異世界SS

namu

第1話 アルシュの魔道具店

 アルシュは紙の独特な香りと少しかび臭さが混ざる店内を見まわした。窓から入ってきた光が天井に吊るされたランタンの中に浮かぶ魔法石を通過して、店の壁に赤や緑の色を映し出す。店内は壁から床にまで商品や本物かわからない魔導書が置かれていて混沌としている。

 店内に客は一人。木の床をコッコッと歩き店内を物色している。机に置かれた小瓶を手に取ったがすぐに元に戻し店を出て行った。

「またお越しください~」

 アルシュはレジから気の抜けた声で客を見送った。

「また買ってもらえなかった……」

 この魔法雑貨店にあるのは金で縁取りされたおしゃれな魔法陣式ティーカップ、魔法の小物入れ……などではなく、ガラクタ。店主であるアルシュの師匠が作った変な品物ばかり。

 例えば、ピコピコ香水。

 香水のように何プッシュかつけると音をまとうことが出来る。つけた場所から動きに合わせてピコピコと音が鳴るのだ。

 一度、身なりのいい客が「面白いね」と言った。買って気に入ってくれれば人気も出るかと思ったが次の一言は「で、これは何に使うんだ?」だった。

 アルシュは答えられなかった。動くたびにピコピコと鳴ってうるさいし、音が出たところで何の役にも立たない。師匠はこんな品物ばかり作る。

 アルシュがあきれているとドアがキィッと音を立てて、師匠が隣の部屋にあるアトリエから出てきた。

「新作の香水だよ! 今度はシャランラーと鳴るんだ!」

 師匠は自信作の絵を親に見せる子供のように嬉しそうに話す。

「またそんな変なものを作って。たまには便利な魔法道具でも作ったらどうですか」

 思わず口調が強くなる。人の役に立ちたくて魔法雑貨店で働いてるのに商品は売れないガラクタ。アルシュの苛立ちが募っていた。

 師匠は先ほどの子供っぽい笑顔から、優しい表情になり諭すようにこう言った。

「便利かどうか決めるのは買った人だ。物の価値は使う人が決めるんだよ」

 言い終わると、納得のいかなそうなアルシュに「さあ交代だ。休憩してくるといい」と今度はにかっと笑って告げた。アルシュは不満げな顔のままアトリエの扉を開けた。


 アトリエは店内よりもごちゃごちゃしている。扉の周りはかろうじて何も置かれていないが床にはゴミや紙くずが散らばっていた。テーブルには設計図や魔法陣の描かれた紙が積み重なり新商品の試作品が並べてある。また変なものが生み出されるのか、とアルシュはため息をついた。売る方の身にもなってほしい。

 その瞬間、店からドカドカと大きな音がした。

 アトリエのドアの小窓からのぞくと男たちが3人、店に入ってきたようだ。服は汚れていて正直何か買ってくれるような人たちじゃないとアルシュは思った。

 師匠はいつもと変わらない笑顔で口を動かした。いつも通り「いらっしゃいませ。ゆっくりみていってくださいね」と言ったのだろう。


 その時だった。男たちはナイフを出し師匠に向けた。

師匠は魔力が少なく魔法が得意ではなかった。ナイフを突きつけられ手を上げている。

 アルシュは鼓動が早くなるのを感じていた。飛び出したところで何もできない。できることは息をひそめることだけだった。

 魔法が使えないから、魔法の道具を売ろうと決めたのに。動くことが出来ずただ隠れているだけ。アルシュは手をぐっと握りしめていた。

 強盗の手が動いた。緑色の光が反射した。赤色が飛び出す。

 師匠の胸から血が噴き出し、床に倒れ込んだ。倒れた師匠から赤い液体が流れている。

 強盗のリーダーが指で棚や机を指さし、手下たちが店内を物色し始めた。

 アルシュの血の気が引き、背中が冷えるのを感じる。胸がきゅうっと締め付けられ縮む思いだった。

 師匠がこのままだと死んでしまう。死が、目の前に。頭は真っ白、体は石像のように動かないのに震えが止まらない。震えで、鼓動で、見つかってしまうのではないか。


 師匠の指が動いた。「まだ生きてる!」とアルシュは少し落ち着きを取り戻した。

 師匠は静かに手を伸ばす。その先に目をやるとピンクの液体が入った瓶。

 ピコピコ香水だ。

 師匠は何とか手に取ると、それを強盗のリーダーの足に吹きかけた。何度も、何度も。

 師匠は何を考えてるのだろう、アルシュにはわからなかった。

 強盗は師匠に気づいて「何してる!」と叫び師匠に蹴りを入れようとした。

 アルシュは目を見開き「やめろ!」と叫んでしまった。

 しかしその声はかき消された。大音量のシャランラーという音が店内に響いたからだ。

 香水だ!

 アルシュは耳をふさぐ。

 強盗は何が起こったのかわからない様子で耳を押さえ、どこから鳴っているか見まわす。しかし見つからないようだ。まさか自分から鳴っているとは思わないのだろう。

 「行くぞ!」強盗達は慌ててドアへ向かって走り出した。音は強盗達についていく。

 まさかピコピコ香水が強盗を追い払うなんて! アルシュの目が輝き、師匠の言葉が思い起こされる。

 はっと我に返り、アルシュは飛び出しドアへ向かう。ちらりと見ると師匠はしてやったりという顔をしていた。

 外でも香水の音は止まることなく鳴り続け、道行く人が何事かと走る男たちを見る。

 「その人たちを捕まえて!強盗だ!」

 力いっぱい叫んだ。


 強盗達は捕まり、師匠は治療を受けた。命に別状はないようでアルシュは胸をなでおろした。

 今回の騒動でピコピコ香水は防犯に役立つと評判になり店には人がたくさん来て繁盛した。しかし他の商品はあまり売れていない。

 それでもいいんだとアルシュは思う。

 どんな道具にも価値はある。使い方次第なのだ。

 アルシュは今日も店の道具の使い道を考える。

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