンの電源をつける直輝の背中を眺めながら、おかしいな、と思った。でもやっぱりな、とも思った。私の稼ぎは直輝の三分の二だ。私も光熱費や食費は払っているけれど、特に、いちばん値の張る家賃は直輝がまるまる払っていた。

働かざるものは、やはり何も言えないのかもしれない。

ひとことも喋らなくなった直輝の、ゲームの効果音を聞きながら、放置されたミートソースのこびりつきを爪でこすってかりかり、剥がした。


はっと目が覚める。湯船のなかで寝ていたらしい。入浴剤で花の香りと、乳白色になったお湯がざぶん、と揺れた。

はあ、とため息をついて、もう一度肩までつかる。

湯船の波がおさまってくると窓のない壁の向こうから、なんだか、歌が聞こえてくる。このアパートは浴室だけ少し壁が薄い。お風呂の時間がかぶると、洗面器を床に置く音などはにぶく聞こえてくる。

なんの曲まではわからないけど、水野さんまたは水橋さんはよく、どの曲でもこぶしを効かせて楽しそうに歌っている。

ふふ、と笑うと、くらっとした。ちょっとくたびれたかな。

そう思い、髪も体も簡単にだけ洗って、もう一度湯船に浸かり、早めに出る。


全身を拭き、化粧水をなじませて、顔には乳液も重ねる。髪をもう一度ばふばふとタオルではたいて水気を取った。肌着を身に着け、髪にはヘアオイルをなじませて、少しだけぼうっとした。鏡の私が私を見ている。真顔のまままたピースをして、それからちょっとだけ笑った。

髪を乾かすと歯を磨き、部屋着をかぶって、寝室にまっすぐ向かう。布団にもぐり、目をつむる。湯船で見た夢と同じように、直輝はまだゲームをしている。ベッドのわきの棚の上から、耳栓を取って付けた。また目を閉じる。

うつらうつらとし始めると、うすく、映像が流れてくる。今日は記憶が開いてしまうなあ、と思う。

じゃあお金を稼ごうか。高卒で、なんとか就職した私は日々働いて、働いていた。働くことは楽しかった。けれど、やっぱり、周りの人たちと長いあいだ、うまくやるのは難しかった。

私に悪気がなにもなくても、相手の顔が歪んでしまえば、それは私が彼や、彼女を傷つけたことに他ならない。みんなそれぞれに好きなものや、大事にしていることがあるのだ。ずっと気をつけていたとして、ふっと気が緩んでしまうと、私はそれを軽々と、知らないうちに踏みつぶしてしまう。

はじめの半年はだいじょうぶ。でもそのぐらいを過ぎると、いきなりぽかんと距離ができた。

申し訳がないな、と思う。子どものときから、いつも。いつでも。うまく回っていたちいさな社会が、私がいるから別のものになる。


そんな毎日を送るうち、ある日体が動かなくなった。布団から、どうやっても起き上がれない。トイレも、お風呂も歯磨きも、食事もやりたくなくて、できない。

その日は土曜日だったから、朝食に起きてこない私を不思議に思った父が部屋に来て、死んだようになった私をかついで車に押し込んで、電話で何度も診療を頼んで、病院へ連れていってくれた。

私は体をちいさくして、心療内科の革張りのソファに横になる。苗字が受付で呼ばれるまで、私はぼんやりと目をつむり、開けて、また閉めるのを繰り返す。少しだけ腰にあたる父の脚が、何度も身じろぎをする。それをもやのかかった頭で嬉しく思う。

寡黙で、勤勉な、普段の父にはあまり見えない唐突な種類の積極性が、私に向けてもらえたことは本当にうれしかった。

でも、それと同時にそのとき私は、なんてことをしたんだろう、と思った。私の体に対して。私のようで、私じゃないような、でもいままでうまくやってきたのに私が、私の体に、ずっと無理をさせたからだ、と思った。

生き物を飼ったことはないけど、大事に、ずっと一緒にいた、たとえば亀とか。名前をつけて、たぶん子どもの私なら、こっそりと一緒に食事もしただろう。そんなものが、私のせいで、病気になって弱ってしまった。水を替えなかったから。そんなことが、わっと押し寄せてきて、私は驚いた。

頭で考えているというより、体のほうがそう感じている。そんな感触が、おもだるい私のからだを行ったり、来たりする。ああ、あなたずっとそこにいたのね。

ごめんね。私はからだに、そう心のなかでつぶやいた。右手がかくり、と反射のようにうごく。

名前が呼ばれ、父がからだを起こしてくれる。肩を支える父の手のひらが、ここに来る前の手のひらとは、別物のようにあたたかい。


ふ、とまぶたを開けるとリビングが暗くなっていた。衝立の向こうの別のベッドで、直輝が寝返りを打つのがわかる。

もうずっと、直輝に触っていなかった。どちらかからでもふいに触ると、雰囲気がそちらに傾く。でも私はあまり、したくなかった。どうしても、スキンシップやコミュニケーションだとはあまり、思えなかった。生殖行為という、その重さがしんどかった。

