2.スキルを試す影勝(2)

 昼飯を食べようと入った定食屋にはギルド職員の工藤がいた。そしてカウンターの奥からガタイのいいスキンヘッドのおっさんが出てきた。顔も強面で圧を感じる。彼がここの大将のようだ。


「ここ空いてる、ここ!」


 工藤が自分の隣の椅子を引いてアピールするので影勝は仕方なくという体でそこに座る。なぜか工藤がメニューを見せくる。


「ラーメン以外はどれも美味しいよ!」

「おい工藤、ラーメンだってウマいだろうが!」

「北海道でこってりじゃないラーメンなんてラーメンじゃないのよ?」

「そもそもうちは定食屋だぞ?」


 工藤とおっさんの言い合いに、影勝はハハハと愛想笑いしか浮かべられない。ただ猛烈に肉を食べたいので工藤と同じ生姜焼き定食を頼んだ。


「工藤さんはいつもここでお昼を食べてるんですか?」

「ここだけじゃないけど、ここが多いかな。探索者向けで量が多くて安くて美味しいし。ともかく量が多いの」


 工藤はまたも二度言った。二度言って強調するのは講習をやる癖だろうか。ただし影勝には有用な情報だった。おいしい食事はやる気に直結し、幸せ指数も上がるというものだ。


「量が多いのは助かります。何せこの体なんで」


 影勝は親指で自分の胸を指す。影勝が高校在籍には毎食二合は平らげていた大食漢である。長身を維持するのにはエネルギーが必要なのだ。


「そうよねーって、えっとたしか、近江君よね! 長身であの時に具合が悪くなった子だってすぐに覚えたの」

「あー自分のことながらわかります。目立ちますよね、俺」


 人混みでも顔が他人の頭の上にくる。チラチラ見られる視線を疎ましく思うことも多い。背の高い者にしかわからない悩みだ。


「身長もあるけど、なにより具合が悪くなったってことが重要ね。あのタイミングで体調が悪くなる人って、探索者になって大成する人がほとんどなの」

「なんですかそのフラグじみたジンクス」

「そぉお? ギルドの受付嬢の間じゃ割と有名なんだけどね。【名持ち】っていってね、八王子ダンジョンでトップにいる後藤将悟とか鹿児島ダンジョンの宮坂紅葉とかうちのギルド長もそうだし探索者が制定される前の最初期にダンジョンに潜って生還した人も入った途端吐き気がすごかったって日記に残してあったみたいだし」


 工藤は指折り数えて、すでに一〇を超えている。過去を紐解くと結構な数がいたようだ。ただ【名持ち】という言葉に引っかかりを覚える。まさに自身の職業が名前のようであった。

 それを表に出すわけにもいかない影勝はすっとぼけることにした。


「俺がそうとは限りませんけど」


 影勝は苦笑したが工藤はうんうんと後方腕組み勢のように偉そうにしている。育てられた覚えはないぞ。

 工藤さんはすごく個性的すぎるけどギルドの職員はこんな人ばかりのか、と別な意味でダンジョンに恐れを抱き始めた。

 そんなタイミングでおっさんがお盆を持って奥から現れた。


「はいよ生姜焼定食だ。ご飯は大盛りにしといたぞ」

「あ、ありがとうございます! わ、うまそう!」


 影勝は満面の笑みでお盆を受け取った。出来立てで湯気とともに立ち上がる匂いがたまらない。お腹もぐうと待ち構えている。

 箸をとって生姜焼きをパクリ。濃厚なみそだれパンチと柔らか豚肉のアッパーに影勝の胃袋はKO寸前だ。


「やっべ、まじうめぇ!」


 肉を齧ってはご飯を掻っ込む。口の中で溶け合ったハーモニーはノーベル平和賞にノミネートすべきだ。そんな益体もないことを考え得つつも影勝は生姜焼き定食を夢中で頬張った。


儀一ぎいちさーん、あたしに珈琲とか出ないの?」


 ちょうど食べ終えた工藤がトレーをカウンターに載せながらそんなことを宣う。


「ギルドの受付嬢は忙しいんじゃねえのか?」

「将来有望株は今のうちに青田刈りしないといけないのよ? 近江君が有名になってわたしを担当にしてくれれば給料もぐーんとアップなのよ?」

「それ、本人の前で言うもんじゃねえだろ」

「聞かせてるわけよ、わからない?」

「あ、すいませんご飯のお代わりいいですか?」

「おう、どんぶりくらいじゃ足りなかったか」

「ちょっと儀一さん聞いてるー?」

「聞いてるよ、ほら」

「わーい儀一さんやさしー」


 言い合いながらもきっちり珈琲を用意するおっさん改め儀一は基本的に良い人のようだ。それとガタイが良いので元探索者なのかもしれない。ここの常連になるのもいいかなと、ご飯を口に運びながら影勝はそう思った。


