第5話 鬼機会敵


 身目麗しい。

 そう表現して間違いのない美少女だ。

 金髪で赤い瞳を持った女子高生。

 胸も結構でかい。


 それが俺を押し倒し、覆いかぶさって、首筋へ噛みつかんばかりに口を開けている。


 無論、エロい意味なら大歓迎ではあるが、どうやらそういう趣向ではないらしい。


「なんなんだよ。お前も勇者? それとも魔法少女?」

「勇者……? 魔法少女……? 何よそれ」

「教えてあげるから退いてくれないかな?」

「駄目に決まってんじゃん。あんたはあたしの眷属になるのよ。他の人間と同じようにね」

「他の人間と同じように?」

「そうよ。あたしとヤッたと思い込んでるバカ共。あれは全員、あたしにとって都合の良い手駒なの。あんたもそれに加えてあげる」

「お断りしたいんだけど」

「だから駄目に決まってんじゃん。あたしは異世界に興味があんの」


 多分、口調的に、鬼頭さんは人を操る様な力が使えるんだろう。

 その力を俺に使う気だ。


 剣を使うか?

 でも地球で使うなって勇も言ってたしな。


「異世界に行きたいなら連れてくよ。勇者とか魔法少女の事も気になるんじゃないのか? 知ってる限りの事なら教えてやるから、考え直してくれね?」

「ありがと、それならまぁいっか……って、なる訳無いじゃん? あんたを奴隷にすれば全部わかる事なのよ」


 まぁ、そうだよな。

 仕方ない、剣を使うか。


 そう思い、剣の召喚を念じようした瞬間。


「鬼頭朱里さん。私の生徒に手を出す事は許しません」


 玄関先からそう声が掛かった。

 俺と鬼頭さんは声の方に視線をやる。

 すると眩い光が目に入って来た。


 よく目を凝らせば、そこにはスーツ姿の女性が一人。

 腕の先を砲門の様に変形させこちらに向けている。


 人間離れしたその姿で、手の先には太陽の様なエネルギーが集約していのが分かる。

 それが眩さの原因だ。


 そして何より、俺はその女性の事を知っている。


「安藤先生……」


 俺のクラスの担任教師だ。

 安藤ノイ。歳は24。独身。

 教科は数学。


「鬼頭さん、飯田君から離れて下さい」

「はぁ? なんであたしがあんたの言う事を聞かないといけないわけ?」


 変な人が増えた。

 正直、感想はそれだけだ。

 勇者。魔法少女。そして洗脳似非ビッチに、手からビーム出しそう教師。

 何なんだ。ほんとに現実なのか?

