3.正式な探索者、影勝(2)
「あと、クランから勧誘を受けることが思います。クランは探索者の集団で、企業のようなものです。メリットもデメリットもありますので、よく考えてくださいね!」
昨日、定食屋で特別講習を受けた内容にも触れられていた。影勝は探索者として成功したいわけではなく、ただ
スキル【影のない男】も公表できないだろうとも。このスキルは冤罪を疑われかねない。
「四月が一番多いはずだが、それでも一〇人か」
新人をチェックしに来たであろう先輩探索者が遠巻きに影勝らを眺めている。クランの勧誘には絡まれたくないと考えた影勝だが身長と背負っている弓のせいで良く目立つ。同期ともいえる他の探索者は五人組と四人組に分かれていた。それぞれがパーティーなのだろう。すでにボッチ確定で、それはそれで都合は良かった。
早く森に行きたい影勝は身をかがめ、こそこそとトイレに向かうと見せかけてギルドの死角になる壁際に隠れた。そしてスキル【影のない男】を発動させギルドを抜け出す。
「ふぅ、抜け出せたな。まずは――」
ギルドを抜け出した影勝は端末を取り出しダンジョンの地図データを呼び出した。ここ旭川ダンジョンは地下一〇階までは踏破されている。探索者の安全の担保の意味も含め五階迄は地図が公開されていた。
ダンジョンは、場所にかかわらずフロアの大きさは世界共通で五キロ四方の正方形になっている。旭川ダンジョン一階は森林フロアで、ギルドがあるここは正方形の下辺の中央にあり、二階へのゲートは上辺の中央にある。そこを結ぶ直線に鉄道が敷かれているのだ。
「冊子には新人探索者は見通しの良い二階の草原でレベル上げしろって書いてあったな。でも俺の場合は一階からなんだよ」
二階は草原フロアでなだらかな丘陵地帯になっており見晴らしがよく、モンスターに不意打ちを喰らいにくい。二階へのゲートまでは鉄道も敷かれ、先輩探索者と一緒になることも多く安全なのもあり新人探索者に勧めているのだ。
だがスキル【影のない男】でモンスターに認識されない影勝は森の方が都合が良い。人それぞれさ、と端末をしまい影勝は森に向かった。
森に入った影勝はリュックから短弓と胸当てを取り出し装着する。矢筒は腰に括り、長い弓はリュックにしまった。リュックを背負えば準備万端だ。
「昨日は森の手前しか探せてないから、今日はまっすぐ奥に向かってみよう」
おおよそ
「よし、いくか」
影勝は道に直角になるよう方向を定めた。薄暗い森を慎重に歩いていく。鉄道が走る道の周辺は手入れがされていたがちょっと奥に行っただけで無法地帯と化した。枝が好き勝手に伸び、下草が膝ほどまで伸びている。歩きにくい状況だが影勝の歩みは落ちない。細い枝は手でよけ、無駄に傷つけることは避けていた。植物オタクは伊達じゃない。ゆっくりではあるが、止まることはなかった。
「このへんの植物もほぼわかるな。有用じゃないからスルーだ」
森を奥へ進むこと一〇分ほどで茂みから牙を持つ大きなイノシシが出てきた。影勝は素早く端末を取りすと、モンスターの検索をかけた。端末にはフロアごとのモンスターデータが入っている。フリックを数回した影勝は、それらしきモンスターを見つけた。
「牙イノシシ、か?」
主に森に潜む、体長二メートルほどのイノシシ型モンスターで、単独行動が多い。五〇センチ以上ある直線で鋭利な牙をもち、主に突進攻撃をしてくる。
体重は一トンを超えるので当たるだけでも致命傷になりかねないので必ず避けること。ただ急に方向転換ができないので寸前で脇に避けてカウンターで迎撃するのがセオリーとも記載されている。ただ皮が厚く攻撃が通りにくいとも。
レベル五以上のパーティーで当たることが奨励されている。奨励というのは軽傷程度で済む、という判断だ。
ドロップは小魔石と牡丹肉。臭みがなく絶妙な歯ごたえがある高級肉で1キロ五千円。ギルドでも買い取るが飲食店に直接売りに行くことも可能。
「……売れるのか、ってか、売っていいのか?」
衛生的な問題はどうなっているんだと思わなくもないが金になると知れば影勝はやらねばならない。財布には二万しかないのだ。
牙イノシシは影勝を認識できず、ゆっくり歩いている。陰勝は牙イノシシの側面に移動し短弓を握る。皮が厚いとなれば狙いは目だ。
軽く息を吸い、止める。呼吸は狙撃の天敵だ。射る瞬間に息を吐くなどあるまじきと
影勝は地に右膝をつき狙いを定め、矢を射る。矢はまっすぐ飛んで牙イノシシの目に刺さり、そのまま反対の目まで突き通った。
「ピギュフッ!」
痛みと視界が奪われたことで牙イノシシは頭を振り回し、でたらめに突進をした。たまたま影勝からは外れたが、牙イノシシの突進先にあった太い木がメキメキと音を立てて根元から折れる。周囲の木を巻き込みながらドドドと地響きを轟かせた。
「マジか……あんなの喰らったら一発で死ぬだろ!」
影勝は矢を射った態勢のままあんぐりと口を開けた。レベル五のパーティーで当たれという奨励は正しかった。戦い慣れない新人探索者なら全滅だろう。影勝は生まれて初めて戦慄というものを知った。
牙イノシシは目に刺さった矢を抜こうと頭を振り回し木に当てようとしている。木からはメキメキと嫌な音がする。牙イノシシの暴れる範囲が大きいので影勝はいったん距離を取るために後方に下がった。
「体力があるやつだと視界を封じても動き回るのは厄介だな」
