第4話 吐気食欲
魔法少女たちを無数の弾丸が制圧する。
不可避の制圧力を持った銃弾の網は、少女たちを一人残らず撃ち落としていく。
最早少女たちに統率は無く、思うがままに彼女たちは散って逃げる。
しかし、それを許さぬは銃の全てを統括指揮する黒い魔法少女。
一斉放火の角度が逃げ惑う魔法少女を追いかけ、貫き、死体となった彼女たちを血に濡らし、地に落とす。
グレネードとロケットの爆炎が広がり、焦土が増えて行く。
少女たちが銃弾に打ち抜かれ落ちていく光景を、俺はただ眺めている事しかできなかった。
折角貰った剣を抜く事も、いや、それが無意味な事を理解していた。
魔使黒遠という存在は、勇に匹敵する最強の何かだと、俺にすら理解できる。
血は見慣れている。
魚や動物を捌いた事がある。
親戚の猟師や漁師に付いて行って、実際に動物を殺して、その日の内にそれを捌いて食った事がある。
でも、それでも。
「やだやだやだやだやだ!」
「死にたくないよ゛ぉおおおおお!」
「たずげ、たずげで、おねがいじまず……」
「もういやぁぁぁぁぁあああ!」
「いだいよぉ、いだいよぉ、あづいよぉ」
「ごろざないでぇえええええ」
自分と同じ種族、生命、百人以上が一斉に命を落としていく光景は吐き気を催した。
幾ら俺でも、人間を食おうとは思わない。
食って供養する事はできない。
それも罪悪感を増長させる。
「ごめんなさい。こんな物を見せるつもりは無かったの」
俯いて口元を抑える俺に、魔使さんは謝罪を口にしながら近づいて来た
「聞いていいか?」
「えぇ、なんでも」
「殺す必要があったのか?」
「彼女たちは恐らく飛竜を追っていた。そしてこの死骸の山を見つければ、周囲を捜索した筈、つまり鏡を見つけたでしょう。それは避けなければならなかった、私がもうこの世界に来れなくなる事は絶対に駄目なのよ」
異世界。やはりそれが話の中心らしい。
「なんで?」
「私はキサラギを潰して、騙され利用されている魔法少女たちを解放したいの。それにどれだけの犠牲が伴ったとしても」
「なんでそんなにその組織が嫌いなんだ」
「魔法少女は国防の要的な扱いをされていて、その為にキサラギは魔法少女を造ってるわ。けれど造る過程で失敗する事がままあるの。そして失敗して怪人化してしまった魔法少女の処理を、実験に成功した魔法少女にやらせているの。そんなキサラギという組織が許せないから」
理由を聞いたとしても、やはりグロテスクな物はグロテスクだ。
それに、人としての倫理観や道徳心が彼女の行動を責めているのは間違いない。
けれど、そんな事はきっと魔使黒遠自身が一番分かっている事なのだろう。
その凛とした瞳は、据りきっている。
「帰るか」
「えぇ、そうね」
「晩飯、食ってけよ」
「……いいのかしら?」
「どうせ俺の親は俺が寝た後にしか返ってこねぇから」
「何が、どうせ、なの?」
「今、一人で晩飯を食える気分じゃないんですよ」
「……そう、私もそうだから、お言葉に甘える事にするわ」
その後、鏡を使って家に戻り、俺と魔使は同じ食卓で晩飯を食った。
味噌汁。チャーハン。鹿肉のロースト。
「意外な組み合わせね」
「別の国の料理でも合わせると結構美味しかったりするんだよ」
「「いただきます」」
重なる声と共に、俺と魔使さんはご飯を食べ始める。
会話は、それほど多くはなった。
でも、ぽつりぽつりと魔使さんは自分の事を話してくれた。
小学生の頃、魔法少女だった事。
その時の親友が怪人になった事。
親友を自分の手に掛けた事。
キサラギを脱走した事。
普通の中学生、高校生として生きて来た事。
キサラギでの仕事の中に、異世界へ行く物があった事。
