5.助っ人ハンター影勝(2)

 翌朝、儀一の店で朝食をとった影勝は時間より一五分早めにギルドについていた。少し遅れて幌内レッズの四人がゲートから出てきた。みな樹脂製のプロテクターをつけている。片岡がふらふらしているが、朝が弱いからだろうか。


「遅れてしまったか」


 東風が爽やかに頭を下げるので影勝は「いや、まだ一〇分前で余裕」と告げておく。リーダーをやっているからか東風の腰が低すぎる。


「影っちー、あたし頑張って起きたから誉めて―」

「恵美ったらー。近江君ごめんねー」


 片岡は片岡で影勝に懐きすぎている。


「ちょうどトロッコも出るし、駅に行こう。行動予定はそこで話そう」


 東風の提案に影勝は頷く。歩きながらリュックから弓と矢を取り出しトロッコに乗っている最中にモンスターが出てきても対処可能にしておく。


「影っちホントに弓なんだね」

「武具屋に入ったときにこれだって武器が弓だったから」

「あー、それがあたしはハンマーなんだ、にしし」


 起動したのか片岡が元気にハンマーを振り回す。大きなハンマーを振り回すあたり、特殊なスキルだなとあたりをつけた影勝だが聞くことはしない。スキルは大事な個人情報で、パーティー外の人間が知るべきではない。

 電車は路面電車のような低床型で、真ん中に動力車両、その前後に貨物車両、一番外が客車たる長めなトロッコ車両の五両編成だ。トロッコ車両なのは、モンスターに襲われた際すぐに外に出て応戦するためだ。座席のないトロッコ二両で二百人の探索者を運べる。二階ゲート前まで一〇分のショートトリップだ。

 鉄道の移動改札のような機械に探索者カードをかざし、ホームに入る。ホームにはベンチすらもなく、ただコンクリートの床面があるだけだ。泊まっている電車はすでに探索者で混んでおり、影勝は弓とリュックが邪魔にならない様に前に抱えた。なんだか高校時の通学電車を思い出す。


「二階ゲート駅行、間もなく発車します」


 アナウンスのあとにベルが鳴り列車が動く。ドアは閉まらないので落ちたら間抜けと笑われる。

 電車は加速して時速30キロほどになった。カタンカタンと揺れる電車と車内にいるフル武装の探索者のアンマッチがなんともおかしい。文明に中に未開の部族がいるように見える。

 トロッコは森の隙間を走っていく。ドア脇に佇む影勝は後方にゆっくり流れる森をぼんやり眺めていた。


「ドアがないからゆっくり走ってるけど、それでも時速三〇キロくらいでは走ってるから落ちると怪我するぞ」


 東風に言われ、影勝はドアの枠を掴んだ。どこかでふふっと笑い声が上がった気がする。


「極まれに森からモンスターが飛び出してくるらしいけど」

「出てきたらあたしのハンマーでぶん殴ってやるし!」

「恵美は慌てないで降りてよねー」

「あたしはいつも冷静沈着じゃん」

「こんなところでフラグを立てないでくれ……」


 漫才のような会話をしている三人と激しく頷く堀内。孤児院からの付き合いだから仲もよさそうだ。ソロでは見ることができないチームワークを感じるいい機会だ。

 トロッコ電車は何事もなく二階ゲート前駅に着いた。ドア脇にいる影勝は真っ先に降りる。駅といってもコンクリートのホームしかなく殺風景だが、そこにフル武装の探索者が歩くと、それはそれで世界が出来上がる。

 影勝は、自分がサラリーマンになっていたらあれがスーツの後ろ姿だったのだろうかと感傷に浸るも今やるべきはそれではないと首を振る。


「今日は駅を出て右に行こうかと思う」


 ゲートに向かいながら東風が提案する。ダンジョンに方角はないので駅またはゲートを基準にして考える。モンスターの分布などがあるのかもしれないが二階を知らない影勝に異論はない。


