カラオケの部屋を間違えたらアニメに一切興味なさそうな才色兼備なウチの生徒会長がゴリゴリのアニソンを歌ってた

空松蓮司

すみません、間違えました

「――――」

「――――」


 その時、世界が止まった気がした。

 晴天の日曜日、月1の楽しみである一人カラオケに来たのだが――部屋を間違えた。マニアック且つ萌え全開のアニソンをこれまた全力で満面の笑みで歌っている女子の部屋の扉を開けてしまった。


 問題はその女子だ。


 俺は彼女を知っている。有名人だ。我が四神しじん高校の生徒会長である朱石あかいし雀乃すずの様である。長く艶のある黒髪、なが~いまつ毛。スレンダーで綺麗なフォルムの持ち主だ。


 同じクラスになったことはないが、何度か見かけたことはある。いつもクールで、表情筋が凍り付いていた。愛想ないなぁ、というのが正直な感想だった。


 そんなクールビューティーな彼女が思いっきりアニソンを歌っていた。あまりのギャップに足が竦んでしまい、俺は10秒ほど突っ立ってしまった。


 彼女は俺に気づくと、ゆっくりマイクを置き、曲を止め、膝に手を置いてまっすぐ前を見据えた。面接を受ける受験生のように。いつものクールな表情で。

 でも、その頬が次第に赤らんでいくのを俺は見逃さなかった。


「あ、すみません。間違えました!」


 声を絞り出し、俺は扉を閉める。

 手元の部屋番号が書かれた紙を確認。しまった……俺の部屋は112番だった。ここは113番だ。

 俺は隣の部屋、112番の部屋に入る。


「想像していたキャラと違ったな」


 俺はデンモクを手に、何の曲を入れるか悩んだ末、せめてもの償いにばりっばりの萌え系アニメの曲を入れ、全力で歌った。隣の彼女に聞こえるぐらいの声で。



 --- 



 月曜日。

 白い息を吐きながら2月の通学路を歩いていくと、背中を思いっきり叩かれた。


「よっ! おはよう、タツ!」


 背中を叩いてきたのは幼馴染の白石しらいし虎春こはる。生徒会長とは真逆で髪を金に染めているギャルっこだ。ちなみに俺の名前は青井あおい龍馬たつま。龍馬と書いてタツマと読む。リョウマじゃなくてタツマだ。紛らわしい。コイツには略してタツと呼ばれている。


