6.拘束される影勝(1)

 ギルドはダンジョン内にある建物の屋根に取り付けられたアンテナから届く範囲にいる探索者に向けて一斉メッセージを送ることができる。ダンジョン外ではどこにいても届く。個別に呼び出したい時などもこれを使う。ダンジョン内では一階の鉄道が走っている範囲は届くが森に入ると範囲外になる。

 影勝が見たメッセージはこうだ。


 緊急依頼:以下の薬草ないし植物の納品

 ・ソマリカの実 数量問わず 一万円/kg

 ・トキの実 数量問わず 一万円/kg

 ・草玉 数量問わず 千円/一束


 なお植生値は

 ソマリカの実:三階の森林

 トキの実:ダンジョン内森林

 草玉:二階草原


 なお、ヒール草などの常時依頼しているものについても不足しているので納品を要望する


 依頼者:旭川ダンジョン探索者ギルド


 メッセージは緊急依頼だった。

 また依頼には、ダンジョンで採取できる材料を取りに行けない生産職がギルドに依頼する個別なものと魔石など国家が必要としている恒常的な依頼がある。薬師や錬金術師が求める薬草、触媒などは常時依頼が出ている恒久的なものだ。

 影勝は端末を取り出し何事かと確認する。


「緊急依頼……薬の原料が不足してるって?」


 影活はその内容に首を傾げた。薬については気にもしなかったというのがある。怪我をすればポーションや傷薬で治すということは知っているが、影勝のスキルならば怪我の心配も少ない。


「そういえば」


 影勝はリュックの中にソマリカの実にトキの実と草玉があることを思い出す。二階に行ったついでに採取したヒール草もあった。全ては記憶の主イングヴァルが騒ぐからだったが。


「緊急だったら行ったほうがいいよなぁ。でも三階にあるよってなってるけど俺が拾ったのは一階なんだよ……」


 影勝はむむむと思い悩む。一階で拾えることが知られていないのかもしれないが、この実を持っていった場合自分が三階に行ったと勘違いされる可能性が高い。そうするとまたお説教になるだろう。それはイヤだ。


「でも困ってるなら行かないって選択肢はないな」


 今日の頼まれて行った二階の探索もそうだ。自分だって困ったときは助けを求めるし、それに応じてくれたらありがたい。情けは人の為ならずっていうし、と影勝は叱られた時の自分への言い訳を上げ、納得させた。

 ギルドに戻り五番の納品カウンターに行くと工藤と碧が談笑していた。普段は三番受付にいる工藤は遅刻の罰として五番の納品業務を申し付けられていたのだ。

 そんな工藤は影勝を見つけると「あ」と声をあげた。


「近江君、今日は森に行ってないでしょうねぇ?」

「今日は二階に行ってましたよ。それよりもいまメッセージが来てた特別依頼なんですが……」


 影勝は背負っていたリュックからソマリカの実の入ったコンビニの袋を取り出し、ガシャとカウンターに乗せた。どれどれと工藤と碧が首を伸ばしてくる。


「ソマリカの実じゃない!」

「た、たくさんある!」


 工藤と碧の顔が驚きと気色に染まる。


「お・う・み・く・ん? いつの間に三階にいったの?」

「三階には行ってません。これは一階で拾ったものです」


 工藤に睨まれるが影勝は即答する。事実、影勝は行ってない。しかし工藤は引かない。


「今までギルドに持ち込まれたソマリカもの実は、三階以降から持ち帰られたものしかないのよ」


 工藤はノンノンノンと人差し指を振る。小太りの名探偵のごとくだ。


「一階にあったという証拠は何かある?」

「証拠は、ありません」

「ほらー」


 工藤が腕を組む。すでにお説教モードに入りつつあるようだ。


「お、なんだ、なんか揉めてるのか?」

「ん、あれは新人の弓使いじゃねえか」


 工藤が声を張り上げるのでたまたまギルドにいた探索者に視線を集め始めている。それに気が付いた碧があわわと口をはさむ。


「あ、あの、近江君は、一階のどこで見つけたの?」


 碧が手を挙げて割って入る。どこで拾ったのかも大事だが、そこにあるソマリカの実のことを忘れては困るのだ。どこでとれようがそれはソマリカの実であり、まして一階でとれるのなら喜ばしいことである。


「どこというのは難しいけど、線路を背に森の奥に歩いて二時間くらいの場所としか。端末のマップを見たって今いるところがどこかはわからないし」

「ニ、二時間も、森を歩いたの?」

「どこまで行けば一階の端に着くかなって。それでも着かなかったけど」

「そ、そうなんだ」


 碧は黙って聞いている工藤に顔を向ける。工藤は「たぶんギルド長案件ねこれ」という難しい顔をしていた。今の会話を聞く限り、影勝が嘘をつくメリットがない。

 一階でとったと嘘をついて叱られるなら、そもそもギルドに持ち込まなければいい。おそらく、緊急依頼のメッセージを見て持ち込んだのだろうと考えた。無謀だが根は優しいのだなと、そこは感心していた。

