6.拘束される影勝(3)

「おや、騒がしいと思ったらあのボンボンが来てたのかい」


 椎名堂から白衣にエプロンの葵が姿を現した。影勝とそしてその背後にいる碧に気がつく。


「うちの子を守ってもらっちゃって悪いね。しかも二回も」

「あ、お、お母さん!」


 碧は影勝の背後から抜け出し、トトトと葵に走っていく。


「おかえり碧。ずいぶん遅かったね」

「綾部さんに捕まっちゃって」

「……なるほど、で、彼も一緒と」


 ニヤッとした顔の葵が影勝を見る。そこでやっと影勝は我に返った。


「あ、いや、その、ギルド長に送っていけと言われまして」

「いやいやありがとう。うちも物騒で」


 にこやかに微笑む葵だが、影勝はそれを素直に受け取れない。本能的な恐怖を感じるのだ。


「お、近江君、時間大丈夫なら、うちで打ち合わせをしない?」

「あら、なにかあるのかしら? そういえば綾部ちゃんからわねぇ」

「や、やっぱり、綾部さんから連絡があったよ!」


 碧は無邪気な笑みを影勝によこす。ここは逃れられない、腹をくくるしかないと。影勝は観念した。


「碧を守ってくれた王子様なんだから、遠慮しないで入った入った!」


 葵にそう言われかつ物理的に後ろから背中を押された影勝は「え、いや」と逃れようとするがその手を碧が掴んで店に引きずり込もうとしている。

 なんで自分は拉致まがいな目に遭うんだ?などと悩む余裕はなかった。力ずくならどうにかできるのだがそんなことをするほど非道にはなれない影勝は椎名堂の店内の椅子に座らされていた。熱々のお茶と栗どら焼きを持たされ「ま、待っててね」と碧の笑顔つきで言われてしまえばもう動けない。


「お、お母さん、もう閉めちゃうね」

「カーテンもだよ!」

「わ、わかってる!」


 忙しなく動く母娘を眺めながら影勝はお茶をすすった。ついでに店内に陳列されている薬の瓶などを観察している。


「胃腸薬とか便秘の薬もあるのか」

「ダンジョンから取れる植物から創った生薬でね、探索者にはよく効くんだ」

「……なるほど」


 影勝の呟きを葵に拾われた。説明されてもうまい返しが思いつかない。アウェー過ぎる。

 縦長な店内に椅子が三つはぎりぎりだ。影勝の隣には碧が、向かいには葵が座っている。米軍に捕まっている宇宙人の気持ちが理解できた影勝である。


「お待ちどう様だね」

「ゆ、ゆっくりお話ができるね」


 にこりと微笑む母娘。死刑執行のボタンが押された気がする。


「あっと、近江影勝です」

「それは先日聞いたね」


 早速手詰まりだ。影勝は、いきなり碧と森に行くことになった話をしてよいものかと迷っている。 

 

「さっき綾部ちゃんから連絡があったけど、森の奥に行くんだって?」

「あ、はい。成り行きでそうなってしまって、すみません」


 葵に先制口撃を喰らい、とりあえず謝罪する影勝。危険が伴う探索の話ゆえに切り出しにくかったのだ。


「一階の奥でソマリカの実とかトキの実を拾ったんですけど」


 と言ってリュックから、ギルドに渡さなかった一部を取り出し葵に見せる。葵はビニール袋から数個取り出し手のひらで転がす。


「しっかり中身が詰まってる、良い実だね」

「そ、そうなんだよ。さ、三階で採れた実よりもずっしりしてるんだ」

「これだと良い薬になりそう」


 葵がふふっと笑う。影勝の記憶の主イングヴァルも何故だか自慢げにしてる気がする。少しイラつく。


「まぁこのことだけじゃ判断つかないし、碧、いってらっしゃいな」

「は、はい!」

「そんなあっさり決めていいんですか? 森はモンスターも多くて危険ですよ?」


 まるで予定調和のような進み方に影勝は疑問しか浮かばない。


「この子だって、たまにダンジョンに採取しに行くこともあるんだし」

「さ、三階までは行ったことあるんだ!」

「碧は生産職だけど探索者としては三級だしね」


 母娘による碧のプレゼンが始まった。生産職とはいえレベルが上がれば身体能力もあがる。もちろん戦闘職に比べれば微々たるものではあるが、ランクが三級ともなれば一般人よりも強くなる。

