第5話 全体練習開始!

 ランニングから帰った私たちはシャワーを浴びてから朝ご飯を食べ、指定の時間に間に合うように全体練習会場のホールへ向かった。ホールではストレッチをしている子や発声練習をしている子、とにかくみんな気合いが入っている。


「私たちも準備運動しちゃいましょうか」

「はい!」


 ココさんと私はスペースを見つけて一緒にストレッチをしていると、そこにK2とノノちゃんも合流し、4人でそのままストレッチを開始した。


「モナミちゃん、身体柔らかいわね。良いことだわ」

「ココさんこそ……って、ん?」


 なんだか視線を感じてそちらの方を向くと、ショートカットの目力のある子と目が合った。その子はじっとこっちの方を見つめている。どうしたんだろう、ココさんのファンかな?それとも知り合いとか?そう思ってココさんに尋ねようとした時、ぱん!と手が鳴る音がした。部屋の入り口にはパンツスーツ姿のキリっとした女性が立っている。


「皆さん、こんにちは。そしてようこそ、フィオーレプロダクションのオーディション合宿へ!私はビアンカ・フィオーレ。ここの社長兼プロデューサー、とにかく色々な仕事をしています!さて、早速だけど貴方達の実力を測らせてもらうわよ。……ペーレ!」

「はい」


 社長の後ろからペーレさんが入ってくる。目が合ったのでぺこりと一礼した。ペーレさんもお辞儀を返してくれて、そのまま説明に移った。


「皆様には今日の全体レッスンを受けていただいた後、いくつかの班に分かれていただきます。その班で自分たちに合う曲、ダンス、歌詞やその他諸々必要なことを考えて私たちにアピールしてください。班は自分たちで組んでも良し、また一人でやりたい人も止めはしません。ですが協調性やチームワークも審査の項目にあるということは述べておきます。その発表を以て一次審査とさせていただきます」


 一次審査が自由グループ審査になるんだ、面白いな。面白いけど個人の技能を見せるのみのオーディションだと思っていたし、そう思う人がほとんどだったみたいで部屋はざわついている。そのざわめきを止めるかのようにまたぱん!と社長が手を打った。


「さあ、レッスンを始めるわよ!」


 レッスンは基礎をみっちり、そこから応用といった感じだった。発声練習に歌唱練習、そしてダンスの基礎となる動き。地味だけど必ず必要になるもので、こういったものを大事にしてるってなんかいいな、と思う。


「さて、今日のプログラムの最後はこれよ。よく見ていなさい」


 音楽が流れる。ポップで可愛く、でも激しいダンスナンバー。それに合わせてダンスする社長。素晴らしい実力に思わず息を飲む。曲が終わり、思わず拍手をしてしまった。私だけでなく、たくさんの子たちが拍手する。


「ありがとう。……さて、じゃあここからが本題。この曲に合わせて自由な振り付けで踊って頂戴。体力が保たないと思うなら強化魔法を使ってもいいし、エフェクトも自由。小道具が欲しいなら言いなさい、変なものじゃなければ貸すわ。目いっぱい私たちやチームメイトになりたい子たちにアピールなさい。思いついた子から挙手!」


 やっぱり一番最初になりたい人はあまりいないようで、なかなか手は上がらない。そっか、魔法を使える子は内容も考えなきゃいけないのか。


「はい」


 手を挙げた。私は無能力者で、魔法は使えなくて。でも身体を動かすことは好きで、歌うことも好きで、大好きで。積極的にできることはやる、少しでも食らいつく!


「貴方は……モナミ・サンフィールドさんね。いいわ、やってみて」

「はい!」


 曲がかかる。1,2,3,GO!の掛け声で宙に飛んだ。そのまま身体を捻って宙返り、着地!そのままにっこりと笑って得意なステップに移る。身体全体を使ってリズムに乗る、乗る、乗る!最後の音に合わせてポーズを決めると一瞬の沈黙ののち、大きな拍手に包まれた。社長もペーレさんも拍手をしながら笑っている。お辞儀をしながら元の位置に戻って座るとココさんがタオルを渡してくれた。


「モナミちゃん、凄いわ!あんなダンスを強化魔法無しで踊り切るなんて!」

「ありがとうございます……!その、私、体力だけはあるので」

「だけなんてことないわよ!私も負けてられないわ」


 そう言ってココさんは真っ直ぐに手を挙げた。


「ココ・グリーンです。次は私が踊ってもいいですか?」

「いいわよ」


 社長の声を聞くや否やココさんは立ち上がった。


「見てて、モナミちゃん。私、貴方に私と組みたいって言わせてみせるわ」


 振り返って笑うココさんはとても綺麗だった。ココさんのダンスは私みたいな粗削りな感じじゃなくて、とても繊細で正確で。魔法のエフェクトもとても綺麗で、私じゃなくてもココさんと組みたいって人はたくさんいるんじゃないかなって思う。


