第6話 異界の城


 あまりにも突然の出来事。

 なんて、ここ三日はありふれた事である。

 最早、死体が起き上がった程度では驚かなくなってきていた。


 いや、ちょっとは驚いたけど。


 鬼頭さんは、眷属化した生物の記憶を操る事ができるらしい。

 それを使って、魔法少女と飛竜に都合の良い記憶を捏造している最中だ。


 弄った記憶にある程度の整合性がないと洗脳が解ける事があるんだとか。

 だから自分とヤッて惚れてるから言う事を聞いてる、という事にしてるみたいだしな。

 まぁ、解けたとしても直ぐに記憶を操作し直してどうとでもなるみたいだけど。


 魔法少女達への洗脳は、魔使さんから聞いた『キサラギ』の真実をそのまま魔法少女に信じさせる形にして貰った。

 飛竜の方は適当だ。


「飯田君、少しいいですか?」

「なんですか先生?」

「時間が無かった事でしょうから洞窟に鏡を隠すというのは良い判断だと思います。しかし、最早それだけの防衛や隠匿では意味を成していないかと」


 勇の結界も鬼頭さんが壊したしな。

 今の鏡は裸で置かれているに等しい。


「確かに、でも学校もありますしずっと守るってのは無理ですよ。また勇に結界を造ってもらうしか」

「いえ、あの結界には様々な脆弱性が存在しています。それを補完する意味でも、これを作ってみたのですが」


 そう言って安藤先生は右手を上に向けた。

 そこから緑色の光線の様な物が幾つも溢れ、三次元的に何かを描いていく。


「ホログラム……ですか?」

「まぁ、その認識で問題ないでしょう」


 この安藤先生が真顔で意味不明な機能を見せて来る行為を【サラッとオーバーテクノロジー】と名付けよう。略してサラテクだ。


 映し出されたのは間取り図だった。

 多重構造になっていて、四階建てっぽい。

 ていうかこれ、結構デカく無いか?

 一階なんて俺が通ってる高校の敷地と同じ位の面積があるぞ。


「外観はこの様な造形を想定しています」


 左手の上にもホログラムが形成される。

 それはどう見ても『城』だった。


「建材として利用できる物がほとんど石しかない状況ですので、エジプトのサラディン城をイメージして設計してみました」

「こんな図面いつ作ったんですか?」


 例え、安藤先生にホログラムの機能があったとしても、建築士の様に図面を造るのにはそれ相応の時間と労力がかかりそうだけど。


「私に搭載されているAIは軍事利用モデルより更に上位の物ですので、この程度の計算には1秒と必要ありません」


 サラテクね。

 はいはいおけおけ。

 気にするのはやめよう。


「でもどうやって作るんですか? こんな大がかりな建造物……」

「飛竜の群れ512匹。飛行可能な少女151名。建材の切り出しは私のナノサーベルで行いますし、これだけ人員が居れば工事は三日も掛からないでしょう」

「なるほど……」


 ナノサーベル……ね……


「また進軍があった場合に備えて防衛機構も必要でしょうし、これだけの人数を住まわせるにはそれなりに広い敷地が要ると思い提案してみたのですが、何か不愉快な点がありましたか……?」