 三級ってことは、レベルは一五を超えてるのか。レベル六の俺がこれだしなと今の自分と比較した。今の影勝は、百メートルなら六秒で走れる。碧も同程度くらいには走れるだろうと予測した。

 影勝は冷静に碧の能力を分析していく。森に行くのは決定事項なのだ。ただ、巻き込んでしまった事が後ろめたく申し訳なかった。


「あの、一緒に行くことに不安はありませんし、たぶん自分のスキルでどうとでもなると思ってますが、その、自分の不注意に巻き込んでしまった形になってしまい申し訳ありません」

「綾部ちゃんから聞いているスキルね。碧にも武器は持たせるから、そこまで心配はしてないわよ?」

「え、えっとね、毒玉とか、ヌンチャクとか!」


 笑顔の碧はポシェットから黒光りする金属製のヌンチャクを取り出した。使い込まれているようで、そこそこ傷もある。


「ヌンチャク!? ナンデヌンチャク!?」

「え、えっと、この職業さんが得意だったんだって」

「職業さん!?」


 先日碧を送る時に、ダンジョンで職業を得るときに体調が悪くなったのは聞いていた。その時にもしやと思ったが、今の話し方からすると確定だなと影勝は判断した。


「あの、椎名さんて、もしや職業が誰かの名前とかじゃないですか?」


 影勝がそう言うと、碧の体が強張る。


「あら、わたしも椎名さんなんだけど。紛らわしいからわたしは葵さん、この子は碧さん、でいいかな?」

「え、あの、ア、ハイ……」


 にっこり微笑む葵だが、影活は言い知れぬ迫力を感じ、素直に返事をする。本能に従うのは恥ずかしいことではない。


「じゃあ、君のことは影勝くんて呼ぼうかな」

「ア、ハイ」

「それで、この子の職業のことなんだけど」


 葵がちらと碧に視線をやる。碧は何かを言おうと口を開いたが、何も言わずに閉じてしまった。ただ、影勝は彼女が話すのを待つ前に、自分の職業を話すことに決めた。碧の職業を知るだけなのはフェアじゃない。


「俺の職業は、実は弓師とかではなく、その、誰かの名前なんですよ」


 影勝の言葉に、碧はまた体を強張らせた。


「イングヴァル・ジグリンド・リーステッド。それが俺の職業です」


 影勝が堂々と伝えると、碧は口を強く結ぶ。彼女の様子に、何かありそうだと察するが言及は避けたい。気が進まないことの無理強いは今後の森の探索時に響きそうだというのもある。影勝は自分のことを先に話すことにした。


「俺のスキルは【影のない男】という不思議なもので、スキルを発動させるとあらゆるものから感知されなくなるものです。口で説明するよりは見てもらったほうが早いと思うのでここでやります」


 影勝がスキルを発動させると、椎名母娘の前から彼の姿が消えた。


「……消えたわね」

「い、椅子も消えてる!」

「あら、椅子が出てきた」


 椎名母娘が椅子に注目している間に影勝は店内を移動し奥のカウンターの裏に入っていた。そしてスキルを解除するとふたりに声をかけた。


「こんな感じで見えなくなる、聞こえなくなります」

「あら、影勝くん、いつの間にそっちに?」

「え、えぇえ!?」


 ふたりの視線がカウンターにいる影勝に注がれる。


「ぜ、全然わからなかった」 

「すごいわね……これが綾部ちゃんが言ってたスキルか。なるほど、これなら森でも大丈夫そうだけど、一緒に行く碧はどうするの?」


 葵の疑問の声に影勝は小さく頷く。


「このスキルは、大きさに制限はありますが触れている物にも影響があります。まだ人で試したことはないのですが」

「や、やってみよう!」


 影勝が碧を見ると、なぜか彼女は興奮している。


「お、近江く……か、影勝君に触ってればいいの?」

「そ、そうでうすね」


 と言った影勝は右手をカウンターの上に差し出す。彼も試したいことがあった。触れていれば離れていてもスキルの影響が及ぶのかどうか。カウンターを挟むことで確認するつもりだ。

