7.森デートする影勝(1)
準備もあるので森に行くのは三日後になり、当日の朝七時にギルド前集合となった。結局、碧の職業は不明のままだ。言いたくないのだろうと考えた影勝は追及はしなかった。
次の日から影勝は矢を作りに森に籠った。朝から晩まで森を歩き回りいい感じの枝を拾っては削り、モンスターと会えば倒していった。
その間で得た魔石はすべて納品し、所持金も一五〇万円をこえた。昇級の条件は揃った。生活費にゆとりができたのでホテルを四月いっぱいまで延長した。
影勝のレベルも八になり、モンスターを倒してゲットした肉は全て儀一の店と、たまたま遭遇した片岡に売った。ギルドのカウンターに行きたくないための措置だ。碧と森に行くのに目立ちたくはないからだが、そんなことは知ったことではない工藤に当日嵌められるのである。
約束の日の早朝。ギルドにはなぜか工藤がいた。にやにや顔で影勝を出迎えたのである。
「近江くーん、新人探索者としてわずか一週間で歴代最速四級への昇級、まーことに、おめでとうございまぁぁぁす!」
「わーぱちぱちぱちぱち!」
ドヤ顔の工藤と手と口で拍手する碧。影勝の顔は苦り切っていて何かが絞れそうだ。
工藤から強引に押し付けられているギルドカードには(四)の数字が。
早朝ではあるがギルドに探索者はいる。大声を張り上げる工藤に「歴代最速!?」「一週間で?」「薬草の女神がいる!?」という驚嘆の声が上がる。
「えっと、ありがとうございます。急いでるんでこれで!」
昇級の覚悟はしていたが工藤にしてやられた影勝がそそくさとギルドを後にすると、「あ、待ってください」と碧が追いかけていく。碧の恰好がいつものペインティング白衣にポシェットという「探索に行くのにその姿はどうなのか」というものだったのもあり、探索者らの視線もふたりを追いかけていった。
「今日は碧ちゃんもダンジョンに行くのか?」
「ずいぶん久しぶりだな。新人と一緒にか?」
「工藤ちゃんの仕込み?」
「おいちょっと工藤ちゃんあれはなんだ?」
こうして工藤によって不必要に広まっていくのだ。
さて、ギルドから逃げるように出たふたりだが、歩きながら撮影を開始していた。碧が左手にハンディカムを装着して語りながら歩いている。
「え、えっと今日は四月九日で、いま時刻は、七時一五分です。ギルドを出たので、これから森に向かいます!」
ハンディカム片手にしゃべりながら歩く碧は目立つ。しかも長身の影勝が横にいて「あのふたりはどんな関係?」というささやきも耳に入る。碧は影勝が思う以上に有名人のようだ。
視線を感じいてなんとかく恥ずかしい影勝がふと駅を見ると、トロッコ電車に乗り込んでいく探索者の姿がある。本来ならあっちに乗るのが正しいのだろうが、自分が求めているのはこちらなのだ。
自衛隊員が守る門を抜け、線路に向かって左側の森に入る。線路が見えなくなったあたりで影勝は「そろそろ」と声をかけ碧の手を取りスキルを発動させた。
「あ、いま、影勝君のスキルが発動してます。不思議な何かに包まれている感じです!」
影勝に右手をひかれている碧が実況中継しながら森の奥に向かって歩く。
「も、森はやっぱり暗いですね。枝も草も多いです。あ、アパパ草だ。ビタミン豊富で薬草茶にするとおいしいんだよねー」
森に入ってから碧のテンションが高い。薬師だけあって薬草類のみならず植物全般が好きなのかもしれない。どこかの誰かと同じだ。
「え、枝が邪魔だけど、折らないようにっと」
邪魔な枝を避けながら碧は実況を続けるが周囲を警戒するために影勝は無言だ。スキルで感知されない状態だがモンスターと接触すればそれも崩れる。そうすれば必ず戦闘になる。
影勝ひとりならどうとでもなるが碧がいる。ヌンチャクで戦うと言っていたがそんなことはさせられない。無事に帰るまでが探索である、ヨシ。
その影勝が前方に気配を察知した。彼はここ数日の森籠りでスキル【気配察知】を習得していたのだ。
【気配察知】は周囲に動くものの気配を体全体で察知するスキルで、何らかの物体が動くことによる空気の波を感知していると考えられているスキルだ。よって動いていない生物は感知できない。スキル【熱感知】であれば感知できるが日差しで温まっている地面なども感知してしまうので使い方に慣れが必要だ。斥候役割の探索者が覚えやすいスキルで、探索者なら欲しいスキルのひとつだ。