 不安気に先生はそう聞いて来る。

 いえ、ただ貴方の性能にドン引きしてただけです。


「あぁ⋯⋯どうして俺に聞いて来るのかと思って。正直、俺ってただの一般人なんですけど」


 そう、俺は勇者でも魔法少女でも吸血鬼でも人造人間でもない。

 ただの高校生だ。

 俺が決めるより皆が決めた事の方が正しいに決まってる。


「あの鏡は飯田君の持ち物ですから。それに私は所詮機械、やはり人間とは思考経路が違うのではないかと不安になるんです」


 安藤先生の発言の節々からは劣等感みたいな物を感じる。

 人間に対して、自分は劣っていると思い込んでいる様な。


 それは多分、基本的な人間としての成長過程を踏んでいない『違い』から来る物なんだろう。


 でも、俺からすればどうでもいい事だ。

 先生は、俺のご飯を美味しいと言って食べてくれた。

 それだけで俺からの好感度は爆増してる。


「きっと先生を造った人とかは相当優秀だったんでしょうね」

「……どうして、そう思うのですか?」

「だって不安になるとか、人と機械を比べるとか、先生は凄く人間らしいじゃないですか」


 そう言うと、先生は手に浮かべたホログラムを消して話始める。


「確かに博士は優秀でしたし、私の事を最高傑作と言って娘の様に溺愛してくださいましたから。でも博士は私を逃がす時、死んでしまった。私では無く博士が生きていればと考えない日はありません……」


 過去を悔やんでも仕方がない。

 今や未来に目を向けるべきだ。

 そんな、酷く他人事な正論をかけようとは思わない。


「それって、研究所の人に殺されたんですか?」

「はい……」

「じゃあ、一緒にその研究所ぶっ潰しますか」


 復讐心。それは人間だけの感情なのか。

 その答えは、今この瞬間に出た。


「はい。飯田君、ありがとう」


 初めて、敬語では無い言葉を使い、安藤先生はそう言った。


「早一ぃ~」


 鬼頭さんから声が掛かり、彼女は俺の肩に手を回してくる。

 ギャルのダル絡み、めんどくせ。


「なんだよ?」

「血ぃちょうだい?」


 八重歯を煌かせながらそう強請る美少女。

 元気そうに微笑む表情と、真っ直ぐこちらを見て来る瞳に可愛らしさを感じざるを得ない。


 でも、言ってる内容が怖すぎである。


「疲れたの、あんなに沢山いっぺんに眷属にしたから」


 駄々をこねる子供みたいに。


「ね、お願い」


 顔がせこい。


 吸血鬼と言えば、確かに生き血をエネルギー源にしている様な存在として描かれている事も多い。

 鬼頭さんもその例に漏れないのかも。


 それに、魔法少女を生き返してくれた。

 俺の中にあった罪悪感を融かす様に。

 『死亡』と『洗脳』じゃかなり違う。


 正直、感謝はある。


「眷属にするって訳じゃ無いんだよな?」

「うん、あんたはしない。だって眷属になったらご飯食べる必要無いから、あんたの料理の腕にも影響するかもしれないし。それに、あんたの知り合いの他の奴等に恨まれて余計な敵を増やしたくないからね」

「なるほど、だったらしょうがないか」


 安藤先生はこのやり取りをジッと見ていたが、特別口を挟んでくる事は無かった。


「じゃ、いっただっきまーす!」


 両手を挙げて「がおー」みたいなポーズをしながら、鬼頭さんは俺の首筋に噛みついて来る。


 チクりと痛みが走った。

 鬼頭さんの喉が鳴る音が聞こえてくる。

 それと、多分髪の匂いなんだろうけど良い匂いがする。


「ぷはっ。やっぱり若い血は美味しいね。でも、あのラーメン程じゃないんだよな……」


 なんて呟きながら、口元が離れる。

 くそ、顔熱っつ。


「それとプレゼント。眷属にはしてないけど、あんたを下級の吸血鬼にしてあげたわ。身体能力と再生能力が強化されてるはずよ」

「勝手だな、随分」

「心配しなくても弱点とかは別に無いから。ニンニクも十字架も平気。日光は、ちょっと身体能力落ちるけど普通の人間よりは大分強いわ。まぁその分、強化もそんなに強くは無いけど」