スキル【貫通】があれども矢の威力は弱いので体力があるモンスターには相性が悪い。人間なら一撃なんだが、と
どうしたものかと影勝は周囲を探す。
「あれは……腐れ草か。使えそうだ」
イングヴァルの記憶にあった即効性毒の効果がある
腐れ草は日陰を好む植物で葉がギザギザしており、根には腐敗を促す強力な毒がある。
手近な大き目の葉をもぎ、それをまな板の代わりにして
「効くといいけど」
影勝は息を止め、もう一度射る。矢は暴れる牙イノシシの首元に深く刺さった。短く悲鳴を上げた牙イノシシはびくりと大きく痙攣してドサと倒れる。牙イノシシはピクピクと小さく痙攣していたが五分ほど経過すると光となって消滅した。と同時に影勝の体が熱くなる。自分のレベルに対して格上のモンスターを倒したことでレベルも上がったようだ。
「またレベルが……これでレベルは三か。ソロだと速いな」
影勝は腕を回す腰をひねるなりして体に異常がないか調べるが、特に不調は感じられない。むしろ身体が軽くなった感さえある。
「おっと、魔石だ、生活費だ」
影勝が牙イノシシが消えた草の上に目を向けると、青い魔石と肉の塊を見つけた。魔石はゴルフボールほどの大きさで、肉は薄い膜に覆われていて地面に落ちても汚れが付かないようになっている。ドロップ肉は必ず一キログラムだ。どうしてそうなのかは、ここがダンジョンだから、という説明にしかならない。
「これで五千円か」
ドロップした肉のずしりとした感触に影勝は唸った。時給にすると、エンカウント数にもよるがバイトよりも格段に良い。青い魔石は小型の分類でギルドだと三万円で買い取る。なお魔石の金額はこうなっている。
極小:五千円
小:三万円
中:二〇万円
大:百万円
特:時価
魔石と合わせれば三万五千円だ。昨日倒したネズミの魔石も含めると五万円を超える。割が良い、いや良すぎる。
「積み上げていけば四級まではすぐかもしれない」
四級が探索者のスタートラント言われる理由だ。
強くなればそれだけダンジョンを深く潜れ、
奥へ進むこと一時間。狼のモンスターの群れを見つけた。五頭のフォレストウルフが休憩をしている。フォレストウルフは体格も普通の狼と変わらず特に変わった能力はないが、森を巧みに利用しチームで探索者を襲うので厄介なモンスターだった。もっとも、厄介でないモンスターなどいないが。
「隙だらけだからやれないことはないけど、矢の消費が激しいな。予想外だ」
スキル【影のない男】で感知されないとはいえ矢は限りがある。先ほどの牙イノシシで短弓用の矢が折れているのもあるが、昨日もジャイアントラットを倒す際に二本失っていて。矢は残り七本になっていた。フォレストウルフを倒すと矢がさらに減ると予測できた。
何とかしないと、とは思うものの矢は消耗品であるがそれなりに高価だ。短弓用の短い矢でも一本で千円はする。消耗品ゆえに材質が木とはいえ歪みやバランスをとっているので高くなるのは仕方がないが、影勝としては惜しみなく射たいところだ。モンスターを倒せば収入になるのだから。
「矢の補給は考えるとして、まずはこいつらだ」
影勝はフォレストウルフの群れから少し離れた木の背後に回った。そこから狙撃するつもりだ。短弓を構えたまま上半身だけ木の陰からのぞかせ射る。矢は吸い込まれるようにフォレストウルフの眉間に突き刺さる。フォレストウルフはギャという断末魔を発し光と消えた。
『ガフッ』
残った四頭が鋭く吠えながら周囲を威嚇する。影勝は木から離れ位置を変え、また射る。フォレストウルフは影勝の放つ矢に倒れて光になっていく。
フォレストウルフの一頭が影勝がいたあたりに突進してきた。
「おっと」
すでに位置を変えるために動いていた影勝のそばをフォレストウルフが駆けていく。影勝はその隙を見逃さず、フォレストウルフの後頭部を射抜く。残り二頭。
逃げようと向きを変えたフォレストウルフの後頭部に矢が刺さる。残されたフォレストウルフは威嚇で吠えたタイミングで口の中に矢が刺さり、地に倒れた。
見えない敵を見つけることもできず、フォレストウルフは全滅した。残ったのは青い魔石が五個。影勝はそれらを拾い上げ、リュックに放り込む。矢も回収したが鏃が折れており使えない矢ばかりだった。
「倒せたけど矢がダメになった。残りは二本か。長い弓は森の中だと取り回しが悪くて使えないから今日はここまでにしておこう。もっと矢を確保しておかないと無駄が多くなるな」
そう考えている影勝は、落ちているまっすぐな枯れ枝を見つけた。太さは小指ほどで長さは六〇センチと、短弓の矢にちょうどいい。威力は期待できないが矢としては使えそうに思えた。
「貫通スキルもあるし、毒と合わせれば、鏃がなくても行けるんじゃ?」
影勝はリュックを降ろし中からナイフを取り出す。刃渡り一〇センチほどで武器にはならないが探索者だった父親が使っていた形見のナイフだ。枯れ枝を拾い上げ、余計な枝を落としナイフで削っていく。
先端を尖らせ、その反対の端には弦用の切り込みを入れる。小学校の工作を思い出すが、なぜかそれとは違う懐かしい感情が浮かんできて笑みがこぼれた。どうやら
「まっすぐ飛ぶ保証はないから試し打ちをしないと。それはそれとして矢は買い増ししないとこれ以上は無理だな」
影勝は戻りながら枯れ枝を拾い集めていった。
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