直輝はでも、そうではない気がした。たまにテレビ番組を観ていて、子どもが映るとチャンネルを変えた。育児をしている同僚の話も、しなくなった。でも、月に十何万しか稼ぎのない、人付き合いもうまくない、倒れた日から、ずいぶんと体力も落ちてしまった。料理も毎日作れない。親になったとて子どもになにも与えられない人間が、私が、それをするのは後ろめたかった。

それでも私は私のことは好きだった。

私の、私のような、私ではないような、父の手のひらのあたたかさを知り薄まったけれどまだ続く、ふわふわとした曖昧な、夢の中のような感覚のなかで。でもそれでも、細くは繋がっているような、そんなぐらいの、私のからだが好きだった。




:⁠-⁠)

「なんでそいつと付き合ってんの?」

いつものファミレスでえっちゃんが、心底いやそうな顔をして聞いてくる。

「あれ、言ってなかったっけ?」

「聞きづらいから聞かなかったんだよお〜」

「あら」「なので。なんで?」

私はストローをからからとまわす。頭のなかでちょっとまとめて、口を開いた。

「うんとねえ、ほら、うち母さんがあれでしょう」

「うむ」

「で、直輝がうちの母さんに最初に会ったときに、目が笑ってないねって言ったの」

「うわ。すげえ想像できる」

「うふ。で、そこからなし崩し的に母さんの話になってね。そしたら『おれも親父に殴られてた』って言ったのね」

「ストップ」「はい」「いやそこは『大変だったんだね』とか言うとこじゃね?」「わかる」「わかるんかい」「ふふ。でもねえ。それで『あっ仲間がいる』って思っちゃったんだよねえ」

えっちゃんが、口だけで『うわ~』と言うのが聞こえる。

「でもねえ。直輝だいたいそう。なにか話してても、うんと、たとえば映画でペン回ししてる人がいて、それをすごい、って言うとねえ、『おれもできるよ』って返ってくるよ」

「これだから男はいやなんだ」

「わかる」

「わかるんかい」

「やっぱりさあ、すごいねえ、って返ってきたらうれしいもん」

「わかる」「わかるねえ」

頷いてからしばらく、頼んだものをお互いに、静かに食べた。えっちゃんはミックスグリル、私はチキンソテーだった。ソーセージと、焼いた鶏肉を端から切り分けて、ふたりとももぐもぐ、口を動かす。

びっくりするほど美味しくは、ない、ふつうのチキンソテーだけど、えっちゃんといると食事が楽しかった。

鶏を半分食べ終えたとき、えっちゃんが私を見る。

私はまたへら、と笑って、フォークをお皿に置いた。

「でもねえ。母親のことは黙って、なんにも言わないで、聞いてくれたんだよねえ」

えっちゃんが、口を開きかける。うん、と私は返す。

「ほんとに、聞いてるだけだったのかもしれないけど、私はそこはね。それでちょうどよかったんだよねえ」

それは本当だったけど、それではうまくいかなかった。みんなそれぞれ違うから。むずかしいねえ。言うと、えっちゃんは頷いた。





「ごめん。子どもできた」

平日、夜九時、いつものではないファミリーレストラン。

斜め右手の、グラスがいくつも置かれた卓に、高校生が四人いて、ノートを広げて書き込んでいる。

ファミレスで、と言われたので来てはみたけれど、こんなところでする話ではないよなあ、ないよな?と私は少し首を傾げた。それに向かいに座った女性が反応したのか、ごめんなさい、と呟いた。

明るい髪を肩で切った、たぶん私たちよりも三つぐらい下の、かわいらしい女性だった。まぶたにも頬にも、桜色が塗られている。髪がふわふわしている。直輝の手前にはコーヒーがあるが、彼女の透明なコップには半分水が入っていた。

「ええと、お名前は」私は彼女に問いかける。

「、水原みずはらです」

水原さん、と私はくり返す。はい、と水原さんは言う。

「あの、」言葉に詰まる。詰まるけど、言いたかった。

「おめでとうございます」

水原さんと、直輝の、ふたりの目が驚いたように開かれる。は、と言いかけた直輝の腕が、コーヒーカップに当たって中身がこぼれる。ワイシャツの袖にまあるく染みができる。すぐ、水原さんが紙ナプキンで、直輝のシャツを拭き始めた。

ドリンクバーにお手拭きがあるから、私が席を立ちかけると、近くにいた店員さんが大丈夫ですか?と聞いてくれる。水原さんが、ダスターをください。そう言って新品の、緑色のダスターを受け取りテーブルも拭く。直輝に、洗ってきなよ。と言う。直輝は別にいい、と返す。でも、いい。このやりとりが何度かされたけど、結局直輝は袖を洗いに行かなかった。