 夢とか言われた方がまだ信じられる。


「撃ちますよ?」

「撃ってみれば? バラバラに切り刻んでやるよ」


 実は、家がバラバラになる危機なんじゃ無いだろうか。

 いや、もしかして俺の命の危機なのではないだろうか。


 苦節16年。

 命の危機を感じたのは山でヒグマと遭遇した時と、マグロ釣りで足滑らせて海に落ちた時だけだ。

 そんな俺の感覚が告げている。


 どうにか、彼女たちの矛を収めさせなければならないと。


「あの、お二方」


 二人の視線が俺に向く。

 さて、何を言うか。

 俺にできる事なんてそんなに多くない。

 俺は勇者でも魔法少女でも、洗脳できる訳でも、腕からビームを出せる訳でも無いのだ。


 玄関に倒れていると、扉の隙間からリビングにある時計が見えた。


 今、昼の12時らしい。


「良かったら家でご飯食べていきません?」

「はぁ?」

「はい?」




 ◆




 リビングの食卓には椅子が三つある。

 俺と父と母が座る席、合わせて三つだ。

 しかし、それが埋まる事は殆ど無い。

 母さんも父さんも早朝に家を出る事が多いし、帰って来るのは大体深夜だ。

 それに何日も家を空ける事も多い。


 そんな我が家の三つの椅子が、今日は全て埋まり切っている。


 鬼頭さんも安藤先生も、意外なことに俺の提案に乗ってくれたのだ。

 二人とも何か事情があるのかもしれない。

 例えば、あんまり目立てないとか。


「自己紹介でもします? 俺は鳴神高校1年4組、飯田早一いいだそういちです」


 食卓には俺の料理が並んでいる。

 俺特製、野菜マシマシ飛竜ラーメン。

 ワイバーンの骨と肉で取った出汁。

 ワイバーンの肉を使ったチャーシュー。

 そしてワイバーンの背油を入れた特製のラーメンである。


 ワイバーンの肉質は毎日研究していたが、毒とかは無かったし普通の爬虫類に近い調理法が可能という事が分かった。

 加えて、鳥肉の様な性質や味もあり、地球で育てられた豚や牛、鶏とは違う味を出し、それが結構美味い。


「あたしは鬼頭朱里。吸血鬼。ねぇ、あたしニンニク嫌いなんだけど」


 俺の首を掴んだ状態で隣に座る鬼頭さんは、そう語った。


 吸血鬼。普通に教えてくれるんだな。

 それより、勇者だ魔法少女だと聞いて、その証拠とばかりにスーパーパワーを見せられたせいか、吸血鬼という言葉を普通に信じそうになっている自分に驚きだ。


「安藤ノイ。人造人間です。私は食事を必要としません」


 手の銃口というか砲門というか、それを鬼頭さんに向けながら安藤先生は無感情な表情でそう言った。

 人造人間ね。確かに腕はかなり機械的な形状をしている。


「ニンニク、そんなに入れてないから一口だけでも食べて見てくれない? 一口も味わってもらえないのは流石に悲しい」

「まー、一口だけなら」

「先生も、食堂で見かけた事もありますし、食べられないって訳じゃ無いんですよね?」

「まぁ、そうですが……折角美味しそうなのに、食事が不要な私が食べてしまうのは勿体無い気がします」

「そう言わないで、どうせもう注いじゃってるし先生が食べなかったら捨てる事になるんですよ?」

「……では、いただきますね。飯田君」


 そう言って二人ともラーメンに口を付け始める。

 俺も食べよ。


 もうもうと立ち上がる湯気が期待を膨らませる。

 部屋には芳しく食欲をそそる匂いが充満していた。

 俺も正直、早く麺をすすりたくてたまらない。


 トッピングは、味玉、チャーシュー、メンマ、海苔、もやし、ほうれん草、きくらげ、ねぎ。


 そのどれもが、スープを潜った事で輝きを纏っていて、口に入れた時の味の染み具合を連想させる。

 間違いなく、食べる前から言える。

 この料理は美味い!


 そう思った時、俺の首を掴んでいた鬼頭さんの手が離れる。


「ズルズル、ズズズズ……」

「……っ、美味しいです」


 鬼頭さんは無言でラーメンを啜り、安藤先生は口元を隠しながら驚いていた。


 鼻息が強くなる。

 ドヤ。美味いだろう。


 そもそもワイバーンの肉を使ってる次点で、地球じゃ味わえない料理なのだ。

 爬虫類や鳥類の肉に似ているとはいえ、全く同じという訳じゃない。

 それとは違った味わいがある。

 それが最も簡単に活かせる調理法がこれだったから、ラーメンを選んだのだ。


 旨味や触感に関しても、地球の肉以上の良さがある。

 何が言いたいかと言うと、これが不味い訳が無い。


「それで、二人は何で俺の家に来た訳?」

「ちょっと待って。今食べてるから」

「ずずず……」


 どうやら丼が空になるまで口を聞いてはくれなさそうだ。

 もしかして、俺は天才なのかもしれない。


 腹の虫が鳴き、生唾が沸いてくる。と言った所か。


「お腹一杯。あんた、あたしの僕になった後はコックをやらせてあげるわ」

「人工知能であり人造人間である私には食事は不要ですが、この味はまた食べたいという私の欲を刺激する物でした」

「おそまつさまでした」

「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」


 腹を満たした後。

 どうやら剣呑な雰囲気は消えていた。

 二人の敵意の様な物は解けている。

 二人は素直に俺の疑問に答えてくれた。


「あたしは吸血鬼。多分今は千歳くらい、記憶容量の問題で弄ってるから知識はあっても記憶は十六年分しかないの。ここに来た理由? 学校中に居る僕が、あんたたちの会話が聞いてたの。異世界って、多分あたしたち妖怪の故郷だから」


「私は人造人間研究所『ハイドシーク』によって造られた人造人間の一体です。ただ自我を獲得した事で研究所の目的に嫌悪感を感じて脱走しました。その頃、研究所の人間が『異世界』という言葉を何度も使って居たんです。なので気になって」



 というのが二人が俺の家にやって来た理由らしい。


 捕捉しておくと、鬼頭さんが異世界の事を信じたのは彼女が元々所属していた妖怪組織『百鬼夜行』が最近になって故郷と思われる異世界を見つけたという情報を得たからだそうだ。

