5.助っ人ハンター影勝(3)

 草原を歩くがモンスターとエンカウントしない。見通しが良いゆえにモンスターの姿がないのもわかてしまう。


「なかなかあわないねー」


 すっかり緊張の糸が切れてしまった片岡がぼやく。


「そんなすぐにモンスターと遭遇してたら生きていけないですよ」

「賢ちゃんはかたいなー」

「かたいとかそんな問題ではなく」

「だから彼女ができないんだぞー」

「それは関係ないでしょ?」


 片岡と堀内が絡み始めた。堀内が会話をするのは初めてだなと思っていた影勝は東風を指でつつく。


「あの二人は幼馴染とかなにかか?」

「賢一が恵美を放っておけないんだよ。あぶなっかしくって。恵美は恵美で賢一につっくいていたいみたいだけど」

「なるほどな。心配なら確保しとけ、としか言えないな」

「まぁそんな感じだよ」


 東風も苦笑している。そんな相手がいることが羨ましく思える。影勝がそんなことを考えた時、前方上空に黒い鳥を見つけた。頭がふたつあるのでツインクロウだろうが三羽が旋回している。高度は百メートルほどに見える。矢は届くが速度が落ちるので避けられる可能性が高い。


「カラスがいるな」

「……旋回してる。だとするとその下にはモンスターがいる可能性がある」


 東風が小さな双眼鏡を取り出した。赤銅色の牛が見える。


ブラッディアカウだ。三頭もいる」

「やった、おーにーくー!」

「恵美、静かにしてください」

「あによー、賢ちゃんは細かいんだからー」

「騒ぐとモンスターに気がつかれます」


 わちゃついている二人をよそに東風と陣内と影勝は方針を詰める。


「牛は三頭いるけど倒せそうか?」

「カラスの邪魔がなければいけると思う」


 影勝が問えば東風が即答する。先ほどの戦闘でレベルが上り自信もできたのだろう。


「怪我したら私に任せて!」

「頼むぞ香織」


 東風と陣内の言葉に、影勝はいいパーティだなと思った。だが自分はあくまでもソロだ。彼らは強くなるって稼ぐことを目標としている。ある程度稼げたら探索者を引退する可能性もある。だが影勝は霊薬ソーマを見つけるまで探索者のつもりだ。

 

「まずは俺が遠距離で牛を撃って一頭を無力化する」

「俺と恵美でダメージを与えてる隙に賢一が魔法で叩く」

「私は後方でカラスを監視してるよ」

「カラスが降りてきたら撃ち落とす」


 うまくいくかは神のみぞ知るだが方針は決まった。上空のカラスを気にしながら一行はブラッディアカウに向かう。

 彼我の距離が五〇メートルを切った瞬間、ブラッディアカウが嘶いた。


「モ”ッフゥ!」


 三頭のブラッディアカウが頭を下げ角で突き刺さんと突進してくる。影勝がしっぽ草の毒を鏃に塗った矢を放つと東風と片岡が武器を構え突進する。影勝が放った矢は三頭の内一番近いブラッディアカウの首に刺さり転倒。


「おぉぉにぃぃくっぅぅぅl」


 もう頭が肉でいっぱいな片岡が倒れたブラッディアカウの頭にハンマーを落とし光に変える。


「スラッシュ!」

「サンダーランス!」


 東風のスキルと堀内の魔法がブラッディアカウを襲う。


「モ”、モ”ッフゥ!」


 攻撃は当たったがブラッディアカウの勢いは止まらない。東風はブラッディアカウの突進を寸前で交わし、すれ違いざまにロングソードを叩きつける。堀内は飛び込むように横に逃げごろごろ転がった。


「お、に、っくー」


 目の前にお肉という餌がぶら下がって絶好調な片岡はバットのようにハンマーを構え、地響きを伴って突進してくるブラッディアカウに一本足打法で応戦。衝突直前でハンマーのフルスイングをぶちかまし、ブラッディアカウの頭を粉砕した。


