第8話 人の足跡


 メンバーは俺、勇、安藤先生、アイリス、ロディアス、ロディアス配下の飛竜三匹。

 飛竜の背に騎乗し空を移動すれば、それは数十分で見えて来た。


 『瓦礫』の山だった。

 そう表現する以外にない。

 それは都などでは無く、街ですら無く、ただの『残骸』の成れの果て。

 そこに文明が存在していた事は疑いようは無い。

 でも、そこには既に『形跡』以外は何も無かった。


「っ……」


 別の飛竜に乗る勇は絶句していた。

 眼下に広がるその光景に瞳を揺らし。


「降りるよ」


 と小さく呟いて、下降していった。

 俺と先生もそれに続いて降りる。

 着地すると飛竜から降り、徒歩の探索になる。


「大丈夫か、勇?」

「あぁ、うん、大丈夫だよ」


 あんま大丈夫そうじゃねぇな。


 勇者。

 勇ましき者。

 そんな呼ばれ方をしていた位だ。

 それにあれだけの武力を持っている。

 活躍していたんだろう。


 そして勇は、他人の為を思える奴で。


 要するに、頑張ったんだろう。

 ここに住む人たちを幸せにしようと。


 だが、その結果は想像する最悪を超過する程の最低だった。


 落ち込むなという方が無理な話だ。


 街並みは中世風と言えば近いだろうか。

 ただ、古代エジプトやギリシャの様な石材が多く使われている。

 まぁ、その殆どは倒壊して瓦礫の山になっているが。


 けど人っ子一人見当たらないな。


「間違いないね。ここは僕が生活していた街だ」


 教会だろうか。

 天井に穴が空き、蔓を壁に纏わせたその建造物を見上げて、勇は静かに呟く。


「でも、僕が来た時とは時代にかなり差があるみたいだね。僕がこの異世界に居たのは少なくとも百年以上前って事らしい」


 ロディアスが人間は百年以上昔に滅びたと言っていた。

 勇が来た時まだ人間が居たと言うのなら、勇の言った可能性が最も適当だろう。


 静かに、勇は右手を左肩の先まで伸ばす。

 その手の先に刃の部分が緑色に輝く刀が現れ。


「ギャ!」


 その声は教会の中から聞こえた。

 何か、濃い緑に近い皮膚を持つ小人の様なシルエットのそれが、こちらを窺っている事に初めて気がついた。


 それを見てアイリスとロディアスは臨戦態勢に移る。

 先生はいつも通りの平静な様子で勇をジッと眺めている。


 勇は、軽く力を込めて刀を振るう。


 一陣の風が、吹き抜けた。


 緑の輝きを帯びた風がその小人へ命中し首を落とす。

 紫色の血を吹きだして、小人は倒れた。


「ゴブリンだよ。この辺りにはよく湧くんだ。まぁ、街中で見たのは初めてだけどね」


 そう言った勇の手の剣は既に消失し、勇はそのまま踵を変えて。


「王城を見たい」


 そう言って進みだす。

 俺たちはその後を付いて行った。



 今俺たちが居るのは、左橋都市『シャイル』という都の遺跡だ。

 この王都はかなり特殊な構造をしているらしく、シャイルの西側に存在する大橋が右橋都市『シャルド』に繋がっている。

 この二つの都市を合わせて『王都』と呼ばれている……いたのだとか。


 王宮が存在するのはその橋の中心部だ。


 勇は迷うことなく街並みを通り抜け、件の大橋は直ぐに見えて来た。


 絶景だ。

 橋の下は数百メートルを優に超える断崖絶壁の海。

 そこに左右の大陸から四本の滝が落ちている。

 滝に挟まれる様に存在する大橋は幅30m以上、二車線道路の三倍くらいある。

 この橋はかなりしっかりとした造りらしく、今までの建造物に比べて損傷はかなり少なかった。

 問題無く渡る事ができそうだ。


 でも橋を渡って向こうの大陸に行くには、大体五百メートルくらい歩く必要がありそうだな。


「この橋、物理的に構造が不可解です。この形状、この高さだと確実に倒壊すると思いますが」

「この橋は一種の魔道具って昔聞いた事があります。魔術、魔法的な作用で維持されてるから、まだこれだけ奇麗に残ってるんだと思います」

「魔術……ですか……」


 そんな会話をしていた時だ。

 また、勇が手に剣を召喚する。

 今度は柄に赤い宝石が三つついた長剣だ。

 それを見た俺も、勇の視線の先に目を移す。


「なんだって……?」

「あれは……」


 勇と先生の疑問の声が重なる。

 数瞬遅れて見た俺とロディアスとアイリスも、それを見て目を丸くした。


 笑って立っている。

 子供、少年だ。

 金髪でボロい服を来た少年。


「何者じゃ……?」

「魔法少女に男は居ないなのよ」


 多分、男だった。十歳くらいの。

 魔法少女じゃない。


「君!」


 勇がそう叫ぶ。

 その声を聞いて少年はこっちに微笑みかけた。

 そのまま橋の向こうへ走っていく。


「追いかけるか、勇?」

「うん!」


 俺たちは走って少年を追う。

 飛竜と魔法少女も飛行した。


 なのに追い付けない。

 どんだけ足速ぇんだあのガキ。

 多分、この中で俺の足が一番遅い。

 でも、それでも50m5秒代だぞ。

 なんで追い付けないんだ。


 そのまま少年を追えば、勇が言ってたた王城が現れた。

 かなりボロボロな外観ではあるが、街にあった他の建造物に比べると劣化は激しくない。

 王城ってくらいだし頑丈に作られてるんだろうな。

 少年はその中へ入って行った。


「誘われたようですね」


 城の前までやって来た所で、安藤先生がそう言った。

 

