第7話 滅亡の兆


 無事、料理部の設立申請は通った。

 文化部棟の一室を貰い、家庭科室も申請すれば使える事になった。


 火曜日の放課後を使って部室の掃除をし、俺の家にあった姿鏡を部室に運び込んだ。

 これで学校から直接異世界に行ける。


 部室の鍵は職員室にあるマスターキー以外は、安藤先生が管理しているので他の生徒は入れない。

 更にロッカーの一つに勇の聖剣で結界を施し、許可がない人物には開けられない様にした。

 その中に姿鏡を保管する事で、誰もこの鏡には触れられないという訳だ。

 その日は異世界に行って城の建造状況を皆で確認した後、直ぐに解散となった。



 水曜日放課後。


 俺は勇と一緒に部室の扉を開ける。


「授業お疲れ様です。二人とも」


 教室には既に先生が来て待っていた。

 窓際に椅子を置き、風に当たりながら小説を読んでいる。

 太宰治の『待つ』。

 俺は読んだ事がない本だ。


「本、好きなんですか?」

「人の心理構造を少しでも勉強したくて本は読む様にしているんです。できるだけ、人と同じスピードで」


 確かに先生のAIなら本一冊の文字情報何て数秒で把握できそうだ。

 敢えてそうせずに人間みたいな感情を抱きたいって事なんだろう。

 ロボットにしてはロマンチックな性格をしてる。


「今日、鬼頭さんは部活を休むそうです。何か先約があるのだとか」

「魔使さんも休むって言ってたよね」

「だな」


 って事は、俺と勇と安藤先生の三人だけか。


「じゃあ着替えるか」

「そうだね」


 制服で行くと汚れるし動きにくい。

 って訳で、俺と勇は持ってきていた体操着に着替える。

 吸血鬼になった事によるパワーアップの測定は済ませてある。

 50メートル5秒。握力は100kg。

 かなり強化されていた。

 これなら、二人に付いて行く位はできるだろう。


「安藤先生、もう大丈夫ですよ」

「はい」


 着替えている間、後ろを向いて貰っていた安藤先生に声を掛け、俺たちは鏡の中へ入った。


「もうこっちに来るのも慣れて来たな」

「早一はもう5、6回目になるんだっけ?」

「まぁな。それで今日は何をするんだ?」

「城の建造は予定通り行われています。指示は既に終えているので順調に行けば後三日ほどで完成するでしょう」


 城を三日で造れるというのは凄まじい話だ。

 しかし、既に安藤先生によって建材は切り出されている。

 それに飛竜と魔法少女に飛行能力があるのがデカい。

 セメント等の接着剤に関しても、一昨日と昨日の内に現世から運んできた。

 安藤先生が用意してくれた。


 それに、異世界の方でも飛竜たちに近くの地形や情報を調査させて必要そうな資材が無いか探させている。

 並行して付近の地図も安藤先生が作成中との事らしい。


 結構、先生一人でなんとかなってるな。

 指示も的確だし、この人一人でいいんじゃないか。

 いや、それは四人全員そうか。


「まずはここがどの大陸なのか把握したいよね」

「大陸か……そりゃ普通に考えて異世界にも幾つかあるよな」

「うん、僕が知ってる異世界だと決めつけて考えれば、この世界には4つの大陸が存在する筈だよ」

「4つ……聖君、参考までにその概要をお聞かせいただいてもいいですか?」

「はい。この世界の四大陸はその名を『カムイ』『イビア』『ヒイロ』『メタル』って言うんだ。これ以外にも天空列島『スカイ』という浮遊島群も存在するけど今は割愛するね。ここは天空じゃないし」


 勇の情報によると、大陸事の概要はこうだ。

 