「よっしゃぁぁ お肉げっとー!」

「カラスが来るよ!」


 上空を警戒していた陣内が旋回を止めたツインクロウに気がつき警告を発する。ツインクロウは羽を広げたままで滑空し片岡の上空に移動している。影勝は弓を構えた。


「恵美!」


 堀内が叫んだ瞬間、ツインクロウが片岡に狙いをつけダイブする。そのルート上にいる片岡はドロップした肉を拾っていて気がつかない。影勝はツインクロウのルート上に狙いを定め矢を射る。二つの頭の片方が影勝が矢を放ったのを見ている。


『クァッ!』


 急降下するツインクロウは矢が当たる寸前、ふわりと身を翻した。


『カカカカッ』


 嘲笑うようにツインクロウが鳴く。


「矢を見て避けたな。それなら」


 影勝はリュックから短弓と削り出しの枝の矢を取り出す。別なツインクロウが陣内に狙いをつけダイブする。


「香織、カラスが行くぞ!」

「わわわかった!」


 東風の警告に陣内は持っていた杖をツインクロウに向かい構えた。影勝は駆け寄りながら短弓を構える。影勝の目には矢が上にホップする軌道が見える。その線とツインクロウのダイブラインの交点を予測し矢を放つ。

 ツインクロウの顔が影勝を向いていたが明らかに弓が下方に向いていたので嗤うように『カカ』と鳴く。だが矢はツインクロウの下に来た時に急上昇し、その右翼に刺さる。浮力を失ったツインクロウは錐もみしながら地面に落ちた。


「まずは一羽!」

「任せてください!」


 近くにいた堀内がサンダーランスでとどめを刺すと暴れていたツインクロウは光に消えた。


「たたたすかったありがとう!」


 陣内がトトトと影勝の後ろに隠れる。壁変わりだが影勝は背丈があるので気持ちは理解できる。


「スラッシュ!」

「恵美ちゃんあたぁぁぁっく!」


 一頭残っていたブラッディアカウは東風と片岡のダブル攻撃で光と消えていた。残るは上空の|ツインクロウだが形成が不利と見て遠くへ滑空していった。


「か、勝ったぁ……」


 影勝の後ろにいた陣内がへたり込む。ツインクロウに狙われて怖かったのだろう。肉を手にした東風が駆け寄ってくる。


「香織、大丈夫か!」

「大丈夫ー、安心して腰が抜けただけー」

「そ、そっか」


 安堵と拍子抜けで東風の肩も落ちてしまっている。影勝的には大きな怪我なく戦闘が終わってよかったと思う。


「両手にお肉! 花よりお肉な恵美さんだよー!」

「恵美、ですから静かに! モンスターが寄ってきちゃいます!」

「賢ちゃんお肉だよ? しかもお高いヤツ! ひゅー!」


 少し離れたところでは両手に肉を掲げた片岡が堀内に諫められていた。聞いていないようだが。

 このパーティはダブルカップルなのか。誘われても入るつもりはなったが、これは入れない。

 影勝は何とも言えない気持ちになってしまった。


「ふぅ、まさか三頭全部が肉をドロップするとは思わなかった」


 東風がまたも興奮している。片岡は言わずもがなだ。

 この戦闘で青い魔石が三個、ツインクロウの青い魔石が一個、ドロップ肉が三個を手に入れた。先ほどの赤い魔石と合わせて一人当たり三万にはなる。彼らにとってはかなりの収入だろう。

