JK姉妹物件/風呂トイレ共同/事故あり/家賃はあなたの人生で
ZAP
本編
ついに六畳一間から2DKに引っ越したぞ!
「ふっふっふ。超格安の事故物件だからな!」
事故あり物件。
つまり自殺やコロシなどトラブルののあった部屋だ。
俺はそういうなんざ気にしないし、それでも構わん。
不動産屋いわく、大穴物件とのことだ。とにかく安い。
「さあて入るぞー」
俺は玄関の前で新たな生活にワクワクしていた。築四十年と多少古いがリモートで内見すると小綺麗だった。趣味のVRゲームもゲーム専用部屋を用意できる。32歳独身の貴族生活がここから始まるのだ。
というわけでカギを差し込んだ瞬間だった。
「あ、こんにちは、そちらの部屋の方でしょうか?」
隣から声がかかった。見ると俺は『うわっ』と声を出しそうになった。
女子高生だ。
青いブレザーにスカートを着た茶髪ロング。その隣には姉妹だろうか、ちっさなおかっぱのセーターの子もいる。ふたりとも可愛いと言い切れる美少女だ。こんな古い物件に珍しいなと思いつつ返事をする。
「ええ。今日から引っ越してきた横道です、よろしくお願いします」
「あ、奇遇ですね。わたしたちも今日引っ越してきたんですよ」
「そうなんですか?」
「はい、佐伯です。わたしは秋奈(あきな)、こっちは妹の春姫(はるき)。ほら春姫、挨拶しなさい」
「……ども(ぺこん)」
愛想の良い姉の秋奈ちゃんは笑顔で挨拶、春姫ちゃんは無愛想な感じだ。
うーん、みごとに対象的な姉妹。
感心していたら秋奈ちゃんがゴソゴソと学生カバンをあさって。
「こちら、つまらないものですが、よろしくお願いします」
紐で丁寧にしばったタオルを差し出してきた。
うわ! ご近所づきあいのプレゼントだ!
この子、大人だ!
「あ、ありがとうございます……すみません俺は用意してないです、はい」
「ふふふ、お構いなく。これからよろしくお願いします」
うーんJKらしからぬ落ち着き。すごいなこの子。
「はい。こっちこそ」
和やかに挨拶が終わってお互いドアを開ける。
俺は鼻歌を歌いたい気分だった。ふふふ、隣がJK姉妹だ。別にロリコンではないが二人ともかわいいし、周りに自慢できること請け合いだ。新年度をはじめるのに幸先がいいぜ。
がちゃんとドアを開けた。
中には空っぽのリビングが広がっていた。
うーんさすが広い、思った以上に広い。このリビング何畳あるんだ。靴を脱いでリビングに向かう。めちゃくちゃ広い。なぜ広いかといえば、人が余裕で通れる大穴が空いているからだ。穴の向こうに人がいた。
学生服を着た女子高生だ。見覚えがあった。
というかお姉ちゃん。
佐伯秋奈ちゃん。
「…………」
「…………」
お互い目を合わせる。
何が起きたのか彼女もよくわかっていないようだった。
「……あの」
と、秋奈ちゃんが切り出した。
「はい」
俺は間抜けに答えた。
「……り、リビング広いですね」
「そうですね。内見のときの倍はありますね」
「わあ。お得ですねー」
はははと笑い合う。
再び沈黙。
「ハンマーで壊したっぽいね、この穴。人為的な犯行じゃないかな」
春姫ちゃんが冷静に指摘した。
「たぶん二世帯住宅を作ろうとしたのかな? 無茶するねえ。あはは」
また沈黙のときが流れた。
俺は秋奈ちゃんと目を合わせた。
やがて秋奈ちゃんは首を傾げて、困ったように笑った。
「ど――どうしたらいいんでしょうか?」
そうだね。
とりあえずツイッターで不動産屋を炎上させようか。
何が大穴の事故物件だ、大穴(物理)物件じゃねえか。
などと非建設的行為をしても仕方ないので、まず当然の行為として不動産屋に電話する。すると『現在繋がっておりません』ファック、確信犯か騙しやがったな。後で絶対に炎上させる。
とりあえず現状。
隣のJK姉妹部屋とリビングが大穴で繋がっていた。