倒れたコップが下げられて、机の上がきれいになると直輝が重たく口を開いた。そういうことだから。

その言葉に、そっか。と返す。直輝がまた口を開くけど、なにも言わずに閉じられた。少しして、悠はそういう人だから。直輝は呟く。

笑ってしまう。本当に、誰かにしたことはすべて自分に返ってくるのだと、私は小さく微笑んだ。



:⁠

ファミリーレストランから帰ってくると、私は靴を履いたまま、たたきから一段高い廊下の端に腰掛けた。壁に寄りかかる。目をつむり、頬杖をついて息だけしていた。

しばらくじっとそこにいて、そうだ、お風呂に入らないと。歯も、磨かないと。そう思った。

たらたらと服を脱ぎ、髪をほどいた。

直輝は帰ってこないだろう。今日はそれでいいと思う。

浴室に入り、蛇口をひねる。水を、しばらく流すとお湯になり、ふわふわと湯気が立ち込める。

立ったままでお湯を浴びた。頭のてっぺんから、額、鼻から口へ、首へ背中へ、あたたかいお湯が伝っていく。


しばらく、ずっとそうしていたら、なぜだか鼻水が出てくる。シャワーを緩めてお湯から抜け、顔をぬぐった。そしてああ、と思う。とめどなく涙が流れている。

シャワーのお湯に混ざって床に落ち、排水口へ吸い込まれていく。頭とからだのどちらからも、つぎつぎと記憶や、感覚、声や音、そういったものが湧き出てきて、それがどうにもいっぱいいっぱいで、押し出される。押し出されて溢れたものが、目から涙で、口から声で、漏れて、お湯に流されていく。

仲間だと思っていたのは、私だけだったんだな。仲間だと思い込んだから、私が自分が心地良いことを、たとえばなにも言わないでいること、それをそのまま直輝にも、使っていただけだったんだな。

中学生の、私と同じく、一人で理科室へ向かう直輝を思い浮かべた。水曜日、隣のクラスが理科のとき、私は体操服を着て、一人で直輝とすれ違う。ブレザーの下、あざがあったかもしれない。私は夏でも半袖の上に、ぶ厚い指定の長袖を着ていた。下着を買ってもらえなかったから。

ああこれも、と思う。母に対してそんな人だと、諦めにより自分とからだを守ることを、直輝にもしてしまっていた。


わあ、と声を上げ、その声が、とてもつらそうだったから、笑ってごまかしたりをした。それを何度か繰り返していると、浴室の壁が音を立てた。隣人が叩いている。でも、怒鳴るような叩き方ではなかった。私はこんこん、と濡れた壁を叩き返す。

変な人だな。優しい、という意味で、そう思った。



:⁠-⁠)

「やあ、お騒がせしました」

「まさかしのぶが男と別れて仕事を休むタイプだったとは思わなかったな」

「いやあ、私も思わなかったよ」

今日も私たちはファミレスにいる。私はちょっと恥ずかしくなって、手のひらで鼻と、口もとを隠した。

あのあと私はひたすらに泣き、そんなときすらガス代金が気になって、そこそこにまで気が済んだらシャワーをとめて浴室から出た。適当に髪と体を拭いて、下着だけ身に着けて布団をかぶる。枕にタオルをひいたまま、こんこんと眠りつづけた。

気がつくと夕暮れになっていた。時間を見るためにスマートフォンをつけると、『うまくやっておきました』、とえっちゃんからラインが来ていた。


「でもじゃあ、どうすんの? 引っ越す?」

「うーん。お金かかるしなあ」

「でも家賃もそこそこするでしょ?」

「うん。でもねえ、気に入ってるんだよねえ。いまのお部屋」

「エッじゃあ一緒に暮らす?」

「エッ」

コンビニ一緒行く? みたいに、えっちゃんはさらりと言った。

私はとても驚いて、かえるがでるよ、と、へんなことを言ってしまった。えっちゃんがまた、外国の男の子みたいに、口をいっ、として笑った。

「なに、それ、妖怪じゃないんだから」

「いやあの、ベランダにかえるがくるんだよ」

「かえるがくる!」「くるんだよ」「うはは」

はあ楽しい。えっちゃんが、微笑んで言う。


「亀飼いたいんだけどいい?」

「カメ? いいけど」「いいんだ?」「カメかわいいじゃん」「亀、くさいよ」「動物はだいたいくさいでしょうよ」「それは、そうかも」

えっちゃんは、なにがめ?と聞いてくる。

「わかんない。」「わかんないんかい」「なんでもいいけど、あんまり成長しすぎないやつ」「それはそうね」「川から拾ったらだめなのかな」「だめじゃない?」「うーん、」「あ。じゃあさ、こんどお祭りあるから行こ。カメすくうやつあるかも」

えっちゃん、ほんとうに好きだな、と私は思う。

「いいなあ。かめすくい」

「でしょ。じゃあ同居だね」

「かえるもでるし、隣の人変な人だよ」

「変な人はいい人だよ」

なんの根拠もないだろうに、えっちゃんは自信たっぷりに言う。

「じゃあ挨拶しにいこ」「早いな」「なにさん?」

「えっと、水野か水橋」「いいじゃん。ちょうど自己紹介したらわかるじゃん」「なるほど」

じゃあ行きますよ。そう言って、えっちゃんは伝票を掴んで立ち上がる。






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メロンパン日和 フカ @ivyivory

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