そうだ、会社を辞めよう

千織

新生活に疲れた頃……

孝太郎は思いついた。



「そうだ、会社を辞めよう」



ゴールデンウィークを指折り数えて待った。

最後の2日間なんて、それしか考えてない。


別に、ゴールデンウィークに楽しみな予定があるわけじゃない。

とにかく、会社に行きたくなかったのだ。



会社の人は皆いい人だった。

小さな会社で、社長は昔ながらのおじさん。

冗談が好きで面白い人だ。

上司も優しいし、先輩は丁寧に教えてくれて、事務員さんも明るくて親切だった。



だから、100パー俺がおかしい。



社会不適合者なんだろうか。

バイトはできた。

バイトリーダーになるくらいだから、ただ自己評価が高いわけじゃないだろう。



何が嫌なんだろう。



今は、研修と、内部の事務作業。

営業の見学。


わかんないことだらけで先輩にいちいち聞く。

嫌な顔をされたことは一度もない。


営業を見て、こんなに話せるようになるんだろうか……と、不安になる。



先輩は、その会社で10年仕事をやっている。

比べても仕方ない。

わかってるけど……ザワザワするんだ。



明日、何をしたらいいかわからない。

明日、何が起こるかわからない。

何もできなくて、一人おろおろする

どうにか無事に1日が終わってほっとする。


そんな毎日がしんどかった。



♢♢♢



ゴールデンウィーク中に、実家に帰った。

伯父さんの退職祝いがあって、家族や親戚が集まることになっていた。

伯父さんは高校の先生で、校長先生だった。



みんなで、お疲れ様でした、と声をかける。


何十年も働き続けて、しかも先生と呼ばれて生きてきたなんて。

先生という職業は身近すぎてなんとも思ってなかったが、同じ社会人目線になると、改めてすごいと思った。



伯父さんは、どうもどうもと言いながらビールを飲んでいる。

伯父さんは、”校長は何かあったらすぐ行かないといけないから”という理由で、日常でお酒を飲まないくらい志の高い人だった。



「いやあ、もう働きたくないな」



伯父さんが笑って言った。


意外なセリフに、孝太郎はごちそうに伸ばした箸を止めた。



「……伯父さんでも、働きたくないの?」


「あぁ、やっぱり疲れるからね。しかも、最後の学校は、馴染めなくて」



校長が馴染めないって、ある?



「わかる。その時の先生たちの面子で大分雰囲気違いますよね」



現役の先生をしている叔父さんも言った。



「なんか話しかけづらくてね。あと、学校の作りも変で、職員室に行くまでかなり遠回りなんだ。こっちは歳だから、毎日のことだと辛かったよ」



二人は”学校しんどいトーク”をひとしきり話した後に言った。



「学校、行きたくない」



♢♢♢



ゴールデンウィーク最終日。

孝太郎はベッドに寝そべって天井を眺めた。


あの、立派な校長を勤め上げた伯父さんだって、学校に馴染めなかったり、行きたくなかったんだ。

だから、大して人間ができていない俺が、会社に行きたくなくなるのは当たり前だ。


会社の上司も、先輩も、事務員さんも、今頃憂鬱かもしれない。


そんな日もあるさ。


まず一年は、何がなんでもやってみよう。

孝太郎は、そう思った。

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そうだ、会社を辞めよう 千織 @katokaikou

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