3.正式な探索者、影勝(1)
正式に探索者になる前にフライング的にダンジョンに入った影勝は、案の定興奮で寝付けなかった。仕方なしに講習でもらった冊子を読んでいたがいつのまにか寝落ちしていた。なにもかけずに寝たので寒さで起こされくしゃみを一回。
「寒いからって初日から風邪で休んじゃ情けないぞ俺」
頬をぴしゃりと叩いて気合を入れるとお腹がグーと返事をした。そういえば夕食を食べた記憶がない。興奮で空腹に気がつかなかったのと、あとはお金が乏しかったからもある。残金は二万円ほどしかなかった。
「どっかで朝食を食べないと」
影勝は着替えながらスマホで時間を確認。現在時刻は朝の七時過ぎ。朝食を食べてギルドに向かうには早いかな、と思いつつもすでに体が動いていた。リュックに胸当てと小さい弓を入れ、大きな弓と矢筒は背負う。防具は現地でつければいいと影勝は考えている。
水筒に水を入れ、財布を確認してリュックを手に持ち部屋を出た。ロビーにはすでに従業員がいたが昨日の男性ではなかった。鍵を預け外にでる。向かうは昨日の定食屋だ。
探索者がよく行く店なら朝もやっているはず、と影勝があたりをつけていけばドンピシャだった。ガラス扉から覗けば、中には探索者らしき姿がちらほら。早朝だが既に活動を開始しているようだ。
自分も探索者としてこのスケジュールで動くのかと思うと影勝のやる気がわいてくる。その勢いのまま扉を開けた。先輩探索者らは食事に忙しいようで影勝の姿があっても特に反応はない。
「お、昨日のあんちゃんだな。空いてるとこに座って待っててくれ。あ、朝は四〇〇円の朝定食しかないからな!」
カウンターに下膳された食器を手にした大将こと儀一は奥に消えた。セルフサービスらしい。価格が安いのは食事にも補助があるからだと、昨日聞いていた。
ちょうどカウンターが空いているので影勝はそこに座った。ちろちろと先輩探索者に視線をやり、どんな装備なのかを観察し始める。
武器はともかく防具をつけている人はいない。ほとんどの人がジャージのような動きやすい服装だ。もしかたらインナーに特殊なものを着ているかもしれない。かさばる鎧はマジックバッグにでもしまっているのだろうか。それとも預かりサービスのようなものがあるのかもしれない、と影勝は推測する。
気になることが多く知りたいが初見の先輩に声をかけるのも憚られる。ギルドで確認すればいいかと思ったタイミングで儀一がお盆に載った朝定食を持ってきた。
どんぶりご飯、厚すぎるハム、目玉焼き二つ、キャベツとレタスときゅうりのサラダに濃いめのみそ汁のセットでご飯とみそ汁のお変わりは自由。これで四百円は良心的だろう。影勝はカウンターに置いてある醤油をとる。彼は醤油派だ。
「いただきます」
影勝はアッという間に平らげ、ギルドに向かった。エントランスにあるゲートを通り抜け、ダンジョン内へ。先輩探索者の群れに紛れると、自分がいっぱしの探索者だと勘違いしてしまいそうだった。
ダンジョンは、さわやかな日差しに包まれた温暖な気候だった。昨日はスキルを発動させっぱなしで気温はわからなかったが、北海道であるのに穏やかな気候に影勝は驚いた。
「ダンジョン内は別世界というのが定説だけど」
不思議に思ったがダンジョンそのものが不思議の塊であるので考えるのをやめた。ゲートをくぐること自体おかしなことなのだ。そのようなものだと思うほうが精神にも良い。
探索者の流れはまっすぐギルドに向かっていて、昨日も見たコンビニのような三階建てに吸い込まれていく。
ギルドの中は、おおよそ大きな郵便局だった。入ると正面にカウンターが並んでおり、要件ごとに受付担当が席についている。その奥にはデスクが並んでいて数人のギルド職員の姿がある。カウンターの天井からは番号と目的が書かれたプレートがぶら下がっており、まさに郵便局だ。
休憩スペースなどはなく、用事のある探索者のみがいる場であった。
「確か三番受付って言われたな」
影勝は三番と書かれたプレートの下の受付に歩いていく。そこには昨日見た顔が並んでいて、空港で見かけた四人組の姿もあった。が、その数が少なく一〇人ほどしかいない。約半数だ。
後から来るのか、それとも武具の高さで探索者をあきらめたか。影勝にはわからないが、離職率が高いと嘆いていた宿の従業員の言葉が事実であると裏付けられてしまった。
ただここにいる
「おい、弓だぜ」
「珍しいな」
どこからかひそひそと囁く声が聞こえてくる。影勝は背が高い上に弓を背負っているので目立つのだ。弓が武器屋でほこりをかぶるわけだと。これも確認できてしまった。
一〇分ほど待っていると工藤がやってきた。今日もパンツスーツ姿で、社会人というオーラをまとっている。
「皆さんおはようございます。昨晩はよく寝られましたか?」