以上、おわり。
「うん。とりあえずこの現状をどう凌ぐかだね」
「……ですね」
さすがに女子高生姉妹と同居すると俺の社会人地位が危険で危ない。
常識で考えれば、まずはホテルに泊まるところだが。
「秋奈ちゃん。そっちは親御さんに連絡した?」
「あ……いえ、ま、まだです、繋がらなくて」
そうか。とりあえず俺は近所のホテルを片っ端から確認する。
だが、周囲でイベントがあるらしく、どこも満室だった。
まずいな。
このままでは漫喫に行くぐらいしか選択肢がないし、そうしたところで明日以降をどう凌ぐかだ。安月給で家賃のうえにホテル暮らしなど不可能だ。この春先にすぐに新しい部屋が見つかるとも思えない。
「とりあえずこうすれば?」
春姫ちゃんがくるくる巻かれた画用紙を持ってきた。大きなポスターのようだ。広げると上半身裸の美男子のアニメ絵が出てきた。プリティキングダム、通称プリキンのヒーローだ。それで穴を覆い隠してしまえそうだった。
「応急処置にはなるけど……プリキンかあ……」
「お。おっちゃん知ってるんだ」
「有名だからね。会社で女子がアクリル飾ってるよ」
「あーいーな、わたしも次コミケで絶対買う」
などと世間話をしている場合ではない。
秋奈ちゃんはポスターをじっと見て。
うん、と頷いた。
「……うん。それで問題ない、かも」
「いやダメだろ!」
不用心すぎるだろこのJK。
「だ、ダメですか?」
ちょこんと首を可愛く曲げても、ダメなものはダメだ。
「問題ありますかね?」
「合法か犯罪かでいえば犯罪側に近いよ!」
「おっさんとJKだもんね。でも個室には鍵が付くみたいだし問題なくね?」
「俺は別に問題ないけど君達の側に問題があるだろう、色々と」
「あたしはないけどなー。趣味合いそうだしー?」
どうも春姫ちゃんには懐かれたようだ。
しかし、軽々と頷くわけにはいかない。
「ご両親に連絡つかない? 今日は実家に泊まるとか」
「す、すみません……それは駄目みたいで」
「そっかあ」
引っ越しの日に連絡がつかないとはちょっと薄情な親の気がするが。
まあ、仕方ないだろう。
「じゃあ俺が適当に満喫で泊まるかあ」
「でもさあ。それ根本的な解決にならないよね」
「ぬ」
「今日は良くても明日明後日はどーすんの? そんなお金と体力あるの?」
「ぐぬぬ」
もちろん安月給社会人にそんな余裕はない。
だがしかし、犯罪に手を出す訳にはいかん。
「いやダメだダメだ。今日は満喫に泊まるよ」
「ちぇっ。つまんねーの」
「わ、悪いですよそんなの! この部屋に泊まってください!」
「気にしない気にしない。こういうときこそ大人に頼りなさい」
あ、俺いい大人してるぜ、ふふん。
気分良くしながら俺はドアの外に出ていく――と、ガイン!
「ぬわあ!?」
出ていこうとした瞬間なにかにぶつかった。
「な、なんだ!?」
もう一度出ていく。しかしまたガインとぶつかった。透明な何かがドアのあった場所にあるようだ。俺が呆然としていると、開いたドアの裏地に突如、うぞぞぞぞぞぞと赤い何かが湧き出た。
赤文字。
いや血文字だ。
血の色の文字でこう書かれていた。
『ニ ガ サ ナ イ』
………………。
おい。
おいこら、不動産屋。
これ大穴(物理)の事故(本物)物件じゃねーか!!
――窓からもドアからも出られなかった。
ついでに言えば秋奈ちゃんと春姫ちゃんも同様だった。
つまり三人して閉じ込められたわけだ、この大穴事故物件に。
「ダメだこりゃ」
「……事故物件とは聞いてましたけど」
「実害があるとは聞いてないんだよなあ!」
時刻は既に夜。
俺の側のリビングで三人で話し合っていた。しかし参った。俺は幽霊は気にしないが実害は正直困る。とりあえず水は通ってるし、なぜか引っ越し屋や郵便屋は通れたので食事も大丈夫みたいだが。
このまま一生出られないのか?