影勝が足を止めると、ぐいと手を引っ張られた碧も止まる。
「か、影勝君、どうしたの?」
「前方から何か来る。たぶん、ジャイアントラット」
「ふぇ? 影勝君はわかるの?」
五メートルほど先の茂みが揺れ、白いジャイアントラットがのそりと出てきた。匂いを嗅ぐしぐさをするが、そのまま影勝の横を通り過ぎていく。
「モ、モンスターがわたしたちを無視していきます! 気が付いてないみたいです!」
碧がハンディカムを向け、通り過ぎていくジャイアントラットのお尻を録画している。いやこれ需要ないだろ、という影勝の心の声は碧には届かない。
ただ、人間絶許なモンスターが真横を素通りするのは貴重な映像ではある。
「モ、モンスターと戦いにならなかったのは初めて!」
「今回は戦闘がないに越したことはないし」
興奮気味の碧の手を引き、再び歩き始める。それから一〇分ほどはエンカウントしなかったが遠くで騒ぐ人間の声が聞こえてきた。
「本当にここらに木の実があんのか?」
「ギルドで聞いた話じゃ一階の森の奥にもあるって」
「それ、ガセじゃねえ?」
「工藤ちゃんが言ってたんだぜ? 信憑性があるだろ」
「あー、工藤ちゃんかー。なら嘘でもなさそうだな」
男ふたりの会話が聞こえてくる。森にいるのに声量がでかい。モンスターが寄ってこなければいいなと思っていた影勝はモンスターの気配を察知した。先ほどのジャイアントラットよりも大きい。それは木をへし折りながら声の主に近づいていく
『ブモッフ!』
「チッ、牙イノシシだ」
「火魔法は使うなよ?」
「わかってるさ。くらえアイスミサイル!」
『ブ、ブモオォ!!』
バキバキを木を折る音が影勝と碧の耳に入る。魔法だけでは倒せなかったようで、牙イノシシが暴れているのだろう。
「直進しかできないイノシシなんざ敵じゃねえって、そらっ」
重量物を切り裂く音がした後に断末魔と何かが倒れる音がし、森はまた静かになった。彼らはそれなりに手練れであるようだ。影勝と碧はお互いを見合う。
「特別依頼をかけてるけど、一階で薬の原料が採れるって話が広まっちゃってるのかな」
「で、でもわたしたちは、このまま行こう」
「いかないと俺の疑いも晴れないしな」
ふたりは森の奥を目指し、歩みを再開した。時折、碧が薬草を見つけては採取したがったりしつつもそろそろ歩き始めて一時間になる。朝に比べ碧の歩みが遅くなってきた。まだダンジョンの境界にはついていないようで不可視の壁には出会っていない。そろそろ休憩が必要だと影勝も感じる。
「碧さん、ここで休憩にしよう」
「や、やったぁぁぁぁ」
よさげな大木の前に影勝が腰を掛けると碧はへたり込むように彼の隣に座った。静かになると小鳥の鳴き声が聞こえてくる。森の入り口当たりでは聞こえなかったが、よいBGMだと影勝は大木に背を預ける。
「あ、足が疲れたー」
右手は影勝、左手はハンディカムを持っている碧は足を投げ出してぼやく。休憩中なのでマイクは切るが録画はするらしい。が映像が途切れるとそこで編集したとか言われかねないからだと聞いて影勝も納得だ。そこまで信用してくれていることが嬉しくもある。
そして疲労時には甘いものが欲しくなるわけで。
「コンビニで甘いものを買ってきたんだ」
左手はつないだままなので右手のみでリュックからみたらし団子のパックを取り出す。三つの団子が刺さった櫛が二本入ったものだ。
「わ、か、影勝君、気が利く! さ、さては、おぬし、モ、モテルな?」
どういった風の吹き回しなのか、碧が芝居がかって絡んでくる。影勝は長身なので部活に誘われることは多かったが、バイトで高校時代を過ごしてしまった彼にそのような相手はいなかった。残念。
「俺が食べたかっただけだから」
「ふ、ふーん、影勝君は甘党なんだね」
「団子ってチョコとかよりも腹持ちがいいんだよ」
当たり障りのない回答だが、本心ではない。一緒に食べるおやつとして持ってきたのだ。碧は可愛い系女性で小動物的にも可愛い。思わず餌付けをしたくなるくらいには。そしてその欲望に負けたとは言わないのはせめてもの矜持だ。
「開けたいけど、俺も碧さんも手がふさがってるな」
「え、えっと、こ、こうすれば」
