2.スキルを試す影勝(3)

 スキルを発動させててもドアは開けられた。廊下を歩きエレベータのボタンを押す。が、いつまでたってもエレベーターは来ない。ボタンを押した感触はあるが作動はしないようだ。


「でかい機械には反応しないのか? このへんも検証だな」


 仕方がないので一度スキルを解除し、ボタンを押しエレベータが来たら乗り込む。一階のロビーにつく前にスキルを発動させた。

 チーンとエレベータのドアが開き、影勝はするっとロビーに出た。カウンターでは宿泊の探索者だろう男女が数人いて、先ほどの男性が対応しているところだ。探索者のひとりがエレベーターに目を向けたが「あれ、誰もい降りてこないな」と不思議がって首をかしげている。影勝は試しに手を叩いて大きな音を出してみたが探索者も従業員の男性もこちらを向かない。


「少なくとも、音は聞こえないんだな」


 姿も見えず音も聞こえない。それだけでも凄まじいメリットだった。ただタブレットがそうであったように、人に接触するとばれる危険がある。


「どこまでこのスキルが通用するのかはじっくり知るべきだな!」


 テンションが上がりつつある影勝はいてもたってもいられず、避難階段を駆け上がって部屋に戻り弓と矢を手に取った。ダンジョンで試したくて仕方がないのだ。


「探索者用のタブレットを受け取るまではダンジョンに行くなって言われたけど、これは行くしかないだろ」


 自分に都合の良い言い訳を宣って、影勝はホテルを出た。肌を刺す寒さは感じられない。体にまとわりつく膜が遮断している感じだ。


「外部からの影響も遮断するのか? だったら本当にすごいぞこのスキル」


 興奮気味の影勝はギルドのエントランスにあるゲートの前に立つ。もちろんスキルは発動させたままだ。探索から帰ってきた先輩探索者がゲートから出てくるのを横目に見ながら、影勝はゲートをくぐった。

 あの時は激しい頭痛で周囲を見る余裕はなかったが今は違う。ゲートを抜けた先はコンクリートの広場になっており、探索者の姿をかなり見かける。旭川ダンジョンで活動する探索者はざっと千人以上いる。今見ているのはそのごく一部だろうが、いずれも今までダンジョンに潜っていたのだ。

 金属の鎧を着た戦士職が多い中、魔法使いと思しき探索者もいる。男女比は半々だろうか。


「そいうえば講習の時にもらった冊子には、探索者のスキルには男女差はないって書いてあったな」


 人間の男女は筋肉のつき方が異なるため、一般的には男性の方が筋力がある。が、探索者になるとその差がなくなる。スキルにより見た目と筋力が見合わなくなり、細腕で剛椀な女性戦士もたくさんいるのだ。

 外見で判断すると大やけどをする。探索者なら常識だった

 影勝は帰還する探索者の人波を避けるように逆方向に歩く。向かう先には駅のホームがありトロッコ電車が止まっていて、その先には外壁と金属の門がある。

 ゲートを出たすぐのここは自衛隊の駐屯地として防御壁が設けられ、ダンジョンのモンスターが侵入しないようにしている。また地下二階へのゲートまでは鉄道が敷かれ、定期運行をしていた。


「あれって専用端末がないと乗れない奴だったな」


 新人探索者ニューカマーな影勝はまだ端末をもらっていないので駅をスルーして門を目指した。門まではおおよそ百メートルほど。門の両脇には見張りの鉄塔があり、自衛官が銃を携え警備している。


「重火器ってモンスターにも有効だけど、弾切れするからダンジョンにはむかないんだったっけ」


 各国軍隊がダンジョンを探索しているが踏破まで至らないのは弾の消費に生産が追い付かないからだ。ダンジョンのモンスターは自然発生し、倒しても減らない。しかし軍隊の消費する弾は生産しない限り減っていくだけだ。

 重火器は有効だが突破し続けるには探索者が泥臭く戦っていくしかない。自衛隊にもスキル持ちはいて攻略しているようだが公にはされていないためどこまで潜っているかは機密なっている。もちろん他国もだ。

 そんなことを考えていた影勝はコンクリートの門をくぐり、本当の意味でダンジョンへと侵入した。

 門の外は幅二〇メートルほどのコンクリートの道がまっすぐ伸びており、その真ん中に線路が埋め込まれている。電車は路面電車方式のようだ。道の両脇には二〇メートルほどの草地があり、森からの距離をとっている。その奥の森は生い茂る木々で見通せない。


「森林ダンジョンだもんな」


 すぐにでもスキルの検証をしたい影勝は道の脇の森に入っていく。木々は針葉樹っぽくまっすぐ伸びて背が高い上に葉も多い。光が遮られ、森の中は薄暗く見通しは悪い。手入れがされているのか邪魔になりそうな枝は払われ、下草はくるぶしほどで刈られ歩きやすい。

 影勝は迷わないように道と平行に歩いていく。


「なんとなく歩き方がわかるし、歩いても音がしない」


 そうつぶやく影勝は、妙に歩きなれている自分を不思議に思った。これも知らない記憶の持ち主のスキルだろうか。そうして歩くこと数分、とある植物に目が留まった。アロエによく似た植物だ。