いや除霊なりなんなり頑張るしかあるまい。
「……」
秋奈ちゃんは深刻そうに腕組みして考え込んでいる。
そりゃそうだ。致命的な怪奇現象に巻き込まれたわけだし。
「ねーちゃん、悩んだって仕方ないじゃん。とりあえず寝よ」
「すごい神経してるなきみ……」
「ホラゲーだと朝が来たら何とかなるよ。だから朝を待とうぜ?」
「む」
確かに夜だから出られないというセンはある。
こういう霊は太陽に弱いと相場が決まっているものだ。
「……」
秋奈ちゃんはしばらく考えていたが、やがて。
「…………ん。そうね、寝ましょうか」
「はーい。あたしはにーちゃんの部屋ね」
「そんなわけないでしょ。春姫は私と同じ部屋で寝るの」
そりゃそうだ。
「あの、ただ横道さんにお願いがあって」
「はいはい。なんでしょう」
「鍵をかけないでもらえませんか? あ、あの、もし何かあった時……」
「ん。ああ、怖いよね、わかったよ」
俺は秋奈ちゃんのお願いに頷いた。
流石に本物の幽霊物件では怖かろう。寝ずの番をするぜと言いたいことだが、それはそれで不安もあるだろう。俺は別に幽霊は怖くないし――本物ではあるが鍵など無駄だろう――鍵なんて不要だ。
秋奈ちゃんは、ぱあっと明るく。
「あ、ありがとうございます……横道さん……」
恥ずかしげに笑う秋奈ちゃんだった。
「はっはっは」
うむうむ。
美少女JKに感謝されるのはいいものだ。
そして深夜。
俺は敷き布団で横になっていた。
さて『ニガサナイ』とかあった以上、何かが出る可能性は高い。俺は別に陰陽師でもなんでもないが、いざという時は立ち向かうしかあるまい……と覚悟していたころだった。
かちゃり。
「(……うわ来た)」
マジでなんか来たよ。
秋奈ちゃんならノックする筈だし間違いなく幽霊だ。しゃーないここは先制攻撃を決めてやる。なあに幽霊ごとき俺の大魔法峠で学んだ関節技でイチコロよ。一かバチかやってやる、そしてJK姉妹のヒーローになるのだ。
覚悟を決めて――飛びかかる!
「うりゃあ!」
「きゃあっ!?」
ぷにょん。
あれ。
やけに柔らかい幽霊だ。
しかもあったかいし、寝間着も着てるし、顔も見覚えがあるし……。
「あう……あの、えと、その……」
顔は秋奈ちゃんだし。
つまり俺はJKパジャマ女子を押し倒しているわけだ。
………………。
…………。
「うわああごめんっ!」
ばばばっ!
「あっ」
やばい! 犯罪! いや未遂だ未遂! ちょっと触っちゃったしえらく柔らかくておっきかったけど、故意じゃないし未遂だからセーフだ! そうに違いないどきどきどきどき!
…………。
「秋奈ちゃん」
「……はい」
「とりあえず座って」
「はい」
秋奈ちゃんはちょこんと正座する。
うん。ちょっと冷静になった。
「なんでノックもせずに俺の部屋に?」
「えと」
秋奈ちゃんはぽりぽりと頬をかくと。
「その……ちょっと言いにくいのですけど……」
「うん。大丈夫。言ってご覧」
「その、既成事実を作ろうかな、と」
爆弾すぎる発言。
「ごめん。俺の耳が腐ってるかもしれん。もう一度」
「すみません、既成事実を作ろうと思って夜這い……セックスに来ました」
「…………そうですか。セックスですか」
「セックスです。またはフェラです」
あまりにも長い沈黙。
「すみません」
「いや……うん……そっかあ」
謝られたって猛烈に困るんだが。
「えーと。なんで?」
「はじめから説明したほうがいいですかね?」
「うん。よろしく」
「わかりました」
秋奈ちゃんは冷静な表情のまま説明する。
「ええと、幽霊の件で私たち、なぜか一緒の部屋で寝てるじゃないですか」
「うん。寝てるね」
「このままではお兄さん、私たち姉妹に性的暴行を加えるじゃないですか」
「俺、男として全然信用されてなかったのね」
まあJKとして初対面の男に健全な警戒心だとは思うが。
「でも私としては春姫を襲われるのは嫌なわけですよ」
「そりゃイヤだろうね」
「そこで先手を打ったわけです、先に襲ってしまえと」
「その理屈はおかしい!」
「でも、今まではこれでうまくいってましたよ?」
「へ?」
秋奈ちゃんはにこりと笑った。
「おとうさんは私が相手すれば、満足して妹には手を出しませんでした」
うおう。
「……いきなりヘビーな話が来た」
性的虐待受けてたんかい、この姉妹。
そりゃ親に連絡を取りたがらないわけだよ。
「そうですね。いきなりでした。ごめんなさい」
「いや……まあ、ある意味納得したけどね……」
「そういうわけで、私を襲って頂けますか。ゴムありますよ」
「いや襲わないから。エッチしないから」
「え」
きょとんとする秋奈ちゃん。
「襲わないのですか。それは困ります。妹を暴行しない保証がありません」
「秋奈ちゃん相当歪んでるね」
「友達によく言われます」
だろうなあ。
どんだけ悲惨な目に遭ってきたんだこの一見まともなお姉ちゃんは。
「とにかく襲わないから。今日は帰って妹ちゃんと寝なさい」
「嫌です。襲ってください。困ります。安心できません」
「無茶いうなあ……」
「困るんです」
マジで病みすぎだよこの子。
「うー」
「あのさ。きみら姉妹の父親がクソ野郎なのはわかった。けど、俺はクソ野郎にはなりたくないんだよ。それに同意なしでエロいことする度胸もないわけ。ほら小心者っぽいだろ?」
「幽霊を気にしない時点でだいぶ肝が太いと思いました」
「アレでクソ野郎認定されてたんかよ」
「……(ちら、ちら)」
秋奈ちゃんはパジャマの隙間から谷間を見せつけてくる。
「……そういうことしても無駄だから」
「む」
じーっと俺の下半身を見る。
ふん。流石に今の状況で反応するほど童貞ではないわ。
ちょっとやばかったけどな!
