描く
雨の音の中に、さらさらと芯が紙の凹凸に攫われる音が混じる。通った軌跡が銀色に足跡を残して染まっていく。ともすればリズムにのるように絶え間なく聞こえていた音が、ぴたり。と雨音を残してやんだ。
――こんなんじゃない、もっと、もっと。
苛立たしげにスケッチブックと鉛筆を端へ寄せて、スマートフォンを手に取る。スクロールしては指を離し、数回繰り返して頭を搔く。ある雨の日を最後に更新されなくなったSNSを見に来るのは果たして何度目なのか。
一目惚れ。
その描写に花と光が溢れる表現が使われるのが一般的なフォーマットとして普及しているが、果たして何人の人間があの光に吸い込まれるような瞬間を生で味わったことがあるのか。ちかりちかり、と視界が明るくなり、突然谷底に落とされた時のように心臓が吸い込まれる、あの、恐怖にも似た感覚。それを、この電子の世界で味わったとき、なんとも表現し難い感覚に陥った。
SNSが更新される度に、甘美な感覚と、冷水を浴びるような感覚を同時に味わっていた。ドキリ、と心臓が跳ねるが、反応はつけない。ただスマートフォンを握りしめベッドに身を投げるだけだった。
その毎日がある日を境に途絶える。スクロールの方向を変え、一番最初の投稿にもどる。そこから先も、いくらスクロールしようが更新などされはしないのだ。
地獄に垂れ下がった糸は、欲を出したらぷつりと途切れてしまうのだったか。ただただ、1歩先に。それだけの願いすらいけないものなのか。信条と努力の足りない者が願うことは罪なのか。ただ願うことが、全てを奪われるような事なのだろうか。
スクロール出来ない、アプリケーションが作る空白の闇は、見えない地獄の深淵まで繋がっている気がして、ぞくりと背筋を寒気が撫でる。
届かないものに手を伸ばすのは、それこそ天まで届く塔を建てようとしたり、太陽に向かって飛んでいくような、背徳的な行為で、その報いなのかもしれない。
大きくため息をついて、今しがた描いていた絵を見る。もう、記憶の中にしかない。SNSに自分をあげるような人でもないし、記憶と、僅かな断片だけを辿った、拙いもの。
関わりもなく、覚えてくれているかも分からない。
遠くて、こちらから見上げることしか出来ない。でも神と呼ぶには少し不安定で消えてしまいそうな、例えるならば星、なのかもしれない。
何万光年先から届く光を辿り、ある日突然ふつり、と消えてしまうような。
――歯痒い。
あと何度、この画面を撫ぜることになるのだろう。あと何度、その熱烈な光を渇望することになるのだろう。あと何度、この感覚に苛まれなければならないのだろう。わからない。わからない。
――この気持ちに名前をつければ楽になるのだろうか。
きっと永遠に完成することの無いスケッチブックの方を見る。完成することがないのならタイトルをつける必要も無いのだろう。楽になる必要も無いのかもしれない。
天才と秀才 端 @renyazure
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