 ニエ草。虫刺されで腫れた時に患部に葉のエキスを塗ると腫れが収まる効能がある。

 頭に植物の名前と特徴が思い浮かぶ。

 影勝は、いや、知らない記憶の主が

 イングヴァルの知識だろうか、影勝にはそれがニエ草であるとわかってしまった。周囲に視線をやると、目につく植物がなんであるのか全てわかってしまう。

 もしかすると、こいつか? ガチ植物オタクじゃねえか。そういえばこいつの記憶には植物模写もあったな。草食って毒で麻痺してるヤツなんだよな。

 影勝は頭を抱えたくなったが、真横の茂みでガサっと音がしてびくりと肩を跳ね上げる。


「ななななんだ」


 おっかなびっくり声を上げたが、無意識に手は背負った弓と矢筒に伸びていた。揺れる茂みから出てきたのは、秋田犬ほどの大きさの真っ白なネズミだった。白い体に血のような真っ赤な目が恐ろしく感じられる。


「たしか、ジャイアントラット、だったっけか」


 弓を構え矢をつがえながら影勝はつぶやいた。

 ジャイアントラットは大きくなったネズミだが、人間を見ると必ず襲ってくる好戦的な人間絶許モンスターだ。

 かわいい外見だが強靭な後ろ足で飛び掛かり、鋭い前歯で噛みついてくる。足をかまれると肉ごと齧り取られ急性失血で意識を失い、そのまま食われることさえある、肉食で獰猛なネズミだ。

 かわいらしい姿に攻撃を躊躇しがちで、なったばかりの新人探索者には荷が重い相手だ。

 ジャアントラットはのそりと影勝の近くを通っていく。


「俺を感知できてないっぽいな、チャンスだ」


 影勝は膝をついて態勢を低くし息を止める。緊張はしているが動物に武器を向ける忌諱感はない。探索者として職業を得た影響だろうか。

 影勝は弓を横に構え弦を引き絞りジャイアントラットの目に狙いをつける。弓を構えるのは先ほどと合わせても三回目だが、身体が動作を覚えているかのように無意識だった。

 影勝が放った矢は吸い込まれるようにジャイアントラットの目に刺さり、反対側に突き抜けた。

 ピギュっと断末魔の声を上げ、ジャイアントラットは地に伏せる。足がぴくついていたがすぐにそれもなくなる。と同時にジャイアントラットの姿が光の粒子となり、消滅した。そしてそこには親指の爪ほどの丸い赤い石が転がっている。魔石だ。

 ダンジョンのモンスターは生物ではないのか死亡すると光となって消える。その代わりにモンスターの命の代用品扱いか、魔石が残される。影勝は魔石を拾いあげた。


「これが魔石か」


 手のひらに載せた魔石は濁った赤で染まっている。魔石は色で格が分かれており、赤い魔石は一番小さく安い極小に分類される。

 スキル【貫通】を獲得ました。

 頭にそんなアナウンスが流れる。


「スキルを獲得!?」


 影勝は思わず声をあげてしまった。

 スキルは、戦闘を繰り返すうちに取得するもので、簡単には得られないものだ。だが影勝の頭の中にはスキル【貫通】の内容が浮かんでいる。

 攻撃する目標の防御にかかわらず、攻撃が通用する。

 剣でも槍でも攻撃が当たれば必ずダメージを与えるスキルで、有用度では最上位ともいえる有名なスキルだ。強い探索者は必ず持っているとさえ言われるスキルだった。


「マジかよ……」


 弓を持つ手が震える。遠距離攻撃が可能な弓の欠点は威力が弱いことだ。放たれた矢は薄い鉄板を貫通できる程度の威力はあるがあくまでそれはであり、探索者の人外レベルの能力を引き出せない。弓の威力は探索者も一般人もあまり変わらないのだ。強力な張力の弓があれば別だが需要がなければ開発されない。付与師に依頼して矢そのものに魔法の効果を付与させることもできるが消耗品である矢にそこまでコストをかけられない事情もある。

 だから探索者はあまり弓を使わない。有用性は理解しているがそれではモンスターを倒しきれない。

 だが貫通を伴えば違ってくる。強固な外皮や甲羅などを持つもモンスターは多いが、それらにも攻撃が通用するようになる。


「モンスターに感知されない状態から貫通の矢を放てれば……いけるかもしれない」


 どうしたら霊薬ソーマを手に入れられるかもわからず、ともかく探索者になりに来た影勝にとって一筋の光明だった。奇跡的に下りてきた蜘蛛の糸を掴むように、影勝は弓を強く握った。


「もう少し森を歩こう」


 その後も森を歩き、数匹のジャイアントラットを仕留めたところでレベルが上がった。探索者はレベル上昇時に体が熱くなりわかるのだ。


「強くなった実感はないな」


 手をグーパーと動かしつぶやく。特段、体に変化は感じられない。


「レベル五で一般人の倍っていってたからひとつ上がったくらいだとわからないかも」


 影勝はそう結論付けた。


「あと森の中だと長い弓よりも短弓の方が取り回しが良いな。どうせ木が邪魔で遠くまで飛ばせないし、森の探索は短弓の方を使おう」


 記憶の中のイングヴァルが短弓を選んだのも、納得できた。


「そろそろ帰らないとまずいな」


 スマホの時計はすでに二〇時を回っている。ポケットに入れたいくつかの魔石の重さを確認しつつ、影勝はダンジョンを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る