 

「あ、あの、近江君、ソマリカの実があったところには、他の薬草とかって、あった?」


 話題を変えようと、碧が影勝に声をかける。


「えっと、これとか?」


 と影勝が背負っていたリュックをお腹で抱くように持ち替え、手を突っ込んで中を漁る。ごそっと取り出したのは、ソマリカとは違う種類のどんぐりだ。ソマリカの実は球に近いものだったが今取り出したのは細長い椎の実だ。

 森を出る途中で記憶の主イングヴァルが拾っていけとうるさいかった実だった。


「わ、ト、トキの実だ。こっちも欲しかった原料なの。ふ、腹痛止めの薬に必要なの。ダンジョンで、急におなかが痛くなった時に飲むと痛みが治まるんだよ」

「へぇ、小さいときに拾って食べてた椎の実に似てたからつい拾っちゃったんだけど、これも必要なやつだったんだ」


 影勝はサラッと嘘をついた。今取り出したトキの実はコンビニの袋いっぱいほどあり「つい」ですむ量ではない。ついでに言うとリュックにはまだある。


「し、椎の実って、おいしいよね。こ、これと草玉があれば、スタミナ回復薬が作れるんだよ」

「なんか元気が出そうな薬だ。そういやこんなのもとってきたんだ」


 影勝はリュックからヨモギのような植物を取り出した。濃い緑の葉が苦味を連想させ、口の中に唾があふれる。


「メ、迷宮ヨモギだね。エキスを菜種油に混ぜて怪我した場所に塗ると、治りが早くて治った後もキレイなんだ。て、手荒れには、一番いいんだ」

「なるほど、役に立つ草なんだ。今日二階に行ったときにヒール草も採ってきたんだ」

「わ、葉も破れてない、茎も折れてない!」


 影勝がヒール草を取り出すと嬉しそうにチェックする碧。


「て、丁寧に採取されてる! 品質がすごくいいよ!」

「傷がつくとだめなのかなって慎重にやってみたんだ」


 当然の如く語る影だが実際は記憶の主イングヴァルからしつこいほどのご指導ご鞭撻を賜っていたのだ。いい加減うるさいので仕方なく言うとおりに採取した結果が碧の笑顔である。影勝もにっこりの棚ぼたな役得もいいところであった。


「わ、うれしいな。けっこう傷がついて、ポーションにも傷薬にも使えないものもあるんだ」

「なるほど、覚えとこ」


 薬草を挟んで楽し気な碧と影勝。そんな二人を工藤は物珍し気に眺めていた。

 ふむ、あの間には入れないわね。

 どもりがちな碧はよく知らない人との会話を避ける傾向にあった。高校時代もしゃべるのに時間がかかるので「ち、おせえな」などと心無い言葉を投げつけられたこともあった。そのこともあって口数の少ない人と思われている。しかし薬のこととなると饒舌になりよくしゃべるのだ。薬オタクともいえよう。

 その碧が植物の話とはいえ影勝と楽しそうにしている。影勝はゆっくり話す碧を待っている。そんな優しい男が、疑いの目を向けられてまで嘘をつくのか?

 否である。

 工藤はカウンターの受話器を取った。


「あ、ギルド長、今お時間大丈夫ですか? えぇその件で少々困ったことがありまして。あ、はいわかりました」


 ギルド長の綾部と何かを話した工藤は受話器を置くと影勝に声をかける。


「近江君、コレから少し時間とってもらってもいい」


 工藤はそう言いながら親指を天井に向ける。上に行け、つまりギルドで話せ、ということだ。


「断ったら」

「んー、危険な森に入っちゃう困った新人探索者のカードは預かりになっちゃうかもー?」

「選択肢はないってことですかー」


 影勝は大きくため息をつく。


「あ、碧ちゃんも一緒にいいかしら?」

「わ、わたし、も?」

「薬草関係に詳しい碧ちゃんがいてくれた方が、近江君の疑いもはれるかも?」

「い、いきます!」


 半分脅しともとれる工藤の言葉に碧は二つ返事でOKする。ギルドの闇な部分を見てしまった影勝は口もとを引きつらせているしかできなかった。


「三階のギルド長の部屋にいってねー」


 工藤にひらひらと手を振られ、影勝と碧は渋々カウンターを離れて三階に向かう。自分で送り出した工藤であるが、並んで歩いていく二人の背中を見て、青春よねぇ、いいなぁ、わたしの青春カムバァァァックと心で絶叫していた。

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