カウンターについた工藤が新人探索者を見渡す。人数が減っているが、そこにがっかりした表情はない。これもいつものことなのだろう。
「工藤ちゃんも毎回大変だな」
「もうすっかりベテランだ」
「独身もベテランだけどな」
「ぷ、お前もだろうが」
先輩探索者らのつぶやきが聞こえる。工藤の耳にも入っているだろうが顔色は……少々お怒りのようだ。
「いつまでも四級でくすぶってる先輩が多くいますけど皆さんはさっくり昇級してくださいね!」
語気も強く一息で言い切った。
「まずは探索者証と端末を配布します。地図やモンスターなどの資料が入ってますから大事に扱ってくださいねー。その後にランクの説明だけしましょうか」
工藤は背後の机に置かれてる小さめのタブレットとクレジットカードのようなものをカウンターに置いた。
「あいうえお順で名前を呼ぶので取りに来てくださいねー。近江君ー」
【お】で始まる影勝が最初に呼ばれた。タブレットとカードを受け取る。カードには[おうみかげかつ(五)]とひらがなで名前と級が書かれており、ICチップらしきものが埋め込まれている。個人情報で公開してよい最低限のものだろう。
「カードには個人情報と電子マネーシステムが埋め込まれてるから、もしダンジョンで拾ったらギルドに届けてくださいねー。佐々木洋子さーん。あ、本人でないと使えないからそこは安心してね!」
工藤は器用にも名前を呼びつつも説明をしていく。なるほどベテランだと影勝も納得だ。
「電子マネーの使い方は冊子に書いてあるから熟読よろしくね!」
ベテランらしく丸投げも得意のようだ。
「さって配り終わったからランクの説明をするよー!」
工藤は、早速タブレットをいじり始める若者の注意を引くように声を張り上げる。
「今日から探索者になった君たちは五級探索者となります。初心者は五級、最上は一級になります。じゃあどうすれば級が上がるのかというと、レベルと実績で判断します。よって級が高い探索者は、強いんです。あそこでたむろっている先輩らも強いんですよー?」
工藤がヤジを飛ばしていた先輩探索者のほうに顔を向けると、影勝ら
「そりゃねーぜ工藤ちゃーん」
「俺らだってがんばってるんだぜー?」
笑いながら苦情を申し立てる探索者らに、工藤は「できる探索者は時間を無駄にしませんよー」と燃料を投下する。
「わかったよ工藤ちゃん、今度飲みに連れてくから。儀一さんの店でいいだろ?」
「わぁいありがとうございます!」
ニッコリ笑顔の工藤は大げさに万歳する。この流れもお約束なのだろうか。いじられた先輩探索者らも怒っているわけではなく、すぐに仲間とギルドを出ていった。探索者には独特のルールがあるのかもしれない、自分もいずれはああなるのかも、と影勝は心のメモに書き留めた。
「ランクアップするにはダンジョン内でモンスターを倒してレベルを上げて強くなることと、モンスターを倒したときにドロップする魔石と素材をギルドに納入することで可能になります。あ、魔石の納入は二階の自動納入機械でできるのでよろしくね! 階段はあそこにあるからね! ドロップ品の買取はこの道二〇年のベテランおじさまがいる五番の受付だからね」
工藤の指す五番受付には優しそうな初老の男性がいた。親指をぐっとサムズアップで応えてきたので、人当たりは良さそうだと新人探索者からは安堵の息がもれた。
「ランクアップについでだけどー」
工藤がランクアップの説明をしていく。
具体的には――
四級になるにはレベル五と納入実績百万円分。
三級になるにはレベル一〇と納入実績一千万円分。
二級になるにはレベル十五と納入実績一億円分。
一級になるにはレベル三〇とギルドの推薦が必要。
レベルは申告だが納入実績から推測されたものらしい。規定金額に達するまでにはそこまでレベルが上がっているという判断だ。これは生産職にも適用され、額は同じである。
四級でようやく探索者としてのスタートライン。三級が一番が多い階級で二級からがくんと少なくなっていく。一級など国内には十人ほどしかいない。早い人なら一か月で四級に、遅くとも半年あれば昇給するという。納入実績の金額を考えればそうでなければ生活できない。
探索者は比較的稼げる仕事ではあるが、それは死と隣り合わせだからでもある。二級への壁は、金額もさることながら生存率も関係してくるのである。
「昇級はあくまで
パーティーだと納入金額が人数割りになるためランクアップはソロに比べると遅れがちになる。だが安全を考えるとパーティを組まざるを得ない。
ソロは危険なのでパーティーを組むことを勧められるが影勝の目的は
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