碧が繋いでいる右手を離し、右腕で影勝の左腕を抱き込む。いわゆる腕を組んでいる状況だ。突然の暴挙に影勝は一瞬だけ固まってしまった。
「こ、これなら影勝君の手がフリーだよね!」
フリーはフリーだが左腕は固定されているも同然だ。無理に動かすとあらぬことろに肘が当たりセクハラとなってしまう。彼女から白い目で見られるのは心にこたえすぎる。俺にどうしろとと心で叫ぶが当の彼女はどこ吹く風だ。内気だと思っていたのだが、見抜けなかったのは自分の経験の無さ故か。
そんなことで悩んでいたが碧がみたらし団子をちらちら見ているので影勝はいろいろ諦めてパックを開けた。もしかしたら天然なだけかもしれない。
「あの、あー」
右手は使えるはずの碧が口を開けている。何してんの、と思いつつも影勝は団子を一つ分口に差し入れた。戸惑う影勝には碧が腹ペコのウサギに見えたのだ。碧がぱくっと食いついたのでゆっくり櫛を引き抜く。
「
もにゅもにゅと咀嚼する碧は小動物である間違いないと影勝は今の行為を正当化することにしてみたらし団子一本を全て餌付けした。もちろん影勝の分は自分で食べた。碧がご機嫌ならすべてヨシなのだ。
マイクを切ったハンディカムは森だけが映っている場面が五分ほど続き、後で確認した綾部と葵が「ふたりで何をしていたのだ?」「五分は早すぎる」と【休憩】という単語の意味に大いなる誤解を生むわけだがそんなことは当のご両人は知らない。
「もう一時間は歩いたけど境界にたどり着いてないのか」
「わ、わたしが境界の壁に行ったときは、森に入って一時間もかからなかったよ」
「いやそれ先に言ってほしかった」
「ご、ごめんなさい、楽しくってつい」
「あー、責めたわけじゃないんだごめん」
小さくなってしまった碧。気まずい空気に会話が途切れる。静かになるとまた小鳥の声が聞こえた。チュイチュイと何羽かいるようだ。
「ダンジョンでも小鳥はいるんだな」
「え……ダ、ダンジョンに
「いないの!? じゃあ聞こえてる
ふたりが耳をそばだてると、やはり小鳥の声がする。碧は慌ててマイクをオンにした。
「わ、わたしは何回もこの森には来て来てるけど、小鳥の囀りなんで、は、初めて聞いたよ?」
「じゃああれはモンスターなのか?」
影勝が右手で端末を操作し一階に出るモンスターを検索したが、そもそも小鳥のモンスターは存在しない。それに小鳥がいたらモンスターの餌にしかならないだろう。
「……あれはなんだ?」
囀りがする方角をにらんでいた影勝の視界に、大木の幹を疾走するリスの姿が入ってきた。幹を駆け上がり枝にジャンプして森に消えていった。
「リス? エゾリス?」
「リリリスなんてダンジョンにはいないよ!」
「え、でもいたじゃん」
「い、いたけど、いるはずがないの!」
名状しがたい不安に影勝と碧は立ち上がった。碧は影勝の腕にしがみついている。
小鳥が囀る森ならハイキング気分で散策するがここはダンジョンの森だ。しかも先輩探索者の碧が聞いたことがないというならば、それは異変だ。離れたほうが良い。
「ギルドに戻ったほうがいいな」
「そそそうだね……戻ろう?」
不安からか涙目の碧が影勝を見上げる。影勝が頷いて歩いてきた方角に振り返ると、そこには今まで存在しなかった小さな泉があった。ふたりからほんの数メートル先に、である。
ふたりがいるそこは、森の木がないぽっかりと明けた空間になっており、柔らかな陽が差し込んでいる。草に埋もれそうなその泉は直径は三メートルほどだが底が見えるほどの透明度を誇り、湧き上がる水で水面が少し盛り上がっている。小さな魚影がキラキラと輝き、まるで絵画のような美しい景色だが強烈な違和感しかない。
「ま、まじか、なんで泉があるんだ……」
「こここんなのなかった! いいいいままでだって見たこともなかった!」
後ずさるふたりの背に大木の幹が当たる。驚いて振り返れば、大木がひしめきあい壁のようになっている。前方には怪しい泉、後方には大木の壁。背筋に冷たいものが走る。だがふたりには選択肢などなかった。
「とりあえず泉を迂回しよう」
「そそそうだね」
碧のしがみつく力が増す。無責任だが「大丈夫」と声をかけた影勝が一歩を踏み出した時。
『ふむ、そこにおるのは誰じゃ?』
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