「お前はこの寒さでも変わらず元気だな」

「昨日またいいアニメ発掘しちゃってさ~、テンション激上げ! 知ってる? コードアルファってアニメ!」

「知ってるけど、確か15~16年前のアニメだろ?」

「そそ! 最近ハマってるんだ~。平成中期ぐらいのアニメ!」


 ザ・ギャルだが生粋のアニメ好きである。まぁ俺の前でしかアニメの話はしないが。ギャル仲間の前では空気を読んでアニメ話は自重しているらしい。


「げげっ!?」


 虎春が校門辺りを見て女子らしからぬだみ声をあげた。

 校門前で生徒会が荷物チェックをしている。

 ウチは風紀委員がなく、生徒会がその役目を担っているため、こういう風紀チェックは生徒会の仕事の一環なのだ。


「抜き打ちチェックか! やっばい! ちょっと急ぎで家戻ってくるわ!」

「なにかまずいモンでも入ってるのかよ」

「ゲーム機と漫画とタブレット入ってる!」

「即刻置いてこい!」


 虎春は50メートル7秒フラットの足で激走する。

 俺は一人、校門前に向かう。虎春と違ってまずいモノは持ってきてないが……気な。なぜなら荷物チェックしている役員の中には当然、生徒会長殿もいる。


 でも、まぁ大丈夫そうだな。


 生徒会役員は他にも5人いるし、その誰かに見てもらえばいい。それに荷物チェックはバッグの中をチラッと見るぐらいで一瞬で終わる。

 俺は別の役員の元へまっすぐ向かっていくが、なぜか生徒会長殿が持ち場を離れ、俺が向かっていた役員の前に立った。


「か、会長? どうしたんですか?」


 役員の女子も驚いている。俺は会長殿を避けようとまた進路を変えるが、また俺の向かう先に生徒会長が立ちふさがってきた。


「……」

「……おはようございます」


 どこか照れくさそうに会長は挨拶してきた。


「……おはようございます」


 俺も挨拶を返す。

 仕方ない。


 俺は会長にバッグの中を見てもらうことにした。バッグのチャックをあけて、中を見せる。すると会長は俺に近寄り、バッグに手を突っ込んでまさぐり始めた。


 あれ? チラッと見るだけで終わりじゃないの?


 別にやましいモノは入ってないからいいんだけども。


 ん?