「ココさん、凄いわね」

「うんうん~」

「わわ!?二人ともいつからここに!?」

「ついさっきよ」

「ノノも~」


 いつの間にか隣に来ていたK2とノノちゃんにびっくりしつつもココさんから目が離せなかった。最後のポーズを決めたココさんに大きな拍手を送る。笑顔で戻ってきたココさんに凄かったです!と声をかけると照れたように笑った。そして次はK2が出る。


「さーてと。私も行ってくるわ」

「あー!ノノが行きたかったのにー!」


 膨れるノノちゃんを宥めながらK2のダンスを見る。ギルドにいたころから鋭い身のこなしは変わっていない。むしろ磨きがかかっている気がする。得意の炎魔法を応用してダンスに迫力あるエフェクトを付けるK2は自分の魅せ方をわかっているようだ。


「けーちゃん、すごいね~」

「本当に。実力が窺えるわ」


 ノノちゃんもココさんもしきりに感心している。踊り終えたK2は得意げに笑って見せた。


「次、ノノー!」


 ぴょん、と立ち上がったノノちゃんが駆け出す。そしてそのまま曲に合わせてダンスを始めた。猫の獣人だけあって高い身体能力にしなやかな身体を活かしたダンスだ。見たところ魔法で体力を補っている様子もない。たん!と最後のステップを踏んだノノちゃんはそのままぴょーんと飛んでこちらまで戻ってきた。


「けーちゃーん!どうだった、どうだったー!?」

「凄かったわ。あんたダンス上手いのね、ノノ!」

「えへへー!じゃあノノと組んでくれる!?」

「いいわよ。モナミと一緒ならね」

「うん!いっしょー!もなみんもいっしょー!」

「あら、私もモナミちゃんと組みたいわ。ご一緒いいかしら?」

「ココさんなら大歓迎です!」

「ここっちもいっしょー!」

「え、ええっと?」


 話がハイスピードすぎてついていけない!戸惑っている私に三人の眼差しが刺さった。


「モナミ、私と組むの嫌なの?」

「嫌なわけないよ!?」

「ノノと組むの、イヤ~?」

「むしろ組んでいいの!?」

「モナミちゃん、私と組みたくない?」

「大歓迎ですよ!?」


 こくり、と喉が鳴った。ちゃんと言わなきゃ。


「……私、無能力だよ?きっと不利になる」


 その言葉にホールにいる子たちみんなの視線が突き刺さった。


「え、無能力?」

「今時そんなのいたんだ、ってか実在したんだ」

「アイドル目指すのにそんなことある?」


 言葉が突き刺さる。事実だ。それにこれからも向かい合わないといけない真実だ。でも、怖い。ノノちゃんやココさん、せっかく仲良くなれたのに。この事実を知った人はみんな離れていくから。俯いてしまう。みんなの顔が見られない。


「むのーりょく?ってなにー?」


 ノノちゃんの言葉に思わず顔を上げる。首を傾げているノノちゃんは本気でわかっていないようだ。


「魔法や特殊能力、特殊体質を持たない人間族のことを指して言うことが多い言葉ね。好きじゃないわ」


 ココさんの鋭い声にびくりとする。鋭い目をしている彼女の顔は今まで見たことがない表情だ。やっぱり、無能力ってことを隠していたから。ココさんに、憧れの人に嫌われてしまった事実に涙が出そうになる。


「好きじゃないわ。どうしてこんなに素敵な力をたくさん持っている貴方が悲しい顔をしなきゃいけないの?」

「え」


 ココさんの鋭い顔は、私に向けられていなかった。ひそひそと話していた他の子たちをしっかり一瞥すると、ココさんはそっと私の手を取った。


「貴方は魔法なんて使わなくても、とても素敵だったわ。改めてお願い。私とチームを組んで」

「……はい!」


 今度は嬉し涙が出てしまった。ぽろぽろと零れていく。


「ノノもー!むのーりょく?はよくわからないけど!もなみんと一緒にがんばりたい!」


 後ろからぎゅーっと抱き着かれてびっくりしたけど、嬉しくて何度も頷く。


「言ったでしょう?貴方の魅力はわかる人にはわかるのよ」


 最後にK2が私の前に立つ。


「一緒にやりましょう、モナミ。今度こそ最後まで」

「うん!」


 きっと私は幸せ者だ。そんな私たちを社長が微笑んで見つめていたことも、ペーレさんが涙ぐんで見ていたことも、知るのはもう少し後の話だ。

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無能力少女はトップアイドルを目指す! 藤田朱音 @akanefujita

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