「いーい近江君。探索者は多くがパーティーを組んでるけど、それと同時にクランにも所属してるの。パーティーが課ならクランは中小企業みたいな感じね」

「はぁ」

「新人はクランに入って教育されることが多くって。例外もいるけども。そこでお古の装備を貰ったりして節約するのね」

「あ、なるほど、わかります。武具って高いですよね」

「新人さんにはそうよねー」


 定食屋で工藤による臨時の探索者講義が開催され、影勝が解放されたのは十六時近くになっていた。夕方に向かい気温が下がっていき、吐く息も白い。遅い昼食を終えた影勝は長身を縮こまらせながらホテルに向かう。

 チェックインと宿泊費の前払いを終え、影勝は部屋に入る。ベッドと備え付けの机があるだけの、六畳ほどの空間が影勝の拠点となる。購入した武具類を床に置き、背負っていたリュックをベッドの上に置く。


「さて、用意をしますかー」


 リュックに手を突っ込んだ影勝はタブレット端末を取り出した。他にも大量の着替えやタオルに水筒など、リュックの容量以上のものが出てくる。最後に身の丈ほどの細身のタンスまで出し、ベッド脇に設置した。

 着替えなどをタンスにしまいふぅと一息つく。


「父さんの残してくれたマジックバッグは凄いな」


 影勝は探索者であった父親が生前使用していたマジックバッグを形見として使っている。容量は二立米りゅうべいと少ないがこれでも買うとなると二〇〇万以上はする。マジックバッグは容量で換算するので圧縮可能なものは小さくカウントされ、衣類などは驚くほど入る。入れたものは混同されず、破損や汚れることもない。

 ダンジョンで入手するか、錬金術師が錬成したものを買うかするしかない。


「さてこんなもんか。あとは、わけのわからないスキルの検証だな」


 スキルとは探索者として職業を得ると獲得可能になる技術だ。武器を用いた戦闘技や錬金調合などの特殊な生産技術に分かれる。体内の魔力を使用して発現させるといわれているが、ダンジョンが発生して一〇〇年経過したいまでもはっきりした回答はない。

 探索者の強さはスキルで決まるといってもよい。有用なスキルを多く持つものが、ダンジョンに深く潜れるのだ。なお、スキルはひとつだけではなく、探索者として活動をして入れば後天的に得ることが可能だ。探索者として長く活動をしている、または多くの死地を経験したものほど多くのスキルを持ち、強い。

 意味不明なスキルはユニークスキルとも言われ、その探索者独自のものとなることが多い。影勝は、その点では期待していた。

 影勝はベッドにあおむけになり、目を瞑る。瞼の裏にはスキル【影のない男】の文字が浮かぶ。

 このスキルは知らない記憶の持ち主であるイングヴァルのスキルだと影勝にはわかった。


「スキルを意識することで発動となり、発動すると影がなくなり、それはすなわち神羅万象から外れることと同義であり、何人なんぴとも其を感知できなくなる、かー。なんだよそれ」


 影勝はごろりと寝返りを打った。本当ならば、隠密のように誰にも察知されずに行動できることになる。そんなことがありうるのか。


「監視カメラとかどうなんだよって話だよな」


 気配を消すだけなら無機質で映像のみを記録する機械は騙せないだろう。人間は熱を発する。赤外線カメラなら姿をとらえることは簡単だろう。

 だがこのスキルが、彼の人物の言うとおりだとしたら、影勝にとってすさまじい武器になるはずだ。

 霊薬ソーマがどのような形で存在するのかは不明だが、少なくともダンジョンを探索する上で感知されないのは有利でしかない。馬鹿げた話と一蹴する前に確認は必要だ。ユニークスキルだろう故にもしかしたら、があるのだ。


「やるだけやってみるか。どうせ意味不明な職業なんだし」


 むくりと起き上がった影勝はタブレットを立ち上げカメラを起動した。机の上に置き、部屋が映るように角度を調整し、録画を開始する。


「えっと、これからスキルの検証を行う」


 タブレットに映る自分を確認しながらそう宣言する。そしてスキル【影のない男】を発動させる。

 部屋の照明が作っていた影勝の影がすっと消え、自身の周りに膜ができたような感覚になる。違和感がすごい。そしてどうなっているかとタブレットに目を向けた。

 そこには、誰もいない部屋が映されていた。影勝は手を大きく振ったりベッドで飛び跳ねたりしたがタブレットには映されない。


「マジかよッ!」


 興奮した影勝がタブレットに手を触れると、彼の姿が映し出された。


「あれ、映ってるな……俺が触れたら映ったってことは手を離すと……」


 そっと手を離すと、影勝の姿が消えた。もう一度触れると姿が映され、離すと消えた。


「俺が触れた物にも影響するってことか。まぁ服も消えてるからそうなるのか。でもベッドは消えなかったぞ?」


 影勝は考える。そして弓を手に取った。そしてタンスにも触れた


「弓は消えたな。タンスも消えた。ってことは大きさに制限がありそうだ。あとは光学的だけなのか、熱とか音とかはどうなんだろうか」


 小説などにある透明人間は、やはりそこに存在はする。体温はあるし動けば音が発生する。触ることもできたはずだ。このスキルでどこまで感知されないのかは不明だった。


「その辺も検証したいな……そうだ」


 パチンと指を鳴らした影勝は部屋を飛び出した。

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