 碧は差し出された手を見て一瞬だけ躊躇するそぶりを見せたが「えいっ」という掛け声と共に両手で掴んだ。

 え、なんで両手?と戸惑う影勝だが期待に満ちた翠の眼差を受けすぐにスキルを発動させる。


「ふたりとも消えたわね」


 葵は探るようにカウンター周辺に視線を泳がせた。


「あ、あれ、おかあさん、わたしが見えてない?」


 碧は左手を放し、葵に向かって大きく手を振るがそれに対する反応はない。


「わ、わーたーしーがーみーえーるー?」


 いつものおどおどした感じを吹き飛ばすほどの声量で碧が叫ぶが葵は「本当に見えないわね」と頬に手を当てて呆けているばかり。影勝としてはカウンター越しでも手をつないでいる状態ならばスキルが反映されることに安堵した。これならばダンジョンの森でも大丈夫だ。


「すごい、すごいよ影勝君! おかあさんが全然気が付かない!」

「そ、そうだな」


 興奮を隠せない碧にちょっと引き気味の影勝。碧が感知できない状態を堪能し終えたのは一〇分後だった。森でもこのテンションだと大変だなと影勝はげんなりだ。


「ふふ、面白いことになったわね。碧、森に行く道中を撮影なさい。貴重な資料になるし、なにより一階でソマリカの実が見つかった証拠になるわ」

「ハ、ハンディカムだね」


 碧はたすきにかけていたポシェットに手を入れオレンジ色のハンディカムを取り出す。有名メーカーのロゴが見えた。お高い奴だ。


「それでギルドを出てからずーっと録画しっぱなしにしておけば文句はないでしょ」

「……一応、スキルを発動してても録画でできるかの確認はしたいです」

「影勝くんは慎重ねぇ。でもおばさん、そんなとこは好意的に見ちゃうなぁ」

「あいえ、気になっただけですので」


 ドギマギする影勝は手を伸ばし碧からハンディカムを受け取ろうとするが、彼女はそれを手にしたまま影勝の差し出した手を握る。


「は?」

「か、影勝君はやく!」

「わかった」


 乗り気な碧の圧に負けた影勝はスキルを発動させる。葵の目からはふたりがいなくなったように映った。


「うん、ふたりとも消えたわね」

「じ、じゃあ録画するね」


 碧の返事は葵には届かないがそれは気にしないようで、ハンディカムを構えた彼女は店内を撮影していく。


「どうかなー、撮れてるかなー」


 楽し気な碧とは反対に影勝はどうしたものかと思案した。すぐに解除してしまうと碧がつまらない顔をしそうだし、かといってこのままだいつまでも録画してそうだった。珍しいおもちゃを手に入れ子供のようで、若い影勝には対処が難しい。


「録画はそのままで、スキルを解除します」


 影勝は強制終了を選んだ。一応、スキルを解除しても録画状況に変化はあるのかどうかの確認作業です、という言い訳は思いついている。


「あ、ふたりが出てきたわね。どう碧、撮れてそう?」

「さ、再生してみるね……あ、撮れてる撮れてる!」

「本当ね」


 画面を葵に見せて嬉しそうな碧。実験が成功したことに影勝はほっと胸をなでおろした。証拠があろうがなかろうがソマリカの実は一階にあるのは間違いないが、そこを気にしてくれているふたりにとって良い結果だったからだ。


「これでうまくいきそうね」


 葵の言葉で締めくくられた。

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