「右っていうと、ブラッディアカウが出るところ?」

「……あと一レベル上げてからでもよくないですか?」


 陣内と堀内が疑問を呈す。


「昨日レべルが上がったし、今日は近江君がいてカラスにも抵抗できそうだし」

「カラスの足止めくらいはできると思う。なんなら矢を羽に当てて地面に落とせるかもしれない」


 東風が自分の考えを述べたので影勝もそれを補強する。スキル【必中】があるのでやれる自信はあるが謙虚にとどめておく。


「影っちがそれやってくれればあたしがハンマーでバチコ-ンでやっちゃうよー!」


 片岡がハンマーをぶん回すことで方針は決定された。二階へのゲートはもう目の前だ。


「二階に行く前に分け前の話なんだけど、五等分でいいかい? ヘルプを頼む立場で悪いんだけど」

「問題ない。俺もチームワークっていう有益な情報を貰えそうだし」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 東風はさわやかに微笑む。

 駅の構内にあるゲートをくぐると、そこはすぐに草原に出た。膝ほどまでの草が生えたなだらかな丘が地平線まで続いており、一階の森に比べると見晴らしがほどだ。

 ゲートの背後にも草原は続き、不可視の壁があるはずなのに存在を感じられない。

 草の薫りが漂う空気と仄かなそよ風が酷く牧歌的な感情を起こさせるが、遠くに見える先輩探索者がモンスターと戦っているのも見え、ここはダンジョンなのだと現実に引き戻される。

 影勝は背負っていた弓を左手に持ち換え腰にある矢筒に触れる。これで探索者としての意識に切り替わる。

 彼らを見れば、やはり自分の武器を確認していた。顔つきも締まったものに変わっている。


「この辺りはヒュージラビットが出るくらいだけど警戒は怠らないで」

「あったりまえー」


 五人は隊列を、先頭を東風、片岡の戦士組、真ん中に堀内、陣内、後方が影勝とした。最後方で不意打ちの可能性はあったが、広く視界を獲れる方が影勝にとって望ましかった。

 草を足で押し分けながら進んでくこと五分。はるか前方に羊の群れが見える。


「……デビルホーンの群れですね。ヤギのモンスターですが巨大化した角が悪魔のように見えるからの命名だそうです。魔石は極小。ドロップは無し攻撃方法は体当たりです。個体としては強くないようですが群れでいるのが厄介なモンスターです」