「……確かに。おちんちんは反応してませんね」
「きみ本当に見た目と印象違うね」
「いろいろ経験しましたので」
ふう、と俺はため息をついた。
「で、どーすんの。俺は襲わないし襲われないよ。全力で抵抗する」
「……………………」
秋奈ちゃんは腕組みをして、目を瞑ってじーっと考え込む。
今まででいちばん深い考えに浸っているようだった。
やがて。
「……なら。このまま監視しますね」
「それなら好きにどうぞ」
「はい」
俺は再び布団に入って寝た。
そして三十分後。
「くー」
秋奈ちゃんはくーすか寝ていた。
「……子供だなあ」
あるいは虐待から逃げてきて襲われず気が緩んだのかもしれない。
「でしょ?」
「うわあ!」
振り向くと春姫ちゃん。パジャマ姿だ。
じとーっと俺を見つめている。
「や。うちの姉がご迷惑かけました」
「……いやまあ別に」
「ほら部屋に帰るよ」
「くー」
秋奈ちゃんをずりずりと部屋に引っ張っていく。
と、俺と目を合わせて。
「だいたい、ねーちゃんから聞いたよね?」
目は笑っていなかった。
「……まあ」
「同情ならいらないよ……つーてもそんなタイプじゃないかあ」
「君も全部知ってるんだね」
「ねーちゃんは隠そうとしてたけどね。わかるって。姉妹だよ」
はああああ、と深々とため息をつく春姫ちゃん。
「ほんとごめんね。こんな複雑な姉妹と同室にさせちゃってさ」
「別にいいけど。この異変、いつまで続くんだろうね」
「ああ、あれ多分ねーちゃんの超能力だよ」
「は?」
待って。
何その驚愕の超設定!
「ねーちゃんさ、あのクソ野郎に虐待されて色々ゆがんで、なんか発症しちゃってるのよ。ポルターガイストとか日常茶飯事だし。だからにーちゃんを逃がしたくないって思って、あの血文字書いたんじゃない?」
「……マジですか」
「マジだよ」
はあ、と軽いため息をつく春姫ちゃん。
「でも俺を逃がしたくないって、なんでさ」
「わかんないけど、にーちゃんを信用できる大人だと思ったんじゃ?」
「信用されずに性欲解消のための夜這いされたんですが」
「ねーちゃん、行動と言葉よく間違うから」
つまりあれか。
初対面で俺をクソ野郎の父親と違い信用できるかもと思って、だから俺を頼れる大人として逃がしたくなくて、でも本当に信用できるかどうか確かめたくて、夜這いを仕掛けてきたというわけか。
支離滅裂ってレベルじゃねーぞ!
「……難儀な姉ちゃんだなあ」
「ほんとにね」
くーくー寝息を立てるJK姉からは想像もできないほど歪んでる。
「ま。こんなどうしようもなく面倒くさい姉妹だけどさ」
春姫ちゃんは秋奈ちゃんをひょいっと背負った。
慣れているようで、負担があるようには見られない。
「お隣同士。ひとつよろしく頼むよ」
そして部屋から出ていったのだった。
「はあ」
あの子も相当、歪んでるな。
「大穴の事故物件、か」
ほんとにそのとおりだった。
隣にはあんなにも心に大穴の空いた事故JK姉妹物件がいるのだから。
まあ。
「悪い物件じゃないけどな」
事故物件だけど。
姉妹のお互いを思う心は、例え事故があっても、俺は綺麗だと思った。
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