思い出す、その色を

義為

本文

「咲いてるよ!モッコウバラ!」

「言われなくても分かるよ、もう」

 ウッドデッキで麦茶でもどう?なんて君が言って来てみれば、分かりきったことを言うものだから呆れてしまった。

「会話ってのはキャッチボールなんだよ?優しく受け止めて?」

「はは、山なりのスローボールだな!」

「馬鹿にしてる?」

「褒めてるよ。ストライクにするのは難しいんだから」

 山なりに投げるのは簡単、でも剛速球ストレートよりストライクゾーンに入れるのが難しい。そう、呆れながらも、俺は嬉しかったんだ。

「ねえ、来年もちゃんと咲くかな?」

「わざわざ植木屋さんに世話を頼んでるんだ、枯れることはないよ」

 良い香りだ。夏の始まりを告げる、微かな黄色い香り。そう思って鼻をすんすんと鳴らす。

「良い香りだね」

「ああ。この家を建てるときに植えて、良かった」

 君の頭が俺の左肩にその質量の半分を預ける。その重さは、心地よい。

「ねえ、黄色いよ」

「だろうね」

 モッコウバラは小さく黄色い花を咲かす。当たり前。

「覚えてる?最初の年は一輪だけ咲いてたの」

「キザな奴だなんて、笑ったもんだ」

「貴方そっくり!薔薇一輪だなんて!」


 視えない目でも、黄色い香りが見せてくれる。

 

 今年も、夏が始まる。

 

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思い出す、その色を 義為 @ghithewriter

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