 堀内が端末を見ながら説明を始めた。群れとして一〇頭ほどがいる。東風は顎に手を当て迷っている。倒せれば魔石と経験を得るが群れが相手なので多勢に無勢になりかねない。


「俺が遠くから矢を射って、あいつらの何頭かを麻痺させればいけるんじゃないか?」

「影っち、そんなことができるの?」

「森で麻痺の効果がある植物を拾ってある」


 影勝はリュックを降ろし、中からくにゃっと弧を描いた猫じゃらしのような草を取り出す。


「鍵しっぽ草と言って神経毒を持つ草だ。鏃に塗って体内にぶち込めば身体がマヒして動けなくなる」

「……物騒な草だなそれ」

「体力があるモンスターにはこの手の搦手からめてがないとキツイ」

「それで牙イノシシを倒したのか」


 影勝は無言で頷く。


「よし、やってみるか。近づけばこちらに気がつくだろう」

「おっけーまる!」

「了解です」

「が、がんばる」


 皆は武器を構えながら近づいていく。影勝は五本の鏃に鍵しっぽ草を押し付け濃緑のエキスを塗っていく。

 デビルホーンの群れまでおよそ百メートル。向こうも影勝らに気がついて警戒している。


「いくぞ」


 東風の合図で四人が駆けだす。影勝は狙いをつけ矢を引き絞り、放つ。放物線を描きながら四人を追い越し、一番近くにいたデビルホーンの背中に突き刺さる。


『メギャッ!』


 デビルホーンは悲鳴を上げ横倒しに地に伏せ痙攣を始めた。影勝は次の矢を射る。今度は一番遠くのデビルホーンの首に刺さった。


「賢一と香織は動けなくなったデビルホーンにとどめを刺していってくれ! 俺と恵美は動ける奴を叩く!」

「りょ!」

「了解!」

「わかった!」


 いち早く取り付いた賢一がナイフを取り出し倒れ悶えているデビルホーンの首に刺した。


『メ”ェ』


 断末魔を上げたデビルホーンが光になって消えた。


「よっしゃぁぁお肉ぅぅ!」


 片岡は叫びながらハンマーを振り下ろす。デビルホーンは頭で受けるがハンマーの威力が勝り、逆に陥没して光と消えた。その間にも影勝は四射目を終えていた。


「スラッシュ!」


 東風がデビルホーンに向かってロングソードを振るうと透明なブーメラン型の何かが飛翔し、デビルホーンの首をはねた。戦士が持つことが多いスキル【スラッシュ】だ。

 影勝が五本目の矢を放った時には動いているデビルホーンは二頭になっていた。その二頭も東風と片岡に倒され光と消えた。戦闘時間はわずか五分


「やったぁぁぁ、これで今日のお夕飯はたくさんたべられるぅぅ!」


 片岡による勝利の雄たけびが少し離れた影勝の耳にも入る。その内容に吹き出しそうになるが、新人故の切実な思いでもあった。集合したときに片岡がふらついていたのはエネルギー不足だったのだろう。

 影勝は上空を気にしながら魔石を拾い集めている四人に駆け寄る。


「お、レベルが上がった!」

「あたしもだ!」


 四人がはしゃいでいるので同時に上がったのだろう。なんともほほえましいと思った影勝は上がっていない。影勝はデビルホーンが光に消えたあたりを調べた。


「やっぱり矢が折れたか」


 草に紛れて折れた矢を見つけた。デビルホーンが倒れた際に下敷きになったようだ。五本放って無事だったのは二本だった。便利だが消耗が激しいのが矢の欠点だ。

 いっそ長い矢も自作するか?

 そんなことが景勝の脳裏を横切る。


「さすがの腕前だな」


 興奮気味の東風が歩いてきた。その向こうでは片岡がハンマーを掲げながら怪しげなダンスを踊っている。よほど嬉しかったようだ。


「まぁ当てられるのは職業の恩恵かな。ただ、当てるのは簡単なんだけど矢の消耗が難点でな」


 影勝は折れた矢を見せた。東風の眉が下がる。


「すまない、初めて群れを倒せたんで興奮しすぎた」

「皆に怪我は?」

「あぁ、大丈夫そうだ」


 東風は空を見上げた。カラスは来ていない。デビルホーンのドロップ品はなかったのでさっさと移動した方が良い。


「さっさと本来の目的である牛を狩りにいこう。旨い肉が食いたいし」

「プッ、そうだな。よーしみんな、先を急ぐぞ!」


 東風の号令でパーティーは隊列を組み歩き出す。


「影っちの腕前すげーじゃん!」

「職業のおかげだって。片岡さんだってそんなデカイハンマーを振り回せるのはすごいって」

「あたしのはスキルが怪力だっただけでー」

「恵美、それは人前で言っちゃだめ!」

「あ、ごめんごめーん。影っちも聞かなかったことにしてオナシャス!」


 片岡がパンと手を合わせて影勝を拝む。

 東風も堀内も呆れ顔だが、ムードメーカーとしての片岡の存在は割と重要ではないかと影勝は思う。落ち込んだ時や気分を変えたい時など、彼女のような存在は必要だ。


「牛の肉がでれば今晩の夕食は美味しい肉が食えるな」

「影っち、それな!」


 片岡はハンマーを振り上げて「肉、ゲットだぜ」と叫んだ。とりあえず、片岡の頭から失言のことは消えたようだ。

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