魔法少女が居た事から、鏡が通じている世界は自分が行っていた世界に間違いない事。
魔法少女の中で最高位に位置する『特務』だった事。
黒の魔法少女と呼ばれていた事。
少なくともその時は自分が組織内最強だった事。
キサラギの魔法少女の在籍人数は一万人を超える事。
そんなキサラギを、いつか潰してやろうと機を窺っていた事。
「ごちそうさま。凄く美味しかったわ」
「お粗末様でした」
「また来るわね」
「あぁ、でも明日明後日はちょっと休ませて欲しい」
「……そうね。嫌な物を見せてしまってごめんなさい」
そう謝り、魔使さんは家に帰って行った。
送ろうかとも思ったが、あれだけの力を持つ人には不要だろう。
それに、色々限界だった。
俺は玄関が閉まると同時にトイレに向かい、胃に入れた物全部を吐き出した。
◆
夏休みが終わって初日は木曜日だった。
という事で、今日は土曜だ。
学校は休み。両親も居ないし、俺はリビングで仰向けに倒れ、天井を眺めていた。
結局、昨日は一睡もできなかった。
「なんか、凄い事に巻き込まれて無いか俺……」
今になって、人が死んで、やっと理解し始めた。
もう一度あの世界に行けば、魔法少女たちの悲惨な死体が目に映るのは間違いない。
そもそも、俺は勇者でも無ければ魔法少女でも魔法男子でもないのだ。
鏡を勇か魔使さんに譲ってしまおうか。
そうすれば、俺の平穏は取り戻せる。
「駄目だな」
あの世界にはまだ見ぬ食材が無限に眠っている。
それは、俺にとっては命を賭けるのに足りる理由だ。
「はぁ……」
何度目かも分からない溜息が零れる。
それと同時に「ピンポーン」とチャイムが鳴った。
億劫な身体を持ち上げ、玄関へ向かう。
「はーい⋯⋯」
「おはよ」
玄関先にギャルが居た。
金髪に白い肌。
赤い瞳を持つ彼女を、俺は一方的に知っている。
俺の隣のクラスに在籍している「鬼頭さん」だ。
何故知っているかというと、彼女の噂話の量が枚挙に暇がないからである。
例えば、廊下を出て三人の男子生徒とすれ違ったとする。
全員が嘘を吐かない事を前提にすると、そのうちの二人は彼女と「ヤッた事がある」と証言するのだ。
学校外でも度々、大人の男と歩いている所が散見される彼女だが、大きな問題を起こしている訳では無く学校には問題なく在籍している。
そんな学校一、いやここら辺の地域では一番のビッチ。
それが鬼頭朱里という人物なのだ。
「……何の用?」
しかし今日は土曜日である。
休みである。
つうか、知り合いでは無いのである。
一体彼女は家に何用があるというのか。
「異世界」
「……えっと」
「聞き覚え、あるよね?」
前例が既に二件ある。
最早俺は彼女を常人と見なしていない。
異世界、その言葉を何処から聞きつけたのかは知らない。
しかしそれを聞いて家まで突撃してくるというのは、勇者や魔法少女に並ぶ異常思考だ。
「ないよ」
普通に嘘を吐いた。
けど。
「嘘吐いてんじゃねぇよ」
そう言って、彼女は玄関前の柵を開け、俺の家に踏み入る。
「ちょ、勝手に入るなって……」
そんな制止を無視し、彼女はズカズカと玄関の中に入り、俺の胸倉を掴む。
「まぁいいわ」
そのまま、彼女の体重が俺の身体に預けられる様に……
いや、俺の体勢が崩されて、押し倒された。
「有難く思いなさい。あんた、あたしの眷属にしてあげる」
妖艶な笑みを浮かべ、舌をなめずり。
その顔が俺の首元へ埋められていく。
鬼頭朱里の口元には、人間離れに尖った八重歯が見え隠れしていた。
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