 足音を潜めていたのだろう。

 そして、さっきの一匹。

 勇が倒した捨て駒よって、勇の警戒範囲を把握した。


 俺達の後ろを勇の警戒範囲のギリギリ外から着いて来ていた。


「どうやらこの遺跡はゴブリン共の根城となっていたようじゃな」

「前からも来てるなのよ。どうするなのよ」


 最早、奴等に隠れる気は無い。

 俺たちを挟撃した時点で奴等にとって理想的な強襲になっている。

 その数は、百、いや千に上る勢いだな。

 烈の後ろが見えない程の密度で重なっている。

 軍勢だ。


 チラリと、俺は勇の方へ視線を向ける。

 勇の視線はやはり城へ向いている。

 さっきの子供が気になるんだろう。


「先生」

「はい?」

「勇が城を調べる間ここで耐える。できると思いますか?」

「ちょっと待って早一、そんな事……」

「さっきの子供を追いたいんだろ? 行けよ」

「でも……」

「ご心配なく、聖君。飯田君、問いの答えは『容易く』です」


 勇が一撃で飛竜を撃滅した瞬間を見た。

 魔使さんが魔法少女たちを皆殺しにする瞬間を見た。


 これは直観でしかない。

 でも、分かるんだ。

 鬼頭さんと安藤先生が持っている迫力は、勇と魔使さんに並でいる。


「戦闘システムをアンロック。殲滅モードへ移行」


 先生の身体が蠢き始める。

 ガチャガチャと凡そ人間から出る訳無い様な駆動音が鳴り、その身体が一瞬で変形していく。


武装翼アートウェング展開」


 両肩から金属の翼が飛び出し、翼骨の第一指の辺りに砲門が形成される。

 砲門は左右から押し寄せるゴブリンへ向き。


「焼却開始――分子分解波ナノブラスター


 極めて平静な声色で、まるで日常会話の一端の様に紡がれたその言葉と共に、極大の光線が左右へ同時に発射される。


 光はゴブリンの軍勢の最奥まで一貫きにして、その範囲にあった全てを消滅させた。

 その光を受けてゴブリンたちは息を飲み、進撃が一瞬に停止した。


「私は1年4組の担任教師として、聖君、飯田君、貴方達を守る義務がある」


 俺も指輪から剣を呼び出す。

 自動剣【エクス・マキナ】。

 勇に貰った剣。

 初めて使うが、使ってみたいとは思ってたんだ。


「そういう事だ。行って来ていいぞ、勇」

「……」


 一瞬押し黙った勇は、直ぐに顔を上げ、真っ直ぐ俺を見て言った。


「ありがとう。先生も。ここは任せるよ!」

「あぁ」

「お任せください」


 勇はそのまま城の中へ入って行く。

 それを見て、俺たちはゴブリンの方へ向き直る。


 ゴブリンの方も先生のビームによって一瞬たじろいだが、その動揺は直ぐに消え俺達へ襲い掛かって来ようと再度走り出している。

 こっちの戦力は、俺、安藤先生、アイリス、ロディアス、飛竜三匹。


「結構先生頼みなんすけど、大丈夫ですかね?」

「問題ありません。今の一撃で彼等の強度は理解しました。負ける可能性は万に一つも存在しません」


 どうやら問題無さそうである。

 ゴブリンか。猿みたいな肉質だろうか。

 でも、だとすると人間にも移る感染症を結構持ってそうだからな。

 食うのは危なそうだな。


 けど、よく見るとその奥に豚みたいな顔の奴も居るんだよな。

 あいつ等ならワンチャン食えるかも。


「ロディアス、貴方は上空から援護を。基本飯田君の周囲を警護する形で構いません。アイリスさんも飯田君の周囲で彼を守って下さい。敵は私が撃滅します」

「了解じゃ」

「分かったなのよ」


 安藤先生の瞳は、学校に居る時よりもずっと冷たい物だった。

 彼女が人工物である事を再認識させられるような凍える瞳。

 最早、ゴブリンという存在は安藤先生にとって欠片の価値も無い様な、そんな冷め切った意思を感じた。

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鳴神高校異界調査部 ~部員は異世界帰りの勇者、裏切りの魔法少女、究極の人造人間、千年を生きる吸血鬼、一般人の俺~ 水色の山葵/ズイ @mizuironowasabi

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