「まぁ……それならいい、のか?」


 異世界には危険もありそうだし。

 でも別に変った気はしないけど。

 帰ったら握力測定でもしてみよう。


「それと鬼頭さん、安藤先生が城の設計図を造ってくれたんだ」

「城?」

「そうそう、鏡を守る為の防衛拠点みたいなのが必要なんじゃ無いかって」

「あぁ、なるほどね。確かにそれは必要そうだわ。じゃああのグール共の命令権あんたたちにも渡しとくから、そっちはよろしく」


 そう言いながら鬼頭さんは、鏡があった洞窟へと戻っていく。


「もう帰るのか?」

「異世界見れたし、感覚的にここが妖怪の先祖の故郷って確信あるからおっけー。あたしネイルの予約してっから。明日学校で報告してくれればいいよ~」


 そう言いながら行ってしまった。

 随分と勝手なギャルだ。

 まぁ、ギャルだしな。吸血鬼だけど。


 それにこれだけの労働力を用意してくれたんだから感謝しとくべきだろう。


「じゃあ先生、俺達だけでやっときますか?」

「はい。とは言っても飯田君には上から様子を見て貰って、変なところが無いか確認して貰うだけで大丈夫ですよ」

「了解です」


 取り敢えず魔法少女と飛竜たちを整列し、指示を伝えた。

 ちゃんと脳の機能も残ってるらしく、俺達の支持は理解できたようだ。


 しかし魔法少女たちの方は殆どが小学生だし、飛竜に至っては家という概念が無い。

 それを伝えて指示通りの作業をさせるにはそれなりに時間が掛かった。


 屍鬼グールの姿だが、ハロウィンの仮装みたいだった。

 魔法少女たちは元からドレスを纏っているのだが、魔使さんの銃撃によって体ごとボロボロのバラバラになっていた。


 その皮膚や衣服の損傷部には縫い目の様なツギハギ模様ができていて、さらに顔色もかなり青い。


 ゾンビっ娘とは、まさに彼女たちの事だろう。


「なのよちゃん、なんで俺達に協力してくれるの?」

「決まってるなのよ! 私達に嘘ばっかりついて利用してたキサラギをぶっ潰すなのよ! あと朱里お姉ちゃんの為なのよ!」


 どうやら洗脳は上手く行っているらしい。

 いや、この話自体は本当の事なんだけど。


 しかし、あまり酷使したいとは思わない。

 学校へ行かせてあげるとか家に帰して上げるとかは、この見た目になってしまっている時点でもう無理だ。


 だから俺は俺にできる事をする。

 毎日、ちゃんと美味しいご飯を造る。

 それが俺にできる罪滅ぼしだ。

 勿論、彼女たちが普通に生活できるようになる方法も模索するつもりだけど。




 ◆




「ってわけで、現状はそんな感じだ」


 月曜日。

 鳴神高校の部室棟に存在する空き教室。

 そこには5人の人物が集まっていた。


 聖勇ひじりゆう。異世界帰りの勇者。

 魔使久遠まつかいくおん。黒の魔法少女。

 鬼頭朱里きとうしゅり。千年を生きる吸血鬼。

 安藤あんどうノイ。究極の人造人間。


 そして一般ピーポー俺。飯田早一いいだそういち。将来の夢は料理人。趣味は昆虫食研究。


 そんなおもしろメンバーである。


 俺が鏡の事を知る全員へ声を掛け、今後の方針などを話し合う場としてここを設けさせて貰った。


「メッセージで聞いてはいたけど、まさか同じ学校にこんなに超人が居るとはね」

「飯田君、私のメッセージアプリも追加してくれるかしら? あと、顔色が戻って良かった。鬼頭さんもありがとう」

「別にあんたに感謝されたくてしたんじゃねーし。あたしはあたしで目的があんの」

「飯田君、この5名で部活を作るのはどうですか? 情報交換も円滑で、学校でも集まり易いですから」

「そうですね先生。それじゃあ部活作るでいいか? あ、そんじゃ名目上は料理部にしようぜ」

「大丈夫だよ」

「問題無いわ」

「うい~」

「はい」


 そんな経緯で、鳴神高校異界調査部(料理部)は設立されたのである。

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