待ち人まだか
犬屋小烏本部
第1話 流
四季の廻り。季節の訪れ。
あなたは何を待ちわびるだろう。
花を見る。顔を上げて桜の木を見つめるのも良いだろう。彼の花は咲くのも散るのも美しい。
蒲公英の黄色を見下ろすのも良いだろう。彼の花は白い綿毛へと姿を変え、遠くへ旅立っていく。
長く垂れる藤棚を見たことがあるだろうか。彼の花は咲いた年の数だけ伸び続ける。
春という季節は花を見る季節だ。咲いた花と出会い、散っていく花に別れを告げる。そんな季節だ。
夏も秋も冬だって、花を見る季節だ。だが、春の花は春にしか、夏の花は夏にしか出会えない。秋も冬も同じだ。
あなたは覚えているだろうか。散る間際の花がどんな顔をしていたのか。別れを告げる花が何を残していったのか。
散った花は戻ってこない。彼らはわずかな時間にしか咲くことはできないのだ。だからこそ花を見よ。今しか見ることのできない彼らを記憶に焼き付けよ。
桜の下で花見をする。賑やかなものだろう。
花を見ながら笑い合う。咲いた花を見ながら語り合う。貴重な時間だ。有意義な時間だ。花はやがて散っていくのだから。
花が散るように、隣にいる人も散っていくだろう。もちろんそれは自分の方かもしれない。
この花見の時間は永遠ではないのである。
忘れるな。花はいつか散るものだ。だからこそ目に焼き付けよ。その花を忘れぬように、目の前の瞬間を刻み込め。
雨が降り、止んだ。あなたは橋の上で誰かを待っている。
少しだけ流れが速くなった水が、橋の下を流れていく。
上流では桜が咲いていたのだろう。花びらが幾度も幾度もあなたの足下を潜り抜け、去っていった。
あなたは待っている。花が流れてくるのを。待ち人がやって来るのを。
数えきれぬ花びらが通り過ぎていった頃にあなたは思い出す。来年、また一緒に花見をしようという約束を。
流れていく水に乗って、小さな花びらがいくつもいくつも通り過ぎていった。あなたはそれをじっと見ている。
桜はもう散ってしまったのに、あなたは流れてくるそれを目でおった。まだ待っているのか。まだ待っているのだ。
あなたはただ花を待ち続けている。
花見の盛りを過ぎた頃に、それはやって来た。散り終わった桜はもう流れてこない。あなたは花だったものを見ている。
ゆっくりと流れていくそれを、あなたはただ見つめていた。あなたは何も言わない。もちろん、花だったものも口を開かない。
頭の中で花が言う。また一緒に花見をしようと。
花見の季節は終わっていた。
最期に、花だったものが去っていく。時の流れに揺られながら、あなたに思い出という形に残らないものを遺しながら去っていく。
あなたはそれを、まだ見ている。
待ち人であったはずの誰かが、空虚な目であなたを見た。
花は散った。もう、散ってしまった。
あなただってわかっているだろう。
花を見る時間は一瞬のことなのである。
あなたはまだ橋の上で誰かを待っている。
形の変わってしまった何かが流れてくるのを、まだ待っている。
まだ待っている。
まだ待っている。
まだ待っている。
流れてきた花を、あなたは見た。
流れてきた花も、あなたを見た。
散っていく花を、咲いている花は見送った。
今度はあなたの番だ。
あなたはまだ散らないのか。それならあなたは花ではない。あなたはただの造花だったのだ。
そう言って、何かはあなたに鋏を向けた。
あなたは待っていた。
あなたは誰を待っていた?
待ち人まだか 犬屋小烏本部 @inuya
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