 カムイは古代から存在する『神域の迷宮』が中央に存在する円形の大陸。

 神域の迷宮は巨大な塔の形状をしていて、その高さは雲を容易に突き抜ける。

 神域の迷宮を中心に、四方は砂漠や雪原、沼地や森林と様々な環境が広がっているのだそうだ。


 イビアは魔大陸とも呼ばれる魔獣の大陸。

 他の大陸よりも強力で多様な進化を遂げた数多の魔獣が生息している。

 その生態系は殆ど解明されていないらしく、勇も一度しか行った事はないらしい。


 ヒイロは唯一の人間の王国が存在する大陸。

 大陸中心に存在する大橋によってのみ、左右の行き来ができる巨大な二つの陸が重なった大陸だ。

 大橋の左右には右橋都市『シャルド』左橋都市『シャイル』という二つの都市が存在し、橋の中心部が王族用の城となっている。

 右大陸は夜の時間が長く、多くのアンデットが生息する。

 左大陸は朝の時間が長く、亜人や人型の魔獣が多く生息する。


 最後にメタル。

 これは氷の大地によって成る極寒の大陸らしい。

 生息するのは謎の機械生命体。


「カムイとメタルは無いと思う。神域の迷宮はカムイ大陸の何処からでも見えるくらい巨大だし、メタル大陸はこんなに温かい気候じゃないから」

「って事は、イビアかヒイロの二択だな」

「そうなるね。でも一つ疑問なのは空の色だ。僕が来た時に、こんな紫の空は見た事ないよ」


 って、悩んでないで知ってそうな奴に聞けばいいか。


「ロディアス! アイリス!」


 俺が叫ぶと、二人は直ぐに眼前に降り立った。


「何か」

「用なのよ?」

「お前等が知ってる事について教えて欲しいんだ。ここが何処なのかとか、諸々さ」

「私は何も知らないなのよ。組織に命令されてこの飛竜を狩りに来ただけなのよ」


 そう言えば、魔法少女は151人で千匹の飛竜を半壊させてるんだよな。

 魔法少女って魔使さん以外も結構強いんだろうか。


「小娘が……儂はある程度の知識はあるぞ。ここはヒイロ大陸の左方『レロン半陸』ですな」


 左側、って事は亜人が多く生息する地域か。


「って事は王都がある筈だよね? 方角はどっちだい?」

「王都……ですか? いえ、そんな物は儂が生まれて60年、聞いた事もありませぬ」

「そんな筈無いよ。ここはヒイロ大陸なんだろ? だったら中央橋の左右に都がある筈だ」

「いえ、中央橋の左右に存在するのはもう百年近く前に滅びたと言われる人間の残した『遺跡』だけですじゃ」

「滅びた……だって……?」

「えぇ、ですからこそ儂はこの小娘共に追い回された時、そして勇者と名乗る貴殿に出会った時、何処から湧いてでた亡者なのかと驚いたのですじゃ」


 頭を殴れた直後の様に、勇は放心して数歩下がる。


「僕はこの世界の人々の為に……全部無駄だったって言うのか……?」


 勇はどちらかと言えば冷静な方だ。

 あまり狼狽するような所は見た事が無い。

 多分、俺と出会ってからの数年の中で、今が一番狼狽えていた。

 勇にとって今の情報はそれだけショックな物だったってことだろう。

 正直なんて声をかけていいか分からない。


「ロディアス、他に何か知ってる事は無いか?」

「いえ、儂等の長老なら御年は二百を超えるので人間の事も知っているかもしれませぬが」

「その長老に会う事は可能か?」

「申し訳ありません。長老が居るのはカムイ大陸ですので」


 流石に今日中に大陸を渡るのは無理だろう。

 そもそも下校時刻まで時間はそんなに多くないし。


「勇、取り敢えずその遺跡に行ってみるか? お前が知ってる王都なのか確認する必要があるだろ」

「聖君、私もお供しますよ」

「そうだね。ロディアス、遺跡の方角と距離を教えてくれるかい?」

「東南方向、儂ならば1時間足らずで移動可能ですじゃ」


 魔法少女から逃げきっていた事を考えると、飛竜の移動速度は魔法少女より速い。

 彼等に乗って移動するのは最良だろう。


「頼んでいいかい? ロディアス」

「朱里様のご友人の頼みを無下にしたとなれば末代までの恥。お引き受け致す」


 そう言ってタクシーを引き受けてくれた飛竜を前に、俺と勇と先生は似たような事を考えていたと思う。


 ロディアスの口振。

 それにアイリスも、初めて会った時自分たち以外の人間は居ない筈だと言っていた。


 

 ⋯⋯もしかすると、この世界には『人間』という種族は最早1人たりとも生存して居ないのかもしれない。

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