 いまなんか、会長が俺のバッグに紙切れを入れた。間違えた感じじゃない。意図して入れた。

 会長は紙切れを隠すようにジャージを被せる。


「大丈夫です。通ってください」

「あ、はい」


 俺はチャックを閉めて、学校に入る。

 教室に入り、席に座ってすぐ俺は紙切れを取り出した。紙切れにはこう書かれていた。


――“昼休み、生徒会室にて待つ”。


 なにこれ果たし状? えらい達筆だから余計そう見えるな。

 昨日の出来事が無関係とは思えない。多分、口止めだろうな。

 面倒だが原因は俺にある。行くしかないな。


「朝から眼福眼福~。世界中の生徒会長の中でウチの生徒会長が一番可愛いよな~」

「可愛いけどこえぇよ……あの目つき」


 荷物検査を終えたクラスメイトの声が聞こえてくる。


「あーあ。最悪。リップ没収された。あんの生徒会長、同じ女なんだからパスしてくれてもいいじゃん」

「いいよねぇ、すっぴんであそこまで美人なら化粧いらないもんね~」

「ちょっと! その言い方気に食わないんだけど! 私がブスみたいじゃん!」


 可愛い、美人。だけど怖い、堅物。それが生徒会長の共通認識。

 昨日の姿、みんなが見たらビックリするだろうな。あの笑顔の破壊力ときたら……おっと、思い出したらつい口元が緩んで――


「えっ、気持ち悪い」


 虎春が真顔で言ってきた。


「なに一人でにやけてんの? きしょ」

「うっせ。つーかよく間に合ったな」

「まぁね! ネイルバレて怒られたけど!」


 虎春は笑顔でVサインを作る。ホント、あの生徒会長とは真逆のキャラクターだな……。



 --- 



 昼休みになって、俺は生徒会室の戸を叩いた。

 どうぞ。という声を聴き、中に入る。生徒会室には生徒会長が一人でいた。


「失礼します」


 ホワイトボード、机が五つに、生徒会長専用の重厚な机が一つ。それに来客用のソファーが二つ。生徒会長はソファーに座っていた。


「どうぞ。座ってください」


 俺は生徒会長の対面にあるソファーに座る。

 生徒会長はそれからしばらく黙った。埒が明かないので、俺から話を切り出すことにした。


「昨日は部屋を間違えてお楽しみ中に乱入してすみませんでした」


 ピクン。と会長の肩が跳ねた。


「ご心配なく。昨日のことを言いふらしたりしませんので。では」


 立ち上がり、部屋を出ていこうとすると、


「待って!」


 右手の裾を掴まれた。


「……あなたは、好きなのですか? アニメ。隣で熱唱してましたよね……アニソン」

「好きですよ。アニメもアニソンも。バイト代はほとんどアニメ関係で消えますね」

「そう……なんですか」


 生徒会長は喉を鳴らし、意を決した顔で俺を見る。


「じ、実は私……将来、アニソン歌手になりたいんです」

「へぇ……えぇ!?」


 思わず声を荒げてしまった。

 アニソン歌手。主にアニメソングを歌う歌手のことだ。この堅実で順風満帆な人生を歩みそうな生徒会長からは想像できない夢だ。虎春あたりが言い出すならまだわかるものの。


「それじゃ、昨日はカラオケで歌の練習をしていたんですね」

「それもありますが、カラオケは普通に趣味でして……でも私、アニソン歌手を目指している癖に、人前ではてんで歌えないんです。緊張して……」

「あれだけ人の前に立ってるのに?」

「歌は別なんです! だからこれまで、自分の歌声を校歌以外で他人に聞かれたことはありません。あなたが初めてです」


 あなたが初めてです。と言われて、ちょっと興奮してしまった俺はイケない人間でしょうか。


「だから、いっそ、あなたに聞いてもらって克服したい……と言うか」

「え?」

「青井龍馬さん。お願いです。私と……カラ友になってくれませんか!?」


 カラ友。それはカラオケ友達の略だ。

 ちょっと待て。話がなんだかおかしな方向にいってるぞ!?


「待った! それはおかしい! なんで俺が貴方様とカラ友に!?」

「私の歌を目の前で聞いてほしいんです! 人前で歌うことに慣れさせてほしいんです!」

「いやいやいや。女子の友達とかの方が気兼ねなく頼めるだろ!」

「むしろ顔見知りの方がキツいです! まったく好意もなにもないあなただからこそ良いんです!」


 サラッと傷つくこと言ってくれるぜこの会長様。

 確かに、自分の恥ずかしい所は親しい人間に見られるよか赤の他人に見られる方がマシ……というのはわからんでもない。


「でも、それってつまり……カラオケボックスで俺と二人っきりになるってことですよね?」

「あ……」


 生徒会長は失念していたのか、顔を赤くさせる。


「もし、他の誰かに見られたら勘違いされますよ。俺と付き合ってるって」

「ダメ……でしょうか」

「はい?」

「私、別にいまお付き合いしている方いませんし。勘違いされたら、付き合ってるってことにしちゃっても別にいいというか……あ! もちろん、青井さんにお付き合いしている方や、好きな方がいるなら諦めますけど……」


 いないけど。

 そっか。それだけの覚悟があるわけか。

 自分の夢のためなら、こんな凡夫な人間と付き合ってるって勘違いされても別にいい。それぐらいの覚悟があるわけだ。

 なら、


「いいですよ。なりましょうかカラ友に」

「ほ、ホントですか!?」

「贖罪というか、昨日部屋間違えた罪もありますしね」

「あ、ありがとうございます!」


 生徒会長が俺の右手を両手で包み込む。柔らかくて、スベスベの手だ。反射的に握り返しそうになるがグッと堪える。

 俺の顔を見上げる生徒会長。

 生徒会長はよっぽど緊張していたのか、ちょっと瞳が潤んでいる。けど顔は安堵から笑っていて、頬は仄かにピンク色になっていた。


 冷血、堅物。そんなイメージだったけど、本当はただ緊張していただけで、根っこの部分はかなり表情豊かで温かい人物なのではないだろうか。


「じゃ、とりあえずID交換しますか」


 俺は照れから右手を引き、スマホを取り出す。生徒会長は「はい!」と返事して、スマホを出した。

 こうして、俺は生徒会長のカラ友になったのだった。



 ---



 余談。

 日曜日に俺と生徒会長はタイミングをズラしてカラオケに行き、同じ部屋に入った。そして早速、生徒会長の歌を聞いたのだが……。


 52点。


 この、甘々な採点機能で52点をたたき出した。

 無言の中、互いの表情だけが変わっていく。


「……(照)」

「……(汗)」


「……(赤面)」

「……(大汗)」


「……(泣)」

「……(滝汗)」


 フォローの言葉が思いつかない。

 緊張から喉が完全に締まりきっていて、歌詞は噛みまくり。音程バーが光ることはほとんどなかった。

 まぁ、その、なんというか、うん……。


「これから頑張ろう」

「……はい」


 小さな部屋に、彼女の震えた声が反響した。

 いつかテレビの前で彼女の歌声を聞いたら、この時を思い出して泣いてしまいそうだ。





――――――――――

【あとがき】

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