 そしてこの戦闘で影勝のレベルも上がった。これでレベル七である。喜びたいところだがツインクロウが矢を避けたことが影勝には衝撃的であまり喜べないでいる。


「近江君は冷静だな」

「いや、高級牛肉てどんだけ美味しいんだろうって」

「おいおい、近江君まで恵美みたいになっちゃ困るぞ」

「はは、でも牙イノシシの肉もうまかったから、きっとブラッディアカウの肉もうまいはずだ」

「なるほど、金に換えようかと思ってたけど、迷うな」

「まだ午前中だし、午後に遭遇すればまたゲットできるさ」


 一行は休憩をとることにする。すでに戦闘を二度もして小さな切り傷もある。陣内が回復して回っている。立ちながらだが、めいめい飲み物を取り出し一服だ。


「昼はどうする? 俺は持ってきたが」


 影勝が尋ねる。ソロだと他者を気にしないが今日はそうもいかない。ちなみに影勝はおにぎりとサンドイッチという炭水化物祭りで、実は動く気満々だった影勝だった。


「俺たちも持ち込んでは来てるけど、その日の午前中次第だな」

「あたしはおにぎり買ってきた!」

「僕はコンビニでかった助六弁当です」

「私もおにぎり」


 宿生活だから自炊などできるわけもなく、コンビニかスーパーで購入したものばかりだ。


「昼食には早いけど、きりが良いからここで食べてしまうか。午後は少し探索して早めに帰りたい」


 東風が午後の方針を提案する。今日の成果が予想よりも多いのだろう。資金が入った彼らも準備したいものがあるのだろう。影勝も異論はない。

 シートを敷いてピクニック気分で、などはできないので武器をそばに置いて警戒しながらの食事だ。片手で食べられて腹持ちが良いおにぎりが多いのは当然だ。


「ねー影っちー。影っちはなんでダンジョンに来たのー?」

「恵美、動機は人それぞれですし、むやみに聞くもんじゃないですよ」

「だってあたしら孤児だったしは強制的って感じだったけど、他の人はどうなのかなって気もなるじゃーん」

「それでも、ですよ」

「賢ちゃんは相変わらずかたいなー」


 相変わらずの片岡に堀内が諫める。だが東風も気になるのか口出しをしない。影勝としても隠すつもりはないのでまぁいいかと口を開く。


霊薬ソーマを探している。母さんがダンジョン病になってしまったから」


 影勝の言葉が意外でかつセンシティブな内容に一同は黙ってしまった。霊薬ソーマは約五〇年前にここ旭川ダンジョンで出たと言われているが、それ以降出たという話がない。ダンジョン病に罹患したものは例外なく亡くなっている。つまり、求めても手に入らないと同義だった。


「すまない、悪いことを聞いた」


 東風が頭を下げた。


「いや、絶望はしてない。それに向いたスキルを得たから、やれるだけやるつもりだ」

「そっか、だから影っちはソロでやってんだ」

「俺の目的が強くなるとか金を稼ぎたいとかじゃないから、パーティーを組んでもいずれ方針が合わなくなるだろうし。ソロしかないって感じだ」

「そうだよねー。あたしらはとりま生計を立てるのが目的だしー」


 片岡ですら神妙な顔をしている。


「ある程度稼げたら探索者ではなく他の道も考えてはいるからな」


 東風がそう締めくくった。

 食事を終え、午後の探索を開始した影勝らは、もう一度ブラッディアカウと遭遇し、三頭を倒したところで探索を切り上げた。

 成果としては、赤い魔石一〇個、青い魔石七個、ドロップ肉五個だった。影勝は赤い魔石二個、青い魔石一個、肉を一個を貰い、残りの青い魔石分は辞退した。


「一日でこんなには初めてだな」

「やったー、今日はいっぱい食えるぞー!」

「レベルも上がりましたし、少しやりやすくなりそうですね」


 分配された魔石を手にした東風らの目が輝いていたのが印象的だった。片岡は肉を手に踊っていたが。よほど金に苦労してるんだなというのが影勝の感想だ。


「今日は楽しかった。また用事があれば気兼ねなく呼んでくれ」


 そう告げて東風らと別れた影勝がギルドを出ようとした時、端末が振動した。ギルドからの緊急メッセージだ。

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