 鬼頭さんは妖怪総大将と絶賛喧嘩中との事らしい。


 やばいな。情報が出過ぎだ。

 簡潔に纏めよう。


 魔法少女の組織『キサラギ』。

 妖怪集団『百鬼夜行』。

 人造人間研究所『ハイドシーク』。


 この三つの組織全てが、異世界で何かをしようとしている。

 そして三人はそれぞれがその組織に恨みを持っている。


 俺の持っている情報を纏めるとこうなる。


 しかし、魔使さん含め彼女たちには異世界に行く方法が無かった。

 そんな時、都合よく降って湧いたのが異世界の事を話していた同級生に教え子。

 それが俺という訳だ。


 魔使さん含め三人が俺に接触して来るのは当然の出来事だったのかもしれない。


「っていう事で合ってる?」

「飯田君の話を加味するとそうなるでしょうね」

「なるほどね。なんか変な気配の奴が居るなとは思ってたのよ」

「それは私もですよ」

「まぁ、敵じゃないなら良かったわ」

「しかし、私が相手にしようと思っていた組織以外に二つもの集団が関与してくる事になるとは……」


 気配とか分かるんだ。

 まぁ、少年漫画の様な異能力バトルは任せよう。

 俺は食材さえ手に入ればそれでいい。


 俺の知っている情報。

 彼女たちが持つ情報。

 そのすり合わせを行った。

 勇にもメッセージ送っとくか。

 魔使さんは……連絡先知らないし今度でいいや。


「じゃあ行くわよ」

「そうですね」

「え?」

「なにキョトンとしてんのよ。異世界よ。ここでうだうだ言ってたって仕方ないし、直に見ないとちゃんと分かんないでしょ?」

「今から? マジで?」


 正直、異世界に行きたいとは思わない。

 今行くと、魔法少女たちの死体をまた見るハメになる。

 折角美味しいご飯が食べられたのだ。

 折角、少しは忘れられそうと思っていたのだ。


 また胃の中の物を吐き出したくない。


「飯田君、貴方の身は私が守ると約束します。隠れ蓑として利用していただけに過ぎないとしても、私は私に人間という物を沢山教えてくれた生徒たちを大切に思っています」


 真剣な表情で先生にそう言われてしまった。


「行くわよ。あんた、まさか私の誘いを断る気じゃないわよね? はぁ……自慢じゃないけどあたしとのデートで満足しなかった奴なんて、今まで一人も居ないから心配すんな」


 鬼頭さんも当然と言ったように俺に手を伸ばす。


 行くしかないか。

 どうせ勇と一緒に行くんだ。

 魔使さんとも行く約束をした。


 うじうじ悩み続けている訳にも行かない。


「分かった。俺も行くよ」

「そうこなくちゃね」

「警護はお任せ下さい」



 ◆



 俺と鬼頭さんと安藤先生は洞窟の外に出る。


「きゃっ、なにっ!?」


 出る途中で、鬼頭さんが勇の張った結界に引っかかった。

 しかし、その結界を一睨みした鬼頭さんは拳に力を込め。


「ムカつくんだよ!」


 と言って正拳突きを放ち、洞窟の入り口を破壊した。

 それによって勇が施した結界の文字が崩れ、鬼頭さんは髪を掻き揚げながら外に出て行った。


 確かに、結界を壊さなくてもそれが施されてる土とか岩を破壊すれば出れるよな。


 外に出ると、そこから見える景色は一面死体と死骸だらけだ。


「あれが、さっき言ってたワイバーンと魔法少女の死体ね」


 そう言って鬼頭さんが一歩前に出る。

 そのままポケットを探ってカッターナイフを一本取り出し。


「何してんの!?」


 ――自分の腕を切り裂いた。


「鬼頭さん!?」


 俺の質問に、鬼頭朱里は嗤って応える。


「あたしが眷属にできるのは生物の混血鬼ダンピールだけじゃないわ。死体からは屍鬼グールが造れるの。立ちなさいよ、下僕共」


 そう言って振り払った手から撒かれた血の雨は、腕を振った勢い以上に広がって死体全体へと行き渡る。


 そうして――竜が、少女が、次々と立ち上がる。


 絶対に、確実に、死んでいた筈だ。

 しかし、それは立ち上がり、剰え言葉を発す。


「千将ロディアス」

「魔法少女アイリス。桃坂愛理ももさかあいり

「「一生を貴方に捧げます(なのよ)」」


 竜と魔法少女の将、そしてその後ろに控える数百の者共。

 彼等は一様に鬼頭朱里に向かって首を垂れた。

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